40.お尋ね者アポステイト、未だ逃走中

(原作者注)この章には成人向け描写が含まれます。

俺はフェンリスの手を掴んで、文字通り階段を駆け上がろうとして、一番下の段で脛を思いっきりぶつけた。それから、アパートの鍵を引っ掴んで危うく落としそうになった。
集中しろ、集中。今一番大事なことは、家の中に入ることだ。
二人とも、何も言わなかった。俺はようやく玄関扉の錠を開け、フェンリスの手を離して先に入ると、アパートの奥に続く扉が間違い無く閉まっていることを確かめた。

フェンリスは玄関の扉を閉め、俺の方に歩いてきた。俺達は帽子掛けの側でまた身体をぶつけると、俺は両腕を彼の肩に掛け、彼の背丈は俺と完璧にぴったりだと思った。たとえキスをするために頭を屈めないといけないとしても。

俺達はしばらくの間、ただそこに立ち互いの腕を背中に回したままキスをしていた。俺はまだこれが本当に現実だろうかと疑っていた。まるで、俺がまだハイハイを覚えたばかりの時に、背中から羽根が生えて空に吸い込まれるように飛び上がったような、そんな気持ちだった。フェンリスがどう思っているか俺にはまるきり見当も付かなかったが、彼はためらう様子も無く、俺に体重の半ばを預けて前のめりになり、俺が舌で突っついてせがむと僅かに唇を開けた。

俺は少しずつ後退って、ベッドに向かって進むつもりだった。フェンリスは俺の歩調に合わせて前進し、二人はまるでデタラメなワルツのように進んだ。だが暗がりの中で俺は方向感覚を失い、ベッドの代わりに俺の机が、俺のケツにぶつかった。
フェンリスがクスリと笑ったのを、俺は聞いたと言うより口の中で感じた。それから彼は唇を離して頭を屈めると、俺のコートとシャツのボタンを外しに掛かった。俺は彼のボタンに手が届かなかったから、代わりに彼の帽子を取って、帽子掛け目掛け放り投げた。もちろん、外れた。

フェンリスが、暗闇の中でボタンに手間取り苛立つような声を上げた。

「ほら、君のをやれよ、俺は自分でする」と俺はささやいた。俺はレースに僅かに先行していて、俺がコートとシャツを脱いで足元に放り投げた時、フェンリスはまだ彼のボタンを外していた。俺の手が彼のベルトに掛かった時、彼の手がぴたりと止まった。俺は革と金具の上で手を止めた。その下の熱を持った質量が感じられ、俺は下唇を噛んだ。フェンリスは一瞬の間、飛び立つ直前の鳥のように緊張し、ためらった。

次に行動を起こしたのはフェンリスだった。彼は熱を帯びた彼自身を俺の掌に押し付けるように一歩前進した。俺は思わず息を飲んで口を開き、その隙に乗じて彼の舌が俺の歯の間から攻め入った。彼は何事に付けても、上達が早かった。俺は二人の体重を机に載せ、彼のベルトを完全に引き抜き、その時にベルトの端っこが俺の腹をひっぱたいた。彼の両手がシャツから離れて――この近さなら、俺にも彼の胸のリリウムが微かに蛍光を放っているのが見えた――同じように俺のベルトを外しに掛かった。

彼のズボンが尻から半ばずり落ち、俺は片手を滑りこませると彼のものを掌に取った。彼は大きく喘いだ。何よりも安心したことに、そこにはリリウムのチリチリするような感触は無く、ただ滑らかに張りつめた熱気を帯びた皮膚が、彼の鼓動と合わせて脈動していた。ごつごつとざらついた俺の掌の感触を彼が嫌がるんじゃ無いかと俺はずっと心配していたが、どうやらそれとは反対のようだった。俺は優しくそれを握り、彼はお返しにと急いでズボンを下ろすと、彼の、リリウムで盛り上がった線の入った指が俺のものに触れ、俺は思わず頭を仰け反らせた。俺の脳裏には星が瞬き――

俺は、こんな事が起きるとはこれっぽっちも予想しちゃあいなかった。

俺は彼のものをつかんだまま思わず身震いし、フェンリスが俺の首筋に顔を埋めたまま、俺の反応に喉を鳴らして小さく笑うのを感じた。俺は自由な方の腕を彼の背中に回したまま少しばかり身体をずらし、ケツの後ろでテーブルにほとんどの体重を預けた。フェンリスは俺の首筋にキスをすると肩胛骨の方へと唇をずらし、俺はこの機会にと、彼の耳の先端を唇でついばんだ。彼は大きく身体を震わせ、そして即座に同じ事を俺にやり返した。実にいい気分だった。
それから彼が俺のものを握ったままの手を、おそるおそるといった様子で動かし始め、俺はまた息が止まりそうになった。

