6.教会の惨事:テンプラー12名死亡

翌朝には、昨晩の出来事は全て遠くの夢だったように感じられた。だが間違い無く、現実だった。俺は翌月分の家賃を払うに充分な金を持っていたし、新聞の一面は昨晩の上町での事件を叫び立てていた。テンプラー、教会で虐殺さる――俺は頁をめくった――上町の火災現場で発見された死体、テヴィンター諜報員と判明。記事は何か大がかりかつ国際的な陰謀を示唆し、メレディス長官はブラッド・メイジの仕業だと非難していた。

真実は、新聞記事より奇なり。

昨夜の出来事は俺にもいくつか宿題を残していったが、どっちも今すぐ片付けたいという気分にはなれなかった。最初の一つはアンダースだった。彼は友達だし、彼が傷ついているだろうことは間違い無い。母さんに頼んで何か焼き菓子を作って貰おうか。それで後で持っていこうと思ったが、それでどうなるものかは俺にも判らなかった。

別の問題はもちろん、メイジを嫌っていても俺達を完璧に遠ざける程ではない、あのエルフだった。夢の中でフェイドの生き物が俺を誘惑しに来るのには慣れっこだったが、昨晩の悪魔は銀色の髪にすらりとした手足、不機嫌な面をしていた。もうウンザリだ。とにかく俺はフェンリスに二度と会うことはなさそうだ、と俺は自分に言い聞かせた。彼がとっくに充分過ぎる程の支払いを済ませているからには。

ドアがチリンと鳴り、俺は何かを期待して顔を上げたが、そこに居たのがヴァリックだけと知ってがっかりし、がっかりしたことに俺はムカ付いた。一体何を考えてるんだ。

彼は俺が読んでいた新聞に頷いて見せた。
「ほらな、上町に行く時に俺を連れて行かないからこういうことになるんだ」

「連れていきたかったさ、だけど車に空きが無くてね」俺は眼を細めた。
「待った、俺がこの話に関係があるとどうして知ってる?この街で起きる全てのことに俺は責任を持てないぜ」

ヴァリックが肩をすくめた。
「今朝方エルフが訪ねてきてね」

俺はぎくりと頭を上げて彼を見た。
「何だって?それで?」

「昨晩君が、彼を助けてくれたと話していった。警察が居なくなり次第、あの邸宅に引っ越すとさ」ヴァリックはそう言って俺にカードを一枚渡した。
「必要な時はこの番号に電話すれば、彼に伝えてくれるそうだ」

「あの邸宅で誰かが昨晩レイジ・ディーモンを召還したんだぞ」俺はそう言ってカードをしげしげと眺めた。
「彼は正気か?」

「俺にはそんな風に見えたがね」
ヴァリックは椅子に腰を降ろして、それから俺は全部話して聞かせた。まあ、ほとんどの話を。

「ブロンディも気の毒にな」それがドワーフの最初の言葉だった。

俺は大きく息を付いた。
「彼の様子を見に行かないとな。何か馬鹿なことをしでかす前に」

「フェンリスはどうする?」

俺は肩をすくめて言った。「判らんね」

「彼は手が掛かりそうだぞ、トリップ。とりわけ古い友人が彼を捜し続けるとすれば」

「判ってるさ。多分彼については、何かあるまで放っておくのが一番なんだろう」


診療所は閉まっていた。俺はドアをバンと叩いた。

「今日は休業だ」遠くからそう返事が聞こえた。

「どうした、アンダース。表で人が死にかけてるぞ。君無しじゃあ連中はお手上げだ」
返事はなかった。しょうが無い。俺は切り札を切った。
「母さんにな、君の見舞いにって言って、クッキーを焼いて貰った」

ドアが開いた。

中は真っ暗だった。アンダースは俯いたまま、横に退いて俺を入れてくれた。俺は足元にまとわりつく猫を押しのけながら、彼にクッキーの袋を手渡した。

「カールのことは気の毒だった」と俺は言った。

「それで君は、僕の様子を見に来た方が良いと思ったのか?僕が正気で居ることを確かめに?」アンダースが先に立って診察所を通り抜け、後ろの彼の部屋に向かった――多分元々は物置だったんだろう、ちっぽけな部屋だった。

「まあ、そうだ。気の毒に思ったからだけじゃない、君のことが心配になったんだ。カーキ色の制服野郎共が出てきた時、俺は君が誘惑に負けようとしているんだと思った。俺もメイジだからな。君の頭の中で何が起きていたかは判る」

アンダースは手を振ってちっぽけな机の側の椅子に座らせると、自分はベッドに座って奇妙な笑みを浮かべた。
「君に何が起きていたか判るとは思えないな。おお、本当に焼きたてだね、まだ温かい。君の母さんを聖人に列するよう教会に請願書を出さなきゃな」

「母さんには君が喜んでいたと言っておくよ」俺は煙草に火を付けた。
「それで、本当のところ何が起きていたのか話してくれるか?」

アンダースは両腕を膝におろして、床をじっと見つめた。
「僕は精霊と出会った。昨晩のことじゃない、もう何年も前の事だ」

俺が煙草を吸う間、彼はその一部始終の話を語って聞かせた。もちろん、たっぷりと作り話が入っていた。俺は探偵だ。誰かが嘘を付いていれば大体判ったし、アンダースはおよそ嘘が上手とは言えなかった。何があったにせよ、彼の語る話よりもひどいことに違いなかった――それにしても随分ひどい作り話だったが。

