第113章 待機

アッシュがセバスチャンの居間の、火の入っていない暖炉の側に置かれた肘掛け椅子で丸まってゴロゴロと静かに喉を鳴らしていたが、アンダースはそれを無視してうろうろと歩き回っていた。彼は大公とオディールとの面談がどうなったか心配だった。セバスチャンの拒否に対する彼女の反応はどうだったろうか。アンダースはそれが良くないことは十二分に想像が付いた。最大の心配は、どこまで悪いかと言うことだった。

大司教はとんでもない数のテンプラーを連れて旅をしていた。もし彼女がセバスチャンを拘留しようとしたり、あるいは同じくらい敵対的な行動を取ろうと思えば出来る程の。彼女がそこまであからさまな行動を一国の君主に対して取るほど愚かだとは思えなかったが、しかしチャントリーの組織的な愚昧さには彼は幾度となく驚かされてきた。
確かに、チャントリーに属する個々の人々は善人かも知れないが――例えば大教母グリニス、チャントリーに関わる中で彼が尊敬に足ると認めたごく僅かな人々の一人だった、あるいはここのサークルに居るテンプラー達も――しかし組織としては、その勤めの果たし方において、盲目の巨人の如く盲進することがあまりに多すぎた。

近くの椅子に座ったゼブランは気楽な様子を装っていたが、アンダースにはアサシンの姿勢に潜む緊張から、彼も、やはり心配しているのが見て取れた。しかし彼の場合はセバスチャンよりむしろフェンリスをより心配していただろうが。エルフはごく些細な振る舞いから、彼自らがいかに緊張しているかを示してしまっていた。指の関節を噛んでみたり、両膝を打ち合わせたり。これまで彼がそういう神経質そうな素振りをするのを、それまでアンダースは見たことが無かった。普段このアサシンの重圧や恐怖に対する反応は、むしろ不動の姿勢と緊張した姿だった。今まさに獲物に飛びかかろうとする猫のように、全ての筋肉が緊張し毛が逆立っていた。

「友よ、もし君がそうしてうろうろするのを止めないと、何か悪さを仕掛けたくなるかも知れないよ」とゼブランは突然鋭く言って、アンダースに苛立たしげな視線を向けた。

「すまない」とアンダースは呟き、アッシュを抱き上げてその椅子に腰を降ろし、猫を膝に置いた。彼は神経を静めるため猫の背を撫で始め、二人は静かな緊張のうちに、だらだらと過ぎゆく時間を座って待った。

突然複数の足音が、外の廊下をこちらへ近付いて来るのが聞こえた。二人は飛び上がるように立って扉を不安そうに見つめた。扉が開き、難しい顔付きをしたセバスチャンがさっと入ってきて、そのすぐ後にフェンリスが続いた。大公が無事戻ったのを見て安堵の念が押し寄せるのを感じ、アンダースは静かに溜め息を付いた。

ゼブランは半歩前に出ると止まり、フェンリスと熱烈な視線を交わした。
「上手く行ったか?」とアサシンは、一瞬ちらりとセバスチャンに視線を向けて尋ねると再びフェンリスの顔を食い込むように見つめた。

「それなりに上手く行った」とセバスチャンは言い、溜め息を付いて僅かに肩を落とした。
「終わったのが有難い。オディール閣下は私の返答が間違い無く気に入らない様子だったが、私に対して即座に行動を起こすつもりは無かったのか、あるいは準備が出来ていなかったのか。しかしながら危機が去ったと言うにはほど遠いな、まだ」

ゼブランは頷いた。
「まさにその通りだろうね」と彼は同意した。
「もし彼女がここで何も引き起こすこと無くタンターヴェイルへ移ったとしても、僕ならまだ安全とは思わないだろうな。ほど遠い」

「俺もそう思う」とフェンリスが微かに顔をしかめて口を挟んだ。
「チャントリーが連中の征服計画を、単に君が提供された役割を果たすことを拒んだからと言うだけで簡単に諦めるとは思えない。他にも連中から話を持ちかけられる者が居るだろうな。君程チャントリーとの結びつきが強い必要は無い、真にチャントリーが必要としているのは餌に食いつく日和見主義者だ」

「あるいは絶望した者か」とセバスチャンは顔をしかめて同意した。
「アンズバークあるいはオストウィックは容易に彼らの提案の虜になるかも知れない、もし現在の彼らが陥っている、絶望的な苦境を和らげるとなれば。あるいはタンターヴェイルも……彼らは下流の国々ほど悩まされてはいないが、今既に彼らを苦しめている不穏と争乱が、さらに酷くなるのを防ぐ手段として考えるかも知れない」

