12.市長の息子、市民が救出

アリショクは俺が言うべきことを全て聞き、俺達の司法制度を少しばかり嘲った後で、俺に出ていくように言った。まただ。一体やつに何を期待していたのか、自分でもよく判らないが、それにしても少しくらいは感謝して貰っても良いんじゃ無かろうか。まあしかし、彼が悪い知らせを伝えた者を射殺しようと思わなかったのは有難かった。

皆が彼らを嫌っていた。俺には、何だって連中があれほどカークウォールに大使館を開きたいと熱心になっているのか、さっぱり理解出来なかった。ドゥマー市長には認可するつもりは無いようだ。彼は数年後に選挙をまた控えていて、クナリに強硬な態度を取るというのは彼の取れるうちでは数少ない、万人受けする政策だったろう。

少なくとも、それは俺の知ったことじゃあ無かった。

俺が家に戻ったとき、カーヴァーは居間でラジオから静かに流れるジャズを聴きながら俺を待っていた。ギャムレンは、まだ午後早くだというのに寝椅子で寝入っていた。

「トリップ、話がある」俺が台所に水を飲みに通り過ぎたとき、カーヴァーが言った。
「アンドラステの名に掛けて、今朝のは一体どういうことだ?」彼は椅子から立ち上がると俺を睨み付けた。

「あんだって?写真に写りたくなかったんなら、そもそも付いて来なきゃ良かったんだ」俺は流しの水道の下に頭を突っ込んで、蛇口から直接水を飲んだ。暑い中を下町までずっと歩いてきたから、随分喉が渇いていた。

「そんな話じゃ無い。兄貴の忌々しいライセンスについて言ってるんだ」

俺は口元を手の甲で拭うと、居間へと戻った。
「何が不満なんだ?」

「俺達は彼の息子を救った。何だって褒美にくれてやろうと思ったろうさ。なのに兄貴は、紙切れ一枚を欲しがった」

「そもそもカークウォールのライセンスが要ると言っていたのはお前じゃ無いか!」

「兄貴以外は全部犠牲にしろとは言ってない!」やつは叫び返した。
「俺達の家を戻してくれと言ったって良かったはずだ、あるいは金を貰ったって――」

「殺し合いなら静かにやってくれ」ギャムレンが呻くと、頭を持ち上げて俺達を眠そうに睨んだ。
「二日酔いで死にそうになってるんだぞ」

「見たかよ!こいつから離れられるチャンスだったのに!」とカーヴァーは我らが叔父の方に、あまり腕を上げないようにしながら手を振った。

「まさかお前は、市長が上町の邸宅をお礼に寄こすとでも思ったのか?どうやらヴァリックの小説を読み過ぎたようだな。それも、子供だましのファンタジー小説の類だ」

「兄貴は自分の事しか考えてない。兄貴は何時も家族の面倒を見ているって言うが、それも兄貴に利益があって、偉く見せられる時だけだろう」

俺は眼を細めた。
「俺が金を隠してるとでも思ってるのか?俺が稼いだ金は1カッパーまで母さんに渡しているのを、知らないとは言わせないぞ」

「兄貴は自分の夢と自由のことだけしか頭に無いんだ、それでいっつも自分のやりたいようにやる、例え残りの家族がどう思おうと。だけど兄貴がやりたいことは、俺が俺の人生でやりたいこととは違う、母さんもそうだ」

ギャムレンはまた呻くと頭を枕の下に潜り込ませた。

「お前がむかっ腹を立てたからって俺にもそれを押し付けるのは、一体どういう了見だ?新聞に自分の顔が載るからって偉くなったつもりか?」

「少なくとも兄貴よりはずっとマシな仕事をしてみせるさ!」彼は顔を真っ赤にすると、それでも低い声で怒鳴った。

「ほう、そうかい?言っておくがな、昨日せっかくの仕事を『俺は今忙しい』ってんで突っ返そうとしたのはお前で、俺じゃ無いぞ」俺は両腕を組んだ。

彼は指を突きつけるために片腕を上げ、その痛みに顔をしかめるのを見て俺はニヤリと笑った。
「これで済んだと思うなよ、トリップ。今に判る」

「勝手に茹だってろ」
このアホウとは、当分決着は付きそうに無かった。


翌朝、本当にカーヴァーの顔が新聞各紙に載っていた。ひいき目に見ても、ひどい写真だった。メリルが朝早くから、俺達が新聞を見たことを確認しにやって来て、カーヴァーは真っ赤になると、どもりながら見たと言った。もちろん俺は、市長が感謝している出来事が起きたときにはカーヴァーは実際にはその場に居なかったことを指摘し、やつの意気をちっとばかり削いでやった。

