11.ドラゴン襲撃、鉱夫7名死亡

「奥様」そう言うと、フェンリスは驚くほど優雅に上半身を傾けて礼をした。これもテヴィンターの連中が彼に叩き込んだ訓練の賜だろうかと、俺は感心して見つめた。

母さんも、こんなに礼儀正しい挨拶は予想していなかったと見えて多少気勢を弱めると、フェンリスを上から下まで困惑した表情で見つめた。

「まあ、理想的な自己紹介が出来る様子ではないようね。お会いできて嬉しいとは言わないでおきましょう」

「それはごもっともです」とフェンリスが恭しく答えた。「お気になさらず」

「あなたも」母さんはそういうと、俺の方に振り向くと一歩近寄った。俺は思わず後ずさりしそうになるのを何とか踏みとどまった。
「本当にね、トリップ。あなたはもうちょっと良い子だと思っていたのよ。もう22歳でしょう?7つじゃあるまいし、子供みたいな殴り合いの喧嘩をしてどうするの。弟に一体どう言う手本を見せようというの?」

カーヴァーはそれに腹を立てたフリをして言った。
「もう兄貴に手本を見せて貰う必要は無いよ、母さん!俺はもう大人だ。お休み」とやつは言うと、母さんが何か言う前にそそくさと部屋を逃げ出した。

ヴァリックはどうやってか、部屋の背景に溶け込みまるきり見えなくなる術を心得ていて、俺は母さんが彼の存在を忘れているのは確かだと思った。彼女は俺とフェンリスを交互に眺めやって両腕を組んだ。しばらくの間、俺達三人はただそこで黙ったまま突っ立っていた。

「俺は謝らないよ、母さん」彼女が何を待っているのかにようやく気がついて、俺は母さんの胸元を見つめながら言った。

「謝る必要はありません」驚いたことにフェンリスが俺の味方をした。
「これは哲学的な相違によるものです。彼が意見を――」

俺は両眉を上げて彼を見つめた。

「―変えるとは思いません」とフェンリスは小さく頷いて言った。

母さんはため息をつき、それから心配そうに眉をひそめた。
「メイカー、床にあなたの血が飛び散ってるわ、フェンリス。上に来なさい、綺麗にしてあげます。いいえ、口答えは無し。消毒しなきゃ。トリップ、彼の服を持ってきてあげてね」

フェンリスは不思議な微笑を口元に浮かべながら、子猫の如く従順に彼女の後を付いて階段を昇っていった。

彼らが姿を消した後で、ヴァリックがクスリと笑った。
「もし君の母さんがカークウォールを統治してたら……」

「俺達二人とも、おまんまの食い上げになるだろうさ」と俺は予想した。

俺が服を着直している間、ヴァリックが煙草に火を付けて俺の方を考え深げに見つめた。
「それで、一体何についてお前さん達は喧嘩になったんだ?」

「メイジさ。他に何で争うことがある?彼だって閉じ込められ、自由も無しに、酷いことをさせられてきたんだ。判ってくれると思うだろう?」

「おいおい、君はブロンディとは違ってそんな簡単な話じゃないくらい判ってるはずだぜ」

「俺はただフェンリスに受け入れて欲しいと思ってるだけだ。サークルや政治の話はどうでもいいが、彼がメイジについてああいう態度で話すなら、そいつは俺に対して話しているのと同じだ」

「ああ、それで二人の喧嘩となるわけか」ヴァリックは判った様に言った。

「ハングド・マンに帰れよ。ショウは終わりだ」俺はフェンリスの服をまとめて担ぎ上げた。

「今のところはな」

俺が二階に上がった時、フェンリスは台所の椅子に座って、母さんが救急箱から取りだした、あの染みる薬を脱脂綿につけて彼の頬を叩いている間、ひどく生真面目な表情を顔に浮かべていた。俺は薬用アルコールをギャムレンが未だ飲んでなかったのに驚いた。あるいは飲んでどっかで死んでるのかも知れないが、とにかく彼は居間にはいなかった。

俺が指先で引っ掛けているフェンリスの靴に、ホースが鼻先を突っ込み、それから台所へトコトコと歩いて行くと、フェンリスの足下で俺の顔を見て嬉しそうに吠えた。

「ああ、お前は素晴らしい追跡犬だ。東部最高の鼻は誤魔化せないな」
ホースは舌をだらりと突きだすと、短い尾っぽを大喜びで振り回した。皮肉ってやつは動物相手にはまるきり通用しない。

