第112章 放棄

「付けられているぞ」
ゼブランは、フェンリスと馬で並んで街を出ながら静かに注意した。

フェンリスは鼻先で笑った。
「やらせておけば良い、もし出来るものならな」と彼は言った。
「俺の手紙を持った使者はとっくに街を出ている」

ゼブランはニヤッと白い歯を見せて笑った。
「僕もだよ。ただあの馬鹿者共が、僕達をこっそり襲うなんてことが出来ると考えてやしないかと心配になってね。せっかくの遠乗りが台無しになる」

フェンリスは再び鼻で笑っただけで、横目でゼブランの馬を見下ろした。今日の彼はフェオ、冷酷な顔付きをしたネズミ色の去勢馬に乗っていた。しかしフェンリスは、フェオは驚くばかりの脚力を持っていることを知っていた。
「ならば、馬達に少し脚の運動をさせてやろうか?」と彼は尋ねた。

ゼブランはさらに口を大きく開けて笑った。
「そうしよう」と彼は同意するや否や、踵を去勢馬の胴に打ち付けて大きな声でけしかけ、鞍の上で尻を浮かして身を屈めた。驚いた馬はまるで弓から放たれた矢のように勢いよく飛び出した。それを見たアリは素早く頭を上げ、フェンリスが追えと合図をするまでも無く、彼は雄馬の筋肉が期待に盛り上がるのを感じた。

ほんの数歩でアリは去勢馬と並び、そして抜き去った。二頭の馬は蹄の音を響かせながら、時たま早朝の街へと向かう荷馬車や徒歩の人々を容易く躱して、街道の垣根に沿って快調に競い合って飛ばし、時折それが『エルフ公』とその従者だと気付いた人からは、走り去る馬へ叫ぶ挨拶が聞こえた。

「道からそれて森に入ろう」とゼブランはフェンリスに呼ばわった。
「やつらが待ち伏せするなら、街道沿いだ」

フェンリスは頷き、馬の速度を少しばかり緩めてアリの方向を変え、街道と畑を隔てている生け垣の低い柵を跳び越えて向こうの休耕地に巧みに降り立った。フェオはゼブランの合図も待たずに、先頭を進む大きな馬に従う習性に忠実に、雄馬と同じくらい優雅に柵を跳び越えた。フェンリスはあぶみの上に立ち上がって一瞬あたりを見渡し、位置関係を把握すると、先に広がる低い丘陵地帯へと速歩で進み、ゼブランがすぐ後ろに続いた。

かなりの長時間、彼らは野原と草に覆われた丘陵に沿って走り抜け、時には畑の間の小道に沿って走った。フェンリスの知っている農家で彼らは馬を止めると、フェンリスがそこの主人と立ち話をしている間、馬達に水を与えてしばらく休ませた。そこから二人は馬を並足で歩かせて、近くの険しい丘陵の頂上へと進んだ。そこで二人は草地の上に腰を降ろして、眼下に広がる青々とした春の野原を眺めながら、街を出る前に立ち寄ったパン屋の詰め合わせを分け合い、馬達は近くで新鮮な草を食んだ。

「まだ付けられていると思うか?」としばらくしてフェンリスが尋ねた。

「いいや、今のところは連中も見失っただろう。間違い無く街へ戻る街道沿いで、僕らの戻りを待っているだろうけどね」

「待たせておけば良い、少なくとも今は誰も見ていないわけだ」とフェンリスは言うとクルリと身を翻して、ゼブランに近寄り身を乗り出して貪るようにキスをした。

ゼブランは少しばかり驚き、そしてとても喜んだ。彼は歓迎するように喉を鳴らし、両手を上げてもう一人のエルフの、白く輝く髪の毛に絡ませた。
「ここで?今?」と彼はキスが終わった後で、フェンリスを訝しげに見つめながら尋ねた。