だけど母さんにはそんなことはどうでも良かった。彼女は新聞から写真を切り抜くと、俺の仕事場の壁にピンで留めた。もちろん、俺のライセンスについてもおめでとうと言ってくれた。俺はそれが何より嬉しかった、何故って、カーヴァーにも一理あると思いかけていたからな。
これで俺は真っ当な私立探偵で、もし俺のライセンスカードを警官や、それにテンプラーに見せる必要が有った時も、もう心配する必要は無くなった。カーヴァーの間抜け頭からは抜けていったかも知れないが、その点は母さんは忘れていなかったようだ。

翌週には俺のアザも消え、そして季節は変わり始めて、夏の残暑がようやく消えていった。フェラルデンの基準からすれば、カークウォールにおよそ本物の冬は無いようだ。ここじゃあ雪さえ降らなかった。多分海の側だというのも関係あるんだろう。上町の街路沿いにそびえる、背の高い街路樹の葉は次第に奇妙な金色に変わり、暖かな秋の日差しを海から吹き寄せる冷たい雨がかき消す時には、カークウォール湾は鈍い灰色に輝く荒れた海になった。

そして俺のところにはオーレイからの客人があった。というより、恐らくカークウォール居住のオーレイ人だろう、だが彼の俺達など物の数では無いと言ったような傲慢な態度と短気さからすれば、連中について俺が聞いていた噂は本当だったようだ。

ギスレイン・ドゥ・カラックというのが客の名前で、彼は逃げた妻を探していた。俺には彼女が逃げ出した理由はよーく判った。彼はたっぷり10分程、いかに彼女が役に立たない妻かを滔々と語った挙げ句、ようやく彼女が居なくなったという事を話し出した。俺はてっきり、やつが妻の浮気相手を探しだすために俺を雇おうとしているのかと思ったが、どうやらギスレインはとっくに知っているようだった。

「あの女は、し、娼館に出入りしていたのだ」と彼は口ごもりながらその言葉を吐き出した。
「連中と来たら、花まで送りつけて来おった!」

「ですがね、身代金の要求も無ければ、奥様からの金の無心も無い、あなたも彼女が居なくなってせいせいしておられるようだ、ならどうして単に彼女を行かせてやらないんです?」

「彼女の家族だ!連中は私が、」彼は周囲を見廻すと声を潜めた。「私が、彼女に何かしたと思っている。連中は私が彼女の財産目当てで結婚したと思い込んでいるからな」

「ふむ、そうなんですか?」と俺は聞いて、初めて少しばかりこの件に不穏な匂いを感じた。ギスレインは冷血な殺人者というタイプでは無かったが、俺は家庭内のもめ事が簡単に暴力沙汰に変わることがあるのを良く知っていた。とりわけそこに財産目当ての強欲さが絡んだ時には、運が悪いとひどい事が起きるのも、決して珍しくはなかった。

「私は決して彼女を傷つけたりはしない。一度は愛した女だ」と彼は重いため息と共に言ったが、どちらかと言えば、俺は行方不明の妻に対するいらだちと言うよりは、失った若かりし日の愛に対するノスタルジアを感じ取った。

「さて、私が奥様を見つけたとしても、もし彼女があなたの元に戻りたがらないとしたら、引きずって連れ戻すまではしませんよ」と俺は彼の顔を見つめて言った。

「彼女は私の妻だ!戻って来なきゃあならんはずだ!」彼は顔中を口にして叫んだ。

俺は片方の眉を上げた。
「それは奥様の決めることです、私では無くてね。ですが少なくとも、あなたやご家族の方に手紙を書いて頂くことは出来るでしょう。それでよろしいですか?」

