第117章 信頼する友人

セバスチャンは彼の机の椅子にもたれ掛かりあくびを抑えようとした。あるいは今朝の仕事は切り上げて、一寝入りした方が良かったかも知れない、昨晩はひどく遅くまで起きていたのだし――それに彼がようやく眠りに付く前にどれ程疲れていたかを考えれば。しかしながら彼の机の上には、最近の心配事に関する山ほどの仕事が待っていた。

昼食の用意を調える召使い達が立てる音を聞いて彼はホッとした。彼は明らかに休憩を必要としていて、昼に近付くに連れて仕事に心を集中させるのがどんどん難しくなって、ただそこに座ったまま、昨晩の出来事を頭の中で繰り返しながらぼんやりと笑顔を浮かべている自分に気付くのも一度や二度では無かった。楽しい時間の潰し方ではあったが、あいにくと彼の机の上を片付けるのには少しも貢献しなかった。
彼は身を起こして座り直すと、その日の朝から彼が読んでいた書類の最後まで目を通して――攻城戦となった際に、城壁の中に今現在蓄えてある物資で何日間持ちこたえられるかに関する試算だった――不足と見える穀物と塩漬け肉の追加貯蔵分の購入を許可するサインを記すとペンを置き、立ち上がって居間へ向かった。必要が無いに越したことは無いが、念のためだ。

彼が席に座ったちょうどその時、フェンリスとゼブランが入ってきた。二人が今日は良く合った服装を着ていると思いながら、彼は笑いかけた。同じような濃焦茶色の革のレギンスと、無地の白いリネンシャツ、フェンリスは深緑色の生地に、きらきら輝く銀糸で模様が編み込まれたスカーフを巻き、そしてゼブランもよく似た、しかしより濃い緑色のスカーフを巻いていて、その金糸で刺しゅうされた花柄の模様はフェンリスの銀糸の幾何学模様と好対照を成していた。

「市場へ出かけて居たのか?」と彼はゼブランが彼の左に、フェンリスがその向こうに座るのを見ながらゼブランの首に巻かれたスカーフに向けて頷くと不思議そうに尋ねた。

「ああ、今朝は下町に馬で行ってきたよ」とゼブランが明るく答えて、彼の新しいスカーフに手を触れた。
「フェンリスがこれを僕に買うと言い張ってね。僕も大いに気に入った」と彼はもう一人のエルフを悪戯っぽい顔で見つめながら付け加えた。

フェンリスは何も言わなかったが、彼の笑顔からすれば彼自身も大いに喜んでいるようだった。

フェンリスとゼブランが今朝の遠乗りの間に見かけたことを彼らが話し合っている時、アンダースが寝室の方から部屋に入ってきた。セバスチャンは顔を上げてメイジににっこりと笑いかけ、アンダースも同じく温かな笑みを返した。アンダースは通りすがりにセバスチャンの肩に軽く手を触れ、セバスチャンは思わず手を伸ばして彼に触れそうになったが、メイジはそれから他の二人を思い出したかのように、彼の方をちらりとも見ずに椅子を引くと腰を降ろした。

テーブルの下にある彼の右脚を、誰かの手が掴んだ時、セバスチャンは飛び上がらないようにするのが精一杯だった。彼はアンダースを眺めやったが、しかしメイジは彼の方を見てさえおらず、代わりにテーブルの中央に置かれた大皿の蓋を開けては、中の料理を覗き込んでいた。しばらくして彼はそっと右脚を動かし、アンダースの脚に付けた。手は微かに膝頭を握りしめた後、アンダースは両手を使って忙しく料理を取り分け始めた。セバスチャンは口元に浮かぶニヤニヤ笑いを覆い隠すため、澄ました顔でナプキンで口元を叩いた。

