第133章 帰還

大教母が昼食のため城を訪れていた。ごく私的な訪問で、彼女は随行者のほとんどをセバスチャンの居室の外に残し、シスター・マウラと騎士隊長トーマスだけを連れて中へ入った。この若い騎士隊長を彼女は大いに気に入り、既に教会付きのテンプラーの団長に彼を昇進させることを決めているとセバスチャンに語った。
前の団長は些細な健康上の問題をとがめ立てされて、実際に彼が引退する必要があるまでまだ数年以上あったにも関わらず、オディール大司教の短い在任期間中にオーレイ国内の隠居先へと追いやられてしまっていた。オーレイの教会から彼を連れ戻すことが出来るとは到底思えず、その件を彼女は大いに悔やんでいた。

「騎士団長ロレンスから、トーマスをここで私に仕えさせても良いとの返事が有り次第、事は済みましょう」と彼女はセバスチャンに説明し、トーマスに笑いかけた。若々しい隊長は、セバスチャンの私室で大公と大教母と共に昼食を取り、しかも自分の昇進についていとも気軽に話し合われていることに、少しばかり動揺しているようだった。
「そう恥ずかしがることはありませんよ、お若い方。あなたは私の元でこの数日というもの、本当に役に立ってくれました。そのような精勤には相応しい報償があるべきです」

「そうかも知れませんが、しかし何分あまりに急な話なものですから。私はアンズバーグのサークルが崩れ落ちる前はただの下士官に過ぎず、ここへの旅の間に士官となりました。それから街の新区画で働くことになった時、既に城の書写室で働いているテンプラーにも士官格の者が居ましたので、二人の内どちらが上位となるかはっきりさせるためにロレンス団長が私を隊長として下さったのです。きっと他に、もっと年輩のテンプラーの中に団長として相応しい人がいるのではないかと思わずにはいられません、とりわけここスタークヘイブンで長いことあなたにお仕えしていた者達の間に」と彼は指摘した。

「ああ、そうかも知れませんね、ですがあなたのような若い方をその地位に付けたいと思うのにはまた別の理由があるのですよ」と彼女は言うと、一口紅茶をすすった。
「年輩のテンプラーを選べば、恐らくその者は既に重篤なリリウム中毒であることでしょう。オーレイのチャントリーが彼らに歯向かおうとする教会に対してまず最初に取る手立てが、リリウムの補給を断ち切ることとなるのは、まず間違いありますまい。
残念ながら、多くの年輩のテンプラー達の取れる選択肢は限られているようですよ。オーレイに赴きそこのチャントリーに従うか、あるいは禁断症状を耐え抜くか、ですがこれには狂気に陥る高い危険性があります。一方あなたはまだ充分にお若い、多少の不快な症状を我慢するだけでリリウムの服用を止められるでしょう」

トーマスは真面目な顔で頷いた。
「実のところ、私は既にそうしています。ロレンス騎士団長が部下全員に、量を減らすか出来れば止めるようにと指導されましたから。最初は……辛いものでした、まだ今でも時折猛烈にあれが欲しくなることもあります。それでも、一生リリウムの中毒患者として、それを補給出来る者の命に従うほか無い奴隷として生きるよりはよほどマシです。ですが、あなたの配下にあった若いテンプラー達も、恐らく同じことが言えるのではありませんか?」

「恐らくそうでしょうね、ですがここに居る若い者を団長として取り立てるよりは、他所からやってきた有能な若者である方が追い越される年輩のテンプラー達の気分を悪くさせずに済むのですよ。それにロレンスがそれほど速く隊長としたこと自体、あなたの能力を良く物語っています。いいえ、トーマス隊長、あなたをここの団長としましょう。他に適当な者は居ません。その考えに早く馴染むことですね」と彼女は暖かい笑みを浮かべながら言った。

トーマスも笑い、大教母の決定に感謝の意を示す礼をした。グリニスはセバスチャンの方に向き直ると、頭を軽く傾げてしげしげと彼の様子を眺めた。
「昨日お見かけした時よりも、今日はずっとお元気そうですこと」と彼女は唐突に言った。

