38.上町で銃撃戦、メイジ関与

「あそこにおるやろ、ほら」

週末の昼下がり、大きなガラスウィンドウの中にきらびやかな品々が飾られる上町でも一番の繁華街を、フェンリスは人陰に紛れようともせず堂々と歩いて、銀色の髪が穏やかな冬の日にきらめいていた。
これもまた、ダナリアスとその手下をおびき寄せる俺達の作戦の一つだった。彼の身が危険に晒されることに今更ながら俺は気付いたが、しかしこれは彼が言い出した話だった。

「あのエルフを見つけて引き渡すという、お前達の話がまさか本当だったとはな」
洒落たオープン・カフェで同じテーブルに座ったその男は、つば広の帽子の影から街を透かし見るようにしながら、俺の方に僅かに頭を傾けて言った。
「実に、手間が省ける」

俺はクルリと目を回すと口ひげを撫でた。イザベラが俺の上唇の上に気前よくゴム糊で貼り付けた赤毛のひげが、口を動かすたびにチクチクと引っ掛かった。俺は何枚かのコインをテーブルに放り出すと立ち上がった。
「まあ任しときいな」

フェンリスは人混みの中へ、まるでそこに何も無いかのようにスルリと入り込み、俺達はその後に付いて行った。

そして何の前兆も無く、フェンリスは走り出した。彼はあっという間に群衆の中に消え去ろうとしたが、その時鮮やかなターコイズ・ブルーのスーツに身を包んだブロンドの美女が、両手にマシンガンを構えて彼の目の前に立ちはだかった。

マシンガンが唸りを上げ、俺とアンダースは思わずその音に怯んだ。通りの両側に並ぶ店の頭上を飾るアーケードに綺麗に並んだ穴が開き、石の破片が下を歩く人々に降り注いだ。着飾った上流婦人やスーツに身を包んだ善良なビジネスマン達は、俺達が予想したようにパニックに陥り、悲鳴と、警察を呼べと叫ぶ声、そして周囲の店に飛び込んで隠れる者もいた。

カークウォールにどれだけギャングがいるかを考えれば、連中もそろそろ飛び交う銃弾に多少は慣れていても良い頃じゃないか?

フェンリスは凍ったように立ち止まり、銃声が止んだと同時にあたりを見渡した。

「そこの可愛いの、両手を上げて立ちな」ターコイズ・ブルーのスーツを着た女性――もちろん、イザベラだ――がゆったりとした口調で言った。
「言うことを聞きゃあ、痛い羽目にはならないよ」

フェンリスは両手を上げる代わり、背広の内側に手を入れた。彼はオートマチックを取り出すと俺に向かって銃を構え、俺はその前で片手を着いて身を屈めた。アンダースも彼の―イザベラから借りた―銃を取り出したが、しかし彼は少しばかり離れた所にいた。賢明な判断だった。そこならフェンリスのパンチを食らわないで済む。

一方にマシンガンを抱えたイザベラの驚くほど大胆な立ち姿、そしてもう一方には口ひげを生やした素手の男。その瞬間にフェンリスの取るべき行動は決まっていた。彼はリリウムの紋様を輝かせると、俺を片手で突き飛ばし、俺は吹っ飛んでアンダースにぶつかった。アンダースはどうにか尻餅をつかずに済んだ。

俺達の逮捕劇が始まるやいなや、大通りはがら空きになった。車は逃げ去るか、あるいはぴたりと動きを止め、フェンリスはその隙に乗じて車の間を急ぎ足で逃げ去ろうとした。問題なのは、俺達のぶっ放す銃で誰かが―フェンリスも―撃たれて怪我をしたり、あるいは致命傷を負うような事があってはならず、しかも出来る限り信憑性を持たせなくてはいけない、ということだった。

劇的な場面を演出するのは俺の得意技だった。俺は一歩前に出ると力を呼び起こし、傍目にも判るように両手を青白く輝かせると、空気を一つかみ勢いよく投げ飛ばした。

フェンリスの身体が吹っ飛び、彼は頭からドサリと道路に倒れ込んだ。帽子が飛んで、道路の端のごみの方へと転がっていった。俺は両手を伸ばし、フェンリスは俺の見えない手の下で身体をねじり、もがいた。俺は自分の手で押さえているかのように、彼のリリウムが俺の魔法と反応する、チリチリと焼けるような感覚を感じた。俺は歯を食いしばって彼をその場に押さえつけた。