「ああ」とフェンリスは唸り声を上げ、既に手はゼブランのベルトを外しに掛かっていた。
「今だ」

ゼブランはもちろん、屋外でのセックスに何の反対も無かった。とはいえ例え僅かでも敵対的な者達に襲われるという可能性が有る以上、彼はフェンリスに、二人の革鎧のうち本当に必要とする部位以外は脱がせたり緩めたりするのは止めさせた。そして危険が有ると知っていての行為には明らかに特別の興奮が加わっていた、彼には馴染みのある興奮が。

フェンリスは今日に限って驚くほど積極的で、キスを繰り返し滅多に見せないほどの情熱と積極さでゼブランを翻弄した。彼はすぐに小柄なエルフの上に跨がると、腰を沈めて彼の中へアサシンのものをゆっくりと一回で根元まで受け入れた。フェンリスはその後凍り付いたように動きを止め、歯を食いしばって不快な感覚に耐えた後、ようやく動き始めた。最初はごくゆっくりと、しかし次第に速度を速め、眼を閉じ、彼の身体と頭は背後へ反り返った。

ゼブランは両手を彼の腰に廻して支えながら熱心に彼を見つめた。このエルフが、ほんの僅かばかり前にはひどく抑圧された恥ずかしがりで、親愛の情を示すどんな身体的接触もためらっていたエルフと同じとは信じがたい思いだった。そして今彼は、青々と広がる大空の下で、顔も身体もただ官能の喜びだけを示してゼブランに跨がっている。ゼブランもその喜びに身を任せ、僅かに両膝を曲げて地面に足の裏を付き、フェンリスの下向きの動きに呼応するように自らも上へと突き上げた。彼はさらにフェンリス自身を手に取って彼らの動きに合わせて擦り、二人は共に分かち合う喜びに高らかに声を上げた。

その後、彼らはしばらく草の上で抱き合ったまま横たわり、それから渋々身を離すと身体を綺麗にして、彼らの鎧を再び整えた。フェンリスは自らの行動にとても満足し嬉しそうな様子で、ゼブランもその彼を見てやはりとても嬉しかった。ゼブランは彼に長い、熱っぽいキスを送り、それから二人はようやく馬に乗って街へと戻り始めた。今度も彼らは街道から離れて野原か草地を進み、街のすぐ近くまで来てから初めて街道へ戻ると、厳重かつ熱心に監視の目を周囲に配りつつ、城門をくぐり抜けた。


セバスチャンは鎧の最後の金具を締め、それから金糸で縁取りのされた純白のビロード製の、短めのマントを鎧の上にまとった。優美なマントは多少なりとも彼の鎧の猛々しさを和らげ、腰に留められた彼の長剣を目立たなくしていた。彼は弓や短剣ほどこの武器の扱いが得意では無かったが、しかし彼の弓よりは確かに目立たない武器だった。それと彼は数本の短剣を鎧のあちらこちらに忍ばせておいたが、外から明らかに見えるのは足首に留めた雄鹿の柄の短剣だけで、これは前回教会へ訪れた時にも身に付けていたものだった。

彼は今回教会へそれなりの人数の護衛を伴って行き、セリン衛兵隊長とフェンリスもその中に含まれていた。彼は大部分の護衛と隊長を門の外に残し、礼装の鎧を着たフェンリスと、儀仗兵一人だけを伴って中へと入った。

central nave彼は前回のように大教母の執務室の有る階へ階段を登っていこうとはせず、代わりに礼拝の時に使用される会堂の中央を進み、信徒席や大公家専用区画、さらにその前の聖職者用の座席を通り過ぎ、アンドラステ像の正面の開けた場所へ向かった。彼はそこからシスターの一人に、大司教とグリニスに彼がここで待っていると知らせるよう執務室へと伝言を頼んだ。
彼には、その行為自体が彼らに一つの声明を送ることになることも承知の上だった。つまり彼には会堂から離れてはるばる廊下を登って行き、自らと衛兵を引き離すつもりは無いということを。とはいえ、彼はフェンリスと儀仗兵の二人を少し離れた、簡単に声の届かないところへ立たせておいた。

