23.逃亡中のメイジ、列車内で捕縛さる

午前中に警察がやって来て、ヴァリックの店内をしばらく突きまわる前に全員に事情聴取を行った。ヴァリックは間違いなく一晩中ヤバい品物を隠していたに違いない。あるいは上手く鼻薬を嗅がせたか。とにかく警察は特に何も言う事は無い様だった。
俺がその強盗たちがカルタかも知れないといった途端、彼らは解決をあきらめた様子で帰り支度をし始め、俺たちが五体満足でいられたのはたいそう幸運だったと肩をすくめて見せた。

たぶんアヴェリンはこの態度は歓迎しないだろうと俺は想像した。どうして彼女と話すたびに、同僚達への不満を話す時間が長くなってきているのか、俺にも判ったような気がした。ここの警察はカルタと聞いた途端、亀のように首を引っ込める連中ばかりだ。

警察が引き上げるのと入れ替わりに、フェンリスが玄関先に現れた。警察の姿を見て眉をひそめた彼が何があったのかと尋ね、俺が昨晩のあらましを語って聞かせた。彼はともかく誰も怪我が無くて良かったと言った。

「それで、今日は何か用があったのか?」

「君を手伝いに来た」と彼は言った。

「ん?カルタの押し入りをか?」と俺は尋ねた。ヴァリックは彼の玄関扉に『諸般の事情により今週中休業』と書いたプレートを引っ掛けて、警察の事情聴取が終わるや否やどこかへ出かけていった。
「俺たちが手伝えることがあんまりあるようには思えないな。どっからも金も貰えないのに、カルタと事を構えるってのも気が進まない」

「いや。俺の言ったのは別の意味だ。君の仕事を手伝いに来た。俺は君を助けると約束したが、何かあった時には俺はいつも遠くに居るか、君が簡単に連絡を付けられない時ばかりだ。それについてずっと考えていた。それで、俺がここに来る方が、筋が通っているだろうと思ったのだ」
彼はそう言うと、真剣な表情を浮かべて俺の目をじっと見た。

「ああ、なるほど。まあ、座ってくれ。漫画でも何でも好きに見てくれよ」

フェンリスは結局1時間半ほどそこに座って、また明日の朝来ると約束して帰っていった。いやっほう!カーヴァーはフェンリスの話を聞いて少しばかり戸惑った様子だったが、なあに、一旦彼が誰も暗殺する予定が無いって納得できれば、彼らはきっととても上手く行くだろう。銃のことについて真剣に話が出来るし、それに俺はカーヴァーが、フェンリスのような戦い方を身に付けたい、せめて真似だけでもと熱望しているのは知っていた。

もちろん、やつには無理な話だ。だがそう希望を持つ彼を見るのは、悪い気分じゃなかった。

次の日、もちろんフェンリスは現れ、しかも仕事まで舞い込んだ。お陰で俺はフェンリスが漫画本を読む振りをするのを見ていなくて済んだというわけだ。彼が困ったことになっているのはすぐに気が付いたが、俺としてはその話を如才なく切り出す、上手い方法が見つからなかった。彼はきっと、一度も学校に行ったことが無いのかもしれない。まあ、俺も学校には通わなかったが、母さんと父さん 1が全部家で教えてくれたから、ロザリングのガキ共のほとんどよりマシな教育を受けたと言っても良かった。

俺の仕事場にはいろんな連中が来るが、教会のシスターというのは俺の予想外だった。彼女は大きな灰色の眼とくすんだブロンドをしていて、静かな柔らかい声で話し出した。

「私は下町の東側にある教会から参りました。教母様は私がここにいることは存じません。私ども、ああ、つまりシスターたちはこの事を彼女に話したのですが、教母様は単に私たちが神経質になっているだけだと。普通なら彼女の言うとおりに――」と彼女は俯きがちに言った。

