20.下町の殺人犯、捜査行き詰まる

カークウォールは三方向を高い山脈に囲まれていて、列車が開通するまでには随分と長い年月が掛かった。山の峠を越えて行く古の帝国街道の代わりに、今から70年ほど前ヴィンマーク山脈の足元に2マイル半のトンネルをくり貫いた時には、全部で76名の男達が死んだという。今でもほとんどの貨物や旅行客は海路でカークウォールへやって来た。

カークウォール駅は横に長く伸びた大きな建物で、駅舎の壮大なガラス屋根と時計塔は、観光客達が喜んで写真に撮る題材だった。俺もレッド・アイアン一家のために仕事をしていた時に何度か来たことがあったが、実際にここから列車に乗ったことは一度も無かった。

イザベラが車で俺達を駅まで送った。その車をどこから調達したのかは、俺は聞かなかった。上等の革製のシートにホースが涎を垂らしても、彼女はこれっぽっちも気にする様子は無かった。ホースは車に乗るのが気に入った様子で、通り過ぎる景色を眺めながら舌を出し、両耳をパタパタとはためかせていた。

俺達は車を駅から半ブロックほど手前に停めて、そこから駅の方を用心深く観察した。既に夜も更けていたにも関わらず、駅舎には煌々と灯りが点り、騎士団の紋章の付いた車が少なくとも三台は正面出口に止まっていて、あたりには数名のテンプラー達が煙草を吸いながら立っていた。俺達が近付いていくと、連中がどすどすと路地に入っては家々の扉をノックしている様子が目に入った。

「メイジ共が逃げ出した列車は、もう駅構内には居ないはずだ」とフェンリスが言った。
「他の列車を通行させるために、線路を開けなくてはいけないからな」

「その通りだ、すると操車場だな。何にせよやつらの近くには行きたくない」と俺は言った。

操車場は半月の月明かりの他は暗闇に包まれていたが、そこでも俺は動きを止めた貨車や客車の間をちらちらと動き回る光を見ることが出来た。テンプラー達がここも捜索中だった。俺は操車場の金網のフェンスを見上げ、上に張り巡らされた有刺鉄線を見て顔をしかめた。

「俺達の誰かがワイヤーカッターを持ってる、とは思えないな?」俺は低い声で呟いた。

「いいえ、だけど中に入れてあげられるわ」とイザベラが言った。
「こっちよ」

彼女は黙って俺達を操車場の隅を廻って連れて行き、明らかに何かを探しているようだった。やがて彼女は俺達を差し招くと、フェンスの柱の一本に書き込まれた小さなサインを示した。

「浮浪者の使うサインなの」彼女はささやき声で説明した。彼女がそこの金網を引っ張ると、驚いたことにその一区画の網がぽこりと外れた。俺は金網を受け取ると持ち上げて他の連中を先に通らせ、それからアンダースが受け取って俺を通した。その後で俺達は金網を元通りに戻した。誰も、その一角が外れていたなんて判りっこない。

俺達は貨車の隙間を急ぎ足で通り抜け、テンプラーの懐中電灯の明かりが通るたびに身を屈めた。15分も探しただろうか、遅々とした捜索にフェンリスがいらだちの声を上げた。

「この調子でメイジ共が逃げ出した客車を見つけるのは無理だ」と彼は歯の隙間から押し出すように言った。
「それにここに長居すればするほど、テンプラーが代わりに俺達を見つける可能性が高まる。適当な言い訳は用意出来ているんだろうな」

「操車場の裏の暗がりにハンサムな坊や三人を連れ込むっていうのは、とても素敵な考えだと思うけど。だけどあまり良い言い訳には聞こえないわね」とイザベラは不埒な笑みを顔に浮かべて言った。アンダースはどぎまぎする様子で目を逸らし、フェンリスはただ呆然と彼女を見つめた。