彼らが抱えている心配事の数から考えれば皆驚くほど良い気分で、食事の時間はあっという間に過ぎ去った。しかし彼らは注意深く深刻な話題は避けて、診療所の新しい助手がどれ程訳に立っているかとか、あるいは次は何時に武器の練習を出来るだろうかとか、最近ユアンとティーグがかかり切りになっている悪戯の話とか、そういった軽い話題に絞っていた。

食事の後でアンダースとフェンリスは共に図書室へ向かった。アンダースはエルフが次に読む本を選ぶのを手伝い、それから再び書き方の授業を始めることになっていた。最近彼らが取り組んだ、チャントリーの計画について友人達に向けて手紙を書くという実技演習の後で、フェンリスはもはや活字体だけで無く、内容に相応しい筆記体の書体を身に付けなければいけないと固く決意していた。ゼブランと二人で一緒に書状をしたためる間、アサシンの流麗な筆跡と比べて自分の手紙がひどく子供っぽく見えたのが、彼は大いに気に入らなかった。

ゼブランは昼食のテーブルに座ったまま、彼らが出ていくのをワインをすすりながら眺め、二人を扉のところまで見送ってから戻ってきたセバスチャンに謎めいた視線を向けた。
「すると……君とアンダースはついに単なる友人同士では無くなったと考えて良いのかな?」

セバスチャンは顔が真っ赤になるのを感じたが、しかし否定する術の無いことは判っていた――無論彼にもそのつもりは無かった。
「ああ」と彼は答えて、不思議そうにエルフを見つめた。「どうして判った?」

ゼブランは開けっぴろげな笑みを浮かべた。
「まあしばらく前から予想はしていたよ、とりわけ君が最近、残る誓約を実に劇的に解消したからには。それと、アンダースが部屋に入ってきたときに君達が交わした視線や手の動き、テーブルの下のロマンチックな出来事と、それを隠そうと打った実に可愛らしいお芝居とかは……多くを物語ってくれるものだよ、僕にはね」

セバスチャンはさらに顔を赤らめ、彼の両耳までが熱くなるのを感じた。
「私達がそうも明け透けになっていたとは思わなかった」と彼は認めた。

ゼブランは声を立てて笑った。
「僕がアサシンであるのと同時に、そういうロマンチックな方面に関しても歴戦の勇者だと言うことを忘れて貰っては困るよ。他の大勢より観察力はある方だし、他の人達の手が今どこに置かれている可能性があるかを追跡するのは癖のようなものだ、特にそれらが僕の視界の外にあるときはね。それに、君からは何時もの香りと違って、アンダースが使う石けんの匂いがした、つまり何らかの理由で君は彼のコテージで風呂に入ったということになる。
それと、君達は二人とも僕とフェンリスを信用しているから、食事の間中、お互いに対する関心をほんの形ばかり覆い隠そうとしただけに過ぎない。彼にしても君にしても、誰か見知らぬ人の前でそういう行動を取るとは思えないな」

「いや、もちろんしないだろうな」とセバスチャンは同意して、微かに顔をしかめた。
「遠慮せずに済むならもっと良いのだが。私はアンダースの恋人であることを恥じては居ないが、しかし同時にそのことを公に知らせる必要があるとは思わない。既に充分過ぎるほどの困難が待ち構えているところに、余計な干渉を招くことは無いからな。私達二人は互いの幸せを、秘密で護る方が良いだろう」

ゼブランは頷いた。
「悲しいかな、その通りだね。それで、」と彼は笑みを大きくして尋ねた。
「グレイ・ウォーデンの体力は堪能したかな?」

セバスチャンはぽかんとエルフに向かって口を開けたまま、あまりに驚いて返す言葉が見つからず、彼の頬は再び真っ赤になった。

「その顔からすれば答えは『ああ、とても』ということで良いようだね。僕がもう何年も、グレイ・ウォーデン達の中で暮らしていたと言うことを忘れたのかな。彼らの中には大勢の恋人達が居たから、僕がそういった事柄に……まあ、どちらかというと直接にね、詳しくなるのは自然の成り行きというものさ」