XuTbsRYteucyfyu1352642698_1352642739俺はフェンリスの上着とシャツをまとめてテーブルに置き、靴を足元に落とした。
地下ではあんなに恐ろしげで獰猛に見えたのに。それまで気付いていなかった事に俺は心を打たれた。俺の手と比べて、彼の指が如何に細いことか、それにすらりとした首筋。椅子にもたれ掛かる彼は一見、繊細で弱々しくさえ見えた。

母さんは彼の唇から血糊を拭き取ったが、既に傷の周りが腫れ上がって顔の繊細な線を歪めていた。そもそもなんだって俺はこの顔を台無しにしたいと思ったのか、今じゃ思い出せなかった。フェンリスと俺は、互いにばつの悪い顔を見合わせた。

「これで良し」母さんは言って、丁寧に小さなガラス瓶のキャップを閉めた。
「最後にこうしてからもう随分経つわね。トリップとカーヴァーの世話をしていると、時々野戦病院で働いているような気になったものよ。大人になるまで生きていてくれたのが不思議なくらい」

「ありがとう……リアンドラ」フェンリスは彼女の名前を恐る恐る呼んだ。明らかに、母さんは彼に堅苦しい礼儀は無しと言ったようだった。

「息子を殴るのをやめておいてくれれば、それでお礼は充分よ、たとえ当然のことだとしてもね。あなたも気付いたと思うけど、彼は殴り返すから」彼女は確信したように頷いた。

「会えて嬉しかったわ、フェンリス。さあ、服を着て二人とも少し散歩でもしていらっしゃい」

彼女は俺の方に歩いてきて、俺は身を屈めて頬にキスをした。
「用が済んだら明かりを消しておいてね。明日の朝仕事があるから、もう寝るわ」

「何時から母さんは仕事に出てるの?」と俺は尋ねた。

「週に2日だけよ、リレインのお店で。だけどどんなことでも足しにはなるから」

「だけど母さんはそもそも働かなくたっていいのに」と俺は抗議した。

「お休みなさい、トリップ」母さんは笑っただけだった。

フェンリスは靴紐を結び終えて立ち上がり、俺は少し歩こうと提案した。母さんが俺達に何を話すのを期待しているのかさっぱり判らなかったが、少なくとも歩く間は何も言う必要は無かった。

ホースも俺達と一緒に家を出て、俺は出る時に電灯を消した。

「君の母親は実に……印象深い人だ」俺達が上町へ登る階段をぶらぶらと歩き出したところで、初めてフェンリスが沈黙を破った。

「アンダースは母さんの焼き菓子を崇める宗派を作ろうとしているし、ヴァリックは古式ゆかしい方法で始終お愛想を言ってるし、メリルは男性に抑圧された家から彼女を解放したがってる。もし君が母さんへ詩を書き始めるつもりなら、俺はスタークヘイブンへ引っ越すぜ」

フェンリスはクスリと笑った。
「俺は書けない。その、詩は」

「ヴァリックは山のようにへんてこな詩を知ってるぜ。だがもし君が、その一つでも母さんに向けて暗唱しようもんなら俺がまたぶちのめすぞ。今度は手加減しないからな」

「君の言っている意味は、今度は紳士協定無しだということだろう。それで、君は誰に戦い方を教わった?」

「父さんが教えてくれた」俺はフェンリスを見やった。
「君は好きにはなれなかっただろうな。父さんもメイジだった」

ごく微かなシワが、フェンリスの眉間に浮かんだ。
「俺は君が嫌いな訳じゃない、トリップ。それで君の父親が君に教えたとしたら、誰がメイジの彼に教えた?」

「さあ、知らないな。聞こうと思ったこともなかった。父さんにはテンプラーの友人がいたらしい。あるいは彼が教えたのかも知れない。俺が思うに、若い頃の父さんは随分野生的だったんだろう。サークルから逃げ延びるメイジは、それほど多くは無い」

「君の戦い方は、やはりアマチュアのそれだ」とフェンリスが言った。彼は俺が睨んだのを見て首を振った。
「君が先に俺に対して言ったのと違って、侮辱した訳では無い。君の戦い方は、民間人にしては随分上手だ。だが俺は何年もの間それだけを強いられてきた。テヴィンターの訓練方法は徹底的かつ過酷だ。他の誰にも勧められる様なものではないな」