俺達はただお互いの口元で息を付き、時折唇を触れあわせていた。部屋の中は暗く、俺の眼には彼の銀髪とリリウムの紋様がぼんやりと見えるだけだった。だが彼の荒く、不規則な息づかいと、次第に勢いを増して俺に押しつけられる身体と、背中に食い込まんばかりの彼の指先は、俺を圧倒するには充分すぎた。

フェンリスが永遠にそこに居れば良いのに。俺が永遠に、ここに居られれば良いのに。俺は残りの人生を、喜んで欲情とリリウムの輝きに溺れて過ごそう。そして永遠はいつしか一瞬の、後一回手を動かすだけで――いやまだだ、まだあと少し――俺は息を止めて歯を食いしばった。彼も同じようにしているのが俺には感じられた。俺の顔を見つめているように思ったが、暗がりの中で彼の表情ははっきりは見えなかった。俺達の周囲で世界全体が動きを止め、彼の手と、身体だけが感じられた。

俺に出来る事と言ったら、フェンリスのものを掴んだ手をずっと動かし続けることくらいだった。俺は彼を強く抱きしめて銀髪に顔を埋め、荒い呼吸を髪のなかで押し殺し、彼の手の中で絶頂を迎えた、今までに覚えがないくらいに激しく。
俺はどうにか声を立てることなく、フェンリスの歯が俺の肩に当たり、俺の腕の中で彼の身体がうごめき、幾度も押しつけられるのを感じていた。

「止めろ」と訴えるフェンリスの小さな擦れ声が聞こえて初めて、俺は自分の掌と手首が温かく湿っていることに気付いた。指を一本ずつ引きはがすように、俺は彼のものを握りしめていた掌を開いた。それから俺は彼の唇を求めて首を傾け、彼が少しばかり身を伸ばし、俺達は再び深々とキスした。

俺がこれに飽きることは、一生有りそうになかった。

「おぅふ」二人の体重を支える机の角が俺のケツに食い込み、左脚が完全に痺れてきたことに気が付いて、俺は小さく呻いた。フェンリスが身体を離すと一歩後ろに下がり、その温かみが無くなって初めて部屋の中がひどく寒いことに気が付いた。俺はそこら中に脱ぎ捨てた外套とスーツをパタパタと叩き、ハンカチをようやく探し当てると手を拭った。フェンリスはまだ半分外套を肩に引っかけていたから、ハンカチを取り出すのにそれほど苦労はしないようだった。

痺れた脚のお陰で、靴紐をほどくために身体を屈めるのが随分苦行だったが、どうにか俺はやり遂げると靴を蹴飛ばして脱ぎ、靴下とズボンをきちんと脱いだ。フェンリスはその間、どこか呆然と、居心地悪そうな様子でそこに立っていた。

「来いよ」と俺は囁いた。
「凍えそうだ。ベッドに入ろう」

「ん」彼は潔く俺に習って残りの服を脱ぎ、俺は彼の手を取ると部屋の隅の、今朝俺がとっちらかしたままほったらかしになっているベッドへと導いた。

ただ問題は、このベッドは二人用には出来ていなかった。
どちらかが転がり落ちないために、俺達は文字通り互いに重なり合う必要があった。フェンリスの身体が俺の上に半分乗っかかり、ベッドのスプリングが想定外の重みにきしみ声で不平を漏らした。だが俺達は毛布の下で抱き合い、二人ともあっと言う間に暖かくなった。俺は長い一日の後で疲れていたが、到底眠る気にはなれなかった。

フェンリスが居る。俺のベッドの中に。俺の腕の中に。

俺が手を伸ばして――なるべくリリウムの線には触れないように――彼の首筋から背中へとなで下ろしても、彼は嫌がる様子はなく、かといって眠そうな様子も見せなかった。俺は良い気分で、彼の肩胛骨から背中に掛けて引き締まった筋肉の感触を楽しんだ。俺は多分、彼を撫で回すことで、これが本当の話だと確かめたかったのかも知れない。そしてもちろん、そうしたくて堪らなかったから。
俺は彼の身体を知っていた。その質量と速度を、いま俺の掌の下でなめらかに感じられる筋肉が、戦いの中でどう伸び縮みして、その強靱な力を産み出すかも良く知っていた。だが俺にはまだ、この銀髪の狼について知らないことが数多くあった。彼の寝顔も。

