26.市立図書館、発砲事件後の改装終了

「トリップ、もし本当にカルタが関わっているのなら、きちんと通報するべきよ、それとバートランドが欲しがっている物も全部さらけだして」
とアヴェリンが言った。
「彼を庇ったところで何も得られ無いのよ、それにまさに今も、ヴァリックは本物の危険に晒されているかも知れない」

俺達は狭苦しいケーブルカーに乗って下町に戻る途中で、混み合った車内で新聞を読む勤め人や、週末の予定を話し合う人々の中でもみくちゃになっていた。アヴェリンは彼女の背中に手を回そうとした誰かの胸板に肘でアザを作り、曲がり角に差し掛かるたびに隣のドワーフ紳士が彼の雨傘で俺の腹をつついた。少なくとも、彼は謝ってはいた。

「アヴェリン、警察はとっくに知っているさ。一週間前、ヴァリックの店に強盗が入った時にカルタについては何もかも話した。その後、制服警官は一度だって顔を見せやしない」

アヴェリンは肩を落とした。俺の言いたいことは彼女にはよく分かっていた。俺も、彼女の気持ちが分かった。この街で数少ない正直で気骨のある警官であり続けることは並大抵の苦労じゃないだろう。

「元気を出せよ」と俺は彼女に言った。
「ひょっとしたら、また報奨が貰える話になるかも知れないぜ。巡査部長になるまでに後何個必要なんだ?」

彼女は鼻を鳴らした。
「そんなことで昇進出来る訳じゃないわよ、トリップ」

フェンリスが口を挟んだ。
「警察はともかく、俺達にはもっと人手が必要だ。四人で出来ることは限られている」

俺は頷いた。
「その通りだな。みんなを呼ぼう」

ようやくケーブルカーから降りたって、俺はカーヴァーにイザベラを呼びに行かせた。フェンリスにはエイリアネージに行ってメリルを連れてくるように頼み、俺は近道をしてアンダースの診療所へと向かった。俺達がギャムレンのアパートに戻ったとき、フェンリスだけが一人で待っていた。

「メリルは家にいなかった」と彼は言った。

「彼女はまた市立公園に散歩へ出かけているのかもな」と俺は言った。
「待っている時間はなさそうだ」彼女の『散歩』は、時には数時間に及ぶこともあった。

母さんはこれほど大勢が夕食時に訪れるとは予想していなかったので、彼女が余分にパンを切り豆の缶詰を開けている間に、フェンリスとアヴェリンがフライドチキンを夕食の足しに買って来た。それから俺達は母さんのカレー風味のヒラメのソテーと、デザートのドーナツを皆一緒に食べることになった。
カークウォールで少なくとも一つ良い点を挙げるとすれば、ロザリングと違って新鮮な生の魚が安く手に入ることだろう。財布の中身が乏しい時はいつでも、母さんが手を掛けたおいしい魚料理が食卓に登った。

台所のテーブルに到底皆は入れなかったから、俺達は居間にまではみ出して夕食を採った。野郎共は皆床に座り、女性陣をテーブルに座らせた。ギャムレンはぶつくさ言っていたが。
今晩に限っては、フェンリスとアンダースは喧嘩していなかった。ヴァリックは二人にとって共に友人だったから、彼らの意見の相違はとりあえず横に置いておくことにしたようで、つまり彼らは夕食を食べながら一言も口を聞かなかった。

イザベラは、ヴァリックがこれほど長く不在だったと言うことに気づかなかったと彼女自身を責めていた。
「単にたまたま時間が合わないだけだって思ってたのよ、判るでしょ?あたし達いつも昼間に働いている訳じゃあ無いものね」

「組織犯罪に対抗するための特殊部隊があったって、一番難しいと思う相手は単に無視するというのなら、一体それに何の意味があるというの?」
アヴェリンは彼女の同僚達に深く失望した様子で、フライドチキンの肉を噛みちぎると足をボキッとへし折った。

「それで、俺達は何をしに行くんだ?」とカーヴァーが尋ねた。

「最初にバートレンドの倉庫を見に行く。何を彼がそこに保管しているか知りたいからな。もしそこで何も判らなけりゃ、カルタを相手に仕掛けることになる」

「トリップ、どうか本当に、本当に用心すると約束してね」と母さんは言った。俺達に行くなとは、彼女は言わなかった。

「この部屋の連中が一旦心を決めたら、この街で片付けられないことは無いと思うよ、母さん」と俺は胸を張って言った。

イザベラは声を上げて笑った。
「ほら、言ったでしょう。あたし達立派なギャング団だって」

俺達はドーナツを食べ終えると、粉砂糖を手からはたき落として港へ向かった。もちろん、ホースも一緒に。


あたりの雰囲気が妙だった。かすかな刺激臭のするもやが街頭のすべての物を覆い、眼下に波止場が建物の間からちらりと見えた時、澄み切った夜空に黒い煙がもくもくと立ち上っているのが目に入った。

