42.大乱戦!ドラゴン、鉱山から排除さる

「ガスカード・デュプイ。妙に聞き覚えのある名だ」とエメリックが言った。
その夜、アンダースが例の金持ちのアポステイトについて情報を聞いてきたと言うので、エメリックにヴァリック、フェンリスが俺の仕事場に座って、皆で彼が来るのを待っていた。

「すると彼は脱走メイジか?」とフェンリスが聞いた。

「いや、そうではないな。以前にどこかで彼の名を聞いたことがある。思い出そうとしているところだ」とエメリックが首を傾げた。

「警察が単に諦めたなんて、信じられねえな」とヴァリックが言った。
「アヴェリンはこの話を知っているのか?」

「刑事連中は、こんな事件は女には任せられないって考えてるのさ」と俺は言った。
「馬鹿な野郎共だ」

やがて到着したアンダースは、エメリックがそこに居るのを見て微かに顔を引きつらせると、俺の顔をじろりと見た。一方のエメリックはと言えば、注意深くアンダースの方から視線を逸らせると、コーヒーを静かにかき混ぜていた。

テンプラーの同席にも関わらず、アンダースはともかく話し始めた。
「デュプイは、その、僕の友人達に同志だと見せかけようとしていた」とアンダースは言った。
「だけど彼の関心が、サークル・メイジを助けようとするよりも、既に外にいるメイジを見つける方に偏っているのは明らかだった。友人達の調査網を、利用しようとしたんだ。彼は金で援助すると申し出たけどね、信用を金で買うことは出来ない」

「それでどうなった?」と俺は聞いた。

「彼らはデュプイに上品に断りを入れると、二度と接触しなかった」

「面白いな。俺達が探している殺人犯のようには聞こえないにしても、そうじゃないということは言えない」

「あの鋳物工場の持ち主は誰かは判ったんだろうか?」とヴァリックが口を挟んだ。
「いつだって金の流れを追うのが王道さ」

「カークウォール第一銀行が所有している」とエメリックが言った。
「もう何年も前に担保として取られたと聞いた」

「少なくとも、警察はその線は追っているだろうな。このデュプイ氏を訪ねてみようじゃないか」と俺は言った。
「何も無くても、彼を容疑者リストから消す事にはなる」

「あるいは殺人者は既に姿を消したのかも知れない」とフェンリスが言った。

エメリックはため息を付いた。
「もし我々が調査して、それでも何も出てこなければ、私も、本当にもう何も手がかりは無いと諦めることにしよう。全ての殺人事件が解決するわけではないし、全ての被害者に正義がもたらされる訳でも無い」


デュプイ氏はフェンリスの屋敷から3ブロックほど離れたところの、華麗な装飾の施された大きな邸宅に住んでいた。俺達はエメリックに今は隠れているようにと説得した。彼の制服はメイジに不幸な結果をもたらしがちで、その男が窓から飛び出して二度と姿を現さないことになっても困る。エメリックは、もし助けが必要なことがあればいつでも呼ぶようにと俺達に約束させると、邸宅のすぐ側の路地に身を潜めた。

邸宅の窓は暗く、玄関には鍵が掛かっていた。上品にノックしても、大声を出して扉をバンバン叩いても、何の変化も見られなかった。

「もし彼に疚しい意図があるとしたら、呼んだって出てくる訳がないな」とアンダースが言った。

「鍵を開けられるか?」と俺はヴァリックに聞いた。

「もちろん、やってみるさ」

随分と手の込んだ鍵のようで、延々と時間が過ぎていった。俺達は何気ない様子で街路をうろつき周囲を見張って、警官が見回りに来るたびにシッと声を立てて皆に知らせた。確かに、ドゥマー市長の公約した、上町にもっと警官の巡回を増やすというのは忠実に実行されているようだ。上町の静けさからして、俺には警官と予算の無駄遣いのように思えて仕方なかった。もっと他の所へ回せば良いのに。

俺がフェンリスの方をちらりと見るたびに、彼は顔を背けると、微かにしかめっ面をして何か別のものを睨み付けた。

ようやくヴァリックが扉をこじ開け、俺達はそそくさと中に入った。俺達の静かな足音と、大広間に飾られた時計が時を刻む音だけが響いていた。俺達は一旦散開して屋敷を調べたが、デュプイ氏が一人住まいのようだということが判っただけだった。使用人の姿も見えなかったが、しかし上等の黒檀の飾り棚も、年季の入ったクリスタルの大時計も、優雅な曲線を描くマホガニーの手すりもホコリ一つ被っていない所を見ると、少なくとも定期的に人の手が入っていることは間違いなかった。