フェンリスは片手を俺の胸に置き、胸毛を指先で撫でていた。一方のエルフと言えば、一カ所を除いてはほとんど体毛らしい物はなく、俺は果たして他の毛の色も彼の髪の色と合致するのだろうかと急に気になった。俺は毛布を持ち上げて覗き込もうとしたが、せっかく暖まったベッドに冷気が入り込んだだけで、暗闇の中で何も見えなかった。フェンリスが苛ついた喉音を立てた。
ふん、まあいいさ。たっぷり時間はある。後でゆっくり確かめよう。

俺は謝る代わりに彼の額にキスした。それから鼻筋に。それから、彼が頭を傾けると俺の唇にキスをした。お休みの挨拶というわけではなく、それなりの意図があったようだ、何故って今度は彼の方から、俺の唇を舌で突っついたから。俺は喜んで受け入れ、二人の舌が俺の口の中で絡み合った。俺達が息を切らして唇を離した時には、俺は両手を彼の腰に廻し、二人の身体の触れ合った部分からは明らかに熱気が感じられた。

俺はフェンリスの上に乗っかろうと身体を回転させて、危うく二人ともベッドから転がり落ちるところだった。出来るだけ温かみを逃がさないようにもぞもぞと身体の位置を修正する間、毛布が二人の身体の間でもつれた。俺は彼と顔を突き合わせて、両肘を軽く彼の両側に付くと上半身に乗っかかり、そして熱を帯びた彼のものが、俺の腹に向かって硬さを増していくのが感じられた。

俺にはまるっきり今夜の計画なんてものは無かった。ジェサンの助言は、顧みられることもなく俺の頭の隅にほったらかしにされたまま埃を被っていた。心構えも何もあったものじゃあ無かった。だけど何にしても、彼も聞いたら多分喜んでくれるだろうな。

俺は僅かに上へにじり寄り、二人のものが互いに擦れ合って、彼の腹の上に紋様を描くリリウムが、それと呼応するように反応するのを感じた。フェンリスが俺の尻の後ろに両手を廻し、俺はその力に合わせるように、ゆっくりと急ぐこと無く腰を前後に揺り動かした。きっと俺のしたことは正解だったに違いない、何故ってフェンリスが大きな喘ぎ声を上げたから。

「しーっ!」俺はびっくりして、思わず片手で彼の口を押さえると言った。

フェンリスが俺の掌に歯を立てて噛みつき、今度は俺が自分にしーっと言う羽目になった。
「止めろ」彼が唸るような喉声で言い、俺はその口元から手を引っぺがした。

「ごめん、ごめんよ」

彼が頭を小さく振るのが感じられた。
「いい。続けろ」

血が出たかも知れなかったが、悪いのは俺だったし気にも留めずに、言われたとおりにした。つまり、腰をゆっくりと揺り動かした。俺達の動きはおよそ洗練されても無ければ、効率的でも無かった。俺達の腹が触れ合うところはすぐに汗と、まあ、誰でも想像するとおりのもので覆われ、俺達は未知の世界に雄々しく立ち向かい、じりじりする速さで頂上へと向かった。

そしてとうとうフェンリスが音を上げると、腹の間に片手を差し込んだ。彼の手が二人のものを一緒に握りしめ、俺は両手をベッドに支えて少しばかり身体を持ち上げ、彼に動く隙間を与えた。

ああ、そうだ。いいぞ。

フェンリスは何でも覚えが早かった。敏感な粘膜が彼の手の中で触れ合う感触は言葉に出来ないほど素晴らしく、何もかもそれからはあっという間だった。

俺がようやく彼の上から背中側に転がった時には――そして途方も無く冷たい壁にぶつかった――俺はもう完璧にへたばっていた。何があったって、これ以上眼を開けてはいられそうに無かった。俺は背中に毛布を挟み込むと壁に寄り添い、今夜のゲストにベッドの上で出来る限りのスペースを与えた。俺は初恋に目が眩んだ少年の様に、彼の耳元で馬鹿げたたわ事をささやいて赤っ恥を掻いてみたかったが、フェイドに引きずり込まれる前に俺に出来たことと言ったら、精々一言二言、彼にありがとうと呟いた位だったろう。


