22.スタークヘイブン・メイジ、市中へ逃亡か

一旦、俺にその気が無いことが判るとイザベラは即座に家まで送ると申し出た。そして俺も全く同じ理由で、丁寧にその申し出を断った。
結局彼女の言うことは何から何まで正しかった。俺は自分がロマンチストだと認めざるを得なかった。俺は誰かと単に楽しみのためだけに遊びで付き合うってことは出来ないようだ、たとえ相手が喜んでいるとしても。

それで、俺は表に出るとホースを呼んだ。彼はその夜ずっと玄関の外で、辛抱強く俺が出て来るのを待っていて、俺が見た時には壁沿いで腹ばいになったホースの周りをガラクタやロープの切れ端のおもちゃが半円状に取り囲んでいた。どうやら用心棒達も彼が気に入ったようだった。俺はおもちゃも掻き集めると、一緒に家に戻った。

俺が玄関の扉を開けると、カーヴァーが俺の椅子に座っていて、俺の顔を見てしかめっ面をした。

「一体何時だと思ってるんだ兄貴?」と彼は言った。

俺は目を細めて壁掛け時計を見た。
「うう、9時過ぎだな。それがどうした?なんで俺の椅子に座ってるんだ?」

「誰かさんが無責任に仕事をほったらかしてるからだよ。兄貴はいつもご大層に探偵稼業で家族のために金を稼いでいるっていうが、その気になった時しか居ないじゃないか」とカーヴァーは俺の机に汚い靴を乗せたままで言った。

「こいつは俺のビジネスで、俺の好きなようにやるんだ。それに俺は俺独りしか居ないからな、どっちみち仕事が入ればここは空っぽになるんだ。もしお前が俺の秘書になりたきゃあ、少しは愛想笑いの仕方でも覚えとけ。それと靴下の履き方もな」

「おまけに何時だって上手い言い訳は用意してるってか」と言うと、彼は渋々といった感じで俺の椅子から退いた。
「大体、一体今までどこで油を売ってたんだ?母さんが死ぬほど心配してたぞ」

「ふん、なんで母さんが心配するのか、変な話だな。誰かさんが余計なことを言わなきゃあ、心配するはずないだろうに」

痛いところを突かれて、やつは顔をしかめた。
だけど俺はやっぱり母さんの所に行って、この通り生きていると言わなきゃならないようだ。それに腹も減った。もう朝食は片付けられてしまっただろうかと、俺は思った。

カーヴァーはふと首筋を叩いて言った。
「迫害された者達を徹夜で救っていた勇者にしちゃあ、えらく面白いところにアザがあるな?」

俺は首を叩いた。しまった。イザベラ

カーヴァーがニヤリと笑った。
「ふふん、なるほどね」やつは澄ました面で帽子とコートを取った。

「お前はただ嫉妬してるだけだろう」

「と、色男が言いました」そう言いながら、カーヴァーはやけに自信ありげな足取りでスタスタと家を出て行った。

「嫌なやつだ」俺はそう言いながら首を捻った。何か最近のあいつは変だぞ。

アパートの奥に行って、俺は母さんに元気な顔を見せた。あいにく、メイジにやられた俺の気の毒なコートは彼女の安心材料とはならなかった。母さんはアンダースが一緒に居たことにメイカーへ感謝すると、俺を息が詰まるほどきつく抱きしめた。俺は彼女に、そもそもアンダースが焚き付けなかったら、この件とは関わるつもりは無かったと言った。母さんがそれで納得したようには、どうも思えなかったが。

母さんにもそのコートが繕えるかどうか判らないようで、俺は新しいコートを買えるかどうか、貯めてきた金を脳裏で数え始めた。あるいはカーヴァーも良い点を付いてるかも知れない。俺達は路上ではなく屋根の下で寝ていたし、きちんと飯も食えて居たが、予想外の出費を賄うだけの余裕は無かった。

