第134章 充分以上

セバスチャンは浴槽に湯を張りながら少しばかり香油を落とし、浴室の中は新鮮な針葉樹の香りに満たされた。アンダースは服を脱ぐ手を止めた。
「あれ、いつもの君の匂いじゃない」と彼は言って大きく息を吸い匂いを嗅いだ。
「これは僕のじゃないか」

セバスチャンは肩越しに振り返ってにっこりと笑いかけた。
「お前の匂いが気に入ったからね。それに私自身、いつも果物の匂いがするのに飽き飽きしていたところだ」

「だけど僕はベルガモットが好きなのに。大好きな紅茶なんだから」とアンダースはレギンスを脱ぐため片足立ちになってバランスを取りながら、拗ねたような声で指摘した。

セバスチャンは微笑んで立ち上がりアンダースに歩み寄った。
「つまり私の普段の匂いは、お気に入りの紅茶と一緒だから好きだということか?」と彼は片方の眉を高く上げて尋ねた。

「えっ?そうじゃない!僕はただ……」アンダースは言葉に詰まると考え込み、セバスチャンに言わせれば、実に可愛らしい困り顔になった。
「ただ、あの匂いが好きなだけだよ」

セバスチャンは声を立てて笑うと身を乗り出してキスをした。
「今でも持っているよ。時々使うこともある」もう一度キスをすると、彼はメイジを押して背中を石張りのタイルに覆われた壁に強く押しつけた。
「お前のために。お前が好きな匂いだから」

アンダースはにっこり笑った。二人は顔をほんの数インチの距離まで近づけて身体を強く押し付け合った。
「まあ、どっちも好きだけど」と彼は小さく言うと、セバスチャンの身体の横を手で撫で下ろした。
「余計な布が多すぎるよ、僕に比べて」

「ふん。確かに」セバスチャンは喉を鳴らすように言うと頭を屈めてアンダースの肩にキスをして、それから首筋、そして耳の下へと唇を這わせた。彼は更に少しばかり強く身体を押しつけ、どれほど彼がその香りを気に入っているかをアンダースに感じさせ、メイジの身体が同じく反応を示すのを楽しんだ。
「いいか?」と彼はアンダースの耳元にささやいた。

「匂うし、埃だらけで汚いし……」

「構うものか」

「……判ったよ」とアンダースが息を弾ませながら笑うと、セバスチャンは一瞬彼を強く抱きしめ、今度は激しく彼の唇を奪った。彼はキスをしたまま僅かに身を離すとレギンスの紐を緩め、アンダースの手が彼の下着を引き下ろすと一瞬彼自身のものを手に取った。セバスチャンはアンダースの口の中で呻き声を上げた。

「油を」セバスチャンは息を弾ませながらようやく唇を離してそう言うと、壁のカウンターを手探りし、最初に触った瓶を取った。香油だった。これでいい。彼は手探りで蓋を開けて幾らかを掌に取った。二人は油から立ち上るベルガモットの香りに声を立てて笑った。彼は自らのものに幾らか油を延ばし、それから前屈みになってアンダースに準備をさせる間、メイジも手に油を取って彼自身をゆっくりと擦った。

二人とも待ちきれなかった。ごく僅かな準備だけでアンダースは呻き声を上げると手を押しやって、片脚を上げてセバスチャンの腰へ回した。
「入れて」と彼は言って自らつま先立ちになると壁に背中を押しつけた。

セバスチャンは頷くとアンダースの太腿を両手で掴んで更に持ち上げ、それからゆっくりと降ろして、彼自身がメイジの中にゆっくりと入って行き、二人は大きく喘いだ。アンダースは両手でセバスチャンの肩を強く抱きしめると、床に着いていた片脚を上げてセバスチャンの腰に廻し、壁に付けた背中と、セバスチャンの肩に廻した両腕と、彼らがこの上ないほど密接に繋がっている部分で体重を支え、その重みがセバスチャンのものをこれまでに無いほど深く、しっかりと彼の中に送り込んだ。

アンダースの脱ぎ捨てた埃だらけの服とバルサムの香りに囲まれ、幾度も唇に、頬や顎に、それから首元や肩に互いにキスを交わしながら、セバスチャンはゆっくりと力強く挿入を繰り返した。