「判った、それで良い、このもめ事が終わってくれれば良いだけだ」と彼は言うと、25シルバーを机の上に投げ出した。
「彼女は花咲く薔薇の館で、ジェサンとかいう名のふしだらな雄エルフのところに良く通っていたようだ。やつには話をしに行ったが、何も話すことは無いと言いやがった」

俺は思わず口を開けたが、再び閉じた。クライアントの言葉遣いをたしなめようとするのは良い習慣とは言えなかった、例えどれ程真っ当な理由があろうと。
「驚くには当たりませんな」と俺は平静な声で言った。
「彼には私から聞いてみるようにしましょう」

それからギスレインは、まだブツクサと卑猥な悪口を呟きながら立ち去ったが、俺はもう彼のことなど気に留めていなかった。

薔薇の館に行く用が出来たぞ。

その娼館は――あそこについて語られるのは、ただの噂話じゃない。神話だ。大金をはたけば、およそ手に入らないものは無いとか、彼らがテダス中からとびきりの美少女や美少年を誘拐して働かせているとか、ありとあらゆる種類の魔法で客を――

まあ、そういった類の話だ。

実際のところ、あの館の遊び代は目の玉がすっ飛んで転がり出るほど高くて、観光客のほとんどはカークウォールで薔薇の館に行ってきたと言うためだけにドリンクを一杯頼むのが精々だった。『花咲く薔薇の館』ブランドの絵はがきでも売った方が良いんじゃ無いか。ひょっとしたら、もう有るかもな。
言うまでも無く、俺も行ったことは一度も無かった。セックスに金を払う必要が有ったことなど一度もないし、それに入る事も出来ない娼館の周りをうろつく若い男ほど、惨めに見えるものは無いからだった。

「よう、カーヴァー、元気の出る知らせだぞ」俺はアパートの奥に入りながら言った。カーヴァーは台所のテーブルで新聞を見ていて、鉛筆をかじりながら仕事を探していた。
「行方不明の妻を探す仕事が入った」

「それのどこに元気の出る要素があるって?」

俺はニヤッと歯を見せて笑った。
「彼女の最後の目撃地点。薔薇の館」

「冗談だろう」と言いつつ、カーヴァーは新聞から顔を上げて俺の顔を見つめた。
「冗談じゃ無いのか。ちょ、ちょっと待ってくれよ、いいな兄貴?」彼は文字通り椅子から転げ落ちると部屋から飛び出して行った。
「靴を磨かなきゃ」と彼は叫び返してきた。 1

「連中はお前の足元なんぞ見やしないよ、知ってるだろう」


まだ昼下がりだというのに、レッド・ランタン地区は既に混み合っていたが、どうやらほとんどはただのお上りさんのようだった。この辺りには薔薇の館に行くだけの金が無い連中でも遊べる店が沢山有った。カーヴァーと俺のような若い男は大いに関心を引いたが、カーヴァーはどうあしらって良いか判らないようだった。

俺はただ頭を振っては、館に通じる小道を歩き続けた。一旦俺達に行く先を変えるつもりが無いことが判ると彼らは一斉に離れていった。あるいは薔薇の館の用心棒が、こっそり競合相手を彼らの正面玄関から排除しているのかも知れなかった。

花咲く薔薇の館、それがここの正式な呼び名だった。石造りの巨大な建物には赤いランタンが花のように連なって飾られ、本物の薔薇が玄関扉の両側から壁伝いに這い上っていた。目に付くような場所に用心棒は居なかったし、ストッキングとガーターベルトに身を包んだ娘が店の前に立つ男に色目を使うようなことも無かった。薔薇に人を呼ぶにはその香りだけで充分だ。

一旦そこの扉を通り抜けたら、酒かあるいは人のどちらかを注文することが求められていた。もしそうしなかったら、さっさと元来た所へ追い出されることになる。深々と足の沈み込む深紅のカーペット、豪華な装飾の施された高い天井からはカットグラスの煌めくシャンデリアがぶら下がり、どこからか物憂げなピアノ曲が聞こえてきたが、俺は辺りの風景を無視して――俺の眼の隅には、ステージの上の華やかなショウの様子も映った――酒場の側の椅子に腰を掛けた年輩の女性の方に真っ直ぐ歩いて行った。恭しく挨拶に訪れる他の客に優雅な物腰で応対するその女性は、一目で分かる圧倒的な権威を身にまとっていた。彼女がここのオーナーかどうかはさておくとしても、ここの支配者なのは間違い無かった。