俺は一寝入りして睡眠不足を解消したいところだったが、カーヴァーがいつ帰ってきてまた俺の耳に噛みつくかと思うと、どうにか机に座って起きていることが出来た。それで、俺はアンダースがやって来た時にはちゃんと目を覚ましていた。

「おはよう」と俺は言った。

彼の眼は落ち込み、頬には無精ひげが浮かんでやはり一睡もしていなかったような様子だったが、多分俺とは全く違う理由からだったろう。彼はまるで小学生が先生に鞭打たれるのを予想しているように、背中を強ばらせるとうつむいたまま立ちつくしていた。

「謝りに来たんだ」と彼はようやく言った。
「昨晩のことを。君はずっと良い友達だった、それに僕達の運動にいつも手を貸してくれている。僕はあんな風に君の前で短気を起こすべきじゃ無かった」

俺はため息を付いた。
「それでいい。なあアンダース、俺にもフェンリスが君を苛立たせる達人だってことくらいは判ってる。だけど彼も昨晩あそこに居た。俺と同じように、君のメイジ達を助ける手伝いをしたんだ」

「君が居たからじゃないか」とアンダースは少しばかりふくれっ面をして答えた。

「ああ、まあな。彼が噛みつくことは知ってるが、君までそれに応じて口喧嘩をする必要が有るのか?見苦しいばかりじゃない、彼を説得出来るはずが無いことくらい君にも判ってるだろう」と俺は言った。

「君だってやつと喧嘩しているだろう。カーヴァーに聞いたぞ、顔に青あざを作っていたって。僕よりもひどいくらいじゃないか」

「いいや、ひどくは無いさ。質が違う」と俺は言い張った。

「それで一体、どう違うんだ?」彼は両腕を組んで頭を傾けた。

「俺は彼が好きだからさ!」

「な…何だって?」アンダースは向かいの椅子にどさりと座り込むと、衝撃を受けたような顔で俺をじっと見つめた。

「アンダース、俺と彼は友達だ。俺はあいつを殴り倒すし、あいつも俺を殴る、だけど本当の意味で相手を傷つけたりはしない。カーヴァーと俺は、もっとひどい喧嘩をしたことだってあるぜ?つまりそういう関係なんだ。俺は彼に腹を立てることだってあるが、だからといって嫌いな訳じゃ無い。実際、メイジに関して口をつぐんでいる限り、彼は話していて面白いしためになるやつだ。有る意味では、君とも似てるかもな」

「ああ」アンダースは大きく息を吐き出した。
「なるほど。判ったよ」彼は何だか、妙に安心したような風だった。

「もし君たち二人がお互いに数発パンチを入れて、それで肩を並べて夕日を眺めながら意見の相違を解決出来ると思うなら、俺も何も言わないさ。だけど君たちにそれは無理だ、だろう?」

アンダースはため息を付いた。
「そうはならないな。君の言うことは判るよ」

「俺は君に、フェンリスと友達になれって言うつもりはない、だけど簡単に挑発に乗らないことは出来るんじゃないか?彼と喧嘩をするな。議論に乗るな。マシな男だってところを見せてやれ」

アンダースはあごを引き、目を細めて俺を見つめた。
「もちろん、僕のほうがマシな男だとも」と彼は宣言した。

「そりゃあ良いことだ。さてと、俺はどうにかして新しいコートを手に入れないとな」と俺は母さんが畳んでおいていった古いコートを見やって、ため息をついた。

「君の古いのが駄目になったのは僕のせいでもある。僕にも手伝わせてくれないか」とアンダースが言った。

「君が買ってくれるのか?」と俺は肩をすくめて言った。

「ええと、無理かも」

「じゃあ気にするな。ヴァリックのところに言って、懇意の洋服屋を紹介してもらうさ。ひょっとしたら吊るし 1で安いのがあるかも知れないしな」と椅子から立ち上がりながら俺は手を振った。