セバスチャンは強いて彼の顔に笑みを浮かべた。アサシンは単に普段の彼よりも的の中心に向かって矢を放ってきているだけで、アンダースとセバスチャンの私生活に対する彼の関心に腹を立てる理由は何も無かった。そもそもゼブランは共通の友人として、二人が一緒になるのに大いに役立っていた。アンダースがソリア一行に『誘拐』された際に、アマランシンへ戻るか、あるいはソリアとホークに従って旅に向かうかと尋ねられたアンダースが、スタークヘイブンへ戻りたいと言ったと彼に話してくれたのがゼブランだったということも、彼は忘れては居なかった。

「堪能したよ」気が付くと彼はそう答えていた。
「大いに」

ゼブランは白い歯を見せて大きく笑った。
「それは良かった」と彼は言い、それから唐突により真剣な表情が彼の顔に浮かんだ。
「時には、ひどく圧倒されるような経験になり得るからね。とりわけウォーデンと、テイントを受けていない人々の間では、誤解の元になったり、感情を傷つける原因にもなりかねない。ウォーデンで無い恋人の方は、もう一方の性欲に怖れをなすかも知れないし、あるいは相手を満足させられないと恐れるかも知れない、あるいは必要に応じて相手に控えてくれと言えなくて悩むとかね。もし二人の間に充分な意思疎通が無いと、肉体的に傷つくことにさえなりかねない」と彼は説明して、それから微笑んだ。
「とはいえ、ヴィジルズ・キープ当時のアンダースは思いやりのある恋人として定評があったからね、そんな問題になるとは思えないけど」

セバスチャンは昨晩のことを甘やかに思い出しながら微笑んだ。
「いや、そうはならないだろうな」と彼は答えた。
「彼はとても察しが良いし、何事に付けても優しくて上手だ」

「おーや。まあ、もし彼ほどの常人離れした体力の持ち主をどう扱うかについて、なにか助言が必要になったら何時でも聞いてよ?そういう件については僕も長い間に色々と技を覚えたからね」とゼブランは魅力的に笑いながら提案した。

セバスチャンは鼻を鳴らしたが、エルフに向かってニヤリとして見せた。
「いつかその提案を聞くかも知れないな。しかしながら最初は、自分自身でどれ程趣向を凝らせるか見てみたい。もう長い昔の話ではあるが、教会に入ってそういう方面での探求を断念することになるまでは、私もかなり幅広い経験の持ち主だったからね」

ゼブランはさらに大きく笑ったがそれ以上付け加えることはせず、代わりに頷いてグラスに残ったワインを飲み干すと立ち上がり、楽しい午後をと大公に挨拶して部屋を出て行った。

セバスチャンはしばらくテーブルに着いたまま自分のワインをすすり、考えに沈みながら時折静かに笑みを浮かべたが、やがて一つ溜め息を付いてグラスを置き、さらに仕事を片付けるため彼の書斎へ戻っていった。


アンダースは彼の寝間着に着替えながら、昨夜を思い出して微笑んでいた。彼にさえ一日中疲れを感じさせるほど激しい夜だった。セバスチャンがどれ程疲れているかは彼には想像するしか無かったが、それでも疲れ果てるまで徹底的に大公を攻め立てたことに後悔はしていなかった、とりわけ今朝彼らが別れるときの、男の挑戦的な発言の後では。
セバスチャンの提案を二人が試せる夜が待ち遠しかったが、しかし今夜ではあり得なかった。二人が繰り返しての行為に挑めるようになるまでは、セバスチャンには少なくとも数日の休養が必要だろうから。

それでも、彼は午後遅くに大公からのメモを受け取り、そこには彼が今晩有る貴族の家で夕食会に出なくては行けなくなり、戻り次第床に就くつもりだと書いてあった。彼が戻ってきた時に、アンダースが彼のベッドに居てくれれば嬉しいとも。アンダースは無論その予定に何の異議も無く、彼自身の夕食の後ですぐに風呂に入り、身体を乾かして髪を梳き、小綺麗に後ろでまとめてから紐で結ぶと清潔な寝間着を着て、アッシュと読みかけの面白い本を腕に抱えて隠し階段を上がっていった。