アンダースとイザベラが彼に駆け寄り、イザベラが手錠を取り出して、アンダースは彼の脚を踏みつけながら俺の方に不安げな視線を向けた。

「ぐずぐずすんな、早う縛り上げえ!」俺は唯一真似のできる、最悪のオーレイ訛りで叫んだ。
「わしら、ここに丸一日居るわけにいかんのやで!」

群衆は静まりかえった。今彼らを怯えさせているのは、イザベラのマシンガンではなく、そこに素手で立っているだけの俺だった。怯える様子も無く、大通りのど真ん中で魔法を操る俺の姿。
彼らの頭の中には、メイジとはこうあるべきだという固定観念があったに違いない。みすぼらしい姿で怯えきった、時には気違いじみたアポステイトか、あるいは小綺麗なローブに身を包み、少しばかりお高くとまっているようにさえ見える、ギャロウズ住まいのサークルメイジか。彼らは動物園でたっぷり餌を貰ったライオンのように、柵に囲まれ意気地のない、無害な存在だった。

俺はそのどちらでも無かった。

そして、俺が良い気分だったのは認めなきゃいけないだろう。変装はともかく、俺は生まれて初めて本当の自分の姿を人目に晒していた。俺の耳の中で、嬉しげに囁く悪魔の声を俺は確かに聞いた。

他の二人がフェンリスを縛り上げ、俺は押さえつける力を解いた。アンダースはまだ彼の脚の上に座っていたが、イザベラが手慣れた手付きで彼の両腕を後ろに回すと手錠を掛け、引っ張って立ち上がらせた。

フェンリスの顔を見た時に、俺の良い気分は一瞬で吹っ飛んだ。彼の頬は額に出来た切り傷からしたたる血と土埃で覆われていたが、何よりも俺が気がかりだったのは彼の眼だった。何の光も写さない、虚ろな、まるで完璧に壁の後ろに閉じ籠もった人のような眼をしていた。

彼に対して魔法を使ったのは、これが初めてだった。

大きな車が、角を猛スピードで曲がって俺達の方にやってきた。もちろん事前に盗み出してあったもので、上等のドレスを着てつば広の帽子と大きなサングラスで耳と眼を隠したメリルが、車を歩道に乗り上げるとフェンリスのすぐ側で止まった。俺は最後にもう一度群衆をぐるりと一睨みしてから、急いで車の方に向かった。

イザベラが後ろ手に縛ったフェンリスをせき立てて、車の後ろの荷物置きに放り込み、アンダースは後部座席へ、そして俺はフェンリスの転がった帽子を引っつかんで車に飛び乗ると扉を閉め、俺達は遠くから聞こえてくるサイレンの音を背に全速力で走り去った。

俺達は黙って車を走らせ、やがて他の車の中に紛れ込むと上町から走り出た。しばらく走った後で、メリルが中町の食堂の前で車を止め、電話を掛けにイザベラが走っていった。

「どうやら、上手くいったみたいね」
俺達が待っている間に、メリルが言った。

「魔法を使うなんて」とアンダースが、驚いた様子で首を振りながら言った。
「白昼堂々、上町の、大通りの真ん中で。君はとんでもなく勇気があるのか、それともとんでもなく馬鹿なのか、僕には判断が付かないな。だけど誰も死ななかったし、誰も酷い怪我はしなかった。当然メレディスはとやかく言うだろうけどね。僕がパンフレットで反論するよ、『目撃者の話によれば』って」

「だけどあなた、本当は『目撃者』じゃないでしょ」とメリルが指摘した。

「言葉の綾ってやつさ」とアンダースが説明した。
「この言葉の方が、普段の読者には馴染みがあるからね」

アンダースは興奮した様子でその話をしばらく続けたが、俺は本当に彼とパンフレットの中身について話し合う気分じゃあなかった。

「俺は魔法をフェンリスに使ったんだ。そうしなくて済めば、良かったのにな」と俺は言った。とはいえ、俺にもそれほど選択肢が無かったことくらいは判っていた。

「まあね、彼だって判ってるだろうさ」とアンダースがにこやかに言った。彼は髪を撫で付けて山高帽を被り、紺色のスーツに肩と尻には肉付きを良くするための詰め物をして、まるで銀行家のような装いをしていた。
「肋骨の一本や二本折れて無ければ怪しまれること位は。君は本当に上手くやったよ、トリップ」