俺たちは連れ立って玄関を出ると階段を下りてヴァリックの店に向かった。彼の書店は人気作家の売れ筋の本やタブロイドを揃え、それなりに繁盛しているようだったが、まあどう考えても下町の本屋が大金を稼げる訳がない。
俺たちが階下に着いた時、ヴァリックは誰か女性客と話し込んでいた。俺が本棚をぶらぶらと見て回る間、アンダースはいつものように漫画本のページの間に彼のパンフレットを挟みこんだ。後でヴァリックが片付ける羽目になるんだが、あのドワーフは彼に止めろと言う程の礼儀知らずにはなれない様だった。

どうやらヴァリックと客との話は終わったようで、俺は本棚の間から一歩前に出て、そして即座に後ずさりした。俺の目の前を背の高い、ブロンドの女性が肩で風を切るように歩み去った。彼女は茶色いピンストライプの、上着とボックスプリーツのスカートを履き、そして妙に場違いな山高帽を被っていた。アンダースは俺の背後で窒息したような奇妙な声を立てた。

俺は彼女の顔を見たことがある。新聞で。ほとんど毎日のように。

表のドアベルがチリンと鳴り、女が立ち去ったことを知らせるや否や、アンダースが俺の腕を引っ張った。
「あれはメレディスだ」アンダースがかすれた声で囁いた。
「間違いない。それとも僕の幻覚だったのか?そうじゃないよな?」

俺は頭を振った。
「もしあれが彼女でなかったら、ずいぶんとよく似た女だ」

「いったい彼女は、ヴァリックの店の中で何をしてたんだ?」とアンダースがまだ囁きよりわずかに大きな声で聞いた。
「彼に聞いてみようじゃないか?」と俺はもっと普通の大きさの声で言った。俺自身少しばかり震えてたってのは認めなくちゃいけないが、だがもう彼女は行ってしまったし、俺としては不安より好奇心の方が勝った。

「やあ、ヴァリック?」俺はやつに手を上げながら言った。
「メリルは無事家に戻ったか?」

「よう、おはよう。わざわざ確認する必要はねえ、俺は完璧な紳士だからな」

「さっきのあの女性は、本当にメレディス長官だったのか?」とアンダースがまだ震えの残る声で聞いた。

「なんなら、今度来るときにピンナップでも持って来て貰うか?」とヴァリックが軽い調子で言った。

「いったい彼女はここで何をしてたんだ、トリップのことを知ってるのか?」とアンダースがたずねた。

「君が俺のことを高く買ってくれているのは知ってるけどな」と俺は言った。
「わざわざ俺のために彼女が来るなんてのは考えられないな。それで、彼女は何のために来たんだ、ヴァリック?」
俺はにやりと笑って言った。
「君の店の、いつも可愛い娘がさらわれて酷い目に会わされる三文小説 2を買いに来た、なんて言うなよ?」

ヴァリックは胡散臭い顔つきをした。「毎週一箱、彼女のオフィスに送ってるぜ」

「本当か?」

「いいやブロンディ、さっきのはジョークだ」ヴァリックは笑ってすらいなかった。彼は面白そうというより、むしろ迷惑そうな顔つきだった。
「彼女は買い物に来たのさ、ほかに何がある?それでお前さんたち、買うものが無いんならちょっとそこを空けてくれ。俺は今日とんでもなく仕事が多いんでね」と彼は唐突に言った。

メイカーズ・ブレス。カーヴァーの持病がドワーフにも感染するとは知らなかったぜ。こんな不機嫌な表情は実にヴァリックらしくない話だったが、しかし考えても見れば、政治活動に足を突っ込んでいるアポステイトとテンプラーの長官が自分の店ですれ違って、慌てないやつの方が珍しいかも知れなかった。

「判ったよ、また後でな」と俺は言って店の外に出た後で、ヴァリックに洋服屋を紹介して貰うのをすっかり忘れていたことを思い出した。俺たちが店を出るや否や、ヴァリックは表のガラス戸を締め切ると鍵を閉め、内側から『営業中』の札をひっくり返して『準備中』とぶら下げた。