「よし、ちょっと……ここで待っててくれ」と俺は言った。
「俺だけ行って、その客車を探してくる」そう言うと、俺は貨物車の側面に貼り付き、手とスーツに付く石炭の粉は無視しててっぺんに登ると、あたりを見渡した。暗闇に慣れた俺の目をもってすれば、僅かな月明かりの下で怪しげな客車を見つけるのに、それほど時間は掛からなかった。俺はその場所を記憶し、上から見える範囲のテンプラーを確かめると、再び地面に降り立った。

「よし、行こう」と俺は煤をスーツから払い落としながら言った。

メイジ達の居た客車は残骸同然となっていた。全ての窓が吹き飛び、扉も半分蝶番から外れ掛かっていた。まるで何か巨大な圧力釜に入っていた中身が、とうとう吹き飛んだような有様だった。実際、ここで起きたことはそれに近かったかも知れない。

俺達は急いで客車の中に入り、ガラスの破片に血の跡が残っているのを見て俺は眉をひそめた。多分護衛していたテンプラーの血だろう、だがメイジを束縛して重圧下に置き、そこに血を見せるのはおよそ良い考えでは無かった。血液は生命力を運んでいる液体で、もちろんリリウムとは違っていたが、しかし同じような作用を示すことが出来た。

「よし、ここの匂いを追うんだ、ホース」俺は客車の床をパタパタと叩き、ホースはそこをしばらく嗅ぎ回った後で扉から飛び出すと、周囲の全ての物に鼻先を突っ込み、短い切り株のような尾をパタパタと振りまわした。これなら、跡を追うのもそれほど難しくは無いだろう。

ほんの30秒も立たない内にホースは確信ありげに進み出し、俺達は彼の跡を追って砂利と雑草の上を急ぎ足で進んだ。驚いたことに、彼は街の方向へは行かず、操車場の更に奥へと突き進んだ。

「連中がまだここに居るなんて言わないでくれよ」とアンダースがささやいた。

「どうして?」とイザベラが聞いた。空の客車はどれも隠れ家として使えるでしょ。少なくとも、今夜の路上よりは安全だわ」

ホースは一つの客車の前で止まると、喉から低い唸り声を上げた。俺はあたりを見渡したが、テンプラーの姿は見えなかった。俺は客車の扉を一つ、二つと叩いた。

「殺さないで!」突然、ローブを着た若い男が内側から扉を開け、両手を高く上げた。彼は明らかに客車の床に屈み込んでいたか、あるいは座っていたようだった。痩せこけた頬のざらざらしたヒゲ跡にも関わらず、彼は精々17,8歳くらいにしか見えなかった。

「君を傷つけたりはしないよ」とアンダースが静かに言った。
「助けに来たんだ」

「君たちの仲間はもっと中に居るのか?」と俺は尋ねた。

彼は頷いた。
「僕は逃げて来たんだ。もう沢山だ。デシムスがブラッド・マジックを使い始めた!彼はそれしか方法が無いって言ったけど、だけど僕は嫌だった」

「ブラッド・マジック」フェンリスが吐き捨てるように言った。
「当然予想してしかるべきだったな」

「まだ決まった訳じゃない」とアンダースが言うと、その若いメイジの方に振り返った。
「ほら、君に操車場から出て街へ逃げ込む道筋を教えてあげよう。そこには君の逃亡を助ける人々が居る」

「僕は逃げたくなんか無い。もしこれが自由だっていうんなら、あんたにあげるよ。僕はサークルの、僕の部屋に戻りたいんだ」と彼は頑なに言った。

アンダースは息を吸いこみ言い返そうとするようだったが、俺は頭を振った。
「そこら中にテンプラーが居る。両腕を上げたまま、駅舎に向かえ。彼らの言うとおりにするんだ。それでもし、ここのサークルで何か困ったことになったら、エメリックという名前のテンプラーに話すように。彼は良い人だ、君の面倒も見てくれるだろう」

「そうするよ、ありがとう。他の人達はここの客車の一両に隠れてる。デシムスが、明け方まで待って、人が大勢出入りするようになってから行動する方が良いって言ったから」と彼は言うと駆けだした。彼の奇妙なローブの裾が、膝の周りではためいていた。