俺は片方の眉を上げて、一人で考え込む様子のフェンリスを眺めていた。
「すると、俺にはテヴィンターでの戦術教官は務まらないな?」

彼は唇の片隅を上げると、立ち止まって海を見つめた。俺達は上町へ向かう道の途中に居て、植え込みの向こうに港が見おろせた。俺は港に浮かぶ幾つもの光のどれかが、我らがテヴィンターの訪問客だろうかと思っていた。

「また戦おうじゃないか。ヴァリック無しで。つまり、練習のためにだ」

「本気か?」俺は植え込みの柵にもたれ、彼の隣に肘をついた。
「連中が君にやったことを憎んでいたんじゃ無いのか?なのにもっとやりたいと?」

「違う!いいや、だが、これは今では俺の物だ」彼は両手を前に出して、掌に走るリリウムの線を見つめた。
「やつらは無理矢理これを俺に押し付けた、だが今では俺の思うとおりに使うことが出来る。戦い方も同じだ。もしそれを、若いメイジを連中の手から奪い返すような誰かに伝えられたなら、そしてマジスターに恥をかかせることが出来るなら、俺はやってみたい」とフェンリスは微かな笑みを、彼の腫れた唇に浮かべて言った。

彼はじっくり考えてそう言っているようだったし、彼の眼が俺と会ったとき、俺には彼が軽々しくその提案をしているのでは無いと判った。彼の提案を退けるなど、俺には考えも付かなかった。
「いいだろう、やろうじゃ無いか。アザが消えて、君の顔がまともな形に戻ったら」

「君が良い時を決めてくれ」とフェンリスがまた微笑んで言った。

俺はあくびをした。長い、長い一日の疲れが俺に追いついてきたようだった。

「君の年齢を聞いたとき、俺は驚いた。君はずっと年上だと思っていたからな」とフェンリスがまた港を見おろしながら考え深げに言った。

「そいつは褒め言葉か、あるいは侮辱か?」

「単なる事実だ。だが君は、カーヴァーがフェラルデンで戦場に出たと言っていたな?彼は君より幾つか年下じゃないのか?」

「カーヴァーは身体も大きいし早熟な方でね、13の時からヒゲを剃ってた。16歳の時に年を2つ誤魔化して志願して、連中はそれを信じた。母さんはひどく心配したものさ」

「彼はそれほど戦争に出たかったのか?」

「いいや」俺は苦笑いをした。
「アポステイトだらけの家から出たかったのさ。彼には魔法など不要だと、証明するためにな」

「ふん。俺には彼を非難出来ないな」

「正直なところ、俺にも出来なかった。やつがほとんど五体満足で帰ってきたときには、ただ嬉しかったものだ。おっと、俺がそう言っていたなんてやつには言うなよ」俺は鋭く付け加えた。

フェンリスは俺の方をちらっと見た。
「彼は君の弟だろう、トリップ。彼には判っている」

「君には誰か弟妹がいるのか?」と俺は尋ねた。

「前も言ったように、俺は自分の過去や、あるいは家族については何も覚えていない。記憶にあるのは痛みと、それから帝国秘密情報局と、ダナリアス。それだけだ。もし俺に家族が居たとしても、最初から居なかったのと同じことだ」

俺は顔をしかめ、ポケットを探ってタバコを取り出した。確かに以前にもフェンリスはそのことを話していたが、俺はいつも考えずには居られなかった。
「それで君は幾つなんだ?ただの推定でいい」