アンダースは神経質そうに通りを見回した後で言った。
「僕は診療所に戻るよ。気をつけてくれ、トリップ」彼はそういうとそそくさと立ち去った。

俺はため息を着いて上の階に戻った。母さんは今日はリレーンの店の仕事が無い日で、俺たちは二人で下町の市場に出かけ、母さんが前のと似たようなコートを見つけてくれ、俺はお礼に昼食をご馳走した。


その夜、俺は胸の上のホースの前肢と、頬を舐めるよだれだらけの舌で叩き起こされた。

「何だ?うわっ、ホース!止めろって!」俺は目を開けると、どうにか彼を体の上から退かせた。窓の外は真っ暗で、明け方には程遠い時間のように思われた。ホースはトコトコと玄関扉の前に行き、鼻先を扉の下の隙間に押し付けて前肢で引っかいた。俺は眉をひそめた。彼は散歩したいからと夜中に俺を叩き起こすような馬鹿な真似は、今までしたことが無かった。
俺はよだれだらけの頬を手の甲でぬぐうと顔をしかめた。俺が犬の顔を見るため起き上がって座ると、ベッドのスプリングが不平を鳴らした。

ホースはまたトコトコと戻ってきて、器用に前肢で俺の毛布をめくりあげた。

「判った!止めろって、起きるから」俺は立ち上がると玄関扉のほうへ行き、ホースが足元に付いて来た。玄関扉がきしんだ音を立てて開き、せっかくベッドで暖まっていた俺の全身から、一気に温もりと眠気を剥ぎ取って行く冬の冷気に思わず俺は怯んだ。俺は階段の下を覗いてみたが、暗闇の中で普段と違うものは何も見えなかった。

その時、階下のどこかで重いドスンという音が聞こえた。ホースは静かにうなり声を立てた。
ふーむ。

「いい子だ」俺は囁くと、ホースの耳の後ろを掻いてやった。それから俺は部屋に戻ってドアを閉め、カーヴァーを起こしに行った。

「誰かが下に押し入ってるって?店にか?」と彼は眠たそうに聞いた。

war_4934「どうやらそのようだ。ズボンを履けよ」俺も自分の部屋に戻ると、暗がりの中で長ズボンと靴を見つけて履いた。カーヴァーはギャムレンの、古ぼけたワロップ・マレットを肩に担いで現われた。 3俺はうなずき、そしてホース含め俺たち三人は、静かに玄関から忍び出た。

ヴァリックの店は閉まったままだったが、俺はかすかに暗い店内で明かりが揺らめくのを見た。中に入るには裏口に回るしかない。俺たちはぐるりとそこのブロックを一周回って、建物にはさまれた裏通りに置き去りになっている古ぼけた家具や背の高い雑草、手入れのされてない野菜畑の間をすり抜けた。

ホースはここに来てから、近所の犬達の中で最高の地位を獲得したに違いなかった、何故って俺たちは彼らの鎖がチャラチャラと引きずられて鳴る音や、犬の爪が立てる微かな擦り音は聞いたが、どの犬もまるっきり吠えなかったから。ただ身が凍るほど寒く、俺はシャツを着て来れば良かったと心底後悔した。

俺たちの家の裏側に出たとき、ヴァリックの店の裏窓が割れているのが見えた。ホースを目覚めさせたのはこの音だったかも知れない。

「それで、どうする?」とカーヴァーが囁いた。

「何人居るか確かめないとな。来い、こっちだ。静かに」中にいる連中が誰にせよ、やつらも物音を立てないようにしているのは確かだった。話し声は一切聞こえず、ただ時折ドスンという箱を床に落とすような音と、足が擦れる音が聞こえるだけだった。まさかヴァリックの店の棚卸しに夜中に押し入る訳も無い。

