第119章 一目瞭然

アンダースが目を覚ました時、身体のあちこちが痛んだが彼は気にも留めなかった。彼はセバスチャンと共に横になり、まだ二人の脚は絡み合い腕は互いの身体を抱いていた。およそ寝心地が良いとは言えなかったが、それでも愛する者の腕に抱かれて目覚めるのは全世界中で一番素晴らしい目覚め方だった。彼は微笑んでセバスチャンに廻した腕に少しばかり力を込め、大公がもぞもぞと身体を動かして眼を覚ますのを感じた。彼は頭を捻ってセバスチャンの顔を見つめ、彼を見つめる男の眼に浮かぶ表情に、頭の上からつま先まで温かな震えが走るのを感じた。

彼らはゆっくりとキスをして、互いの口中の味に顔をしかめる相手の顔を見て笑い合った――およそ昨晩の甘さとはかけ離れていた。セバスチャンは身体を廻してうんと手を伸ばすと、まだベッドの側のテーブルに置いてあったマグカップを取った。まだ水が少しだけ残っていた。二人はそれを分け合って飲み、それからもう一度キスをした。

「ずっと良いな」とセバスチャンは感想を述べ、それから仰向けに転がりアンダースを引き寄せ、メイジが彼の胸の上に覆い被さるような体勢になった。セバスチャンは脚を広げて膝を上げアンダースの太腿を両端から挟みむと、片方の眉を上げ微かにニンマリと微笑みながらアンダースに向かって彼の腰を押し上げ、メイジに彼の興奮を感じさせた。

アンダースは、無論のこと、既に昨晩の行為からかなり回復していた。少なくともセバスチャンの誘いかける様な体勢に即座に反応を示すくらいには。今度はアンダースが長い手を伸ばして油軟膏の壺を引っ掴んだ。それから二人はしばらくの間沢山のキスを交わしてはくすくす笑い、時にはくぐもった叫び声を上げながらゆっくりと互いの身体を愛撫し、それから彼はゆっくりとセバスチャンの中へ滑り入った。

大公は両腕と脚をアンダースの身体に絡ませて彼を思いきり抱き寄せ、メイジがゆっくりと腰を動かし始めると嬉しげに鼻を鳴らした。アンダースも両腕を胸部に廻して、二人はこれ以上無い程に互いの身体を引き寄せた。アンダースが彼の中へ突き入れる度に大公は小さな唸り声を漏らし、それがますます二人を煽り立てた。アンダースは男の胸に顔を埋めて呻くと絶頂を迎え、ほんの少し後にはセバスチャンも身を大きく震わせると彼自身の絶頂に向かって大きく叫んだ。彼は身体を起こしてセバスチャンの顔を眺め、二人の男は幸せに満ち足りた表情で互いを見つめ、再び口付けを交わした。

「お前が愛しい、怖くなる程に」セバスチャンはささやくように言うと、アンダースの身体に廻した腕にまた力を込めてきつく抱きしめた。

アンダースは身を震わせ、セバスチャンの首元に顔を埋めた。
「僕を愛していると言ってくれた人は今まで四人だけだ。母さんと、カール、ホーク……それと君」

セバスチャンは何かに驚いたように身を固くして押し黙った。アンダースは頭をもたげ、心配そうに彼の顔を覗き込んだ。セバスチャンの眼は閉じられ、見守る間に涙が瞼からこぼれ出て来た。
「お前は……」言いかけて大公は言葉を切ると、大きく瞬きをして頭を廻しアンダースの顔をまっすぐに見つめた。彼の睫毛が涙でくっついていた。
「たった二人しかいない、私に愛していると言った者は」と彼は擦れた声で言った。
「本当の意味でそう言ってくれたのは。私の祖父が一度、そして今、お前がいる」

セバスチャンはさらに腕に力を込めて、アンダースを抱き寄せると顔を男の肩に埋めた。
「どこにも行くな、どこにも」

「行かないよ。自分からはね。絶対に」とアンダースは答えて、セバスチャンを安心させる様に頭と肩を撫でて、二人は互いに抱き合い、相手の存在に慰めを見いだした。ようやく二人は腕を緩めて寛いだ気分になって、長い間そこに横たわったまま互いを見つめ時折キスを交わしては相手の身体に触れ、ただそこにいるだけで共に大いなる満足を味わっていた。