俺は顔をしかめた。
「まだ終わってないぞ。喜ぶのは全部事が済んでからだ」

イザベラが電話を終えて戻ってきた。彼女は既に帝国の秘密情報局とコンタクトを取り、フェンリス捕獲作戦について話を付けていて、連中も金を用意して俺達からの知らせの電話を待っていた状態だということだった。

「船を用意したそうよ」と彼女は言った。
「連中は最初、あたし達に船に乗るように言ったんだけど、そっちは断ったわ。連中に有利にさせてやる必要はないからね。それでしばらく揉めたんだけど、結局今夜ダークタウンで落ち合うことで決まったわ。あそこの倉庫で引き渡しよ」

「すると、連中が前にカーヴァーを連れ込んだ同じ場所だろうな」と俺は予想した。
「あそこは海から直接中まで入れるようになっていた。秘密の引き渡しにはもってこいだ」

「ああ、知ってるのなら尚更良いわ」とイザベラが言った。
「あたし達が、そこに連中より先に行っておきたいから」


ダークタウンで日の落ちるのは驚くほど早く、俺達が到着した時には、かつての炭鉱跡の屋根を透かして射し込む、上の町並みからの微かな光が全てを灰色に染めていた。例の倉庫には浮浪者が何人か住み着いていたが、俺達は遠慮無く出て行って貰った。とはいっても彼らには明日の朝には戻ってきて構わないと言った、その時にまだこの倉庫が無事に立っていれば。それ以外は何もかも、あの腐った魚の臭いから何から、全部前と同じだった。

俺達が倉庫について、車の後ろの荷物置きからようやく連れ出されたフェンリスは、青ざめた虚ろな目つきで一言も口を聞かなかった。俺はもう出来る限り熱心に、何度も繰り返し、魔法を使って済まなかった、もし怪我をしたなら尚更悪かったと謝った。

そのうちにようやく彼の眼に表情が戻り、俺は大いに安堵した。たとえそれが苛立ちの表情だったとしても。

「話は後だ、トリップ」彼はそれだけ言うと、またぴしゃりと口を閉ざした。

約束の時刻が近づいてきて、メリルはもし何か有ったら見えないところから応援出来るようにと倉庫の上の階に隠れた。今度は身体の前で目立つように手錠をはめられたフェンリスの背後で、アンダースが銃を構えて立ち、俺とイザベラがフェンリスの両脇を囲んだ。
そうする間に船のエンジンの音がどこか近くから聞こえてきて、倉庫の中の船着き場に打ち寄せる波の音が激しくなった。数分もしないうちに、ラム酒の密輸に使われるような小型の、しかしエンジンを積んだ船が入ってきた。素早く、しかも目立たない小船だ。彼らはおそらく大型の母船をカークウォール領海外のどこかに泊めているのだろう。

操舵手の側から、何名かの頑丈そうな男達が立ち上がり、手にはマシンガンを抱えていた。そして背の高い、頭に毛皮の帽子をかぶった黒髪の女が続いて立ち上がった。マジスターだ。

その女の姿を見た瞬間、フェンリスの全身に緊張が走り、彼の上唇が激情に歪んだ。俺は彼の顔を見ないように努めた。

イザベラが前に歩み出ると、にこやかな、しかし油断のない笑みを浮かべて挨拶した。
「カークウォールへようこそ。私達もまだここに来て数日ですけど、見てお判りのように私達、時間を無駄にはしませんでしたのよ」
彼女はフェンリスの方に手を振った。彼はマジスターから一度も眼を離そうとしなかった。

船のエンジン音が小さくなったが、完全に止まったのではなく操舵手以外が船を降りる間、ずっと静かにアイドリングを続けていた。

「そう」そのマジスターの女は、フェンリスの前数フィートで立ち止まると、顎を上げて冷たいアイスブルーの眼で彼を睨め付けるように言った。
「これは確かに、私達が探していたエルフに間違いない」

「この入れ墨は間違いようがありませんわ」とイザベラが言った。

「そして偽物も作りやすい」とマジスターが指摘した。
「だが、確かにこれは本物だな。この綺麗な眼、私が見間違うわけも無いからな。それに、彼も私を覚えているようだ。嬉しいじゃないか」
彼女はそう言って、薄い色のない唇を冷笑するように歪めた。