俺達は裏庭の、ギャムレンがこの夏中1回も草刈りをしなかった結果ぼうぼうと伸びた草むらを通り抜けて、破れたガラス窓から中を覗き込んだ。整列した箱の山と、きちんと積み上げられた本の隙間を動く暗い影が二つ、玄関側からの微かな光の中を動くのが見えた。すると、表に居た一人と合わせて三人か。

「一人ずつだ」俺はささやいた。
「ホースに右のやつを襲わせる、お前は左だ。俺は表から来るやつを捕まえる」

カーヴァーは頷き、ホースは大きく開いた口から舌を嬉しそうに垂らし、微かな喉音を立てた。いつだって『盗っ人を捕まえろ』はホースの大好きな遊びだった。

連中は窓を破って裏口の扉の鍵を開けていた。扉は俺が押す手の下で静かに開いた。

「よーし、123だ。いーち、にーの…」

!!!

その瞬間、俺が戸口から室内に飛び込み、俺の背中を切り裂こうとしたナイフの切っ先を避けることが出来たのは、全く純粋な危険予知本能とでも言うべきもののお陰だった。俺達は充分忍び足で近寄ったつもりだったが、やつらが裏庭のどこかに潜ませていた見張りに気が付いていなかった。ホースとカーヴァーが、俺の背後で襲撃者と揉み合う音を聞いた時、俺は長く、凶悪な姿のナイフを閃かせた、頑丈そうなドワーフ二人と向き合っていた。

ようやく、俺はこいつらが誰かを悟った。カルタ 4だ。

「ふん」彼らは俺に近寄ってきた。武器も持たない半裸のヒューマンに大したことは出来まいと高をくくった様子がありありと伺えた。

馬鹿な連中だ。俺は最初のドワーフが稲妻のような速さで襲いかかる刃をぎりぎりで避けると、手首を掴んで俺の身体を中心に半周振り回し、やつの友達の前へ投げやった。ドワーフは頑丈なことで知られている通り、彼自身の勢いを利用してさえ振り回すのはかなりの大仕事だった。やつはすぐさま立ち直ると、もう一方の手に握ったナイフで下から上へ切り付けてきた。体格差からすると、命中すれば俺は見事に急所から下腹部を切り裂かれることになったろう。俺は後ろに飛び下がってやつのナイフを避け、ドワーフと彼の友達はその後を追って来た。

俺はニヤッと笑い、やつらに手招きした。無論、俺はただ無闇に指をひらひらさせていた訳じゃ無い。俺の背後には、重そうな木箱がきちんと重ねられ、ほとんど天井まで積み上がっていた。

重力はいつも俺の味方だ。身体がぶつかった勢いでぐらりとよろめいた箱を、俺はちっとばかり魔法で背後から押した。箱が頭上から崩れ落ちるのを見たやつらは慌てて逃げようとしたが、その隙を逃さずに俺は拳をドワーフの顎に叩き込んだ。
彼はよろめき後ずさったが、ジャンパースーツのフードの下から歯を剥き出しにすると、猛烈な勢いで再び襲いかかってきた。俺はドワーフがこれほど迅速に動けるとは思ってもおらず、やつの両手のナイフをどうにか避けた。何故カルタが、ドワーフの首都オーズマーから遙か離れたここでさえ悪名を轟かせているのか、俺は始めて判ったように思った。

だが、やつに直接拳をぶつける必要は無かった。必要なのは、空気の通り道だった。俺は再びやつの刃先を避けると身体を一回転させ、通り道を見つけた。俺は空気を一掴みすると、ドワーフの身体に向けて勢いよく叩きつけた。やつは数フィート吹っ飛び、さっき崩れた箱の上にドスンと背後から着地した。俺が後ろを振り向くと、ちょうど彼のお友達の頭をカーヴァーのワロップ・マレットが直撃したところだった。そのドワーフは膝から崩れ落ち、手からナイフを落とした。俺は見えない手で勢いよくそれを部屋の隅に投げやった。

