第132章 戦利品の分配

アンダースは安堵のため息をついて、身を真っ直ぐに起こすと太腿の後ろ側に、矢の刺さった跡として残る微かなへこみを指で伸ばして覗き込んだ。元の傷口の周囲からかなり遠くまで広がってしまった感染を、組織の隙間に糸のように入り込んだところや小さなポケットも見逃さず綺麗にしていくのは実に苦しい作業だったが、それもようやく全部終わった。今や皮膚の下から骨の上まで、綺麗で健康な組織が覆っていた。

彼はそれから周囲を見渡した。
「さてと。僕の患者の様子を見ないと行けないな」と彼は言って立ち上がり、空き地の片方に寄せられた箱の方へ歩み寄った。フィリップはまだその中に居たが、もちろん拘束は全て解かれ、衛兵達が自分達の寝袋から毛布を剥ぎ取って彼の回りに詰め込み多少でも居心地の良いようにしていた。彼は起きていて眼を開けていたが、周囲の状況に気付いているようには見えなかった。アンダースが箱の側に屈み込んで彼の様子を調べた時も、若い男はアンダースの方を見向きさえしなかった。アンダースは顔をしかめて、何カ所かを手にとって脈を調べ、それから自分の脚の治療の後に残った力を全て、男の更なる治療に注ぎ込んだ。

彼はしばらくの間そこでフィリップを見つめた後、二人のエルフが一緒に座って静かに話をしているところへと歩いて行った。
「ゼブ――僕を眠らせるのに使った毒薬な、まだ持ってるか?」と彼は聞いた。

「もちろん」とアサシンが箱の方にちらりと眼をやって、それからメイジを訝しげに見つめた。
「彼に一服盛ろうというわけか?」と彼は静かに尋ねた。

アンダースは頷いた。
「ああ。彼を眠らせるだけの力が残ってないし、それに……眠らせておいた方が良いように思う」

ゼブランは頷き、腰を上げて自分でフィリップの様子を見に行くと、アンダースがしたように屈み込んで何カ所かで脈を測り、それに対する男の反応を見た。彼も終いには顔をしかめて頷いた。
「どうやらそうみたいだね」と彼は言い、ベルトの小物入れを探って、あの雪の中の再会でアンダースにも見覚えのある小さなガラス瓶を取り出した。
「一滴、それとも二滴?」と彼は尋ねた。

「二滴。朝になれば僕が自分で治療しても、彼を眠らせるだけの力が戻っているだろうから」

ゼブランは頷いて、注意深くその毒を量り取った。フィリップは鋭いナイフが小さな切り傷を着けたのにも何の反応も示さず、数秒後には眼を閉じて身体がだらりと寛ぎ、深い眠りに落ちた。

「彼は良くなるだろうか?」と彼らのところに歩み寄ってきたフェンリスが尋ねた。

「肉体的にはね」とアンダースが答えた。
「僕が治せないような損傷は受けていない、時間が要るだけで。精神的には……判らないな」と彼は言って、表情を硬くするとアントニーとギュロームが座っている方を見やった。
「レイナードはどのくらいの間、フィリップを痛めつけていたんだ?」と彼は尋ねた

アントニーは難しい顔をすると首を振った。
「僕には判らない。彼の一行に加わった時にはあの二人は一緒じゃ無かったが、春先にオーレイを出発し、東に来てから小さな町を訪れた時……彼らはそこにいて、既にレイナードの二人の部下と一緒だった。二人とも明らかに暴行を受けた跡があったが、ブライディの方は既に痣は消えかけていた。それからブライディは姿を消し、フィリップだけが残っていた。彼を痛めつけることで彼らが彼女の行動を支配していたのは明らかだった」

「それで君はそのことについて何もしなかったと?」とフェンリスが鋭く尋ねた。

アントニーは振り向いて彼を見つめた。
「僕にはどうすることも出来なかった。一行の中で一番後輩のテンプラーで、シーカーにとっても新顔だったから。彼に意見したところで無視されるだけだった。ギュロームは騎士長官の弟である以上、嫌悪感を表に出しても一行から外されることは無かったけどね。
だがどっちにしても、レイナードは気にも掛けなかった。シーカーズは自分達の立場をテンプラーの長官より上だと思っているし、そもそもチャントリーの法に従えば、アポステイトを庇った者はそれだけで殺されることもある。 1フィリップが生きていることさえ慈悲の行いだと主張することだって出来たんだ」
そういう彼の口調には、その考えに対する嫌悪感が滲み出ていた。
「このような残虐行為に終止符を打つのが、僕達の使命だ。誰かの親が、家族が、あるいは子供が、あるいは恋に落ちた相手が、メイジであったからという理由だけで殴られ、暴行を受け、果ては殺される。人々がそんな恐怖に怯えて生きることがあってはならない」