俺は帽子を行儀良く脱ぐと自己紹介をして、彼女に新しいライセンスを見せた。メイカー、彼女を俺の偽造ライセンスで騙すことなぞ絶対無理だったろう。俺は彼女にジェサンに用事があって来たと言った。カーヴァーはただ辺りをぽかんと見渡して、誰かと眼が合うたびにやつの磨きたての靴に眼を落としていた。

マダム・ルジーナと自己紹介したその女性が、俺達が彼女の館の中に入ることを喜んだ様には思えなかったが、しかし彼女は優雅にジェサンの部屋の場所を俺達に伝えると、同じく優雅に俺達を去らせた。これ以上良い待遇は望めなかった、もっとずっとまずいことになっていたことだってあり得るんだからな。

「俺が思うに、」と俺は酒場の側を廻って行きながらカーヴァーに話しかけた。
「彼女の泊まっているホテルを見つけ出して、手紙の一つも書かせればそれでお終いだ。別にクライアントの結婚生活に口を挟む必要は――おい、あれは叔父貴じゃ無いのか」

確かにその男はギャムレンだった。バーの止まり木に座って、俺達がぶらぶらと彼に近付くと共に驚いて疾しげな表情になった。

「すると、俺達の一家の財産が消えた先はここか」と俺は両腕を組んだ。叔父はもう常連では居られないはずだった。多分賭けカードでまぐれ当たりでもしたに違いない。よりによって、今日。運命というやつは、時に奇妙なユーモアセンスがあるな。

ギャムレンは顔をしかめた。
「もしお前達が何も母親に言わなきゃあ、俺も言わないぞ」

「好きなようにすれば良いさ、ここには仕事で来ているんでね。俺の仕事で、ここの連中のじゃないぞ」俺はそのまま歩き去った。

「待て、リアンドラに言うつもりは無いんだろうな、どうなんだ?」

「済まんね叔父貴、俺達は仕事中だ。突っ立ってお喋りしてる暇は無い」
カーヴァーと俺はニヤリと笑みを交わした。

「信じられないな」とカーヴァーが頭を振りながら行った。

「母さんには黙っておくさ。そのほうがずっと面白い」

マダムは館の上階の、奥まったところにある部屋を教えてくれた。上の階はとりわけ洗練された、一見普通の一流ホテルのように見える内装で、あちこちの隅には鉢植えの植物まで置いてあった。普通のホテルと違うのは、廊下ですれ違う他の客が絶対眼を合わせようとしない事くらいだ。

カーヴァーはぴったり俺の後を付いていて、ほとんど俺の靴の後ろを踏みそうになる位だった。

「こういうところで肝心なのはな、カーヴァー、絶対間違い無いと確信出来るまでドアをノックしない事だ」

「それだけで大丈夫なのか?」

俺は有る部屋のドアをノックし、そして内側からドアが開いた。驚くほど鮮やかな青い眼をしたエルフがそこに居た。彼は俺達に笑いかけた。

「君が、ジェサンかな?」と俺は尋ねた。

「申し訳ない、今日は休みの日なんだ」と言いながら彼は俺の頭から足先までじっと見つめた。
「だけど君は例外にしようかな」

「あのー?」俺が予想した反応だとは、およそ言えなかった。

「決まってるじゃないか?」彼は肩を竦めた。
「君のような人と仕事しないでいて、何だってここで働くのさ?」彼はそう言うと、俺がこれまで見たことも無いような、飛びきり色っぽく挑発的な笑みを俺に投げかけた。

俺は思わず声を出して笑った。
「これはまた素敵なお世辞だな、俺が思うに」

「僕が得意なのはお世辞だけじゃないよ?」

「それは、うん、良いことだね」全く思いもかけないことに、俺の心臓は突然胸の中で勢いよく走り出し、部屋の温度が数度上がったように感じた。俺にはどうしてだか、判らなかった。