「もっと大勢の人質という意味だろうな」とフェンリスが言った。
「もし市民がメイジとの間に居れば、テンプラーも簡単には発砲出来ない」

「他所ではそうかも知れないが、ここでは違う」とアンダースが反論した。

俺は口を挟む気分じゃ無かったので、彼らの口論を無視した。イザベラも少し機嫌を損ねたようだった。多分彼らのいがみ合いは、俺とは別の意味で彼女の楽しい時間の過ごし方のアイデアを台無しにしたんだろう。

ブラッド・マジックの持つ可能性は、いつも物事をひどくややこしくした。俺はブラッド・マジックには賛成出来ない。父さんは俺達に、軽率にその力を使うとひどく惑わされ、そして弱った心はまるで乾いたコケが炎を呼ぶように、ディーモンを惹きつけると教えてくれた。理論的には、充分に強力なメイジはそれを操ることが出来るだろう、だがそれだけのリスクを冒す価値は無いと言うのが父さんの意見だった。俺も同意した。

アンダースも葛藤しているようだった。彼は怒ったようにディーモンがどうとか呟き、そして俺達は再びホースの跡を追いかけた。

フェンリスが銃を抜いた。
今回は、ホースは近寄ってその客車を教える必要は無かった。俺達は皆出来るだけ静かにしようとしていたが、代わりに突然客車の扉が15フィートほど先で開き、年取ったメイジがそこに立っているのが見えた。

「やつらが来たぞ!テンプラーに見つかったか!」彼は絶望的な光を目に浮かべて吐き捨てるように言うと、俺達を睨み付けた。

「おい、ちょっと待った」俺は両手を挙げた。

「デシムス、止めて」若い風体と似つかない、きつい表情をした女性が客車の後ろから現れて、その男の手を掴んだ。
「テンプラーじゃないわ、彼らを見て」

「それがどうした?他の連中に見つかれば、テンプラーもすぐ追ってくる。もしやつらが生きてテンプラーに我々のことを伝えればな」
彼は血に染まった両手を高く上げ、そして客車の中で窓越しに蠢く物が見えた。まるで波飛沫のように、ガラスの破片が俺達の方に飛んできた。

俺は両手を差し出すと、慌てて力の壁を作って破片を遮った。アンダースが前に一歩出て俺達をシールドで包み込み、俺は一息ついた。魔法を使っているのはデシムスだけでは無いようだったが、俺達が表で剥き出しになっている間、他のメイジ達は客車に隠れることが出来た。ホースが客車の段を駆け上って中に飛び込み、そして魔法の一閃が彼を跳ね飛ばした。俺には甲高い彼の悲鳴が聞こえた。

俺は本能的な怒りに歯を食いしばった。俺の犬を傷つけるやつは許さない。俺はホースの側を跳ね上がって扉から駆け込み、牙と爪の代わりに俺の魔法で客車の中に襲いかかった。誰が中に居ようが、知ったことか。客車の中は俺と、他のメイジの魔法が大吹雪のように飛び交った。

幾つかの身体が、死んでいるのも生きているのも、客席の周囲に寄り集まった。メイジが一人俺に向けて飛び出してきたかと思うと、よろめいて横に倒れ込んだ。イザベラのナイフが彼の首筋を切り裂いていた。

俺はデシムスを見失ったことに気づいた。

「トリップ!」声と共に、シールドが揺らめいて消えた。

「アンダース!」
デシムスは客車から離れていた。誰かが客車の側面に何かを叩きつけたような、ドスンと言う音がした。俺は座席と怯えきったメイジの身体を乗り越え、割れたガラスの破片が俺の背中と腕を引っ掻くのも無視して窓から飛び出した。

フェンリスが客車の横に叩きつけられていて、俺が彼の頭の上を乗り越えると彼は身を屈めた。彼は銃は持ったままで発砲していなかった。恐らくテンプラーの注意を引くことを懸念したのだろう。アンダースのメスが手の中で光るのが見えたが、彼はデシムスの攻撃を避けるので精一杯でシールドを保つのは無理だった。イザベラの姿はどこにも見えなかった。