彼はアンドラステ像を見上げ、静かに祈りを捧げていた。やがて鎧を着た人々の足音が大司教の到着を告げ、テンプラーの小部隊が会堂の中央を進み来ると、列を作って左右の柱に沿って並んだ。それからオディール自身が背筋を固く伸ばし、不快そうな表情を浮かべながら会堂へ入ってきた。グリニスと、他数名の聖職者達もその後に続いて入ってきた。グリニスを除く皆は扉のすぐ内側に留まり、グリニスとオディールはその間にセバスチャンが待つ場所へ歩を進めた。

「閣下、大教母様」と彼は優雅に身を屈め、それぞれに礼儀正しくお辞儀をした。

「ヴェイル大公」とオディールは言って、それから唇を固く結んで彼を見つめた。
「ここはおよそ私達の討議を続けるに相応しい場所ではありますまい」

「アンドラステの御眼が見守るこの場所より、相応しい場所は他に考えられません」とセバスチャンは静かに返し、高くそびえ立つ白大理石の像をちらりと見上げた。
「昨日の会合の後で、私は深く祈りを捧げ私達の討議の内容を熟慮しました」

「それで?」オディールは鋭く尋ねた。

「残念ながら、あなたが申し出られた提案をお断りせねばなりません」

彼女は眼を細めると鋭く鼻で息を吸い込み、僅かに頭が背後に反れた。
「あなたのディヴァインに対する従順の誓約はどうなのですか?」と彼女は尋ねた。
「もし彼女があなたにこれを行えと命じたならば……」

彼は片手を上げて彼女の言葉を制した。
「私はスタークヘイブン大公としての誓いを、チャントリーのブラザーとしてのそれよりも上に置かねばなりません。私の領土内に居る者全てを護り、私の領民を善く在るよう導くという誓いを」

「あなたの領土は西においてはオーレイの国境、東はアマランシン海、そして南はウェイクニング海まで広がろうというのですよ」とオディールは切り付けるように言った。
「フリー・マーチズ全土のとなろうというのに!」

「あるいは。しかしそれらの領域全て、既に彼ら自身の支配者を有しているからには、不当な征服戦争からは良い結果は得られますまい」とセバスチャンは平静に答えた。
「答えは同じです。私は我が先祖がそうであったように、この地を統治することに満足しています。王では無く、大公であることに」

「ディヴァインの御意志に背こうというのですか、テダスにおけるメイカーの代弁者である方の?」とオディールは冷たい声で尋ねた。

セバスチャンは僅かに背筋を伸ばした。
「メイカーは我らに背を向けておられます、彼の定命の子等に」と彼は静かに言った。
「それが教理です。ディヴァインの声は彼女自身の物、そして彼女は、我ら皆と同じく、死すべき者に過ぎません。過つこともありましょう。私はこの件で、彼女に従うつもりはありません」

「ならばあなたは誓約を破ろうというのですか?あなたの誓いは偽物であったと?」と彼女はさらに尋ねた。

「もし他には、全く誤りであると内心では知る命令に従う道しか無いのであれば、ええ、私は誓約を破りましょう」
彼の声は、その言葉を発する時だけごく僅かに震えた。彼はオディールから顔を背けアンドラステ像を再び見上げて、彼女の穏やかな顔を凝視すると、自らを落ちつかせるため一つ大きく息を吸った。
「これこそが正しいと、私は信を得ることが出来ます」

オディールはピンと背筋を伸ばした姿勢からどういうわけかさらに伸び上がり、彼女の手は背後で、まるで何か汚らしい物を避けるかのようにローブのスカートを握りしめていた。再び彼女が喋り出した時、その声は会堂に響き渡り、待機しているテンプラーに聖職者達、それに衛兵達にも聞こえた。
「チャントリーへの誓約をそうも容易く捨てるのですか、ヴェイル大公」