俺にはどうしてだか、判っていた。

彼の細くすらりとした首筋、細い指とシャープな頬骨、真っ直ぐ通った鼻筋――こういうとまるで単なるエルフ好みのように聞こえるが、そうじゃあなかった。彼は俺に、手に入れられなかった何かを思い出させた。手に入るかも知れない何かを。

俺は頭を一振りして、脳裏からそのイメージを追い払った。

「俺が来たのはニネッテのことが聞きたくてね。彼女を最近見たことは?」ジェサンが手を振って俺達を招き入れるのと同時に俺は尋ねた。

「うーん、残念だけどこの数週間ほどは。彼女の相手は楽しかったのに」

俺はニヤッと笑った。
「俺の聞いたところからすると、彼女の方もそう思っていたみたいだね」

「おや」とジェサンは両手を広げた。「嬉しいことを言ってくれるね!ますます好きになったよ」

「トリップ!」俺はカーヴァーがそこに居たことをすっかり忘れていて、やつの声に思わず飛び上がりそうになった。

「ああ、うん。それで、彼女が今どこに居るか、それとも彼女に何があったか、知らないということかな?」と俺はジェサンに尋ねた。

「彼女があの不甲斐ない夫から去ったって話は聞いたよ。良いことだね。ただ、僕にさよならは言って欲しかったな」

「すると彼女は君に夫と別れると言ったのか?」

「いいや、もしそうだったらと思っただけだよ」

俺は鼻の頭をつまんで首を振った。
「それじゃあ、あまり役には立たないな」

「他にもあるよ。彼女のことを訪ねて来たのは、君とあのロクデナシの夫以外に、もう一人居る」

何だって?これは聞き捨てならなかった。
「彼女の夫が他にも探偵を雇っていたとか?」と俺は聞いた。

「もしそうだったら、あの男はそう言ったと思うけどね。そう言えば、彼も僕と寝ようとしなかったけど?」

「残念だな、まるで俺が特別じゃないみたいに聞こえるじゃないか」

カーヴァーが俺の腕を掴んだ。
「いい加減に戯れ言は止めたらどうなんだ?」

「彼から振ってきたんだぜ。それにだ、お前はじっと見てやり方を覚えてなきゃ駄目だろう。何でも勉強だ」と俺は言ってやつの手から腕を振りほどいた。

俺はジェサンに振り返ると言った。
「すまんね、弟を許してやってくれ」

「ああ、気にしないで」ジェサンは弟の方には目もくれずに言った。

「その男のことを話してくれないか」

「名前はエメリックと言っていたよ。調査を続けるとも言ってたね」

「ふーむ、警官か?だけどもしそうだとしたら、何故そう言わなかった?ひょっとすると、嫉妬深い男友達だとか?」俺は頭を捻った。

ジェサンは肩を竦めた。
「それは君の専門だね、かわいい人。僕じゃ無い。だけどニネッテは、誰か他に特別な人が居るとは言ってなかったと思うけど」

「どうやら次はアヴェリンのところに寄る必要が有るな」と俺は言った。

「本当にもう行っちゃうの?」ジェサンが尋ねた。
「僕の色々なサービスに興味は無いの?」

「メイカーズ・ブレス」カーヴァーが唇をひん曲げて嘲るように呟いた。

俺は肩を竦めると、ジェサンに向けて微笑んだ。
「ジェサン、例え一ヶ月ずっと金を貯めたって俺には君は買えないよ」

ジェサンは彼の長い睫毛の下から僕をじっと見つめた。
「言ったろう、今日は休みなんだ。金を稼ぐ必要は無いのさ」

「あー…俺は、その」まさか、そう来るとは。

「一体何を考えているんだ、トリップ!」とカーヴァーはエルフを睨み付けながら言った。
「やつを見ろよ。彼は……こいつは…」

「彼は何だと言うんだ、カーヴァー?」俺は冷たく言った。
「エルフか?男か?それが何だって言うんだ?もしお前がそんなに気になるんなら、行ってギャムレンにでも一杯おごってやったらどうだ、叔父貴とは馬が合いそうだぞ」