「こっちだ、この気違い野郎」俺は唸り声と共に両手を強く輝かせた。
「俺の街にお前のような野郎を逃がしはしねえぞ」

俺は本気で他のメイジと戦ったことなど一度も無かった。父さんと遊び半分に練習をしたことがあるだけだ。ベサニーは精霊魔法が得意だったが、一度も乗ってこなかった。

魔法の投げ合いでこの年老いたメイジに勝てるとは思えなかった。彼は年輩で、しかもサークルで訓練を受け、恐らくずっと熟練しているだろう。それに彼はどこかに傷口を開いていた。彼がアンダースから離れると、赤っぽい霧が彼の周りに渦を巻いた。

俺は両手を強く打ち合わせた。彼は一瞬怯み、自身の魔法で俺の力をはね除けた。俺は自分の魔法で彼を捕らえられるとは思っていなかった、やつの気を逸らせる物が欲しかっただけだ。俺は男の顎を打ち砕こうと猛スピードで駆け寄った。しかし俺の拳は空っぽの空気をかすめ、一瞬よろめいて数歩進んだ時、俺の背中に何かぶつかり鋭い痛みを感じた。

デシムスは確かに一瞬前までそこに居たが、しかし今はもう居なかった。彼は空間をねじ曲げ、別の場所に瞬間移動していた。

不運なことに、彼が現れたのはフェンリスの目の前だった。フェンリスは拳を握りしめ、頭を後ろに反らせると唸り声を上げた。次の瞬間、『ブゥウン』という唸りと共に彼の紋様が強く輝き、土埃が輪となって彼の周囲に飛び散った。俺には彼が何をしたのか見えなかったが、デシムスの周囲に渦を巻いていた赤い霧が消え去った。

もう一発パンチを入れるには遠すぎたが、俺は一握りの砂利を掴むとブラッドメイジ目掛けて投げつけた。砂利を加速したのは俺の腕の力だけでは無かった。砂利は微かに青白い光を放つ魔法の弾丸となって目標に命中した。頭から血飛沫が飛び散り、彼は後ろによろめいた。

デシムスに体勢を立て直す余裕を与えず、アンダースとフェンリスが同時にやつに飛びかかった。フェンリスは彼の顎を殴りつけ、そしてアンダースのメスが彼の背中から突き刺さった。男はその場に崩れ落ちた。

マッチを擦る音が聞こえ、俺は振り向いた。イザベラがガラスの無くなった窓から身を乗り出して、窓枠に腕を預け煙草に火を移していた。
「中は片付いたわ」と彼女は言った。
「歯向かってきたのはホンの数人よ」

「表で助けてくれたって良かったのに」とアンダースは両膝に手を付いて息を整えながら言った。

「あらん、男の子達の邪魔をしちゃ駄目でしょ?それにメイジ同士の決闘なんて見てるだけでも危ないわ、参加者だけにしておくのが一番よ」

俺は彼らの会話を聞いている余裕は無かった。俺はホースの側に駆け寄り、最初に落ちたところで横たわったままの、忠実な犬の側に膝を付いた。彼は俺の方を見て頭を起こし、立ち上がろうとした。

「アンダース!」

「ここにいるよ」彼はすぐに俺の側に来て、血に染まった毛皮を慌ただしく指先で探り、ホースの前肢を掴んだ。アンダースは力を振り絞るように目をきつく閉じた。

「じっとしているんだ」と俺はホースに言い、彼は大人しく従った。

「よし、これでいい」とやがてアンダースが言った。俺が彼の肩を握りしめると、彼はうっすらと笑って見せた。

「ありがとう、君に命を救われた家族はこれで二人目だな」と俺は言った。ホースは四肢で立ち上がると、俺の顔を熱狂的に舐めた。アンダースはホースの鼻息が気に入らないように、膝を付いたまま身を反らせた。