「判りました、大丈夫ですよ。秘密は絶対に守ります。教母様がこの件を耳にすることはありません。それで、何が問題なのか話していただけますか?」

「一週間ほど前からなのです」と彼女はきちんと両手を膝の上に揃えたまま話し始めた。
「人々が、教会の周辺にうろうろとまとわり付いているのに気が付きました。彼らに声も掛けて見ました、もし何か困りごとでもあるのならと思って。ですが彼らは何も無いと言って、その後では私たちが近寄るとすぐさま立ち去るようになりました。ですがまた直に戻ってきて。あんまりいつもそこに大勢いるものですから、若い見習いシスター達は怖がり始めています」

「どういう類の人々ですか?」と俺は聞いた。

彼女はちらりとフェンリスのほうに神経質そうな眼差しを向けていった。
「その、エルフです。あるいは彼らが慈善箱の中身を、盗もうとしているのではと、そう思って」彼女の声は終いに行くほど、どんどん小さくか細くなっていった。

チャントリーがエルフを嫌っているというわけではなかった――彼女は世間一般の評判を語っているに過ぎない。

「何か一週間前に目立った出来事がありましたか?」と俺は尋ねた。
「いや、目立たないことでも構いません。とにかく、何かあったかどうか」

「その、いいえ。私の思いつく範囲では、何も。ひどく大勢いるようで、同じエルフが再び現れることはありません。いったい彼らが何を欲しがっているのか、見つけてくださればと思います」

「一日25シルバーです、最善を尽くしましょう」

彼女は支払いを済ませるとそそくさと立ち去った。

「そのエルフたちが泥棒だとは思えないな」とフェンリスが言った。

「俺もだ。銀行の下見になら大勢で一週間もあるだろうさ、だが慈善箱ではな。行ってその教会を見てみようじゃないか。俺はまだ行った事が無いんだ」

その教会はどこの町にでもあるような造作だったが、上町にある大聖堂よりは、むしろロザリングにあったちっぽけな教会に良く似ていた。広い裏庭には慈善スープの炊き出しが用意されていて、ちょうど昼飯時だったからエルフも含め大勢の貧しい人々が押し寄せていた。フェンリスとカーヴァー、それに俺は群集の中をすり抜けるようにして歩き、何か普通じゃないものを眼を光らせた。

何もかも、大きな街の貧しい地区にある教会として当たり前の姿に見えた。彼らは教会の中の大部屋を、貧しい病人を寝かせる病室にしていた。俺はチャントリーが彼らの患者に熱心に布教していると、アンダースが軽蔑したように話していたのを思い出していた。俺は別に腹も立たなかった。少しばかり祈りの文句をつぶやくだけで薬が貰えるのなら安いものだし、アンダースが街中の人々を全て助けるわけには行かないのだから。

「その向こうには入れませんよ、サー」俺たちは突然、女の声に呼び止められた。振り向くとそこには若い修道女が一人、疲れた厳しい顔で立っていた。彼女は時計の鎖をポケットから垂らし、しわくちゃのエプロンを掴んでいた。

俺は帽子を脱いだ。
「すみません、シスター。私たちは叔父を探しているのです。彼はその、ええと、ちょっと徘徊する癖がありまして。時には怪我をしてしまうこともあるので、少し心配になってきたというわけですよ」

彼女の表情はそれを聞いて和らいだが、しかしまだフェンリスに少しばかり不思議そうな視線を向けていた。

「俺は彼の友人で、ここにはワインを貰いに来ただけだ」とフェンリスは彼女に言った。

「それで、あなたの叔父さんのお名前は?」と修道女が尋ねた。

「ギャムレン。ですが彼は、いつも自分の名前を覚えているとは限りません」
俺はカーヴァーが、ほっぺたの内側を噛んで笑い出さないように苦労しているのを横目で見やると、彼女とともに大部屋の中をぐるりと回りながら、徘徊する困り者の叔父について、どんな酔っ払いの老人にでも合致し、しかもおおむねギャムレン自身と一致する様態を話して聞かせた。俺はそこに居る病人達に興味があるわけではなく、ただ普段と違うことが何か無いかと探しているだけだった。