彼は再び彼女に振り返った。しばらくの間、彼は彼女の顔を見つめていた。その表情からして、彼女はその言葉に彼が恥じ入り、服従することを期待しているようだった。あるいは、かつてはそうしたかも知れなかった。カークウォール教会で、偉大なるアンドラステ像の前でひざまずきながら、彼が幾年も前に誓った約束を捨て去ろうとした時、冷たい両手を握りしめるエルシナの温かな掌が、彼を思いとどまらせたかも知れなかった。
しかしもはやそうでは無かった。チャントリーがその誓約を、まるで手綱とハミで馬を操るように彼を支配するための道具として使おうとする時には。信仰の生活は既に過ぎ去り、今の彼は世俗の人生を歩んでいた。もはやチャントリーの命に従う存在では無かった。

彼は背筋を伸ばし、そこに立つ女性に微かな笑みを向け、同様に良く響く声で答えた。
「いいえ。容易くはありません。決して容易くは。ですが私は、もはやチャントリーの位階内の命に従うことは出来ないが故に、チャントリーに対する誓約をここに破棄します。閣下、あなたの命にも、例えディヴァイン自らが命じられようとも、従うことは出来ません。私は良心に照らして何の恥じることも無く、法の秩序と、スタークヘイブン大公として立つと誓った自らの誓約にのみ従うこととなりましょう」

オディールは彼を凝視し、それから身を翻して彼女の頭巾を引き上げた。彼女は再び彼を見ることも、話しかけることも無く、大股で歩いて最初に入ってきた扉から出ていった。

彼はその場に残ったグリニスの顔をちらりと見た。彼女は本当に微かに頭を振り、もし彼がすぐ側に居て、しかも彼女の方を見ていなかったとしたら見過ごしたかも知れなかった。彼女も背を向けて数歩アンドラステ像の方へ近寄り、それから思いもよらない優雅さでひざまずくと静かに祈りを捧げ始めた。彼が踵を返して会堂の中を歩み去り、扉へ向かおうとした時、かろうじて彼女の言葉が耳に届いた。

「罪の名の下にさすらう者、永久に道を見失い絶望する者数限りなし、されど懺悔する者は世の闇に揺るがざる信を得る、されど誇らず、されど弱き者の不幸に勝ち誇らず、ただメイカーの理と創造物のうちに喜びを見いだす、彼女こそメイカーの祝福に平穏を見いだすべし」

彼は心が僅かに高揚するのを感じた。変容の頌歌。まさに今日の会合に相応しい内容だった。メイカーは彼の子等に害を為す者を憎まれる。メイカーは偽の預言者の言葉に潜む嘘を記憶に留められる。暗黒の時代に誘惑に面して信を持つ者のことを。メイカーがそう為さしめる行いを為す者を。

彼は長い会堂の中を、ゆっくりと落ちついた速度で歩み、フェンリスと彼の衛兵が後ろに付き従った。扉のところで彼は一度立ち止まり後ろを振り向いて、遙か遠く会堂の向こうにまだ一人のローブ姿が有り、頭を下げ白大理石の像の前で祈る姿を見た。この先に待ち構える困難な時に、彼女が無事であるよう彼は願った。

彼は同じく変容の頌歌から、言葉の形に唇を動かすのみで発音はせずに、一節を口にした。
「我がメイカーよ、我が心を知れ」

彼は身を翻して、チャントリーを去った。


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第112章 放棄 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    すいません、そこで外れて落ちてたエルフ公の
    タガを拾ったんですけどどうしやしょ?

      ∧_∧ ○
        (・ω・)丿 ッパ
      ノ/  /
      ノ ̄ゝ

    あ、もういらない…こりゃまた失礼しやしたw

  2. Laffy のコメント:

    ああ、すいませんね猫さん、お手数取らせて。
    そこのね、金髪の兄ちゃんに嵌めといて貰えますか?そうそ、色白のヒューマンの方に。
    がっつりと。

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