アンダースは目を瞑り、セバスチャンの指が彼の頭皮を擦り洗う感触に集中して心から嬉しそうにため息を付いた。約束したとおり、セバスチャンは彼の背中を洗った。もちろん背中以外の部分も彼の力強い指先が擦り、特にお気に入りの場所は念入りに洗って共に楽しんだ。こんな風に丹念に、優しく扱われて文字通り頭の上から足の先まで綺麗になるのは大好きだった。それも沢山のキスと一緒に――彼の思いも寄らないところにも――セバスチャンは彼の脇の下に顔を埋め、あるいは太腿に、あるいはアンダースの足を力強く器用な指で心地良く揉みほぐしながら、足の甲に唇を寄せて舌の先でちろりと舐めた。以前にそうされた時に彼がくすぐったさに笑い出したのと、その時のセバスチャンは悪戯っぽい笑みを思い出してアンダースはクスリと笑ったが、その後彼が爪先に唇を寄せて吸うと、驚いて叫び声を上げた。

彼は足の指がこれほど……感じやすいとは思ってもいなかった。しかし本当に、彼の手の指を啄まれるよりも敏感で――セバスチャンは彼の身体を洗いながら、もちろんそこも舐めた――それで彼はもう片方の足を伸ばして、セバスチャンの内股を爪先でつねってお返しをし、大公から驚いた叫び声と欲望に満ちた眼差しを引き出した。その後二人はしばらく身体を洗う以外のことに時間を費やし、アンダースは浴槽の端に尻を載せて、セバスチャンが彼の爪先の他にも唇と舌を這わせた。彼らは浴室の床中を水浸しにした後で、再び本来の浴槽の使用目的に戻ると、湯に浸かって互いに身体を洗った。

「すすぎだ」とセバスチャンが指示して顔を湯に浸けさせ、髪の毛をかき回して泡を洗い流す間彼はじっと息を止めた。

彼は顔を上げ、生まれ変わったような気分で座り直した。全身すっかり綺麗になって、ホカホカとお湯の中で心地良く寛ぎ、しかもセバスチャンが側に居た。彼は身体をずらしてセバスチャンの肩にもたれ掛かって、頭を捻って大公の首筋にキスをし、鼻先を顎の下にねじ込んだ。セバスチャンは声を立てて笑い、それから身を屈めて今度はアンダースの唇に口付けた。

「これ以上湯に浸かっていると、干しプラムみたいにしわくちゃになるぞ」とセバスチャンが言って、アンダースの手を片手に取ると指を絡ませ、シワのよった指先を眺めながら彼の日に焼けた手とメイジの色白の肌を見比べた。

「構うもんか。こんな良い気分なのは本当に久しぶりなんだから」とアンダースは言い、彼の自由な方の手を湯に浸かったセバスチャンの太腿に走らせて、男のものが未だ柔らかいままなのを知ると口を尖らせた。「ちくしょう」

セバスチャンは大声で笑い、彼の手を離して再びキスをした。
「私にはお前のような精力はないよ」と彼は言うと、微かに笑って腹に沿って愛撫するように手を撫で下ろし、既に堅く勃起したアンダースのものに触れて更に笑みを大きくした。
「だがこれを楽しまないという話は無いな」と彼はゆっくりと、軽くそれを撫でながら耳元でささやき、浴槽に深く浸かってアンダースを彼にもたれさせた。

アンダースは嬉しげにため息を付くと自らも身体を動かし、セバスチャンの肩に頭を持たせかけて、温くなってきた湯の中でゆったりと横になると半ば眼を閉じて、セバスチャンの優しく滑る手の動きを楽しんだ。浴室の中は彼自身の徐々に激しくなる呼吸音が壁に反響する音、二人が身動きする度に浴槽に水が跳ねるチャプチャプという音、彼をゆっくりと高みに追いやりながらセバスチャンが立てる満足げな声で満たされた。アンダースがようやく達した時にはセバスチャン自身の身体も大きく震え、アンダースの太腿の後ろに微かに圧力が感じられた。

アンダースは身体を廻して、セバスチャンの両脚の間に膝を付いて身を屈めると大公に優しくキスをした。
「ありがとう」と彼は言い、それから片手を湯の中で伸ばしてセバスチャンのものに触れた。
「これでベッドに行けるかな」と彼は言って、何のことかをはっきりさせるためそれを軽く握った。セバスチャンは声を立てて笑うと両手を浴槽の縁に掛けて勢いよく立ち上がり、身体から水がどっと流れ落ちて、彼の半ば勃起した男根がアンダースの目の前で焦らすように揺れ動いた。メイジは身を乗り出してその先端に軽く口付けし、セバスチャンはそれを見て面白そうに笑った。