「隔離病室って事は、伝染病なのか?」とカーヴァーがやや警戒するような声で言った。奥まった一角にある病室の扉に『立入禁止』と札が掛かっていた。

「いえ、男性が一人居ると聞いています。ここの教母が最近世話をしているとのことで」と修道女はやや面倒そうな表情で答えた。おそらく幾度も聞かれているのだろう。

「あんな札を掛けない方が良いかもしれないな、余計な興味を引くぞ」とフェンリスが言った。

「誰も間違って入って欲しくは無いでしょうからね。ほら、あれはあなたの叔父さんでしょうか?」と彼女はベッドと伝ってふらふらと歩いていた老人を指していった。

俺は頭を悲しげに振って違うと言った。それから俺はポケットの小銭を引っくり返してそのシスターに寄付として差し出し、時間をとらせて済まなかったと言ってその場を離れた。

俺たちは日の当たる表に出て、肩を寄せて相談した。カーヴァーはぼりぼりと頭を掻いた。
「残念だな、ギャムレンがここに居なくて」と彼が笑いながら言った。

「俺には普段と違うようなものがあるようには見えなかった」とフェンリスが言った。

「来た時間が悪かったな」俺は裏庭に集まった群集の端に立って辺りを見回した。
「誰が忍び込むための下見で、誰がスープ目当てなのか見分けるのは無理だ。それに腹が減ったし、」俺は言葉を切った。誰かが、俺の目の端を横切った。見たことのある顔。
「あのエルフ、見たことがある」と俺はつぶやいた。
「ウィンターズの連中に痛めつけられていた、クナリと一緒に助けたエルフだ」

俺は群衆を肩で押し分けながら彼の方向に行こうとした。ところがそのエルフは俺の顔を見た途端、逃げ出した。

「行ったぞ」とフェンリスが言うと群集の中にスルリと消えた。カーヴァーも、やや目立つ様子で別の方向から追いかけていった。

俺は彼らの追跡の後を追っていった。どうやらエルフはケーブルカーの方へ逃げようとしていたが、フェンリスがその途中で行く手を遮った。彼は慌てて方向を変え、路地に逃げ込もうとして、その手前の商店で待ち構えていたカーヴァーの突き出した脚に引っかかった。

エルフは見事にひっくり返ったが、頭を抱えて一回転するとどうにか立ち上がり、今度は全速力で路地へ駆け出した。俺たちが路地の入り口に着いたときには、彼の姿は消えていた。

「くそっ!」俺は石畳を蹴りつけた。

「彼を捕まえたからといって、何かわかるとも思えないが」とフェンリスが言った。
「ウィンターズの連中に痛めつけられても口を割ろうとしなかったやつだ。もっとも、君がそれより酷い方法を考えていれば別だが?」

「いや、まさかな。だが彼が逃げ出したということは、あのエルフは何かやましい目的があってここに居たのを、認めたようなもんだ」

「なあ」カーヴァーが両手を広げていった。
「誰かあの男が何者なのか教えてくれよ」

俺はカーヴァーに、市長の息子の行方不明から始まる事件の短縮版を語って聞かせた。

「すると、この件にもクナリが関わっていると思うか?」とカーヴァーが聞いた。

「妙なことが起きてるのは確かだ。気になったのは、あの隔離病室だ。どうしてわざわざ、たった一人の男のために隔離区域を仕立てる?なぜさっさと病院に送り込まない?病院にはそのための施設がちゃんとある。どうも変だ。何が変か、見定めてやろうじゃないか」