セバスチャンは思わず顔を赤らめた。昨日教会を訪れた際に、彼がひどくやつれた顔をしていることに彼女が気付いてどうしたのかと尋ねた。彼は彼女にアンダースの誘拐について語り、疲れた表情はメイジを追跡するために出かけている友人達を心配するあまりのことだと説明した。その時の彼女の考え深げな視線からして、彼の憔悴ぶりにはエルフの友人達の安否を気遣う他にも理由があるようだと推測しているのは間違いなさそうだった。

「昨日私が城に戻った時伝言が届いていました。フェンリスからのごく短い手紙で、彼とゼブランがメイジを取り返したということです。三人とも皆無事で、後一日か二日でここへ戻ってくるはずだと、あるいはもっと早く。その伝言を持ってきた者は、道中体調を崩して遅れなければ一昨日には着いていたはずだと申しておりましたから」

グリニスは暖かく彼に笑いかけた。
それこそ良い知らせですね」と彼女は心から優しく言った。
「私の信頼する召使いから、そのゼブランを頼ることが出来ると聞いた時は本当に驚いたものです」と彼女は付け加えた。
「彼が戻った後で何か適当な褒美を与えなくてはなりませんね、近頃の困難に際しての彼の働きぶりに対して」

セバスチャンは微笑んだ。
「私からも同様です――それに、フェンリスに対しても何か考えなければ。恐らく、フェラルデンのアリスター王からゼブランのためにしかるべき書状を戴くのと、そしてフェンリスをスタークヘイブンの下級貴族に任ずるべきでしょうね。彼が私の命と名誉を幾度も救ってくれたことを考えれば、充分に相応しい報償となりましょうし、それに彼がスタークヘイブンに居を構える理由ともなります。あるいは、少なくとも定期的にここを訪れる理由として」

グリニスは片方の眉を上げて不思議そうに彼を見た。
「彼がどこかへ旅立つというのですか?ですが、ここでとても良い環境にあることは間違いなさそうですのに。私の耳にも『エルフ公』の話は聞こえていますよ」

セバスチャンは難しい顔をした。
「そこは私には判りません。ですがゼブランがここに滞在している間に彼らは非常に近しい間柄となりました。ですからもしアライナイ男爵がフェラルデンに戻ることがあれば、恐らくフェンリスも彼と共に行くことでしょう。
今の彼がここに留まっているのは私や、あのメイジとの間の友情と、他に特別行きたいと思うところが無いからに過ぎません。さらに、彼は誇り高い男です、私からの施しを受けて生きてゆくのは良しとしないでしょう。ですが彼に与えられる有用な仕事はそれほど多くはありません」

「そういうことでしたら」とグリニスが言った。
「まあ、例え下級であれエルフを貴族に叙すると言うのは、恐らくは鳩の群れに猫を投げ込むようなものでしょうね。とは言えそれが必ずしも悪いこととは思いませんけれど」と彼女は眼を愉快そうに閃かせながら言った。

「個人的には、ここの貴族達は定期的に揺り動かしてやろうと思っているのですよ」とセバスチャンも微笑みながら言った。
「少なくとも、彼らの今までのやり方に安住しすぎることの無いように。テダスには大きな変革の時代が訪れようとしています。彼らは時と共に変化することを、学ばなくてはなりますまい。頑なにならず、より柔軟に」

グリニスは頷いた。それから彼らはより軽い話題に話を移した。昼食が終わるまでには随分と長く掛かった――グリニスが残念そうにそろそろ教会に戻らなくてはと言った時には、既に午後の中頃にさしかかっていた。

「オディールの手下の者達を、明日上流へ船で送ることにしました」
セバスチャンが彼女と随行員を見送ろうと階下に降りる間に彼女はそういった。
「後はオディールが好きにするでしょう。彼女に連れ去られたここの人々を連れ戻せそうにないのが、本当に残念でなりません。彼女が彼らをここに戻すより、適当な場所へばらまこうとするのは間違い無いでしょうからね。あなたも明日、波止場へ見送りに来て貰えましょうか?」

