第114章 二人の意図

夕食の席に子供達を招いたのは本当に良かった、そうセバスチャンは思った。子供達と共に夕食を摂るのは、神経を尖らせた一日の完璧な解毒剤となった。ユアンのはしゃぎぶり、ナイウェンの静かな笑い顔、ピックがユアンの小さな侍従としての役目を果たしていくに従って、自信を深めている様子。

ピックはユアンの隣の席に座り、二人の少年は食事の間中ほとんどずっと二人でささやきあってはクスクス笑い、そこには主人と召使いの明確な隔ては見あたらなかった。メリドワンは子供達を見守りながら温かく笑い、ディランは静かに微笑んで同席を断ると、扉の近くに立ってユアンの周囲に眼を配り、まさしく彼の任務を確実にこなしていた。

アンダースも明らかに夕食を楽しんでいて、子供達からの時には馬鹿げた沢山の質問に答えながら声を出して笑っていた。食事が終わった後で、子供達は三匹の犬と猫と一緒に居間の床へ座り込みしばらく楽しい一時を過ごした。セバスチャンが期待していたように遊んでいる間にティーグが興奮しすぎると、ハエリオニが時折静かにさせていた。

セバスチャンは少しばかり残念に思いながら、ようやく子供達とその保護者を彼らの部屋へ戻らせた。彼はその長い日の後で大層疲れていたが――おまけに、前の夜もろくに眠れなかった――しかしそれでもかなり寛いだ気分になっていた。

アンダースはまだ居間に居て、彼のお気に入りの肘掛け椅子でくつろぎ、アッシュが膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしていた。犬達の姿は見えなかった。メイジはセバスチャンが廊下に出ている間に犬達を階下に戻したに違いなかった。ワインが一本、椅子の間のテーブルに開けられ、グラスが一つセバスチャンのために置いてあった。彼はワインを自分で注ぎ、それから椅子に座ってアンダースに疲れた笑みを見せると一口啜った。アンダースは微笑み返して、それから彼もワインを啜った。

彼らはただ座って、話をするでもなく、ただワインを一本ゆっくりと開けた。それからセバスチャンがため息をついて彼のグラスを置いた。
「もう寝ないといけないな」と彼は言った。

アンダースは頷き、グラスに残ったワインを飲み干すと、先に立って寝室へと歩いて行った。セバスチャンは去年の秋、今日と同じように食事の後でワインを飲んで、一緒にここに入った時のことを思い出して微笑んだ。酔った二人、アンダースのつまずきとその後の続くキス、それから何もかも変わった二人の関係。寝室に入りながら、アンダースが恐らくは同じ記憶を思い出してか、肩越しににっこり笑うと振り向いて立ち止まった。

セバスチャンは数歩彼に歩み寄り、今度は確信ありげにメイジの身体に両腕を回した。彼は一度だけ、優しく、しかし熱っぽくメイジにキスをした。今ではもうそこから先へ進んでも良いと判っていたが、しかしまだ彼にはその準備が出来ていなかった。キスが終わったときにメイジが見せた笑顔は、疑問も不安もなく……ただ彼を受け入れていた。

「お休み、セバスチャン」とアンダースは優しい声で言って、また彼の腕の中でゴロゴロ喉を鳴らすアッシュを抱えたまま、静かに身を翻して階段を下りていった。


次の二日間は、オディール大司教が何か動きを見せないか、見せるとすればそれは何かと見守る緊張の内に過ぎ去った。セバスチャンはいつものように仕事で忙しくする間も、毎日必ず子供達と過ごす時間を取るようにした。とりわけ子犬のティーグを躾けるユアンを手伝うというのは、何しろそれはやらなければならないことだったから、彼にとって机を離れる良い言い訳となった。ユアンはあっという間にティーグの躾け方を飲み込み、そして子犬の主人に対する献身は、どれほど彼が良くユアンの言うことを聞くようになったかでも明らかだった。

アンダースも毎日の昼食以外にも、セバスチャンが仕事をしている間に側で座って本を読んだり、あるいは子供達の部屋に行くときに同行したりして、大公と共に時間を過ごした。ユアンはメイジがいつも二頭の犬を連れて居る訳ではないことにがっかりしていたが、アンダースは城の中でずっと三匹の動物を連れ歩くのは随分面倒だと指摘した。それにもし他の犬がうろうろしていれば、ユアンにだけ注意を払うべきティーグの気が散るかも知れないと。ユアンはとりあえずそれで納得した。

ナイウェンはアッシュが大層気に入った様子なのに、セバスチャンは気がついた。他の皆がティーグに構っていたり、あるいは互いに喋っている間、彼女は長椅子の上で腹ばいになって猫を優しく一心に撫でていた。彼はそれを見て微笑み、次に何か子供達にプレゼントを贈る時は、彼女への贈り物は決まったと思った――適当な時期を見計らえば、乳離れしたばかりの子猫をまた見つけられるだろう、おそらく。

二日目の午後遅く、彼は教会からの伝言を受け取った。少なくとも公式の様式には従った、しかし氷のように冷淡な文面で、大司教がタンターヴェイルへと移動することが決まり、彼女は翌日船に乗って出発することを彼らに知らせていた。これで彼女からの、あるいはチャントリーからの危険が去ったわけでは無いとセバスチャンには判っていたが、それでもとにかくあの女性が近くから居なくなることに彼は大いに安堵した。とりわけ、ゼブランも指摘したように、彼女が行動を起こすまでに時間が掛かれば掛かるほど、彼らと、彼らに協調してくれる勢力が準備を整える時間が取れるとなれば。