アンダースは頷いた。
「その主張には心から同意するよ、もう少し何とか君にも出来たんじゃ無いかとは思うけどね」

アントニーはため息をついて小さく首を振った。
「そうしていれば、僕達の使命が危うくなっただろう。彼がひどい虐待を受けている間も傍観するだけで、無関心なフリをしなくてはならなかったのは……僕に出来ることと言えば、僕達がこの使命、彼自身やブライディの様な他の人々に自由をもたらすという使命を成し遂げることで、全てが報われると祈るしかなかった。だけど、がそう思ってくれるとは思えないな」
そう彼は眠るフィリップに向かって頷くと付け加えた。
「彼の払った代償はあまりに大きすぎる」

その言葉に、そこに居た全ての者が同意した。


脚を組んで地面に座り込むゼブランの片側には、死んだテンプラー達から埋葬する前に剥ぎ取った物品の大きな山があった――ベルトの小物入れや背負い袋のような類の。彼は手近な物から引っ張り上げて手早く中身を分別し、何かしら価値のありそうな物を選り分けて行き――書類、薬や毒薬、細々とした貴重品――隠された物入れがないかを確認した後に、横に放り投げて次のを手に取った。彼の手さばきは実に手早く効率的だった。クロウ時代に数限りなくこなした作業だったからには。

アントニーとギュロームは側に座り込んで、彼の仕事ぶりを見つめていた。先に約束したように証拠となりそうな物は全て、アンダースと彼の友人がまず最初に見ることになっていた。そのような物品が見つかった際に、彼らの間でどう分配するかはこれから決める必要があるだろう――別れる前に双方が、何かしら美味しい欠片を口に出来れば良いがとゼブランは願った。

アンダースもすぐ側に座り、消耗した魔法の力と体力を取り戻すべく、再び大きな椀に盛ったシチューを食べながらゼブランの仕事を興味深げに眺めていた。突然彼は匙を運ぶ手を止めて眉をひそめた。
「そう言えば、もうセバスチャンには連絡が行ってるのかな?僕を救出したと?」

「ああ」とフェンリスが答えた。
「俺達がここに戻ってきた直後に衛兵を一人、余分に替え馬を付けて街に走らせた。どれくらい彼が頑張るかにもよるが、早ければ明日の深夜にはスタークヘイブンに辿り着けるかも知れない、が恐らくは、その翌日の午前中というところだろうな」

アンダースはホッとした様子で頷いた。
「良かった。僕達が戻れるには更に後一日か二日は掛かるだろうからね――とりわけフィリップが一緒では……どうやって彼を連れて帰ろうか」と彼は難しい顔をした。
「あの箱に入れたままにしておくのはどうも……」

「そのことだが、同時にもう一人衛兵を出して、街道沿いで農家か宿屋を探させている。荷車を借りてくるようにと」とフェンリスは静かに言った。
「彼が明日の朝までに戻ってくるのを期待しているが、もし駄目なら馬に載せる吊り台のような物をこしらえてもいいだろうな」

アンダースは鼻を鳴らして、エルフに向かって微笑んだ。
「君は実に有能だな」

フェンリスは微かに笑った。
「そうだと良いが」

その間にゼブランは大きな荷物の山をほとんど片付け、ごく小さな山だけを残し、皆が彼の回りに寄り集まって何が残っているかを眺めていた。大部分はほとんど価値の無いものだった――テンプラーの一人の、オーレイにいる愛人への書きかけの手紙、継ぎ当てをした腕鎧の請求書、等々――しかしシーカーの持ち物の中には、少なくとも彼らの犯罪行為の証拠となり得る大当たりが幾つか隠されていた。