「喜んで」とセバスチャンは答えた。
「彼らが居なくなるのは実に嬉しいことです。とはいえ、あなた自身が喜ばれるほどでは無いでしょうが」

グリニスの唇が愉快そうな笑みに動いた。
「ええ、そうでしょうとも。私の彼らと大司教に対する怒りはもっと個人的なものがありますから」

セバスチャンは頷いた。彼らはその時には城の中庭に到着していて、公式な別れの挨拶を交わす時だった。彼らはお互いに笑みを交わし決まり文句を並べ立てながら、それらの挨拶の言葉がいつもなら単に表面だけの礼儀正しさに留まるところが、今回はまさに言葉通りの深い意味を持っていることを愉快に思っていた。

セバスチャンが再び大教母に礼をした時、正門で騒ぐ声が聞こえた。彼は振り返り、疲れた人々の姿を、彼の衛兵達が馬に乗って門の向こうからやって来るのを認めて凍り付いた。そしてその先頭の二人のエルフと、同じく馬に乗った三人目の姿に彼の目は釘付けとなった。アンダースが、城門を馬に乗って通り抜けていた。

彼は自分が男の名を呼んだことにも、大教母との別れの挨拶を中断したことにも気付かず、彼とメイジの間に立つ人々を押し分けながら、それでも辛うじて走り出すのはまずいと気付き、出来る限りの速歩で一行の元へ向かった。彼はアンダースがあたりを見渡し、中庭に立つ群衆を、そして彼の姿を見て、まるで日が差したように男の顔が明るくなるのを見た。メイジが馬を止めた時、セバスチャンも馬の側に着いた。

アンダース」彼はつっかえる声でそれだけを言うと、男の足首を片手で強く握りしめた。
「帰って来たか」

「ああ」
アンダースの声も擦れていた。「帰ってきたよ」

「アンダース……」とセバスチャンは再び言うと、それ以上言葉を続けることが出来ず頭を振った。何か言う代わりに彼は手を伸ばして、メイジの手を固く握りしめた。

「無事に帰って来たのを嬉しく思いますよ、アンダース」と大教母が彼の後ろから姿を現した。
「セバスチャンからあなたが誘拐されたと言う話を聞いて、私も心配していました」

セバスチャンは驚き、ひどく不作法に彼女を置き去りにして来たことに気付いて顔を赤らめた。
「申し訳ありません、大教母様」と彼は言って彼女の方に振り返った。

彼女はどうでも良いというように手を軽く振り、彼に、そしてアンダースに向けて微笑んだ。
「謝る必要などありませんよ、ヴェイル大公。あなたのご友人の不在に心を痛めていらっしゃったのは知っています」と彼女は付け加えて、ゼブランとフェンリスの方にも笑いかけた。
「さあ、私はこれで失礼しましょう、あなた方も再会を祝われることでしょうから」

「大教母様、あるいはあなたも話をお聞きになりたいかも知れません」とアンダースが声を上げ、それからゼブランの方をちらっと見ると、彼もその通りというように頷いた。
「僕を誘拐した外国のテンプラーが持っていた書類を手に入れました、あなたもご覧になりたいのではないかと」

「外国のテンプラー?」とグリニスは鋭く言い、それから考え深げに頷いた。
「それでしたら、私ももうしばらく留まる方が良いようですね」

「この件は内々にお話しした方がよろしいかと」とゼブランが静かに指摘した。

「ならば、私の部屋に戻ろう」とセバスチャンはきっぱりと言った。

「衛兵達からも、裏付けとなる証言が必要になるかも知れない」とフェンリスが言い、彼らに同行した衛兵らを示すと、それから後ろに引かれている荷馬車に向けて頷いた。
「それと一人怪我人がいる、手当てが必要だ」

「手当てと、付き添いと」とアンダースが口を挟んだ。
「出来れば……ああ、シスター・マウラ!」と彼はグリニスの一行の中に薬剤師の姿を認めて驚いた声を上げ、にっこりと笑った。
「君の手が借りたい」と彼は言った。アンダースが馬から下りようと彼の手を引き抜いた時初めて、セバスチャンは彼がそれまでずっとメイジの手を固く握りしめていたことに気付いた。
彼は耳まで赤くなると、当惑を覆い隠そうと衛兵達の顔を見回して、良く通る声でこの数日間の彼らの働きぶりを褒め称え、特別ボーナスを約束した。それから彼らを彼の私室の近くの部屋に入らせて、そこで食事と酒を出すようにさせた。そうすればフェンリスが言うように追加で証言が必要な時に手近にいることになる。

