第129章 用心深い降伏

ギュロームはアンダースの方をちらりと見おろし、微かな笑みが彼の顔に過ぎった。
「ウイ」と彼は答え、魔法の力による半球状の防護壁を取り囲む人々の方に彼の注意を戻した。実に強固な防護壁だった――周囲で叫ぶ人々の声さえかろうじて聞こえるだけだった。フェンリスの様子からすると、彼は壁を剣で突き破ろうとしていてゼブランが宥めているようで、衛兵達は散開して出来る限り半球を取り囲み、事の展開を見守っていた。
「アントニー?」と大柄なテンプラーが心配そうな声で尋ねた。

若い方のテンプラーは唸り声をあげ、まっすぐ起き上がった。彼は周囲を取り囲む衛兵と二人のエルフをぐるりと見渡して溜め息を付くと、脚を折って座りアンダースを見つめた。
「やれやれ。君の友人達かな?」と彼は穏やかに尋ねた。

アンダースは鼻を鳴らした。
「ああ」と彼は短く答えた。「諦めろ――これ以上僕をどこにも連れて行けやしないぞ」

アントニーの口の片隅が微かに上がり、それから彼は肩を大きく竦めた。
「君の友人達に、僕らを即座に殺さないよう説得してくれないかな――ギュロームと僕は実際のところ、君を捕まえておくことに興味は無い。僕らの目的はレイナードだった」

「手も足も縛られたままで、君の言うことを信じろとでも?」とアンダースは冷淡に指摘した。

アントニーはベルトから短剣を引き抜き――その動作に驚いたフェンリスが上げた怒鳴り声は、防護壁を通じてさえはっきりと聞き取れた――アンダースの手首と足首を結んでいる紐を解き切ると、彼を助けて座らせた。アンダースは二人の男の顔をじろじろと見比べた。
「それで、君達は本物のテンプラーなのか?」と彼は疑わしそうに尋ねた。
「それとも、何かのトリックか?君もやっぱりメイジ?」

アントニーはニヤリと口を曲げた。
「ああ、僕達は本物のテンプラーだ。トリックは君に対してのものではなかった。それと、僕はメイジじゃない。だけど事情を全部説明するにはそれなりに時間が掛かるし……君を傷つけるつもりが無いと判れば、君も彼らを説得出来るんじゃ無いかな?そうしたらギュロームに防護壁を消させよう」

アンダースは頷いた。
「立つのを手伝ってくれ」と彼は言った。アンダースは手伝ったが防護壁の中の限られた容積では、彼は膝立ちの姿勢を取らざるを得なかった。アンダースは彼の傷ついた脚の痛みに呻き、アントニーの肩に重くもたれ掛かると、ギュロームが構えたままの両手剣を不安げに見た。
「あれも降ろして貰えるかな?」と彼は尋ねた。
「武装していない方が、彼らも君達が降伏しようとしていると信じられるだろうし」

アントニーは何かオーレイ語でギュロームに呟き、大柄な男は頷くと剣を逆手に持ち替えて先端を地面に当て、両手でゆったりと柄と鍔のあたりを握った。それから彼は片膝を付いた。完璧に無防御な姿勢では無いにせよ、簡単に攻撃に移れる姿勢でも無かった。アントニーは満足したように頷き、彼の手を大柄な男の肩に置いた。ギュロームは大きく息を吸い込み、輝く防護壁の半球が霧散した。


ゼブランは若い方のテンプラーが半球状の防護壁の中でアンダースの手足を自由にする様子を見つめた。二人は二、三言葉を交わし、それからメイジを立ち上がらせて、大柄のテンプラーが剣を逆さに向けて片膝を着いた。

「間違いない、連中は降伏するようだ」とゼブランが言った一瞬後に、三人を覆っていた防護壁の光は消滅した。フェンリスは顔をしかめ、剣を固く握りしめて半歩前進した。
「大丈夫か、アンダース?」と彼は鋭く尋ねた。

アンダースは頷いた。
「何とかね。ちょっとばかり穴が開いてるけど、力が戻ったら治せない怪我は無いよ」

ゼブランは二人のテンプラーをしげしげと眺めた。
「この二人は生かしておくということでいいんだろうね?」

「ああ」とアンダースは答えて、二人の方を心配そうに眺めやった。
「とはいえ、連中を放す前に話を聞く必要があるだろうけど」

ゼブランは頷いた。
「さてと。馬たちと荷物を置いてきた場所に戻ってゆっくり話をしようじゃないか?あいにくここほど快適な場所ではないけど。緑の芝生と鳥のさえずり声の代わりに、焼け焦げた地面と死体で飾り付けがされていたよ」

アンダースは鼻で笑ってよろよろと一歩前進した。
「どこのことかは大体判るよ」と彼は淡々と言って、それからそちらの方角を不安げに見やった。
「蓋をした箱が有ったはずだ……」