「君の方はどうなんだ?」とフェンリスが口を挟んだ。
「怪我をしているぞ」

俺は片腕を廻して、ガラス片で切れたところを見つめた。
「大した怪我じゃ無い、引っ掻いた程度さ」

「馬鹿、俺が言ったのは君の背中だ」とフェンリスが切り返した。彼らしくも無くイライラしているように俺には思えた。彼はおよそ心配性な質では無かったはずだが。

背中の中央に鈍い痛みがあったが、わざわざ手当てをする必要があるとは思っていなかった。アンダースが身を乗り出して背中を確かめようとして、一瞬息を鋭く吸い込むと顔をしかめた。

「何?どうしたって?」俺は頭を捻って後ろを見たが、何も見えなかった。

「どうやらやつが氷の刃で背中を切り付けたようだな、動かないで」と言うとアンダースが両手を俺の背中に押し付けた。その鈍い圧力と奇妙な温かみと共に、突然そこが本当に痛み出した。俺はホースの背中の毛皮に指を突っ込んで握りしめ、歯を食いしばった。

やがて痛みも消え去り、アンダースは手を離すと地面に座り込んだ。
「もし他に治療が必要な人が居たら」と彼は大きく息を付きながら言った。
「本物の医者を探してくれ。僕はもうくたくただ」

「フェラルデンを離れてから、少しばかり体力が落ちたみたいね?」とイザベラが愉快そうな声音で言った。

さっきデシムスをいさめようとした女が客車から飛び出てきて、彼の死体の側に膝を付いた。俺は他のメイジ達のことをほとんど忘れていた。

「ああ、馬鹿な人」と彼女は悲しげに言った。しかし俺が立ち上がって彼女に近寄った時、彼女は顎を引き、きつい表情で立ち上がった。
「私達を助けに来たんでしょう、違うの?あなたもメイジじゃない」

フェンリスは歯を剥き出して睨み付けると腕を組んだ。

「それが俺達がここにいる理由なのは確かだな」と俺は言った。

「結構ね!だけど、もうここには居られないわ。列車に乗ってどこかへ――どこでも――行くけれど、その前に駅舎にいるテンプラーを殺して」

「何だって?」

「判らないの?私達はもうサークルには戻れない。デシムスのしたことの後では、連中は私達も皆罰しようとするでしょう。あのテンプラー達を殺さないと駄目」

「駄目だ!」俺は両手を振った。
「誰も死ぬ必要は無い」

彼女の唇がねじ曲がった。
「何か良い考えでもあるの?」

「ああ。俺達がテンプラーを引きつけて、どこか別の場所へ向かわせる。その間に君たちは列車に乗り込めるって寸法だ」

フェンリスもアンダースも反論しそうな様子だったが、イザベラが真っ先に頷いて言った。
「それでみんな丸く収まるわね」

「もしこれが上手くいったら、アンダース、君はお仲間に俺達が片を付けたから彼らは家に帰って寝るように言ってくれ」
俺はメイジ達の方をちらりと眺めた。彼らは客車の側に寄り集まって俺達の会話を聞いていた。
「君たちは隠れているんだ。次の貨物列車が到着したら、そいつに飛び乗って逃げろ」

俺はコートを脱いで、目の前にかざすと月明かりの下でしげしげと眺めた。ひでえ有様だ。母さんに繕って貰うにしても一週間は掛かりそうだな。
「君の上着を貸してくれ。こっちは持ってて」と俺はアンダースに言うと、破れて血にまみれた背広とコートを手渡し、彼の継ぎの当たった革製の上着を羽織った。ちょっとばかり寒いのを我慢する方が、血と煤で見るからに薄汚れた姿を見せるよりマシだ。

俺は他の連中に視界に入らないよう後を付いてくるように言うと、駅舎の方に小走りで向かった。

「おーい」と俺は両腕を振って呼びかけた。ランタンの光が目に入るやいなや、俺は瞬きをしてまぶしさに少しばかりめまいを感じた。彼らは俺の顔を照らし出した。
「あっちに、」俺は少しばかり息を切らしていたが、それが狙いだった。
「死体が。人の、メイジも」俺は元来た方向を示した。「きっと喧嘩かなんか有ったんだ、血が」