傷ついた男を診療所へ運ぶために城の衛兵が呼ばれ、シスター・マウラがそれに付き添って行った。それから残った者は城の天守へと戻り、セバスチャンの私室のある上階へと向かった。


実に長い一日だった。スタークヘイブンへと戻る旅路の三日目で、今日もまた夜明け前に起きて出発の準備を整えた。馬だけでなくフィリップと、死んだテンプラー達から剥ぎ取った品物の類を乗せた荷車のために彼らの脚は遅かった。外からは見えないよう、鎧や武器をしまい込んだ袋を荷台の両端に置き、その中央に分厚くワラを敷いた寝床を作ってフィリップを寝かせていた。食事やトイレのために起こされる他は、彼が受けた虐待からの回復を助けることを期待して、アンダースはほとんど彼を深い眠りに着かせておいた。肉体的なものだけでなく、精神的にも。

彼らが城に着いた時には彼は随分と疲れていたが、しかし城の中庭で、彼の目に飛び込んできたセバスチャンの姿が、全ての疲労を吹き飛ばし彼を甦らせた。大公が急ぎ足で人々を押しのけて彼の方に進んでくる姿から、彼は眼を離すことが出来なかった。セバスチャンがすぐ側に来るまで彼は自分が馬を止めたことにも気付かなかった。そして男が手を伸ばして、彼の足首を掴んだ時の表情は……アンダースは思わず息を飲んだ。

「アンダース」と名を呼ぶ彼の声はひび割れる寸前だった。
「帰って来たか」

ごく簡単な言葉、しかし彼にはそれで充分だった。その一言と握りしめる手の力に、どれほどの喜びと安堵が込められていたことか。

「ああ、帰ってきたよ」と彼は答えた。本当に言いたかったことでは無いにせよ、衆目の中ではそれが精一杯だった。

「アンダース……」とセバスチャンは再び言い、それから手を彼の足首から離すと彼の手を取り、固く握りしめた。その力はほとんど痛いばかりだったが、アンダースは気にも留めなかった。

それからは何もかも手早く進んだ。あっと言う間に一行は皆天守の中に入り、衛兵達は近くの続き部屋へ、フィリップはシスター・マウラの監督の下に診療所へと送られた。すぐにセバスチャンと他の者は皆、彼の居間で居心地良く落ち着いたが、彼らの討議はアンダースが犬達の熱狂的な出迎えを受ける間だけ後延ばしになった。最もそのお陰で、召使い達が忙しく出入りして、セバスチャンとグリニスがほんの少し前に終わったばかりの昼食を片付け、二人のために紅茶と、アンダースとエルフ達のために軽い食事を運び込む時間を稼ぐことにはなった。

それも終わって室内に彼らだけとなった後で、ゼブランとアンダースが誘拐事件と、追跡と、アンダースの救出に付いてそれぞれの視点から述べ、フェンリスが時折必要に応じて口を挟んでは証言を補強したり、あるいは追加したりした。アンダースはアントニーとギュロームについては単に騎士長官レミの特命を受けたテンプラーとだけ語り、ギュロームの力や地下組織については一切触れることはなかった。ゼブランもその件に付いては瞬き一つせず言葉を継ぎ、フェンリスも同様だった。その後でゼブランが、シーカーの持ち物から探り出した書類を取りだした。

セバスチャンとグリニスはとりわけ、ディヴァインに宛てた手紙にあったオディールのあくどい手口に激怒した。それからしばらくの間、彼らはその手紙をどう扱うべきか、ディヴァインと彼女の手先の背信行為の証拠として広く知らしめる最善の方法について語り合った。その後で彼らは他の書類にも一通り目を通した。

ひとまず今日は切り上げようとセバスチャンが決めた時には、既に夏の日も暮れていた。彼は再び大教母を城を出るところまで見送って行き、自室に戻ってきた後で四人だけで夕食を摂りながら、アンダースとゼブラン、フェンリスがセバスチャンに大教母の前では話しづらかった事柄について話を補足した。