床に倒れ伏した最初の襲撃者の上に前肢を乗せて、ホースは誇らしげに頭を上げ、そしてカーヴァーはマレットを担いでニヤリと笑った。
「片づいたぜ、次は誰だ?」

表の部屋で、何かがきらりと光った。
「伏せろ!」俺が怒鳴って、カーヴァーにタックルして床になぎ倒したと同時に銃声が響き渡り、割れた裏窓が更に粉々に砕け散った。ショットガンだ。ホースが猛烈に吠えだし、俺とカーヴァーは慌てて物陰に隠れた。幸い頑丈な本棚が壁沿いにあって、俺達はそれと壁の間に平べったく逃げ込んだ。ホースも賢く俺達の足元に隠れた。表では他の犬達がホースの声に続いて吠えだし、二階から足音がして、灯りが付くのが見えた。

「早くしろ!」そのドワーフは表の部屋から他の連中に怒鳴りつけ、最初の男と俺の相手が、カーヴァーに頭を叩き割られたやつの身体を引きずるように裏口から逃げ出した。
「カルタと関わったことを後悔させてやる、覚えておけ」
そう言うと表の部屋の男は姿を消した。

俺達は間違い無くやつらが逃げ去ったと思えるまでしばらく隠れ場所で待った後で、電灯のスイッチを付けた。

そして、カーヴァーが笑い出した。

「すげえな、その数は。たいしたもんだぜ兄貴」

「はん?」俺は振り向いてカーヴァーが何を笑っているのか見ようとして、俺の肩から胸と至る所に付けられた、キスマークと爪痕に気付いた。イザベラ
カーヴァーは、ほとんど称賛するような目で俺を見ながら大笑いしていた。

「黙れこの野郎。俺は二階に行って警察に電話してくるからな」
それに、シャツも着てこよう。

「いいのか?」とカーヴァーが笑うのを止めてそう言うと、倉庫の真ん中に立ってあたりの惨状を見渡した。実のところ、幾つかの木箱に入っていたのは本だけじゃあ無かった。衣服に銀器、上等そうな洒落た小箱や紙や布にくるまれた、骨董品とおぼしき品々。

「うーん、多分拙いな」アヴェリンはこの倉庫、ヴァリックの店にある本以外の品物が何か、知りたくは無いだろう。
「ハングド・マンに電話するさ。ヴァリックがどうして欲しいか、聞いてみよう」

結局のところ、ヴァリックは自分が行くまで、誰にも連絡せずにそこに居てくれと言った。俺はそう聞いても大して驚かなかった。母さんとギャムレンが物音を聞いて起きだして、表の部屋から声を掛けた。俺は彼らに、誰かが下の店に押し入ったがとっくに逃げ出したと言い、後の面倒はヴァリックが見るから大丈夫だと告げた。ギャムレンは、彼の大事なワロップ・マレットが何十年ぶりかに役だったことに、喜んで良いのか迷惑と言うべきか悩んでいるようだった。彼はともかくマレットを受け取ってベッドに戻り、母さんは台所で俺達に熱いコーヒーを淹れてくれた。

それから俺達は階下に戻ってヴァリックを待った。カーヴァーは辺りを突き廻していた。
「連中はレジスターもこじ開けてるな」と彼は部屋中の電灯を付けながら言った。

「やつらは金は盗って行かなかった、気が付いたか」と俺は彼の肩越しに覗き込んで言った。
「店中を徹底的に家捜ししていっただけで」

「連中は特別な何かを求めて来たんだな、じゃあ」とカーヴァーが言った。

「そう思うな。カルタが、下町の書店にただの金狙いで強盗に入る訳がねえ。一体何を探していたんだろう」
俺は頭を捻ったが、何もはっきりしたことは判らなかった。そしてすぐにヴァリックがやって来た。