セバスチャンは翌日の朝、波止場へ赴き――無論、充分な護衛を付けて――出発する彼女を見送った。二人は礼儀正しく、決まり文句に少し色を付けただけの挨拶を交わした。そして彼女の船が波止場を離れ上流へと向かった時、彼はようやくチャントリーの計画を知ってからというものずっと心に抱えていた緊張が、少しばかりほぐれるのを感じた。少なくとも、ようやく一息つく余裕が出来たというところか。とは言ってもそれがどれくらい続くかは、誰にも判らなかったが。

彼はかなり気分を良くして城へ戻ったが、あいにくその気分は長続きはしなかった。アンダースが居室で待っていて彼に手紙を手渡した。グリニスからの手紙で、教会から密かにシスター・マウラへと手渡され、彼女からアンダースに渡されたものだった。グリニスは文中で、彼女が実質上教会内に拘束されているとほのめかし、大司教からの信頼厚き聖職者達とテンプラーの一群が、彼女を『補佐』するために後に残されたと告げていた。

この結果、彼を手助けするために彼女に出来ることはほとんど無くなったが、しかしながら彼女は必要量のリリウムを、今後も続けて定期的にサークルへ届けさせるように手配していた。『全てのテンプラーに足りる量』を。セバスチャンはその行間に書かれた意味を読み取った。彼同様、サークルのテンプラー達は、もはや全量の摂取を必要としない者がほとんどだとグリニスも知っていた。彼女は彼らへの送付量をわざと高く保ち、オディールが後で供給を止めた場合に備えて蓄えておけるようにしていた。単にテンプラーが消費する分だけでは無く、他の用途にも備えて。彼には、彼女が相当努力したことがよく判った。あそこのテンプラーを即座に大司教の統制下に置かないようオディールを説得するのは、決して容易いことでは――あるいは安全でさえ――無かっただろう。

その日もひどく長く感じられ、彼はもっぱら更なる仮定に基づく計画を練るのに時間を費やした。彼はスタークヘイブンのささやかな常備軍に追加で新兵を雇い入れる許可を出し、それは同時により多くの避難民に対する雇用対策ともなった。それ以外にもいつも通り片付けねばならない事務仕事があり、大半は街の拡張計画と関わりがあった。未だ街の財政は健全であったが、それでも極力出費を抑え、かつ出来るだけ速く仕上げるために、彼は街の新区画のための防護壁拡張工事でメイジの力を借りることが出来ないかと考えていた。彼はその件に関してロレンス騎士団長へ長文の手紙を書き、サークルに居るメイジの中でそういった仕事を受けられる者が居れば手を貸して欲しいと依頼した。

アンダースはその日の午後遅く、本を片手に再び現れて、部屋の隅に置かれた座り心地の良い椅子に腰掛けた。二人はにっこりと笑みをかわして、それからセバスチャンは仕事に戻った。手元の仕事に集中するあまりほとんどアンダースの存在を忘れていたが、それでも彼は時折顔を上げ、まだメイジがそこに居るのを見て心慰められるものを感じていた。

夕方になって、ようやく彼は一つ溜め息を付くと残った仕事を横に押しやり、椅子に深く腰掛けて本を読んでいるアンダースの横顔をじっと眺めた。しばらくしてメイジはふと顔を上げ、セバスチャンが彼の顔を眺めていることに気づいて温かく笑いかけた。

セバスチャンは立って机の後ろから歩み出ると、部屋を横切りアンダースの椅子の側へ行った。メイジは読んでいた頁に指一本挟んでパタンと閉じ、セバスチャンの顔を訝しげに見上げた。

「今晩は二人だけで夕食にしないか?」
セバスチャンは本当に微かにしゃがれた声で、アンダースの頬を指先で触れながら尋ねた。

アンダースは彼の顔を探るように見たが、それからゆっくりと笑みを浮かべて立ち上がった。
「そうしよう」と彼は優しく言った。
「僕のところ、それともここで?」

「どちらでも私は構わないよ」とセバスチャンは答えた。

「じゃあ、僕のコテージだ」とアンダースはきっぱり言った。
「本式の晩餐でも無いし。もし君が簡単な夕食でも構わなければだけど……?」

「簡単な夕食で良い。お前と分けられるだけのパンと上等のワインが幾らかあれば充分だろう」

アンダースは唇を曲げて笑った。
「それよりはもうちょっと食べごたえのある物を用意できるよ、間違い無くね。最初に食べるのはそれでも良いけど」と彼は同意した。

「私は先に着替えをして風呂に入った方が良いだろうな」とセバスチャンは言った。彼はまだ、オディールを見送るために波止場へ行った際の仰々しい服を着たままだった。彼女を思い出させるような物は、今夜は何も身に付けておきたくは無かった。

アンダースは頷いた。
「そうしてくれ」と彼は言った。「僕は夕食の準備を始めておくから」

その後アンダースはコテージに戻り、セバスチャンは浴室へと向かった。今夜が単に二人のための簡素な夕食で始まるとしても、そこで終わるつもりは二人とも無かった。

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第114章 二人の意図 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

        ●○
      ○○◎○◎●
     ○◎◎○○◎○○
    ◯◯○●○◎○●○◎

    もうタガが外れすぎて収拾つかないお(´・ω・`)
    しょうがないから佃煮にするお

  2. Laffy のコメント:

    佃煮ウマーwww

    「先に着替えて風呂に入った方がいいかなあ」
    「そうしてちょ」(You do that)

    だもんなアンダースw 
    もう完璧に上から目線。こいつは……

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