「旧知を暖めんのは、後にして貰おか」と俺は乱暴に割ってはいった。フェンリスについてこんな風に話をされるのは、実に気に入らなかった。
「金を寄こさんかいな」

「ああ、もちろん」彼女はパチリと指を鳴らし、部下が一人船の方に行くと、両手に大振りのスーツケースを一つずつ持って戻ってきた。随分と重そうだった。彼はそのケースの鍵を順番に開けて上蓋を開け、俺達に中に詰まった金貨を見せた。

俺は一生のうちで、こんな大量の金を見た事が無かった。

イザベラが近寄るとその金貨をじっくりと眺め、一枚手に取ると引っ繰り返し、そして白い歯を立ててみた。
「何事も間違い無いようですわね。本物の金貨と本物のエルフ、値切り無し。帝国とお仕事をするのはいつでも歓迎ですわ」

「以前にも我々と取引をしたことがあるのか?」とマジスターの女が怪訝そうに聞いた。

「ええ、あちこちでご縁がありますのよ」とイザベラは快活な調子で答えた。

アンダースがつま先でフェンリスをつつくと、船の方へと押しやった。女は一歩横へ下がった。

「彼をダナリアス様の元へ連れて行け。先の命令通り、間違いの無いよう縛っておくように」と彼女が言った。
「私を待たず出航せよ。私は、まだ他の用が残っている」

頭を下げ、黙ってボートに向かって歩いていたフェンリスが、その言葉を聞いて眼を怒らせた。

「そうはさせん!」と彼が叫んだ。彼の紋様が光り輝き、そして彼は縛られた両手を上げた。冷たく光る金属製の手錠が、俺が息を飲んで見守る一瞬の間に歪み、曲がり、そして弾け飛んだ。

床に金属片の散らばる乾いた音が響いた。彼を抑える物は、もう何も無かった。

これは俺達の立てた計画とは違っていた。フェンリスには手錠の鍵を渡してあり、救出に向かう際の合図も決めてあったが、どちらも用無しになった。

「逃がすものか、ヘイドリアナ」とフェンリスが歯ぎしりするように言った。

フェンリスがその女――ヘイドリアナ――に飛びかかるや否や、イザベラはナイフで両脇の部下に襲いかかった。しかしフェンリスの狙いは外れ、彼女は一瞬のうちに姿を消すと、部屋の向こう側に現れた。魔法が彼女の周りに渦を巻いた。

戦闘開始だ。メリルは二階から稲妻を閃かせ他の部下達をなぎ倒したが、しかしヘイドリアナのシールドには歯が立たなかった。アンダースは俺達皆に出来る限りのシールドを掛け、フェンリスと俺がマジスターを追った。俺達は二手に分かれた。俺は正面からマジスターに走り寄り、フェンリスは彼女がまた、一瞬のうちに魔法で跳躍することを予想して、部屋を廻って俺の反対側へと向かった。

しかし彼女はイザベラの真後ろへと跳躍し、イザベラはハイヒールの踵を軸に身を翻して鋭くナイフを突き出した。ヘイドリアナはかろうじて避けると、数フィート先へ跳んだ。

俺は魔法で彼女のシールドを破ろうと、両手を強く打ち握りしめた。彼女の魔法は強力だったが、まとまりに欠けていた。力に頼った安易なやり方だ、父さんならそう言っただろう。彼女は力を隠す必要も、厳密に力を制御する方法を学ぶ必要も無く育っていた。その隙を俺は突いた。彼女は歯を剥き出すと俺の力にしばらく抵抗したが、俺が後一歩で手の届く範囲まで近づくと、慌てて再び跳躍した。

まさしく、フェンリスの目の前に。

彼はヘイドリアナを上腕で掴むと押さえつけ、後頭部に頭突きを食らわせた。周囲の戦いの音の中でもはっきりと何かがひび割れる音が聞こえた。彼女はよろめき、脚をもつれさせた。フェンリスはまるで手に這い上るクモを放り出すように彼女を床に投げ出し、横っ腹に鋭くキックを入れた。また骨の折れる音が響き、彼女は呻きながら身体を丸めた。そしてフェンリスは紋様を明るく輝かせた。

「待った!」と俺は叫んだ。もう戦いは終わりだ。

船の操舵手さえ、死んだか意識を失ってぐったりと舵輪にもたれていた。誰が彼をやったのかはよく分からなかったが。船はまだエンジンを静かに掛けたまま、水路を漂っていた。