「あのロクデナシ共!」と彼は店に足を踏み入れるやいなや辺りの惨状を睨み付けて言った。

「どのロクデナシだって?」カーヴァーがコーヒーをすすりながら聞いた。

ヴァリックは頭を振った。
「誰も怪我は無かったか?」と彼は尋ねた。

「俺達は大丈夫だ」と俺は彼に言った。
「もっとも、運が味方してくれただけだがね。やつらの一人はショットガンをぶっ放しやがった」

「何だと?くそったれめ、警察の方も口止めしなきゃあな」とヴァリックが呻いた。

「カルタに狙われてるってのは、気が付いていたのか?」と俺は尋ねた。

ヴァリックは驚いたように俺を見た。
「いや……まあ、ある程度はな」

「君の店には、昨日はメレディス、今日はカルタがお出ましだ。一体何が起きてるんだ、ヴァリック?」

「お前さんは探偵だろう、何で自分で見つけようとしないんだ?」
彼は店の中をうろつきながら言った。

「何故って、俺は一番の友達を相手に徹底的な調査なんてしたくないからさ。それにどっからも金は貰えないと来てる。ヴァリック、これは俺の話だ。俺達の。拙いことがあるなら話してくれ。そうしたら俺達にも手伝えることがあるだろう」

ヴァリックは立ち止まると、俺達兄弟の顔を見比べて、ため息を付いた。
「判ってるよ、トリップ。だがな、この件にお前さん達を巻き込みたくは無いんだ。手伝って貰えることは何も無いし、危険でもある、今晩のようにな。俺はこの件をたださっさと片付ければ良いだけだ、それで終わりだ。俺が思っていたよりも早く」

俺は顔をしかめた。
「バートランドだな、やつが絡んでる…そうだろう?」

「まあな」ヴァリックは彼らしくも無く、力なく肩を竦めた。
「私立探偵なら、そのくらいはすぐに探り出して当然だな。バートランドはかれの遠征隊のためにあちこちから金を借りていた、それで今は彼が手に入れた物をあちこちにやって、早いこと借金を返そうと躍起になってるって訳だ。不幸なことに、つまりそれは俺が品物の受け渡しを全部手配することを意味してる。そもそも買い手は全部、俺の伝手だからな」

「するとメレディスが買い手の一人で、カルタは金を要求していると」

「その通り。バートランドは今や尊敬される評判の考古学者だ。あるいは、やっこさんはそうだと思っている。それで彼はこっちの仕事で手を汚すつもりはねえが、もちろん、いずれ分け前を取りに来るのだけは間違い無い」
彼はそう言うと、再びため息を付いた。
「今晩はお前さん達のお陰で助かったよ、ホーク。だがこれ以上手伝って貰えることは無い」
彼は静かに、しかしきっぱりと言った。俺もこれ以上彼と言い争う理由が見当たらなかった。

「判ったよ、だけど何時でも声を掛けてくれ。どこに居るかはご存じだ」と俺は言った。

「そいつは確かだな」


Notes:

  1. 既製品のこと。古着あるいは安物の代名詞。
  2. “dime novel”:この当時に流行した、大衆向けの安っぽい小説。10セント(ダイム)銅貨一枚で買えることからダイム・ノヴェルと名が付いた。エロもグロもたっぷりだったそうだ。
  3. “Gamlen’s greatest treasure”でお馴染みの、でかい木製のハンマー。子供のおもちゃだというが……。
  4. ドワーフのみで構成された凶悪(らしい)犯罪組織。デネリム、カークウォール始め各地に拠点を持つ。
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22.スタークヘイブン・メイジ、市中へ逃亡か への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >「俺は彼が好きだからさ!」

    >「な…何だって?」

    今年最後の突っ込みどころかwwwwwww
    きっとメガネもずっこけていたに違いない。

    アンダースってどこ行っても自分で誤解を
    招いてしまう損な役回りが多いような気がw

  2. Laffy のコメント:

    とりあえず気を取り直すあたりが可愛いですよっとwww

    さあていよいよ修羅場だ。うふふw。かあいそうなホーク。

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