「さあな。記憶にある最初の年が14か、15歳か。そうすると、さっきの君の年より5歳は上だろう、少なくとも」

「それで君は、の方が年上だと思ってたのか?こいつはひどい侮辱だ」

「ヒューマンの年の取り方は変わっている。君の白髪の数を基準に年を推測した訳では無い」

「冗談だろう、そいつは無しだぜ」俺は彼の、街灯の明かりの下でもひときわ白く輝く銀髪を眺めやった。
「その髪で言うことかよ」

「卑怯な言いぐさだというのは、判っているんだろうな」と彼はしかめっ面をした。

俺は彼にニヤリと笑って見せた。やがて彼の顔にも微かな笑顔が浮かんだ。

「その調子だ」と俺は言った。
「俺は家に帰るよ。上町に帰る途中で強盗に襲われるんじゃ無いぞ。ホース、バラに小便を掛けるなって。うちに帰るぞ」

多分その晩俺は、寝る直前までニヤニヤ笑いが止められなかったような気がする。


翌朝早くに電話のベルが鳴って、俺は上機嫌でカーヴァーを叩き起こすと用件を伝えた。

「起きろ、このでくの坊。市庁舎に行くぞ」

「何だよ兄貴……うう、腕が上がらねえ」カーヴァーは食いしばった歯の隙間から呻くと、眼を細く開けて俺を睨んだ。

「市長が俺達に、息子を救った報賞を贈りたいとよ。そしてお前は我らが私立探偵局の公式なパートナーであるが故に―」カーヴァーが酷使した腕の痛みに呻きながら座り直したのを見て、俺は言葉を切った。
「お前と俺は、市長と11時に面会することになった」と俺は付け足した。

「だけど眼の周りにアザが出来てるぜ」とカーヴァーが指摘した。

「お前も握手しようと思ったら痛みで気絶するかもな。良かったら家で寝てても構わんぞ?」

「行くよ、行くったら。幾らか熱い湯を持って来てくれよ。それかいっそ風呂に入るかな」

俺はやつの大げさな様子に眼を回したが、ともかく言われた通りにしてやった。正直に言って、俺だけで市長と対面するのはあまり嬉しくなかった。ただでさえ俺達の生活は心許ないのに、一人だけで行ってのぼせ上がった挙げ句、よけいなことを口走ったりするのはご免だ。

俺達は約束の時間の大分前に、上町行きのケーブルカーを捕まえると乗り込んだ。俺は市庁舎へ向かう間、どうにか真面目な顔付きを保とうと努力した。この時間だと車の中はひどく混んでいて、俺達は座席に座るのを諦めて立っているしかなかった。カーヴァーは頭の上から垂れている吊革を持つことが出来ず、車両の壁にもたれて車が左右に揺れるたびに俺は彼の襟元を引っ掴むか、あるいは倒れ込むのと反対側に押してやった。

ともかく、俺は愉快だった。カーヴァーはそうでも無かったようだ。

上町で俺は新聞を買って見出しを眺めた。紙面には図書館での銃撃事件が大きく取り上げられていた。他所の街から来たギャング一家による、図書館で勉強中だった市長息子の誘拐未遂。死亡したクナリについては何も書かれていなかった。彼を殺した女が裁判に掛けられるかどうかさえ、怪しいものだと俺は思った。

ケーブルカーを降りて、俺達は市庁舎のでかい二重扉をゆっくりした歩調で通り抜け、そこの受付嬢に俺達の事を話した。彼女は俺の眼の青あざを見て奇妙な顔付きをしたが、俺にはどうすることも出来なかった。ともかく、連中が俺の事を裁判に掛けられに来たと見ない限りは。

受付嬢は上階に行くようにと伝え、カーヴァーは可愛らしいエレベーター・ガールの前で引きつった笑いを見せた。エレベーターも、俺達がカークウォールに来るまで見たことも聞いたことも無かった機械だ。俺はあまり、好きじゃあ無かった。
それから俺達は、壁には大きな油絵が掛かり、壁と床はピカピカに磨き立てられた重厚な木で覆われた、随分と洒落た待合室に通された。革製の長椅子に座った俺達を、上の方の窓から差し込む日光が照らし出していた。

しばらくして、脇の下にカメラと、ポケットからメモ帳を覗かせた男が入ってきて、俺達に行儀良く頷いて見せた。

俺達は待ち続けた。俺は新聞を隅から隅まで読んで、カーヴァーが肩越しに眺めていた。俺は何枚かページを渡そうとしたが、やつはただ両腕をだらんと垂らしたまま俺を睨んだ。

もうほとんど正午になるかという頃、ようやく秘書の一人が俺達を市長の元へ案内した。ドゥマー市長は、俺が政治家というのはこういう顔だろうと想像するとおりの男だった。彼は朗らかな笑顔で俺の手を固く握りしめ、後で指がくっついてないか数えたくなったくらいだ。彼が俺のひどい面や、カーヴァーのこれっぽっちも力のこもってない握手に驚いたとしても、顔には出さなかった。