セバスチャンが部屋に戻ってきたとき、彼は大公のベッドの上で本を片手に脚を組んで座り、アッシュが膝の内側でゴロゴロと喉を鳴らしていた。セバスチャンは扉のところで立ち止まると嬉しそうに彼を見て微笑んだ。
「来てくれて嬉しい」と彼は言って、メイジにキスをするため大股で歩み寄った。

アンダースは本を横に置いて彼に温かく微笑みかけ、二人は長いキスを交わした。
「今夜はどうだった?」とそれから彼は男の顔を見上げて尋ねた。

セバスチャンは嫌そうな顔をして、身を翻すと服を脱ぎ自分も寝間着に着替えに掛かった。
「長かった。大司教が私のチャントリーへの離反について貴族達の間に色々噂を撒き散らしていたというのは知っていたが。貴族達の何人かに改めて、私が異議を唱えたのはチャントリーの権威を背後にしたオーレイの拡張主義に対してだと、改めて強調しなくてはいけなかった」

「もし君が大司教と共に動けば、ディヴァインは君をフリー・マーチズの王にするつもりだというディヴァインの計画については連中に話したのか?」

「いいや」とセバスチャンは言った。
「もしそう聞けば、彼らの半分は良い考えだと思うかもしれないし、また別の半分はフリー・マーチズの王というその考えを聞いただけでチャントリーに背こうとするかも知れない。そしてまた半分は、大司教が触れ回った噂が何であれ疑いも無く信じ込み、私がチャントリーの計画について見え見えのあからさまな嘘を付くのは、チャントリーと仲違いをしたからだと思うだろう」

「……半分が三つあるよ」とアンダースは、セバスチャンが彼と共にベッドの中に潜り込む間に指摘した。

セバスチャンは鼻を鳴らした。
「皆が等分という訳では無い、重なり合っている」と彼はくそ真面目な顔で説明すると、アンダースに向かって愛しげに微笑んだ。
「貴族達も、チャントリーももう充分だ。寝よう」と彼は優しく言った。

アンダースは頷いた。二人の男はしばらくの間ベッドの中でもぞもぞと身動きし、お互いが等しく快適な姿勢を取った。アンダースはセバスチャンに背後から抱きつかれ、大公の腕の一本が彼の枕の下に、もう一方は腰に覆い被さっていた。彼はセバスチャンの腕を抱き、二人は手を握り合った。大公が彼の髪の紐を抜き、頭に鼻先を埋めるのを感じて微笑んだ。さらに少し後で、少しばかり余分な圧力を彼の尻に感じて、彼の笑みは大きくなった。

「どうやら君も既に回復したみたいだね」と彼はささやき、何の話かをはっきりさせるため彼の腰を後ろに押し付けながら、頭をかしげて後ろのセバスチャンを見た。

セバスチャンは愉快そうな声を立てた。
「ああ、もし私が忌々しいほど疲れていなければ、これをどうにかしようと思ったかも知れないが。だが今夜は単に寝るのが一番だ」と彼は言ってアンダースの頬にキスをした。
「さあ、おとなしくしろ、メイジ」

アンダースはニヤッと笑い、頭を戻して元の姿勢を取った。
「今のはまるでフェンリスみたいに聞こえるな」と彼は指摘した。

「彼ならまだマシな方だろうよ」とセバスチャンは言って、それから大きくあくびをした。
「さあ、もう黙って」

アンダースは同意の呻き声を上げた。近々と互いに寄り添った温かみと、彼らの足下で丸くなったアッシュの静かに喉を鳴らす音に誘われて、二人は眠りへと引き込まれていった。

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