ようやくセバスチャンは溜め息を付くとアンダースに向かって白い歯を見せて笑った。
「もうすぐ昼食の時間だ。起きて礼拝に行く用意をしなくてはな」

アンダースは頷き、身体を起こして座ると顔をしかめて痛む肩をぐりぐりと廻した。
「もう一度風呂に入りたいな。あっついのに」と彼は言った。

セバスチャンは暖かく彼に笑いかけた。
「一緒に入っていくか?」と彼は提案した。

アンダースはニヤッと笑って言った。
「そうしたいところだけど、また風呂に入るのが遅れてもいけないし。それに僕の綺麗な服はみんなコテージにある」と彼は残念そうに指摘した。

セバスチャンは頷いた。「判った。また昼食の時に会おう」

アンダースは頷き返すと立ち上がり、身を屈めて最後にキスを交わしてから昨日着てきたシャツとレギンスだけ身に付け、残りの服をひとまとめに持ち上げるとそそくさと階段を下りてコテージへ向かった。彼はボイラーに水を張って火を入れると、それから外に出て一晩中外でうろうろしていた動物達を中に入れてやった。

犬達は随分長い間表にいた後で、ようやくコテージに入り彼と会えたことを大いに嬉しがっていたが、アッシュは置いてきぼりにされたことに明らかにむっとした様子で、不服そうな声で鳴いた。少なくとも彼らは空腹では無いはずだった。犬舎の少年が毎朝犬達に食事を持ってきて大きな鉢に盛ってくれたし、アッシュが美味しそうな欠片を選り好みして、犬達の鼻先から掠め取っていたのは間違い無かった。ガンウィンはアンダースの匂いに大いに興味を示し、不適切な箇所にひたすら鼻先を突っ込もうとした挙げ句、とうとうメイジに鋭く口笛を吹いて伏せと命じられた。

アンダースはその後、水が温まるまでバターを塗ったパンを何枚かと、冷たいハムを幾らか紅茶と共に流し込み、それからゆっくり熱い湯に浸かって身体の痛みが消え去るに任せ、一番ひどいところにちょっとだけ治療魔法を使った。彼は身体を拭いて乾かすと寝室に戻り、熱心に手持ちの上等な服を選び出した。彼のお気に入りの濃い紺青色のレギンスと、無地の白シャツ、レギンスと同じ紺青の薄い上着。上着のピカピカ光る真鍮のボタンにはスタークヘイブンの象徴である雄鹿の浮き彫りがあった。それから彼は髪の毛を後ろでまとめ上げ、濃青色の紐できちんと結んだ。とっくに機嫌を直したアッシュを抱き上げると、彼は階段を登っていった。


セバスチャンの寝室からは、昨晩の名残は既に全て消し去られていた。セバスチャンは綺麗に身支度を調え、居間に座って読書をしていて、召使い達がちょうど昼食の用意を調えたところだった。彼は顔を上げると入ってきたアンダースに微笑んで立ち上がった。
「アンダース」と彼は真面目な声で言い、彼の眼の輝きと普段より少しばかり大きな笑みだけが彼の内心の喜びを僅かに表していた。

「セバスチャン、今日はまたとりわけ立派な格好だね」とアンダースは言うと、大公の装いをしげしげと眺めた。重厚な輝きの黒革のブーツ、側の縫い目に沿って金モールの飾が付いた黒のレギンス、純白の絹のシャツ。椅子の背に掛けられたほとんど白に近いクリーム色の上着の首回りと手首は同じく金モールで飾られ、左胸には手の込んだ雄鹿の刺しゅうが金糸で施されていた。
椅子の側に立てかけられた長剣の、白革と金の金具で出来た鞘から見える柄には華麗な装飾が施されていた。
「これは一体どういうこと?」

セバスチャンは笑顔を見せ、僅かに厳しい口調で言った。
「今日は、オディールが去ってから私達が初めて共に参加する礼拝だ。礼拝の後で私は大教母に面会を求めるつもりでいる。大司教が後に残していった聖職者とテンプラー達に、もし彼らが私の邪魔をするつもりなら、相手が誰かと言うことをしっかり思い出させておこうと思ってね」