二台目の消防車が俺達の横を轟音と共にベルを騒がしく打ち鳴らしながら走り去り、俺達はたばこを投げ捨てて歩く速度を上げ、足音が石畳に響き渡った。波止場の入り口近くで、俺達は脚を止めざるを得なくなった。そこら中の工場や安宿、闇酒場から人々が溢れ出し、警官が車止めを設置していた。

どこかで火事が起きていて、無料かつエキサイティングな催し物を一目見ようと野次馬が溢れていた。街角に立つ女達でさえ、群衆に加わって煙の立ち上る方向を眺めていて、祭りのような気分があたりを支配していた。

俺達が肘と肩で人々を押しのけながら路地の近道へ入り込むと、煙の匂いはいっそうきつくなった。俺は空を見上げたがもう星は見えなかった。しかしそれは煙のせいか、俺の眼を滲ませる涙のせいかは判らなかったが。

アヴェリンが俺と肩を並べた。
「まさかあなた、バートランドがわざと火を付けたと――」

俺は彼女の顔を見た。
「バートランドは大学教授かも知れないが、俺の知る限り充分に間抜け野郎だ」

頭上からは灰が舞い落ち、俺達は歩く脚を緩めた。俺達は火災現場のほんのすぐ側に居た。すぐ隣のビル越しに、40フィートの高さまで火の粉が舞い上がっているのが見え、炎のパチパチという音と、消防隊員達が人々を下がらせようと怒鳴っている叫び声が聞こえた。

近くのビルから逃げ出そうとする人達や、心配になって迎えに来た人々、火事を近くで見ようと寄ってくる連中で道路はごった返し、あちこちで悲鳴やののしり声が上がった。

ようやく俺達が騒ぎの中心を眼にしたとき――つま先立ちになって、最前列の野次馬や警官の頭越しに――ポンプ車は長いチューブで海水を汲み上げて、延焼を防ぐため隣の建物に掛けているだけだった。

理由はすぐに分かった。火元は、もう手の付けようが無かった。炎の化け物だ。

そこは巨大な、水辺にうずくまるヒキガエルのような形の倉庫だった。俺が見守る間にも窓ガラスが破裂し、路上にガラスの破片を降り注ぐと共に火の玉が現れ、既に燃え上がった屋根の側面を炎の舌で舐めとった。野次馬は歓声を上げ、あたりは凄まじい騒音で溢れた。

炎は既に隣の酒場の端を飲み込み、経営者は彼の違法な貯蔵品を救おうと必死になるあまり、ほとんど消防士達に殴り掛からん勢いだった。

だがその轟音と歓声、怒声を通して、俺は確かに二発の銃声を聞いた。

「こっちだ!」俺は周囲の騒ぎを他所に叫び声を上げると、皆の方に手招きをした。彼らに俺の叫びが聞こえたがどうか、怪しい物だったから。こちら側からでは、俺達が羽根と防火服でも持っていない限り到底建物の近くには寄れなかった。倉庫の隣の建物も何時炎上しだしてもおかしくなく、俺は友人達と一緒にぐるっと大きく回り込んだ。この辺の建物はほとんどすべて木造だし、その中にどんな可燃物が積み上がっているかは、メイカーのみぞご存じだ。

道を一本離れるとあたりはずっと静かになった。俺達は放水車が建物の屋根越しに吹きかける海水が雨のように降り注ぐ中、道路の水たまりをバチャバチャ跳ね飛ばしながら突き進んだ。イザベラは傘を持ってくるんだったと文句を言った。倉庫の裏側はまだ焼けおちては居なかったが、あらゆる隙間から濃い煙が立ち上がり、炎の舌が屋根を舐めていた。

「遅すぎたわね」とアヴェリンが言った。
「バートレンドが置いていた物が何だったにせよ、この煙の中で燃えているでしょうよ」

「良かった点もあるよ」とアンダースが指摘した。
「彼が火を付けたときに、僕達が中にいた可能性だって有ったんだ」

「俺は銃声を聞いた」と俺は言った。「間違いない」

「他の何かと言う可能性も有るぞ、トリップ」とフェンリスが言った。
「瓶かガラスが激しく割れる音かも知れない。緑の木々でさえ、こういった強い熱と圧力の元ではピストルのように破裂する」

俺は大きく息を付き、すぐさま激しく咳をする羽目になって後悔した。
「まあ、君の言う通りかもな」と俺は眼を瞬かせ、涙をはたき落とした。
「燃え上がる倉庫の中で、一体誰が銃を撃つっていうんだ?俺達に出来ることは何も無さそうだ」