「ともあれ、この不快な計画について知っておいて貰わないといけない人々には既に伝言を送ったしね」とゼブランが考え深げに眉をひそめながら言った。
「他にもまだ出来ることがあるかも知れないが、今の時点ではともかく待って、チャントリーが次にどういう動きをするか見ないといけないだろうね」

「そうだな」とセバスチャンは厳しい顔付きで同意した。
「待ち時間が速く終わる方が良いか、それともひどく長い方が良いのか、私にはよく判らないが」

「長い方が良い」とアンダースは静かに言った。「連中が次の動きを見せるのが遅ければ遅いほど、僕達も、他の人々もより準備を整えることが出来るから」

「全くその通りだ」とセバスチャンは小さく頷き、同意を示して言うと、フェンリスに振り返った。
「共に教会に来てくれて感謝するよ。必要とあれば後ろに君と君の剣が控えていると知っただけで、ずっと気分が楽になった」

フェンリスは控えめに微笑み、大公に向かって礼をした。
「役に立てて何よりだ」と彼は言って、ちらりとゼブランの方を見た。
「今日はまだ何か用があるだろうか?」と彼はセバスチャンに尋ねた。

「いいや、多分もう何も無い」セバスチャンは言った。
「君にも、ゼブランにも」

フェンリスは頷き、彼とゼブランは一緒に部屋を出て行った。セバスチャンは彼らの後ろ姿をしばらくぼんやりと見つめ、それからまた溜め息を付いて、なお一層肩を落とした。彼は身を翻してのろのろと近くの長椅子に向かい、どさりと重い音を立てて座り込み、前のめりに屈み込んだ。全ての行動がいかに彼が落胆しているかを物語っていた。
アンダースはためらいがちに後に続き、長椅子の彼の隣に座った。セバスチャンはほとんど彼の存在にさえ気付いていないようで、両手を組み両肘を彼の脚に押し付けて前屈みとなったまま、眼を閉じていた。アンダースはしばらく待って、それからおずおずと手を伸ばし、片手を大公の肩に置いた。

セバスチャンは頭を上げると、惨めな表情を顔に浮かべてアンダースに振り向いた。
「教会で仕えた長い年月の間も、そこを離れてからの間も、あるいは、残る誓約からの解除を求めていた、ここしばらくの間でも……それがこのように終わろうとは、想像すらしていなかった」と彼は静かに言った。
「私は……ひどく失望した。呆れたと言っても良い、恐らくエルシナも同様に感じただろう」

アンダースは沈黙を保った。彼がこの瞬間に言いたいと思うことは、煮詰めると要するに『だからそう言ったじゃないか』となったし、それは今のセバスチャンが聞く必要の無いことだった。
彼にしても、数々のチャントリーへの批判は、もはや気楽に口に出来る言葉では無くなっていた、チャントリーと、その社会の中で占める立場に対する見方がより……過激さを減じた今となっては。チャントリーは悪事と同様に善事も行っていると今の彼には認められたし、そのうち幾つかは守るべき物だった。しかしながら、彼はディヴァインや、あるいはオディール大司教のような人々は、その中に含めようとは思わなかった。

何か言う代わりに彼は身を屈めて両腕のセバスチャンの肩に廻し、一瞬固く彼を抱きしめてそこから彼が慰めを受け取ってくれることを願った。それから彼は側に静かに座り、セバスチャンの手を両手に包みこんだ。その間もセバスチャンはぼんやりと壁を見つめ、彼の顔に浮かぶ表情からは暗い考えに沈んでいる様子が伺えた。

「今夜の夕食には子供達も招待しようと思う」
しばらくして、セバスチャンが手を引き抜きながら静かに言った。
「来てくれるか?ユアンはお前とまた会えれば喜ぶことだろう」と彼は付け加えて、メイジの顔を覗き込んだ。

アンダースはセバスチャンに優しく微笑みかけた。
「彼と会うのは僕も嬉しいよ」と彼は言った。
「犬達を連れて行く方が良いかな?」

セバスチャンは声を出して笑い、口の両端が微かに上を向いた。
「ぜひそうしてくれ!多分ハエリオニなら、ティーグに適当な行儀を躾けられるだろうから」と彼は言って、それから溜め息を付き――今度のは惨めな思いから来るものではなく、緊張のほぐれた印だった――身を起こして背を伸ばした。
「さて。私はもう少し仕事を片付けておくべきだろうな。良ければここに居てくれないか、お前がいる方が寂しくなくて良い」

アンダースは頷いた。
「先にコテージに戻って犬達をちょっとだけ表に出して、それから今読んでいる本を探して、すぐ戻って来るよ」と彼は同意して言った。

セバスチャンは彼に暖かく微笑みかけた。
「それで良い」と彼は言って立ち上がると、手で軽くアンダースの肩に触れた。
「私は書斎に居よう」と彼は言って歩み去った。彼の背筋は再びまっすぐになっていた。


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