「死にかけの男一人用の。ああ、見つけたよ。僕達が君を捜しにそこを出発したときには、まだ生きていた。荷物の見張りと彼の世話をするために衛兵を二人残して来ている」

アンダースは安心してため息をついた。
「良かった。気の毒なやつだ」と彼は付け加えると、二人のテンプラーの方を振り返った。
「ブライディは死んだんだな?」

アントニーが短く頷いた。
「ああ。他に選択肢は無かった」と彼は静かに言った。
「彼女が悪魔に身を捧げた後となっては」

アンダースは顔をしかめ、レイナードの冷たくなりつつある死体を睨み付けた。
「彼女がそうなったのはあいつのせいだ」と彼は苦々しい声で言った。

アントニーは再び頷いた。
「その通り。ギュロームと僕は、もう立っても良いかな?」と彼は尋ねた。

「ああ、構わないよ」とアンダースは言い、彼自身も立ち上がりながら彼らの方に手を振ると、それからレイナードの死体を眉をひそめて見おろした。

二人のテンプラーも立ち上がり、ギュロームは真っ直ぐ立って動けるようになったところでようやく彼の剣を納めた。

「ここを発つ前に、シーカーの私物を回収しても構わないだろうか?」とアントニーは気がかりな様子で尋ねた。

アンダースは振り返ると、テンプラー達を不思議そうに眺めた。
「私物ってどんな類の?」と彼は疑わしげに尋ねた。

「書類とか……僕とギュロームが携わっている任務には不可欠なものだ。そのうちの幾らかは、君自身やあるいはヴェイル大公の役に立つかも知れない」

「君達が何か持っていく前にその任務が何か教えて欲しいね、それとその書類も見たい」ととアンダースはきっぱりと言った。
「証拠も無しにテンプラーの言うことを、はいそうですかと信用するわけにはいかない」

ゼブランは片方の眉を高く上げた。
「お任せあれ」と彼は重々しく言い、シーカーの死体の方へ近寄ると屈み込んでベルトの小物入れを全て探った――クロウなら重々承知の通り、あるいは致死的な仕掛けが仕込まれているかも知れないのでごく慎重に。彼は小物入れ全てから調査に値するかなりの量の物品を回収し、それからベルト自体を外して自分の肩に掛けると、振り向いて二人のテンプラーに尋ねた。
「彼は鎧の中に書類を隠し持つような類の男だったかな?」

アントニーは首を振った。
「そうは思えないな」

ゼブランは頷いた。
「結構。ならキャンプに戻るとしようか。ここの死体や他の物は、また後で片付ければいい」

アンダースと二人のエルフが先に立って出発し、傷ついた方の脚に体重を掛けずに済むようにゼブランとフェンリスが代わる代わるメイジの支えになった。二人のテンプラーがそのすぐ後ろを衛兵達に取り囲まれて進んだ。アンダースはそれでもしばしば立ち止まって休憩しなくてはならず、先の空き地に戻るまでにはおおかた一時間掛かることになった。彼らが空き地に到着する頃にはアンダースは悪態を呟き痛みからくる冷汗をかいていた。

彼らがその場を離れた数時間の間に、空き地にあった全ての死体が綺麗に片付けられているのに気付いてゼブランはありがたく思った。空き地の端に並んだ新鮮な土の墓所ときちんと整えられたキャンプから彼らがここに残していった衛兵二人も勤勉に働いていたのが見て取れた。彼はアンダースを助けて小さなたき火の側に座らせると、傷に当てた応急処置の包帯を解いた。メイジの青ざめた顔色がどうにも気に入らなかった。

傷口の周囲の組織が赤く腫れあがり、早くも感染が始まっていることを示していた。
「もう治療出来るようになったか?」とゼブランは心配そうに尋ねた。

「いや…まだ駄目だ」とアンダースは言った。
「くそったれのシーカーが。ちょうど治療しようとした時にあの野郎が力を消し去った」

ゼブランは頷いた。
「じゃあ……とにかく、普通の薬で出来るだけのことはした方が良いかな?それとも自分で完全に治せる様になるまで待った方が良い?」

アンダースは唇を固く結び、赤く腫れ上がった傷口を見て顔をしかめた。
「今出来る限り綺麗にしておいた方が良さそうだ」と彼はしばらく考えてから言った。
「感染の進みがすごく速いのが気に入らないな。傷口を綺麗にすれば、少なくとも進行は遅くなるだろう」

ゼブランは頷き、すぐに湯を沸かして、清潔な包帯とエルフルートの湿布を彼らの荷物から掘り出した。フェンリスはその間に幾人かの衛兵をテンプラー達の見張りに付け、それから充分な馬を付けて二人の衛兵に、シーカーともう一人のテンプラーの死体を回収に向かわせた。

ともかくアンダースの手当てが終わるまで、残るテンプラー達への尋問は待たなくてはいけないのは間違いなかった。

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第129章 用心深い降伏 への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    姫様救出キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

    さあ早く帰らないと王子様がスタークヘイブンじゅうの
    花を買い占めてちぎってしまいますわwっうぇwwっうぇ

  2. Laffy のコメント:

    ご飯一杯キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
    もうアンダースの嬉しそうなことと言ったら。脚に穴が開いていても食欲あるとかwww

    んで私が風邪っぴきですがどーしましょうか(ゲホゴホ。歴史の授業なげーし。
    だけどこの後はやっと!ようやく!セバちゃんの出番ですよ!!

  3. EMANON のコメント:

    >んで私が風邪っぴきですが

    おおおうご無理なさらず。季節の変わり目ですもんね。

    ああそうだ、アンダースさんに往診してもらいましょう。
    ねっv看護夫のゼブランさんと一緒に。多分もれなく
    おしりに注射されると思いますけど。ねっw

  4. Laffy のコメント:

    ありがとうございます会社に行って他人様に移しまくってます(移すと治るという信仰あり)

    アンダース先生キター(*^O^*)
    スタークヘイブン・グリーンっぽいシャツとか着てるし。ああ肩胛骨萌え。

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