「そんな事あるもんか!ちえっ……まったく、むかつくよな」

そう言いながらカーヴァーが部屋をそそくさと出ていって、ドアを叩きつけるように閉めるのを、俺は拳を握りしめながら見ていた。俺の心の一部分は、彼に同意していた。数ヶ月前なら俺の全てが同意して、俺達兄弟はとっくに肩を並べてこの館を出ていただろう。だが、今では違った。

ジェサンの手が肩に触れたのに気付いて、俺は飛び上がった。

「ああ、楽にして。彼にもっと嫉妬させようとは思わない?」

彼は指先を肩に突き立て、突然それまで凝っているとさえ気が付いていなかった筋肉が、突然骨を抜かれたように柔らかくなるのを感じ、俺は思わず身震いした。
「一体どうやったんだ?」

「商売の秘密」彼は呟きながら、俺の背骨に反ってずっと揉みほぐしていった。
「知り合いから教わったんだ。君も好きになったかも知れないね」
彼の手が俺のウエストに掛かると、彼は両腕をその周りに回して身体をぴったり俺の背後に押し当て、俺のベルトのバックルを引っ張った。

「メイカー!」

「ああ、せっかく揉んだのが台無しだよ。どうしてそんなビクビクしてるの?まさか初めてだとか言わないよね?」と彼は含み笑いを漏らすと俺の耳元で囁いた。

「あまり大声で言わないでくれ、その、嫉妬とか」俺は一応彼の手を振りほどこうとしたが、本気とは言えなかった。そもそも本気なら彼を突き飛ばすことなど簡単だったろう。
「違う!」俺はそれから、慌てて付け加えた。
「今まではずっと女の子相手だっただけで」俺は小声で言った。彼は俺に両手を取らせたまま、両腕を俺の腰の周りに回していた。実際悪い気分はしなかったが、それでも俺はまだ彼にありがとうと言ってここから逃げ出そうか、どうしようかと思っていた。

「ふふ」ジェサンはすっと俺から身を離し、俺が振り向いた時には彼は大きなベッドの端にちょこんと腰を降ろして、その鮮やかな青い眼が俺の方を生き生きと見つめていた。

「ねえ、来て」彼は俺を見上げて微笑むと言った。
「君の好きにして良いよ。僕は行儀良くしてる、今のところはね」

俺はそこから逃げ出さなかった。出来なかった。彼の仕草は、俺は今まで女でしか見たことが無かった。彼は俺の前で腰掛けて熱っぽい眼で俺を見上げ、微笑みながらオレンジ掛かった金髪を微かに揺らし、生気に溢れて輝いていた。俺はこれが本物で、夢の中でぼんやり思い描く何かじゃないと、確かめずにはいられなかった。俺は恐る恐る彼に近付いたが、ジェサンは言ったとおり俺が横に座っても何もせず、ただじっと座っていた。手を伸ばして彼の耳の端に指を走らせると、彼は嬉しそうにため息を付いて頭を少し傾けた。それで俺はもう一度同じことを繰り返した。

「その人もエルフだ、違う?」そう彼が唐突に尋ねた時、恥ずべきことに俺は――何故なら、彼がその線を憎んでいることを知っていたから――ジェサンの耳元から顎、そして首へと、記憶の中にある想像上の線、違うエルフの身体に輝く白銀の線を辿っていた。

俺は頷いた。
「ああ、だけどそのせいじゃない」

「判ってるよ」ジェサンは悪戯っぽく俺に笑いかけた。
「僕の実地訓練を受けた後なら、彼はたちまち君に夢中になるよ。僕を信じて」

「彼が何かに夢中になるところさえ、俺には想像出来ないな」

「本当だよ、簡単さ」 そう言うとジェサンは、『お上手』と声を掛けたくなる流れるような一動作で、片脚を上げ俺と向かい合う形で膝の上に座った。
「君ならその美味そうな彼に飛びかかって、『一生で最高の経験をさせてやるよ』って言うだけでいいだろうよ」