バートランドが、ほとんど文字通りの意味で、背水の陣を引いてくれたことに俺は苛立っていた。しかもまだヴァリックの影さえ俺達には掴めないでいた。俺はハンカチを鼻に押し当て、行こうと皆に手を振った。ともかく、完全に焼け落ちて火が消えるまで、何も出来ることは無かった。

俺が倉庫に背を向けようとした時、その側壁の羽目板が突然吹っ飛び、即席の出入り口となった裂け目から自動車が一台飛び出して来て、路肩を滑り排水溝の上を飛んだ。俺達はちりぢりになって車を危ういところで避け、ドライバーはめいっぱいアクセルを踏み込みかっとんで行った。

車に乗っていた連中をしっかり見たわけではなかったが、間違いない。全員ドワーフだった。

「カルタか?」俺達が再び集まると共にカーヴァーが尋ねた。

「間違いないわね」とイザベラが頷いた。
「トリップが銃声を聞いたというのは、どうやら正しかったみたいよ」

「だけど何を、いや、誰を撃った?」と俺は聞いた。俺は車が出た後の壁に出来た穴を覗き込んだが、俺に見えるのは真っ黒な煙と火の粉だけだった。俺が見ている間にも、天井を支えている梁が焦げだし煙を上げていた。

誰かが、俺の腕を掴んだ。アンダースだ。

「君はまさか、あの中に入ろうというつもりじゃないだろうな?」彼はしわがれた声で聞いた。

ヴァリックは親友だ。彼なら同じことをするだろうか?俺には判らなかった。
だが、ヴァリックは俺とは違う。俺には出来ることで、彼に出来ないことがある。俺が呼び起こせる力は、彼は持っていない。

俺は運命なんぞ信じない。どんなちっぽけな、たった一人の男についてもメイカーが道を定めて下さるいう説教も、本当の所信じちゃいない。それでも時には、俺がメイジとして産まれたことに、何か理由があるのかと考えたりする。どっちにしたって大した違いはない。皆手持ちのカードで、出来る限りの勝負をするだけだ。

何か理由があって、カルタはここに居た。何か理由があって彼らは銃を撃った。何か理由があって、彼らはほとんど手遅れとなる頃まで燃えさかる倉庫の中に居た。

俺は気分が悪くなるのを感じた。
煙を吸い込んだせいかも知れなかった。あるいは純粋な恐怖からかも知れなかった。

友人達は俺を見つめていた。
「私も一緒に――」アヴェリンが言いかけたが、俺は片手を上げて遮った。
もし俺が頼めば、彼らは燃えさかる倉庫の中へ俺に付いて来るだろう。フェンリスの言った通りだ。人々は俺に従う、こんな時にはそれが恐ろしくさえ感じられた。

「俺だけで行く方が簡単だ」と俺は言った。

「馬鹿を言うなよ、あそこへ一体どうやって入るってんだよ?」カーヴァーの表情は、彼が認めるよりもずっと怯えているように見えた。

俺は倉庫の壁を、燃え上がる炎と真っ黒な煙を見上げると、片手を差し出した。
「誰か俺に銃を貸してくれ」

「トリップ、本気で――」カーヴァーはそう言いかけたが、フェンリスが無言で彼のオートマチックを俺の手に乗せたのを見て口をつぐんだ。

もし君が興味を持った物事を深く調べたいと思う性質の人物なら、図書館に行って百科事典を調べてみるといい。俺も一度出かけて、様々な事柄を調べた。あるいは君も、力―この場合はフォースだ―の大きさは、質量と加速度の掛け算で示されるという記述に巡り会うかも知れない。

それから、もしまだ興味があったなら、銃の項目を調べてみるといい。一個の銃弾は大した重さはないが、鉛というのはその大きさの割にかなりの重さがある。そして君の百科事典が十分優れていれば、銃弾がどれほどの速さで撃ち出されるかについても書いてあるだろう。

さてここで考えて見よう。銃弾は、最初は速度ゼロの状態で、銃の中で静止している。どれほどの加速が銃弾に加わるのか判るだろう。さっきの、力についての計算式を覚えているか?

もしここまで君が付いてきてくれたなら、君はその知識を実生活で活用したいと思うはずだ。
今すぐ逃げ出して、物陰に隠れたいと思ったかも知れない。

何故ならたった今、誰かがフォース・メイジに銃を手渡したのだから。

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26.市立図書館、発砲事件後の改装終了 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    ああアヴェリン兄貴あいかわらずかっけーっすw

    そして前章から端々にのぞくホークののろけっつーか
    なんつーかキャッキャウフフっぷりは何w

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、コメントありがとうございます(^.^)
    大掃除に力が入ったら肩が痛いぜ……。

    ああもう既に二人してキャッキャウフフしてますから。
    そして思わぬ人物から突っ込みが入ります。アンダースは相変わらずぼんやりです。
    まあ猫5匹と同居してるから、いいでしょう(何が

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