もちろん、俺は何も言わなかった。彼が胸を痛めているのは明らかだったし、俺はここに彼の気分を良くするために来たんだ、悪くしてどうする。それに世界一般の常識と俺のそれは違った。もし彼が、その『ジャスティス』とやらの存在を信ずることで気が楽になるのなら、そのことで彼をとがめるつもりは無かった。

俺は大きく息を吸いこんだ。
「ジャスティスが君にやらせたことは俺の想定内だ、真っ当な男が君の立場に立てば同じことをしただろうさ。俺は、あんな風にごく最近『平穏化』されたトランクィルを今まで見たことが無かった。もし俺にとって大事な誰かが……ベサニーや父さんや、あるいは君がああなるのを見たらどんな気分か、俺には想像も付かない」

彼は床から顔を上げた。
「ああ。僕は」彼は髪を手で掻き回した。
「僕は君がてっきり、その、逃げ出すとか……良く判らない。ほんとに。今までこの事は誰にも話したことは無かった」

「まあ、俺は言いふらしたりはしないぜ」俺は彼にニヤッと笑って見せた。
「俺は探偵だ、皆から遅かれ早かれ真実を聞き出すのが俺の仕事でね」

「もしヴァリックについて成功したら教えてくれ」

「よーし、それでいい。その調子だ」俺は彼の肩を叩いた。
「カールにお別れを言おうじゃないか、何か飲み物はあるか?」

アンダースは考え込んだ。「ミルクと、薬用アルコールなら」

俺は声を立てて笑った。「判ったよ、ミルクで行こう。メクラになるのはごめんだ」

「ありがとう、ホーク」彼は微笑んだ。
「君は本当の友達だ」

「待った、飲むのが先だ、泣くのは後。君は何もかも目茶苦茶だな」

今まで参加した中で一番奇妙な通夜だった。俺達はミルクを飲んで母さんのクッキーをかじりながら話をして、アンダースの猫達が足に頭突きをかまし、テーブルに飛び上がろうとするのを払いのけた。俺はどうにかアンダースの話題をテンプラーから逸らそうとして、うまく行く時もあったし駄目な時もあった。

「君はサークルの中で育った訳じゃない。あそこでの生活がどんな物か、想像出来ないだろうな。あらゆることが命令と、規則と、テンプラーで成り立っていた」

「言わせて貰えば、俺向きの場所じゃなさそうだ。だけど少しくらいは良いことだってあっただろう?」
父さんはアポステイトであることに関する全てを、まるでゲームのように扱った。カーキ色の制服から隠れて、やつらを先に見つける。学校を一日サボるのよりも深刻な話じゃ無かった。彼は俺に、サークルから逃げ出したことをまるで冒険小説のように話してくれた――ガキの頃は俺も同じことをしようと夢見た物だ。もっと大きくなって、失敗をしでかした後で俺はようやくその危険に気付くことになった。

「まあね、アプレンティス達は、僕達はあそこを我慢できる場所にする方法を知ってた」アンダースはまた深刻な口調になってじっと床を見つめた。もしまた彼が精霊の話を持ち出して俺を誤魔化そうとするなら今度は出て行ってやる、俺はそう決めた。
「カールは、その、彼は僕の初めての人だった。僕達が一緒に居るときは、サークルの囚人であることを忘れられた。まさかこんな風に終わるなんて、思っても居なかった」

おーい、ちょっと待った。

「待った、何だって?君と、カールが?あのヒゲを生やした男か?」

「彼はその当時はヒゲを生やしていなかったよ」彼は小さな声で言うと、眼鏡を外して神経質そうに磨いた。どうやらアンダースにとって秘密を明かすというのは、バケツ一杯ぶちまけることのようだ。もっとも今度は彼が嘘は付いているようには見えなかったが。

「だけど、難しくはなかったか?」

「人を愛するというのはその人格を好きになることだと僕は思っている、身体じゃ無くてね。君と作りが似ているからというだけで、どうして誰かを好きになるのを避けなきゃいけない?」彼は真剣な表情で尋ねた。

「おい!誰も愛について話しちゃいないだろう」俺は少しばかりでなくむきになっている、そのことは判っていた。アンダースはただ戸惑ったように見えた。

「君を困らせてしまったかな?」と彼は尋ねた。

「いいや、君は俺を困らせちゃいない。つまり、好きにしてくれ。俺が言いたかったのは、つまり…」 俺は、一体何が聞きたかったんだ?
「つまりその、君達は、どうやって……」

「えっと、その…」
彼の眼鏡が曇ったのは間違い無い。とにかく、彼の顔は真っ赤になった。

俺は自分のグラスを睨み付けた。
「判ったよ、ミルクじゃあ役に立たん。俺は猫じゃない。本物の酒を飲みに行くぞ」

「君は飲まないんじゃ無かったのか?」アンダースは不思議そうに聞いた。

「このくそったれの街で飲むに値する酒を見つけられなかったからだ。今日は、俺の基準を下げてやる。君もだ、行くぞ」俺はグラスをテーブルに置いて立ち上がった。

「もし君が払ってくれるんなら、もちろん文句は無いよ」彼も立ち上がり、微かに笑って言った。

少なくとも彼を元気付けることは出来たようだった。


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6.教会の惨事:テンプラー12名死亡 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >そこに居たのがヴァリックだけと知ってがっかりし、がっかり
    したことに俺はムカ付いた。一体何を考えてるんだ。

    わははははザマアwwww
    いかん、このホークさん男前すぎるw
    一緒に酒飲みたいw

  2. Laffy のコメント:

    この後どんどん男前度アップしてとうとう殴り合いの喧嘩にっっw
    EoS訳したらセバちゃん好きになったり、これ訳したらカーヴァーも悪い子じゃ無いなあ、とか思い出したり、ああ何ていい加減w

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