二人は大判のタオルで水気を拭き取り、それからセバスチャンの寝室へ戻るちょっとの間、一応腰に巻き付けた。アンダースは部屋から出る前に身を屈めて彼が脱ぎ捨てた服を拾い上げた。わざわざ彼とセバスチャンが共に入浴したということをあからさまにすることは無いだろう、例え二人の関係を秘密にしておこうとする努力が、既に無駄になりつつあるとしても。

彼はここの使用人は恐らく大公の私生活を部外者に漏らすようなことはしないと思ったが、それでも……疑う余地のない証拠をそこらに残しておかないようにする方が、ともかく行儀が良いような気がした。彼とセバスチャンが恋人同士となったと無遠慮に見せつけるようなことをしない限りは、召使い達は目をつぶり何も見なかったふりをするだろう。城の召使い達の大部分とヴェイル家の近しい関係から考えれば、それは充分有りそうに思えた。

アンダースは服を寝室の床に落とし、腰に巻いたタオルをその上にパサリと落とすとベッドに横たわったセバスチャンに加わった。二人はそれからただお互いに身体の、あらゆる所を確かめるように触りながら楽しい時間を過ごした――今では馴染んだ領域でも、二人が引き離されていた数日の間にまた目新しい物の様に思えた。まるでそれは、二人の記憶にあるお互いの身体の、そこここが今でも変わらず、きちんと動くことを確かめているかのようだとアンダースは思った。彼はセバスチャンの力強い指先が彼の傷だらけの背中をまさぐるのを感じて、大公が全ての傷跡を一つ一つ唇と舌で愛撫したあの夜を思い出し、思わず大きく背を反らせた。

彼自身の手はセバスチャンの滑らかな肌を滑り降り、その筋肉が伸び縮みするのを感じた。それから更に下に降ろして、セバスチャンの硬い勃起にそっと手を触れた。彼はとうとう大公の手を払いのけてその両脚の間に座り込むと、前屈みになってセバスチャンのものを口に含んだ。セバスチャンは大きく喘ぎ、両手でアンダースの頭を掴んで指先で湿気った髪の毛を梳きながら、両膝を曲げて脚を更に大きく開いた。
アンダースが唇と舌で焦らすように優しく、時にはごく軽く歯を彼の敏感な先端に当てると、彼はその快感に小さく叫び声を上げて、口の中へ突き入れようとする衝動と必死に戦った。メイジがようやく身体を起こして座り直した時には、彼は鼻声を上げ欲求に身悶えしていた。
アンダースは再び堅く勃起した自分のものに先に油を伸ばすと、それからゆっくり時間を掛けて、セバスチャンが絶頂に近付きすぎる徴候を示す度に即座に手を止め、たっぷりと焦らしながら準備を整えた。

セバスチャンの口走る言葉はもう、「たのむ」と「アンダース」を違った順番で繰り返すだけとなっていた。ようやくアンダースは大公の脚を上げて後ろに倒し、ほとんど二つ折りにしてから、彼の中へゆっくりと押し入った。アンダース自身の自制心もほとんど吹き飛びそうで、セバスチャンが彼にしがみつく強い力に合わせるように、彼の欲望の赴くままにその中へ幾度も突き入れた。二人は大声で叫び、一気に頂上へと達した。

アンダースはしばらくセバスチャンの上に覆い被さるように横たわり、まだ密接に繋がったままで二人は息を整えた。それからセバスチャンは深く息をついて、両手でアンダースの背中を撫でさすり、指先でメイジの顔に被った髪を押しやると彼の唇に優しくキスをした。
「二度と私から離れるな」と彼は静かな声で言った。

「離れないよ」とアンダースは声を詰まらせながら言った。「僕からは、絶対に」

「ならば決まりだ、私はお前を離れさせはしない」 セバスチャンは一心にそういった。

アンダースは微かにニヤリと笑ってセバスチャンにキスをすると、彼の身体を離した。彼は立ち上がって脱ぎ捨てた服の所へ歩み寄ると、身を屈めてタオルを拾い上げ、それからベルトの小物入れから何か手に取った。彼は身体をタオルで拭きながらベッドに戻った。セバスチャンも自分のタオルをベッドのすぐ側から拾い上げて同じように身体を拭いていた。アンダースは彼の隣で長い脚を折り曲げて座った。
「手を出して」と彼は優しく言った。

セバスチャンは不思議そうに彼の顔を見たが、ともかく片手を彼に差し出した。アンダースは自らの手を開き、握っていたものを見せた。分厚い透明なガラスで出来た小さな瓶は暗赤色の液体で満たされ、コルク栓の上を封ロウが覆っていた。
「僕のフラクタリーだ。誘拐したテンプラー達が作った」 アンダースはそう淡々と言ってそのガラス瓶をセバスチャンの掌に置き、その周りで彼の指を折り曲げた。
「これが有れば、いつでも僕を見つけられる」