アンダースはゆっくりと頷いた。
「連中が一体誰を相手にしようとしているのか、その服装なら一目瞭然だろうね」

セバスチャンは残る二人にも彼の目論見について伝えてあったに違いなかった。ゼブランとフェンリスが数分後に昼食のため姿を現したが、彼らも共に出来るだけの礼装を着ていた。フェンリスは彼の一番目立つ鎧一式――セバスチャンの鎧と同じ色調の――に身を包み、一方ゼブランは貴族らしく装い、大司教の歓迎パーティで着たのとほとんど同じ服装で、ただし彼の飾帯と同じ青色をした上着を着用し、パーティの時にめかし込んだ太腿までのブーツの代わりに、普通の黒いブーツを履いていた。

彼らが昼食を食べ終えた後で子供達の一行も姿を現した。彼らは皆同じような、ユアンの家中の深緑色に落ちついた焦茶色の装いをしていた。それから皆揃って出発し、ほとんど一個分隊の数の衛兵を引き連れて彼らが教会へ入っていく様子は実に壮観だった。教会の一番前の、大公家専用区画には一握りの衛兵のみを連れて行き、残りの者達は礼拝の間も扉の側で立哨に付いた。

大教母グリニスが礼拝を執り行うために現れた時、彼女は一見健康そうに見えた。健康ではあるが、疲れた様子があちこちに仄見えた。彼女は側を歩き去る間にセバスチャンに対してごく微かな会釈をしただけで説教段へと登った。アンダースはセバスチャンをちらりと眺めて、彼が僅かに顔をしかめているのに気が付いた。グリニスにではなく、彼女の真後ろに立っている二人の聖教者に。オディールが残していった者達だった。

礼拝は滞りなく終わり、その後でセバスチャンがいつものように祈りを捧げるため前に進み出たとき、アンダースも付き従って同様にろうそくを灯して祈った。祈り終えて後ろを振り返ったとき、アンダースはゼブランとフェンリスが共にろうそくを手に持ったまま、祈りを捧げようと静かにそこで待っているのに気付いて少しばかり驚いた。

「ここで皆と待っていろ」とセバスチャンは彼に静かに言うと、一握りの衛兵を引き連れて歩み去り、残りの衛兵達がアンダースとエルフ二人のところへとやって来た。

彼は静かに立って、エルフ二人が祈りを捧げて彼のところへと戻ってくるのを待っていた。
「彼はすぐ戻ってくるはずだよ」とゼブランが、ごく小さな声で言った。
「今日の目的は単に、彼がまだグリニスと接触が可能かどうか確かめ、それに加えてグリニスの手下共がどのくらい厳しく彼女を監視しているかを調べることだろうから」

アンダースは頷いた。ゼブランがそうもセバスチャンの意図を細かく理解していることに彼は特に驚かなかった。大公がこのアサシンの政治的なセンスを高く評価し、しばしば彼の意見を聞いていることを彼は知っていた。クロウは策略を業としていた。鼻の利かない者は若くして命を失った。ゼブランは政治向きの事柄に掛けては、ほとんど彼の短剣と同じくらい熟練していると言って良かった。

エルフの言葉は正しかった。セバスチャンが立ち去ってから、彼の衛兵を引き連れて速歩で戻って来るまで20分も経っていなかっただろう。彼はアンダースとエルフ達に短く頷き、目顔で合図すると教会を出て、城へと戻る道をきびきびと先導した。

「それで?」彼らが城の上階の廊下へ戻った時、ゼブランが静かに尋ねた。

セバスチャンは彼をちらりと見て僅かに首を振って見せたが、しかし彼の居室に戻って完璧なプライバシーが保てるようになるで、彼は一言も口を利かなかった。
「グリニスが、彼女は実質上教会内で拘束されていると書いてきたのは決して誇張では無かった」と彼は険しい顔をして静かに言った。
「現在の立場から言えば、むしろ控えめな表現と言っても良いだろう。彼女とはオディールの手下と共に僅かな時間面会しただけだったが。その女性が他所を向いた時を見計らって、グリニスは袖口をずらし私に見せた……彼女の腕は、痣で黒くなっていた」