「何だと?落ちついて話せ。軍曹!来て下さい!」俺が待っていると、数名のテンプラー達がやって来た。

「何があった?」軍曹は背の高い年輩の男で、制服を着ていなければギャングの一味にも見えそうな顔だった。最低のジョークにだけ笑うといった類の面構えだと、俺は思った。俺はさっきの話を繰り返した。

「お前は誰だ?」と彼は尋ねた。
「一体ここで何をしていた?」と彼は俺を疑わしそうな目つきで眺めた。

「その、ほら、女友達と」と俺は呟いて、頭の後ろをボリボリと掻いた。

「それで、その女はどこに居る?」

「家に帰りましたよ、多分ね?あっちに死体がいっぱい有ったんだ。彼女には俺が通報しに行くって言ったから」

「彼の話は確認する必要が有るな。まだ帰らせるなよ」
彼らは俺の話を全部信じてはいないようだった。俺は他の連中が良い隠れ場所を見つけていることを願うしか無かった。そうで無ければ俺はまさに彼らの居る方へテンプラーを差し向けたことになる。それに俺にも、少なくともメイジを匿おうとした容疑が掛かる。
あのきつそうなメイジの女性が、俺にテンプラーを差し向けられたと思った後で、俺も同じくアポステイトだと連中にぶちまけるのをためらうとは思えなかった。

「テンプラー!ああ、メイカーよ感謝します!」俺はびっくりして顔を上げ、俺達の方へと脚を引きずりながら駆け寄ってくるイザベラを見つめた。

彼女はハイヒールを片足失い、ドレスは裾が大きく裂けていた。彼女は片手で裾を掴み、もう片方の手を震わせ、俺の方によろめきながら近付くと腕の中に崩れ落ちた。それから彼女は大粒の涙をこぼして泣き出した。

「帰ったんじゃ無かったのか?何があった?」と俺は尋ねた。

「メイジが」彼女はしゃくり上げる合間にどうにか吐き出した。
「やつらに捕まったの。魔法で、本当に怖かったわ」彼女は涙で汚れた顔を上げて、嘆願するようにテンプラーの方を見やり、彼らは即座に彼女のむき出しになった太腿から視線を逸らせた。彼女は大きく肩で息を付き、更にドレスの裂け目が広がった。

「やつらはフェンスをよじ登っていたわ」と彼女は続けた。
「もしあたしが逃げなかったら、あ、あたしを殺すって…それから別の一人が、どうせならやっちまおうって……」彼女は喘ぎながら言うと新たな涙を振り絞った。
「それで逃げて来たの」

「大丈夫だ、もう大丈夫だよ」と俺は彼女の髪を優しく撫で下ろしながら言った。
「テンプラー達がやつらを懲らしめてくれる。そうだな?」と俺は強い口調で付け加えると、彼女が泣いているのは彼らの失態のせいだとでも言うように、彼らの顔を睨め付けた。

「ああ、その、もちろんだ。お嬢さん、連中がどちらに向かったか、正確な方向は判りますか?」と軍曹が尋ねた。

イザベラは頷き、震える手で操車場の裏通りの方角を示した。テンプラー達は明け方まで、そこらを探すことになるだろう。

「家まで送ろう、済まなかったね」と俺は言いながら片腕を彼女の身体に廻し、俺達はゆっくりと駅舎から出て行った。
「君は歌手の代わりに映画スターになるべきだな」声の届く範囲を出た所で、俺はささやいた。

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20.下町の殺人犯、捜査行き詰まる への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    ああほら、フェンスの向こうでアンダースとフェンリスが
    キリキリしてるよ。ホークさん。ホークさんったら目を
    逸らさないで下さい。

  2. Laffy のコメント:

    ビッ○を巡って相争う野良人二人ww
    気にしていないフリをして実はすんんんごく気にしてるフェンリス
    そして直接攻撃に出るアンダースw
    修羅場はCMの後で!(違

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