セバスチャンは手を開いてそれを凝視すると、顔を上げてアンダースを長い間見つめた後、再びその瓶を握りしめた。
「大事に仕舞っておこう」と言った彼の声は高ぶる感情にかすれ、それから両腕をアンダースの身体に廻して強く抱きしめた。
「二度と離れないでくれ」と彼は再び言った。

アンダースは頷いた。
「僕からは」と彼は繰り返すと、それから息を大きく吸い込んだ。彼にはただ一つだけ、自分から去らねばならなくなる可能性があった。セバスチャンに、それを伝えなくてはならなかった。
「君に知っておいて貰わないといけないことがある。僕がグレイ・ウォーデンであるということの意味について」と彼はかすれた声で言うと、強靱な体力と耐久力、倍増する欲望、悪夢、ダーク・スポーンの穢れに免疫を持つように見えること以外の事柄について語った。

話の後、セバスチャンは彼を抱きしめ、彼らはただ互いに身体を寄せ合ったまま沈黙していた。どちらも、互いの側に居られなくなることを望んでは居なかったが、しかしそれでも何時の日か終わりが来ると判っていた。まだその日は遠く、幾年も先のことだった、しかしそれでも確かに、彼らが歩む道の先には、二人の日々の終わりが見えていた。

アンダースがセバスチャンの腕の中で、彼の肩を枕にして眠りの国に滑り込もうとした時、大公が身体を微かに動かして、ほとんどささやく様な声で言った。
「大したことじゃない。私達には何の保証もない――お前にも、私にも――後どれだけ生きられるのか、あるいは何時、何処で死ぬのか。今から一年先か、五年か、十年か――二人とも死んでいるかも知れないな。戦争か、病気か、暗殺か、事故かで。お前はその……その召命 1を受けるまで生きてはいないかも知れない。私は、お前にそれが訪れるのを見るだけ長くは生きられないかも知れない。
その時に、もし私が――私達が――生きていたら、その時考えれば良い。だが後何日残っているとしても、アンダース、私と共に居てくれ。私がお前を愛しているということ、そして出来る限りの間、お前に私と一緒に居て欲しいということ、大事なことはそれだけだ」

アンダースは頷き、同じくささやき返した。
「僕も君を愛してる、だから僕が許される限りずっと、君の側に居るよ」

彼らは再びゆっくりと、優しく時間を掛けて愛を交わし、彼らの手が作る輪の中で二人の勃起が緩やかに前後し、二人の間には沢山のキスと小さな笑顔と、少しばかりの涙があった。どれだけ今が素晴らしくとも、この瞬間が完璧な幸せに満ちていようとも、二人はそれがいずれは終わることを知っていた。永遠では無いと。

しかしそもそも、何事も永遠ではあり得なかった、人生も、愛情も。全ての事柄は、早かれ遅かれ、良いことも悪いことも、必ず終わりを迎えた。そして彼らはあるいは、幾つかの終焉を――良いことも、悪いことも――彼らの時が終わる前に見るのかも知れなかった。彼らの未来には何の保証も無かった、それでも二人は待ち受けるものが何であれ、共に立ち向かうだろう。

ならば、それで充分だった。充分以上だった。二人は一緒だ、これからも、彼らが許される限り、ずっと。


Notes:

  1. The Calling: グレイ・ウォーデンは儀式後数十年(Max 30年とのことだが、変動有り)経過すると、ダーク・スポーンの穢れ(Taint)に身体を侵襲され、次第にアーチ・ディーモンの声を聞くようになる。その声に完全に支配され狂気に陥る前に、グレイ・ウォーデンは皆ディープ・ロードへ旅立ちそこで死を迎える。この儀式のことをThe Calling(コーリング)と呼んでいる。ゲイダーさんのインタビューによると、Awakeningの後でウォーデン達はこの儀式のはらむ危険性を認識して方法を変えたかも知れない、とのこと。つまりディープ・ロードに行くこと自体は特に重要では無い。
カテゴリー: Eye of the Storm パーマリンク

第134章 充分以上 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    ああついにここまで来てしまいました(T_T)

    一足早いですが記念に一枚描きました。
    どぞお納め下さいましm(__)m

    ああエピローグが怖ひ…orz

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、ありがとうございましたっ!
    コメントの一言一言がモチベアップでございました。さらには記念の絵もたびたび頂きまして
    重ねてお礼申し上げますm(__)m

コメントは停止中です。