「止めろ」とヘイドリアナが弱々しい声で言った。
「降参する、私を殺すな」

「お前を殺すべきでない理由が、俺に一つでもあるなら言ってみろ」とフェンリスが彼女の上に覆い被さりながら、歯の隙間から押し出すように言った。俺は数フィート先から、彼のリリウムが沸き立つのをまざまざと感じられた。

「生かしておいてくれるなら、私の知っていることを話してやるよ」と彼女は死にものぐるいの様子で言った。
「お前の知りたい情報だ、お前には――」

「フェンリス!」
俺に出来ることは何も無かった。数フィート先でフェンリスは膝を着くと、なめらかな一動作で彼の手をヘイドリアナの胸に突き刺した。彼は数瞬の間、彼女の命を掌に握っていた。
「お前の話を聞くのは、もううんざりだ」と彼が絞り出すように言うと、彼女の口が大きく開いたが、しかしその口からは、とうとう一言も出てこなかった。

フェンリスは俺達に背を向けたまま、立ち上がった。彼の手は手首まで赤黒く染まっていた。

「ここの用は済んだ」と彼はきっぱりと言った。

「君は大丈夫か?」と俺は彼の背中に聞いた。

「大丈夫でなどとあるものか!」彼は刺々しい声で怒鳴ると俺の方を向いた。
「だがその話はしたくない」と彼は頑なに付け加えた。

「なぜ彼女を殺した。降伏していたのに!」

「それで俺にどうしろというのだ!」彼は怒鳴り返した。
「彼女を行かせろと言うのか?彼女が俺に、奴らが俺にやった事の後で?」

「だが彼女は情報があると言っていた、君に関する――」

「それがどうした?ダナリアスの居場所か?この女も他のメイジと同じだ。口では何とでも言う、生き延びるためなら自分の家族だって売る。こいつが真実を言うと信じる理由など、一つもない」

俺はメイジへの当てこすりは置いておくことにした。
「だが話を聞くだけ聞いたって良かっただろう、そうじゃないか?」

「聞くだけ無駄だ。大事なのは、俺がついにこの売女の心臓を握りつぶしてやったということだけだ。こいつも、メイジも、みな一緒にここで腐り果てろ」とフェンリスは吐き捨てるように言った。

「うう、ありがとうよ。誰と話をしているのか、君が覚えていてくれれば良いがな」

「忘れてなどいるものか」

「それでどう取れば良いんだ?フェンリス。君だって俺達が皆、あそこのマジスターのようではないことくらい知ってるはずだ」

メリルも彼女の隠れ家から降りてきて居たが、みんな黙って俺達の口論を少し離れた場所から見つめていた。俺は肩越しに彼らを振り返った。アンダースはただイライラした表情をしていて、メリルは心配そうな、そしてイザベラは明らかに俺に何か言いたそうだった。

「それで誰をメイジの代表例にしろと?」フェンリスも彼らを見ていた。
「アンダースか?メリルか?アボミネーションにブラッドメイジか。魔法が触れて、台無しにならない物が一つでもあるというのか?」

どれだけ大人しい犬でも、しつこく棒で突けばいずれは噛みつく、誰でも知っていることだ。
「ああ、確かに君は台無しになったと言って間違い無さそうだな」
俺は彼に言葉を投げつけ、間違いなく命中した。

彼は大きく目を見開くと、視線を逸らしてうつむき頭を振った。
「俺は――もう行くぞ」彼はそう言うと、ほとんど逃げるように身を翻して走り去った。

「フェンリス!」俺は彼を追いかけようとしたが、イザベラが俺を呼び止めた。彼女は頭を横に振った。今はその時じゃあないことくらいは俺にも判った。俺はただ、フェンリスが頭を冷やす前にカークウォールから出て行かないことを祈るだけだった。

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38.上町で銃撃戦、メイジ関与 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    いやあホークはん、頼んまっせ~。そこのキレーな兄ちゃん、
    壊れもんでっさかいに。壊されたらかなわんでほんま。

    こうですかわかりません><

  2. Laffy のコメント:

    オーレイ=おフランス=京都人、の下手な真似っこが関西弁ということで。
    うちの会社のちょっと年行った男性は、もうまさにこーいう話し方しはりますw
    さあて次だ。あ、その次もか。連れ込み宿(違

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