「この話は、恐らく彼女にも聞かせて大丈夫だと思う」とセバスチャンは追加の情報についてしばらく考えた後で言った。
「だが今のところ黙っておこうと考えた君達の判断は良かった。例えグリニス自身がディヴァインに対して反抗の意を示しているとはいえ、テンプラーが一体となってチャントリーに対し反旗を翻すというのは、行き過ぎだと考えるかもしれない」

「それで、君は?」とアンダースが静かに聞いた。

セバスチャンはため息をついた。
「そのような動きは支持出来ないと、かつての私なら思ったかも知れない。だがあれはどうだ?」と彼は言い、まだ居間のテーブルに置かれたままになっている書類を指し示した。
「チャントリーの権威と権力を縮小させなくてはならないと、もはや私も考えざるを得ない」と彼は悲しげに言った。
「ともかく、この地下組織については当分黙っていることにしよう、いつか公にする必要が生じるまでは」

その後ゼブランとフェンリスは共に立ち去った。セバスチャンとアンダースはそこに座ったまま、お互いの顔を見つめていた。

「私の人生の内で、お前が救出されたという知らせを見た時ほど安堵したことは無かった」とセバスチャンがようやく言った。
「お前の後を追わず、ただここで待っているのは……本当に辛いことだった。その後で、今日、お前が無事に馬に乗って……」彼は言葉に詰まり、首を振った。

アンダースは手を伸ばして彼の手を取った。
「ここに戻って君の姿を見たら……二つのことしか考えられなかった。君を愛しているということ。それとに帰ってきたと」

セバスチャンはにっこりと微笑みかけた。
「私も愛している」と彼は言って、僅かに片方の眉を愉快そうに上げた。
「二人でお前の帰還を祝おうじゃないか、ここで良いか、それともコテージに降りるか?」

アンダースは声を立てて笑った。
「ここで良いよ。僕の欲しい物は皆ここにある」と彼は言って同じように片眉を上げるとセバスチャンの顔を覗きこみ、それから部屋を見渡して、犬達がのんびりと暖炉の前に横たわり、アッシュも機嫌を直して肘付き椅子の座面で丸くなっているのを見ると、それからセバスチャンに意味ありげに視線を向けた。
「あと三つだけ、僕の欲しい物がある」

「おや?何かな?」とセバスチャンは彼に笑いかけながら尋ねた。

アンダースはセバスチャンの手を離して指を三本立てた。
「風呂」と彼は言うと、薬指を折った。
「もう何日もまともに風呂に入ってないからね。あちこち匂うし、ほこりまみれだ。それと風呂の後は、ふっかふかの綺麗なベッド」と彼は続けて中指を折ると、にっこり笑って残った指をセバスチャンに向けた。
「そしてベッドの中に君」

セバスチャンは大声で笑うと、身を乗り出してアンダースの手を捕まえ、その甲にキスをした。
「全て準備出来ると思う」と彼は至極真面目な顔つきで言った。
「風呂の中にも、入ってもいいかな?」と彼は期待するように尋ねた。

アンダースは歯を見せて微笑んだ。
「背中を擦ってくれるなら、いいよ」と彼は言うと、手を離して立ち上がった。

「背中だけ?」セバスチャンも立ち上がりながら、ことさらに無邪気な様子を装って尋ねた。

「んー、ひょっとしたら他のところも」とアンダースは答えた。
「一緒に見てみよう」

アンダースが他に言おうとした言葉はセバスチャンが彼を引き寄せてキスをしたことで遮られた。風呂と、ベッドと、セバスチャンの前に、とりあえずはキスで彼は満足だった。

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第133章 帰還 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    エピローグを除けば残すところあと1章。

    昔誰かが言っていたのをずーーーっと
    記憶して「いい言葉だなあ」と時折思い出すのですが
    物語が終わりに近づいた時の何とも言えないこういう
    気持ちを「晴れ晴れとした寂しさ」と言うのだとか。

    自分の物語でも他人様の物語でも同じように感じる
    ものなんだなあと。

  2. Laffy のコメント:

    そうか、良い言葉ですね。晴れ晴れとした寂しさ。
    物語は終わってしまうけれど、心の中からキャラクターが消える訳ではありませんし。
    100個の物語があれば100通りの解釈があって、その数だけの人々がいる。
    いいことです。

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