「それで、どうする?」とフェンリスが聞いた。

「誰か鍵開けの上手なやつを捕まえよう。暗くなるまで待って、忍び込む」


あいにく、ヴァリックを見つけることは出来なかった。彼は店にもハングド・マンのスイート・ルームにも居なかった。それに彼にこの件で面倒をかけるのは、どうも気が進まなかった。既に彼自身、揉め事で手一杯のようだったし。幸運にも、イザベラは大乗り気で手伝うと言った。何か面白そうなことだと思ったようだ。

それで俺たち4人は家に戻り、母さんの絶品のミートローフと玉ねぎスープで夕食を摂った後で、再び下町の教会へ出かけた。あたりは既に暗闇に閉ざされていたが、微かな月明かりの下、間違いなくエルフが一人、反対側の路上をうろついていた。

「やつはどうする?」とカーヴァーが聞いた。

「何もしない」と俺は言った。
「そこに居るからといって、あいつをどうにかすることも出来んしな。いったい何をしようってんだろう?もしあいつが俺たちを見て、雇い主を呼んでくれれば助かるんだが。原因を探り出すのが元々の目的だ」

不承不承ながらも皆合意したところで、俺たちは教会へと向かった。窓から中を覗き込んだが、何も見えなかった。こんな夜更けじゃあ、教会の連中はみんな寝静まっているだろう。

正面玄関の錠は、錠というのも恥ずかしいような代物だった。俺たちはそっと中へ入ると、大部屋でいびきを上げる、あるいは咳き込む患者達のベッドの間を通り抜け、隔離病室の前へたどり着いた。

「こいつは参ったな」俺はつぶやいた。その部屋には、俺の拳程の大きさの南京錠が掛かっていた。昼過ぎに見たときには無かったはずだ。

「それであたしを呼んだんでしょ」とイザベラが言うと、さっさと屈みこんで鍵を開け始めた。だが俺たちが気に入らないほど、意外と時間が掛かった。フェンリスが正面玄関に戻って外の様子を確かめ、戻ってくるとエルフが居なくなったと伝えた。

ようやくイザベラが鍵をこじ開けた。俺たちは本当にここが伝染病の隔離病棟だった時に備えて息を止めると、そっと中を覗き込んだ。ベッドとおまる以外に何も無いその部屋には、占有者が居た。

「メイカーズ・ブレス」

部屋の中央に、静かに立っていたのはクナリだった。一瞬俺は、彼が飛びぬけて背の高いだけのヒューマンかと思った。彼の角は切り落とされ、顔は鉄仮面の後ろに隠れていた。重そうな鎖が彼の首と手首から垂れ下がっていた。

「これは、一体何なんだ?」とカーヴァーが驚いたように聞いた。

「サラバスだ」とフェンリスが言った。
「クナリのメイジだ」

「おい、大丈夫か?ここで何をしている?」俺は前に出て、クナリの鎖に留め金か錠が無いかと探し始めた。彼は動こうとも、あるいは俺に返事しようともしなかった。

「そんなことをして大丈夫なのか?」とカーヴァーがクナリの顔を不審げに見上げながら言った。

「彼をここから連れ出せやしないわ」とイザベラが静かに言った。
「連れ出せたとしても、何も変わりっこない」

「何だって、イザベラ?それに一体彼は何故ここに居て、何をしているんだ?」と俺は言った。
「ここの教母は知っているはずだな」

その時、表から車が止まる音が聞こえた。

「やつは囮だ」とフェンリスが言った。

「だが、誰をおびき出すための?くそっ、彼を連れ出さないと。俺たちと一緒に来るんだ」と俺は彼に言った。彼は一歩前へ進み、俺はその分下がった。

「だけど兄貴、どこに連れて行くつもりだ?」とカーヴァーが聞いた。

いい質問だ。
「判らん。大使館に戻すのは?」

「彼らはこのサラバスを殺すだろう」とフェンリスが静かに言った。

「くそったれ。彼もメイジだ、アンダースを頼ろう。少なくともここからは連れ出さないと。ここに居るだけでも、教会の中の人全員が危険だ」

イザベラは、ただ黙って静かにクナリを見つめていた。

また別の車が急停止して、ドアをたたきつけるように閉める音が聞こえた。俺は身を翻して歩き出し、ちらりと振り返って皆同じように付いて来ているのを確かめた。クナリも、一言も言わなかったが、すぐに後を追ってきた。俺たちはもうベッドの間をそっと通り抜けることに構っては居られず、病人たちが眠たそうな声で何かあったのかと尋ねる声が聞こえた。