レイナードは確かに、ディヴァインの密使としても働いていたようだった――彼が小物入れに保管していた書類には、もしチャントリーの計画にセバスチャンが同意していた場合、彼に与えられただろう書状の他に、オディール大司教からディヴァイン宛の手紙も含まれていた。
愚かにもあの女性は、セバスチャンが彼らの計画への協力を拒んだという知らせを手紙に書き記した上で、どう彼と対応すべきか、さらにはどうすれば彼に協力を強いることが出来るかについて幾つかの案を示し、とりわけ大公とアンダースとの関係が単なる囚人と看守というよりも近しいものだと想定した上で、彼らがメイジを手中に納めるという前提に従い提案を行っていた。

他の提案も同じくらい汚らしい手口で、例えばセバスチャンを排除――婉曲な表現であったのは言うまでも無く――して、ユアンを王座に就ける年齢となるまでチャントリーの被後見人とするといったものや、あるいは『もしやむを得ない場合は、彼の意見を変えられるであろうシーカーのメイジ』の利用に関する、曖昧なほのめかしなどがあった。

ゼブランが心中を一切表に出さずその手紙を翻訳し読み下す間、フェンリスは恐ろしい顔付きで手紙を睨み付け、全て読み終わる頃にはアンダースは食べたばかりのシチューを吐き戻しそうになるくらい気分が悪くなっていた。

「この手紙は是非とも頂きたい」とゼブランはきっぱりと言った。
「ヴェイル大公はこれを利用出来る」

アントニーとギュロームは一も二もなく同意して頷いた。その他に見つかった書状や手紙については、彼らは二人のテンプラーに持たせることで同意した。分配は驚くほど速やかに、しかも全般的にごく友好的な雰囲気の中進行した。双方に共通する目的があった―チャントリーの計画を破綻させる。

最後に、なにがしかの貴重品の山が残った。アントニーとギュロームは即座にそれらの分け前は拒絶した。もっとも彼らも元同僚が持っていた金貨のような、足が付かず二人がオーレイに戻って騎士長官レミに報告する旅路の助けとなるものは受け取った。

ゼブランは彼らに金貨を手渡し、残った貴重品を大きな袋に詰め込んだ。彼は皆に、これらは売却して代金を衛兵達に分配すると約束した。多くの衛兵がそれを聞いて笑顔を浮かべた。アンダースの追跡と救助は長くきつい旅で、中には怪我を負ったものもいたから、慰労金は大いに歓迎するところだった。

その頃には既に夜も更け、キャンプの外は暗闇に閉ざされていた。彼らは街に戻るまでにまだ数日は馬で旅をする必要があった。フェンリスが衛兵の中で交代の不寝番を割り振り、他の者は早速寝支度を始めた。アンダースはもう一度フィリップの様子を見ようと歩み寄った。男の容体に変化は無く、また有ることも予想しては居なかった。彼は振り向いて、ゼブランが彼の方に歩いてくるのを見つけた。アサシンは片手を差し出した。
「ほら。これは君のだろう」と彼は言った。

アンダースは瞬きをして彼の手の中に握られた小さなガラス瓶を見おろし、それから頷いた。
「そうみたいだ」と彼は答えて、ゼブランの手の中からそれを取り上げると、近くで見ようと持ち上げた。遠いざわめきのような、ごく微かな感触を感じ取ることが出来た。彼とそのガラス瓶を繋げている何かの魔法だろう、と彼は思った。先に感じたような奇妙に甲高い羽音はもう聞き取れなかった。あれは恐らく、テンプラーがそのフラクタリーを活性化させて追跡に使うための技か何かの副作用だったのだろう。

ゼブランは立ち去ろうとして、ふと振り返った。
「それをどうするつもりかな?」と彼は不思議そうに尋ねた。

「どうしよう。壊すかな、多分」と彼は言った。彼はじっとそこに立ちつくしたまま、小さな瓶を見つめていた。チャントリーが支配下のメイジ全てに付ける忌まわしい不可視の首縄、その支配の象徴は、しかし本当に小さく単純な品物だった。彼は一瞬手を堅く握りしめ、地面に叩きつけて全てを終わらせようとする誘惑に駆られたが、それから思い直した。そうだ……

彼はそれを布きれにくるんでベルトの小物入れに納めると、死んだテンプラー達の寝袋の中から彼が使える物を探しに行った。


Notes:

  1. これは本当。DA2内でもテンプラーが夜の街角でそう言いながらメイジを庇った女性を襲っているカットシーンがある。ただしAct3冒頭でメイジ側に付かないと登場しない。
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