俺は思わず口を開けて何か言おうとしたが、彼は大胆にも彼のほっそりした指を数本、俺の口に差し込んだ。

「それでね、もし彼が何か言おうとしたら」とジェサンは言葉を続け、俺は彼の吐息が熱く首筋を撫で、指がゆっくりと俺の口を出入りするのを感じた。
「彼にはこう言うんだ、君は俺が今まで見た中で一番魅力的だって」
彼のもう一方の手が器用に俺のネクタイを解き、あっという間にシャツのボタンも外していった。
「それから、君が彼にもう夢中だって」

ジェサンは俺の耳に次々と言葉をささやき続けたが、俺は次第に何を言われているのか覚えていられなくなった。ただ彼の言葉の意味だけが残った。俺は彼の指を吸うと舌を押し付け、そして彼は膝の上で腰を廻した。

「んーん、それ大好き」彼はシャツを俺の肩から脱がせて、片手で胸から腹へと撫で下ろした。
「鍛えてるんだね」と彼はほれぼれとした笑みを浮かべて言うと、俺の口から指を出して、腹からも手を離し、自分のシャツを頭から脱いだ。
「彼にはありのままの君を見せてやらなきゃ。君のようなハンサムな男なら、あっという間に彼は君の足元にひざまずいて」そう言うと、彼は下唇をちろりと舐めた。「おねだりしてくるよ」

「ああ……」俺は口をぽかんと開けたまま、自分がおねだりするところを考えていた。ジェサンは細身で、色白で、あまり筋肉質では無かった。同じエルフでも、まるきり――

彼は綺麗だった。今まで寝たことのある誰とも似ていなかった。頭の中の一部がどんどんもやが掛かったように霞んできた。他の人々を喜ばせるのが彼の商売だと判っていた、それは確かだ、だけど俺は彼を喜ばせたかった。

俺がジェサンの身体に手を伸ばすと、彼は白い歯を閃かせて笑うとスルリと、まるで猫のように手の先をすり抜けた。彼は俺の前にひざまずいて、またベルトのバックルを外し始めた。今度は、俺は彼の手を押しのけようとは思わなかった。

「さてと、この中のものを見てみようか」彼は唇からちらりと舌を覗かせながら言うと、その器用な指を俺の前開きの中に滑り込ませた。
「おーや……」彼はその鮮やかな青い眼を上げて俺と一瞬眼を合わせた。
「こいつを彼にただ突っ込むのは止めておいた方が良いね。傷ついてしまうよ、もし彼が最初に逃げ出さなかったらだけど」

それから彼は膝を付いたまま、唇をすぼめて俺に軽くキスをした。俺は思わず息を大きく吸って、彼の髪の毛に、それから耳に沿って指で撫で下ろした。

「いいってことかな」と彼は呟いて、俺にもう一度、今度は深々とキスした。俺の頭は後ろに倒れ、俺は彼の半ば閉じられた眼の向こうに見える天井の骨組みを、見るとも無しに見ていた。

俺は彼が鼻から鋭く息を吸い、柔らかな吐息が頬に掛かるのを感じた。それから彼は片手で強く握りしめ、俺は腰をうごめかせた。

「おい」俺は彼の顔を見つめ、彼はもつれたオレンジ掛かった金髪の向こう側から俺の顔を見上げた。
「君の方は良いのか?」

彼は頭を上げ、俺のものを離した。
「おや」また唇にキス。「優しい人。動かないでね」

ジェサンはウィンクを一つすると、しなやかな動きで立ち上がり、残りの服を脱いで足元に落とすと気取らない笑みを見せた。彼が俺を大いに気に入ったというのは嘘では無いようだった。とにかく、俺にはそんな風にごまかせるとは思えなかった。確かに、彼はとても仕事熱心だ。

「今時、僕達のような冒険心の旺盛な青年は、いつだって準備をしておかなきゃね」と彼は言うと枕元のテーブルから何か取り出して、俺の顔の前で少しの間その瓶のラベルを見せた。

俺には自分がそういった方面で冒険心旺盛とは思えなかった。きっと彼は俺の心を読んだに違いない、何故って彼は声を出して笑ったから。

「楽にしてて」彼はそう言うと瓶の蓋を歯でこじ開けて、中身の透明な液体を彼の指に取った。
「君に沢山」彼はそういって、俺のものにたっぷりと擦り付けた。
「そして君のボーイフレンドにも沢山、判った?ゆっくりね」