「裏口から出るぞ」俺は正面の方から来ている連中が誰だか知りたくは無かった。警察か、テンプラーか、クナリか。どうでもいい。もし見つかったら、今以上に深みにはまることになる。
病室の裏側は炊き出し用の台所で、俺たちはそこを急ぎ足で突っ切った。

「あそこだ!」とカーヴァーが裏口の扉を示して言った。まだ正面玄関が開く音は聞こえなかった。どうやら思ったより俺たちの方が先行していたようだ。

カーヴァーが扉に飛びつき、錠を開け、掛け金をはずして蹴り開けた。俺たちは彼に続き、屋外の荷物置き場らしいところに出た。穀物の袋や箱、それにごみの山。
そこを通り抜けて裏側の大通りに出たところで、俺たちはともかく細い路地に逃げ込んだ。俺たちの新しい仲間は、ただ文句を言わず後ろをとぼとぼと歩いているだけでも、ひどく人目を引くだろう。

「左か右かどっちだ?」その路地の突き当たりでカーヴァーは足を滑らせて立ち止まると、辺りをせわしく見回した。

その時、クナリがそれまで聞いたことも無いような音を発した。彼がうめきながら膝を付いて倒れこむのと同時に、俺は髪がこげるような臭いを嗅いだ。

「おい、大丈夫か?」

「触っちゃ駄目!」イザベラが俺の腕を掴んで引き戻した。
「電流が流れてるわ」

クナリの腕も首もピクピクと震え、すべての腱が引きつり緊張している様子が見えた。

そのとき路地の向こうに、でかい図体をしたクナリの影が三つ見えた。

「屋上にもいる」フェンリスがつぶやき、彼とカーヴァーは銃を抜いた。俺は一瞬だけ視線を上に向け、ショットガンを担いだ角のある人影をいくつか目にした。

向こうから現れたクナリの士官らしい男は部下を二人従え、なにやら電話の交換機のミニチュアのようなへんてこな機械を手にしていた。太い電線やチューブがその機械から、部下の一人が抱えたでかいケースに繋がっていた。

「おまえはそのサラバスを教会から連れ出した。彼は我々のものだ。返して貰おう」とその機械を持った士官が言った。

「それでもし彼が戻りたくないと言ったら?」

「彼がおまえに従ったのは、他の目的を持たぬからに過ぎん。我らの元に戻すのを、おまえが拒むというのか?」

「あいつの言う通りよ」とイザベラが言った。
「ひどい話だけど、本当なの」

「それで、彼をどうするつもりだ?」

「彼は解き放たれていた。すでに悪魔が巣くっているやも知れぬ。彼は制御されていなければならない」とクナリの士官が重苦しい声で言った。

「制御する?拷問するの間違いじゃないのか」
皮膚の焦げる臭いに俺はむかついてきた。正面のクナリから目を離す度胸はなかったが、それでも頭を抱え、地面にうずくまったままのメイジの姿が、俺の目の隅に映っていた。

俺は大きく息を吸って、拳を握りしめた。

俺がクナリの右手を折り曲げて機械のスイッチからもぎ取った時、クナリが痛みに叫ぶようなことがなかったのは褒めてやってもいいだろう。やつの手から離れた機械を、俺はただの銅線と金屑の塊になるまで思いっきり叩き潰した。