ゼブランは厳しい顔を見せた。
「救出すべきかな、彼女を?」

セバスチャンは溜め息を付いた。
「そうしたいところだが、彼女は拒否するだろうな。彼女は現在の立場において、例え危険ではあっても、善行を為そうとするに違いない――サークルのテンプラー達はリリウムを受け取り続けているし、教会が彼女の元で通常通り機能している以上、オディールは彼女が生きている間は退任させることは出来ない。それが心配だ。大司教か、あるいはディヴァインが誰か代わりの者をグリニスの地位に着けようと決めたときに、彼女に何が起きるか」と彼は憂鬱そうに言った。

彼はしばらくの間あたりをうろうろして考えをまとめるようだった。
「ゼブラン、教会内で、公の場に居ない時に彼女がどう扱われているか調べて欲しい。君が出来る限りの手はずを整えてくれ。そしてもし、我々が行動を起こす必要が有る時が来たとしたら、恐らくのんびりしている余裕は無いはずだ」

ゼブランは頷いた。
「仰せの通りに」と彼は約束した。

セバスチャンは疲れたように頷いた。
「ありがとう、ゼブラン。まさか君の、こういった方面の技能が必要となるとは思っていなかったのだが」

ゼブランは肩を竦めて一瞬ニヤリと笑った。
「何の技能でも練習を重ねておくのは良いことだよ。さもないとどっかに消えてしまうからね。教会の中で適当な伝手を見つけるには一日か二日は掛かると思う。確かな知らせが入り次第、君に伝えよう」

セバスチャンは頷き、そしてゼブランとフェンリスは共に立ち去った。二人だけとなった後で、セバスチャンはアンダースを抱き寄せ、額をメイジの肩に当てたまま長い間彼を抱きしめていた。アンダースは彼の腕を大公の身体に回した。
「何か拙いことでも?」とアンダースは優しく尋ねた。

セバスチャンは鼻を鳴らして、顔を上げた。彼は悲しそうに見えた。
「何もかもだ。本当に長い間、私は揺るぎない信仰を保っていた。メイカーに、アンドラステに、チャントリーが為す善に対して。私の一族が殺され、ホークと共に外の世界へ赴くようになってからも、チャントリーのそこここに見られたはずの酷い有様を、最初の間は見ようとしなかった。メレディス達の行いがようやく私の目を開かせたが、それでも私は彼女が異常な存在だったのだと思っていた。例外だと。
しかし私がカークウォールを離れてから……初めて高い壁に守られ、厳しく統制された世界の外からチャントリーの真の姿を見ることになった。カークウォールでお前が私に語った時には、耳を塞ぎ眼を閉じていた多くの事柄が、痛いほどの真実であったと知ることに。今の私には……何もかも判らない。お前は地震に遭ったことがあるか?堅く不動の大地で在るべきものが私の足の下で揺れ動き、もはやどこに立って良いのかすら判らない、まるでそんな風だ」

アンダースは悲しげにセバスチャンに向かって微笑んだ。
「君が知ることになったものが、本当のことで無ければ良かったのに」と彼は言った。
「だけど君がチャントリーを、批判を許さない高みにあると考える前に欠点もあると認められるだけ変わったことは、良かったと思う。世界の本当の姿を見る方が、そうで有るべきと考える姿で見るより、ずっと良い」

「経験者の声か?」とセバスチャンは口の角を曲げて笑いながら尋ねた。

「そう、ひどく辛い経験のね」とアンダースは答え、一瞬ひどく惨めな顔付きになった。
「カークウォールにいた頃は……ほとんどの間、物事の本当の姿を見ていなかった。僕が見ていたのは……一体何を見ていたのか、今では判らない。頭の中に描いた絵、僕が世界はこうだと思った絵、こう在るべきだと思った姿。ジャスティスは多くの事柄について、ひどく単純化した見方をしていた。全ての物事は善く正しいものと、そうでないもののどちらかに別れ、そして後者は退けなくてはならなかった。妥協などあり得なかった」

「私達は今では共に違う人物となった、カークウォールにいた頃の姿とは」とセバスチャンは静かに言って、アンダースの頬に手を触れた。
「それが嬉しい」と彼はささやいた。

「僕もだ」とアンダースは優しく同意した。

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