彼はその間、もう一方の手を彼の後ろに回して何かしながら、俺のものを握りしめては撫で下ろし、俺に出来ることと言えば頷くだけだった。

満足して、彼は瓶を横に置くと俺にまたがり、両膝を俺の腰の両側に付いて膝立ちになった。
「僕のことは心配しないで」彼は低く囁いた。
「僕は沢山経験を積んでるから」彼は片手を俺の肩に置くと、もう一方で俺のものの位置を固定させた。彼の眼はきつく閉じられ、彼はゆっくりと腰を降ろしながら鋭くハッと息を吸い込んだ。

「うわぉ」俺は息を付いた。彼は至極簡単そうにやってのけたが、簡単そうな感じはしなかった。その感触は実に素晴らしく、実に窮屈で、俺は思わず歯を食いしばり彼に同情した。

ジェサンはクスッと笑い再び鮮やかな青い眼を開いた。唐突に俺は手を伸ばして、少しばかり身を上げて座り直すと彼の身体に両腕を回し、首筋に唇を押し付けた。どうしてかはよく判らなかったが、俺は彼に大いに感謝していた。多分、彼がこれほど熱心に、簡単に、そして優しく俺を受け入れ、求めていたことさえ気が付いていなかった例を示して、俺を勇気づけてくれたからだろう。

彼は今では両腕を俺の肩に掛けて、ゆっくり彼の腰を上下に動かし始めた。俺はまだ、何もしようとは思えなかった。彼を傷つけたくは無かったが、痛みを感じているようには見えなかった。彼の呼吸は次第に速くなり、喉の奥から小さく嬉しそうな音を立てた。彼が腰を引き上げるたびに、彼自身が俺の腹をつっついた。

俺は彼の鎖骨から胸に掛けて唇を這わせ、そこの皮膚の微かに塩味を感じながら、次第に彼のどこを触ろうと、気にするのが馬鹿らしくなってきた。それで俺は二人の間に片方の手を伸ばして、彼のものを包みこんだ。
「その調子」彼は励ますように呟いた。

これなら、俺はどうやるか知ってるぞ。

彼の上下動は更に速く、激しくなった。彼の両膝が俺をベッドに釘付けにしていて、俺は彼と共に身体を揺らしながら、彼の全く体毛の無い肩と胸を軽く歯を立てた。俺の自制心はとっくに擦り切れ、どこかに飛んでいった。ジェサンは俺にもっととせがみ、俺の手の中で彼のものが震え張りつめるのを感じた。有る意味、これは競争だった。

俺は勝った。あるいは、負けたのかもな、多分。彼の胸に顔を埋めて、片手で彼の背中を強く抱き、もう一方の手は俺の腹と手に挟まれた彼のものを擦り上げていた。出来るだけその瞬間を引き延ばそうとして、自分が上げるやけっぱちの呻き声を俺は聞いた、それと耳の中に響き渡る俺の鼓動と息遣いと。

ジェサンは興奮した、驚くほど嬉しげな叫び声を上げ、そして俺は指と腹の隙間から熱いものが漏れ出し、俺達がまだ繋がっている所へ滴り落ちていくのを感じた。

俺はベッドの上に倒れ込んで、初めてズボンをまだ半分履いたままなのに気付いた。ジェサンは裸で俺の隣に横になると、生クリームを見つけた猫のような笑みを浮かべていた。

Notes:

  1. Act1でカーヴァーを薔薇の館に連れて行くと、「ここに来るたびに連中が俺の靴を見ているような気がする」というモノローグがある。
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12.市長の息子、市民が救出 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    ジェサンキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!

    DA2内である意味一番働き者w
    ジェサン可愛いよジェサンwww

  2. Laffy のコメント:

    コメントありがとうございます(^.^) いやー長かった。途中で風邪を引いて睡眠時間15時間とか取ったのも痛かったしw
    >DA2内である意味一番働き者w
    いやあヴァリックには負ける(なんでやねん)

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