「おまえは…サラバスか?おまえは、よそ者のサラバスだ」ちらつく街灯の光の中で、やつの歯が光った。

「サラバスだと?彼のような?」俺は地面に横たわるメイジを見やると、やつと同じように歯をむき出してニヤリと嗤った。
「いいや。俺は違う。同じであるもんか」

沢山のことがいっぺんに起きた。士官は吠えるような声とともに無事な方の手を俺に叩き付けようとし、フェンリスがやつに飛びかかった。俺は二本の指をクナリの両目に突っ込み、そして路地に銃声と硝煙の匂いが満ちた。
俺は士官を突き飛ばして路地の隅へ二人一緒に転がり込み、屋上のクナリが彼らの上官のすぐ側へは撃って来ない方に賭けた。どうやら俺は正しかったようだ、ともかく、死ななかったからな。

三人のクナリのうち残る二人が銃を持っていた。重そうな電気仕掛けのケースを抱えていたやつが、用無しとなったケースを落として銃を構え直す前に俺は飛びかかった。フェンリスがもう一人に突進し、彼のリリウムの輝きが一瞬路地の壁に俺たちの影を投げかけた。カーヴァーは屋上のクナリたちに首を上げさせないよう威嚇射撃を行い、そして俺の目の隅に、イザベラが電線でクナリの士官を絡め取る姿が映った。

教会からわずか半ブロック離れた路地での銃撃戦――さすがに警察の動きも速かった。俺たちがサイレンの響く音を聞くやいなや、クナリたちは即座に引き上げた。そこに鎖で縛られたメイジを残したままで。

彼は立ち上がった。
「俺は…束縛が解けた」その声は、まるで彼がもう何年も声を使ったことがないかのように響いた。

「やったわね」とイザベラがささやき、嬉しげに俺に笑いかけた。

「これは間違っている」とクナリのメイジが言った。
「だが、お前の行いは名誉に値する。その意図に感謝しよう、たとえそれが、誤った意図であったとしても」

サイレンの響きが近づいてきた。だが俺はこの場から立ち去ろうとは夢にも思わなかった。
「君はもう自由だ」と俺は言った。
「君を街の外に連れ出すことも出来る、もちろん隠れたままで」
アンダースの伝手があれば、とにかく街の外には連れて行けるだろう。

しかし彼は首を振った。
「私のすべき事は分かっている。キュンの求むる場所へ、私は還らなくてはならない。それこそが…キュンの英知」

「還るって、どこへ?大使館へか?」

「彼は死のうとしている」とフェンリスが静かに言った。

俺にも分かっていた。

「私は既に道を決した。そのように生まれついたのだ」メイジは身を翻すと、路地のさらに奥へと向かった。俺は彼に説得された訳じゃなかった。だが、俺にいったい何が出来る?

「君に何をしろと命じることは出来ない」と俺は言った。
「後は君次第だ」

「お前は必然と境界を弁える者、自分で認めるよりもクナリに近い」
クナリは立ち止まると、振り向いて俺に言った。

「冗談じゃねえ!」

俺は、鉄仮面の向こうから俺の目を見る彼の視線を感じていた。

「この日を記憶に留められよ」
彼はそういうと両手を上げ、足下から炎が噴き上がった。俺は再び肉の焦げる臭いを嗅ぎながら、友人達の待つ暗がりへと走り戻った。その場を立ち去る俺たちの前に、揺らめく炎が暗く長い影を投げかけていた。

あたかも俺に、この日を忘れるなとでも言うように。

Notes:

  1. 母親のリアンドラは、この当時であるからセブン・シスターズのような一流女子大にでも通っただろうか。父親は無論、サークル出身だね。
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23.逃亡中のメイジ、列車内で捕縛さる への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >また明日の朝来ると約束して帰っていった。いやっほう!

    ・・・・・・・・・・・・・(:_;)不憫な

    ホークって潜在的ドMだったのか…

  2. Laffy のコメント:

    もうね、ホークが不憫で(ぐすん
    紅茶入れて貰って喜んでるんですよ(;_;)
    可哀想だからちょっと格好良く書いてあげよう。うん。

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