足がひどく冷たかった。しばらくして、俺はとうとう我慢出来ずに毛布をきちんと広げ直そうと決心して矢のように起き上がった。窓の外は微かに明るくなり始めていて、部屋中に灰色の影を落としていた。俺の服が、床中に散らばっていた。

ベッドに居るのは、俺だけだった。

何かおかしいぞ。どこか、その辺が。

「フェンリス?」

彼はきちんと服を着て、いつもの椅子に座っていた。俺の声を聞いた時、彼は見つめていた床から顔を上げた。

「何だって君は――」
メイカー、眠い、眠すぎる。
「どうかしたのか?何か拙かったか?」

「いいや、君は良かったよ」

俺はそれを聞いて、眉をひそめると彼の顔を見つめた。
「そうすると、拙かったってことか?」

フェンリスはため息を付いた。
「そういうわけじゃない。俺が想像していたより、ずっと印象強かった。君は、」
彼は言葉を失ったかの様に、片手で曖昧に弧を描いた。
「君は、俺が夢見た全てだった」
ようやく彼は、ほとんど聞こえないほど小さな声で静かにそう言った。

「じゃあどうして君はそんなところで座ってる?俺が蹴り出しでもしたのか?」

「いや。俺は、その、思い出し始めた。俺の人生を。以前の俺が、どうだったかを」
彼は頭を振った。
「何もかもあまりに多く、あっという間だった。これは、俺には早すぎた」

「何だって、記憶が?じゃあ戻ったのか?」

「いや、行ってしまった。思い出したという事を覚えているだけだ。俺には、これはまだ早すぎた」

「ごめんよ、フェンリス。正直に言えばそうかも知れないと俺は思ってたさ、だけど君も構わないようだったから。構わないどころじゃないようだった。君を傷つけるつもりはない、判ってるだろう」

彼は唐突に立ち上がった。
「俺には出来ない」

「何だって?出てくのか?そんなことで?」

「済まない。俺はただ、少しの間幸せを感じていたかっただけなのだろう」

「それって一体どういう意味なんだ?フェンリス!」
俺は大声を出して、彼の頭に少しでも分別を叩き込みたかったが、しかし壁の向こう側には寝静まった家族が居た。俺は毛布を放り投げてベッドから転がり出たが、フェンリスはもう玄関の扉を開けていた。

「この臆病者」
俺の声は怒りと動揺に擦れていた。

「判っている」
肩越しに振り返った彼の、ひどく悲しげなやるせない表情は、多分俺のそれとそっくりだったろう。彼は後ろ手で扉を閉め、階段を降りていく足音が聞こえた。その足音がまた戻ってくるのを聞いて俺の心臓は跳ね上がったが、しかし俺がそっと――早起きのご近所に見られたくなかった――扉を開いた時、フェンリスは雨をたっぷり吸い込んだ俺の帽子を手渡すと、ほとんど顎が胸に支えるほど俯き、灰色の街へ駆けだして行った。

俺は玄関ドアに額をドスンとぶつけた。何の役にも立たなかったので、さらに数回ほどガツンとぶつけてみた。この世の中で、こんな素晴らしいものをこんなに早く失うようなアホウが、俺の他にいるのだろうか。

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40.お尋ね者アポステイト、未だ逃走中 への4件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    ジェサン「(´・ω・`)」

    てっぺんからどん底まで、ハイパーウルトラ
    超絶ジェットコースターでお届けします。

    ホークザマァwとか言ったら可哀想だけどザマァw

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、コメントありがとうございます(^.^)頭痛の方はいかがでございましょうか。

    ジェサンはきっと喜んでくれますよっとw 混ぜてとか言うかもしれんけどww
    さてハイパージェットコースターの底に叩きつけられたホークですが…
    「底って抜けるのね」

  3. EMANON のコメント:

    ありがとうございますv頭痛はなんとかなったが
    花粉症が黄砂と手に手をとって来襲してますwww

    ジェサン「混ぜて♪」
    ホーク「お、おu」
    フェンリス「失せろ」

    自分から振ったくせにお他所に色目を使うのは
    多分許さないフェンリスwホーク生殺しですやんwwww

  4. Laffy のコメント:

    そこがね(どこがや)。

    アンダース相手の時には嫌みを一つ二つ三つ言うくらいで、割とあっさりと引きさがるんですが、はてジェサンだとどうするかな>フェンリス

    最強ママン登場。そしてガスカードも登場。さーて。

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