「それで、記者の諸君はもう―」彼は実に愛想良く、まるで宣教師か何かのように、カメラを持った男の方を見て微笑んだ。
「君達に話を聞いているのかな?」

「いいえ市長。今日の新聞を見る限りでは、僕達がそこに居たことも彼らは知らないようですね」

「さて、これで彼らも知る訳だ。君達のような市民を我々は必要としている、偉大なるカークウォールに奉仕するため、喜んでその手を貸そうという人々が」彼はちらりとその記者の方を見て、間違い無く彼がその言葉を書き留めていることを確かめた。

「僕達はただアヴェリン・ヴァレン巡査を助けただけです」と俺は言った。

「無論だとも、彼女は表彰を受ける事になっている。制服を着た女性というのは見栄えするものだし――これは書かなくて良い、馬鹿者――警察の連中は、以前は女性にこの仕事は無理だと言っていたものだ。若い女性達に、偉大なるカークウォールの公僕となることを奨励するのは、私の長年の政治姿勢でもある――そうだ、こっちを書き留めるように。インタビュー記事を書くのは初めてか、若いの?」

「とにかく、市長として、そして父親として、君には大いに感謝している。この誘拐事件を未遂に防いでくれたことで、君達は実に偉大な貢献を為した」彼は再び記者の方を見た。
「私の息子が、あるいは誰の息子であれ、一人で勉強している時に悪漢に襲われるとは、実に嘆かわしいことだ」彼のアイス・ブルーの眼が俺の眼と合った。
「あー、詳細は来月の慈善夕食会の席上で発表することになるだろうが、上町の公共地区における警察の巡回を増やすと、私は確約しよう」今度は記者はきちんとメモを取った。
「しかしながら今日のところは、このホーク兄弟に感謝の意を捧げたい。そして昨日の出来事で誰一人深刻な負傷者が現れなかったことについても。誰一人な…?」彼はじっと俺の目を見つめていた。

俺は顎を引いた。くそったれ、まるでこれじゃあ俺があのガキが、クナリの友達だったという秘密をうっかりバラそうとしていた見たいじゃ無いか。
「全くです」と言って俺は頷いた。

市長はまた愛想の良い、ニコニコ顔になった。
「大変結構。さて、おお、しかしその目のアザは写真映えしないだろうな。どうかね、もう一人の兄弟だけで我慢して貰えるかな?」

俺はこの上ない喜びと共に横に退いて、カーヴァーを前へ押し出した。痛む腕を上げてドゥマー市長と握手するポーズを取ったカーヴァーの表情は、笑顔と言うよりはしかめっ面に近かった。何個かフラッシュバルブを焚いて 1写真を撮った後で、きっと夕刊の早版に間に合わせるためだろう、記者は急ぎ足で出ていった。

「上出来だ、若いの」ドゥマーはそう言って煙草に火を付けた。
「君達の街への奉仕に対する報賞としては、何が望みかな?」

俺はこの件については考えが有った。
「そうですね」俺はゆっくりと言った。
「僕はずっとフェラルデン時代の古い私立探偵免許で働いています。まだ書類と手数料が用意出来なくて――」

「許可しよう」彼は机の上のブザーを押し、すぐに端正な紺色のワンピースを着た女性が現れた。
「ソフィー、この青年に私立探偵免許を渡すように。ありがとう、ホーク」

きっかり45分後、ちっぽけな、しかし貴重な紙切れを俺は受け取った。俺の名前を記したインクもまだ乾いてなかった。俺達は昼下がりの太陽に照らされた上町へと出て行った。

「昼飯でも食うか」と俺は言った。

「俺は家に帰るよ」カーヴァーは市長との面会の後ずっと、彼得意のふくれっ面をしていた。多分腕の痛みのせいだろうと俺は思った。

「じゃあ先に帰ってろよ。この時間ならケーブルカーも混んでないだろうしな。俺はちょっとやらなきゃいかんことがある」

彼は片方の眉を上げた。
「今度は何を企んでるんだ?」

「クナリ大使館さ。アリショクには誰かが、やつの部下のアシャードに何が起きたか説明しなきゃならんだろう。シェイマスから眼を離してこの件を知らせに行かせる程、ドゥマーも馬鹿では無いだろうしな」と俺は説明した。

「大丈夫なのか?」カーヴァーは疑わしげに俺の顔を見た。

「さあな。だが、誰かがそうしないといけないだろうさ」


Notes:

  1. “Flash Bulb”:この当時はまだストロボは無く、金属粉とフィラメントを封じ込めた電球を文字通り燃やして、シャッターと同期する閃光を発していた。
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