俺達は大階段の下で再び集まった。俺は、果たして彼が家にいるのだろうかと思い始めていた。あるいは、これはまずい考えだったかも知れない。俺達が曖昧なうわさ話に飛びついて押し入った家の所有者は、もし望むなら腕利きの弁護士を雇い、俺達の生活を著しく不自由にするだけの財力がありそうだった。

突然、ホースが唸り声を上げた。

俺は彼に静かにしろと命じたので、彼は静かに唸り続けた。首筋から尻尾まで毛を逆立てて。

俺は目の前が明るくなるのを感じた。メイジなら何とでも対処出来る。弁護士はそうはいかない。

俺達は分厚い絨毯が敷き詰められた階段を、それでも足音を潜めて登り、踊り場に着いた時に、呟きかあるいは詠唱のような声が、どれかの扉から聞こえてくるのが感じられた。俺は声を聞き取ろうと、正面の扉に耳をくっつけた。

「……左へ…血痕…いや、違う。もっと速く。血に染まった石畳。血まみれの煉瓦。もっと奥だ……」

今度は、俺の髪が逆立った。

俺は魔法を呼び起こすと両拳を握りしめ、それから手を開いてドアノブを捻った。鍵は掛かっていなかった。俺はごくゆっくりと扉を開けて、向こうから聞こえてくる呟き声に何か変化が無いかと耳を澄ませた。

その部屋は、見るからに小説に出て来る様な気違いメイジの研究室らしかった。至る所に分厚い本が積み重なり、数々の、黒のよろず屋に飾られていても場違いに見えないような怪しげな道具が床のそこここに散らばっていた。上等のローブをまとい、長い金髪をオリージャン風に整えた男が部屋の中央にチョークで描かれた円の中央に反対側を向いて立ち、赤みを帯びた霧が彼の周囲を取り巻いていた。

俺は新鮮な血の、ほとんど味わえるほど強烈な金気臭さを感じた。男は俺達に気が付いているようには見えなかった。

「一体やつは何をしているんだ?」と俺はアンダースに囁いた。

アンダースは顔をしかめて言った。
「ブラッド・マジックだ」

彼のいう通りだろうが、あまり役には立たなかった。
「彼の気を逸らせても大丈夫かな?彼に何かしたら、突然悪魔か何かが襲ってくるような事は無いか?」

「いつそうなっても不思議はないな」とフェンリスが嫌悪感も露わに、歯の隙間から押し出すように言った。俺は彼の方に振り向き、すぐ間近で彼の顔を見つめることになった。彼も一瞬、俺と同じくらい驚いたように見えた。

俺はデュプイを殺したい訳では無かったし、うっかりアボミネーションに変身されるのも拙かった。それで俺は、一つ上品に咳払いをした。

「デュプイさん?」

今度は反応があった。つぶやく声が止まったかと思うと、俺達の横の壁に掛かっていた杖が飛んで、ブラッド・メイジの手の中に収まった。赤い霧は、輝く壁へと変貌した。

「誰だ?」彼は唸り声を上げて罵った。彼のアクセントは、明らかにオーレイのものだった。
「今すぐ出て行け!さもないと…」

ホースは身構えると大きく唸り、ヴァリックはビアンカを引き絞り、フェンリスとアンダースは、共に身体から淡い光を放っていた。

「さもないと、何だ?随分一方的な戦いになるとは思わないか?」と俺は静かに聞いた。
「俺達は話が聞きたいだけなんだがね?」

デュプイも、渋々思い直したようだった。彼は掲げていた杖を降ろし、粘っこくまとわりつくブラッド・マジックの霧も、雨のように彼の足下にしずくを落とした。明らかな傷口は外からは見えなかったが、多分ブラッド・メイジは傷を隠すことには慣れているだろうと俺は思った。

「その杖は本物か?」と俺は聞いた。
「随分年代物に違いないな」

「無論だ」と彼は言うと杖を着いて、疑わしげな視線を向けた。
「お前は誰だ?」

「知る必要は無いな」と俺は彼に答えた。
「お前に聞きたいことがある。行方不明の女性達についてだ」

「それと、死体の欠片についてもな」とヴァリックが脅すような声音で言った。彼はビアンカで狙いを定めたまま、ぴくりとも動かしていなかった。

「何だと?死体?まさか私が、あの女性達――」彼は突然口をつぐんだ。

「ふん、どうやら何の話をしているか知っているようだな」と俺は言った。

「ああ、そのようだ。他の大勢よりも、ずっとよく知っている」と彼は苦々しげに付け加えた。
「もし知っていることを全て語ったら、私を自由にさせてくれるか?」

俺はやつをテンプラーに引き渡す計画を立てては居なかったが、別に彼がそれを知る必要は無かった。
「考えてやっても良い」と俺は言った。
「この殺人者は、ただのアポステイトより遙かに危険だ」

「まさしくその通りだ。最初から話そう」と彼は言うと、近くの椅子にドサリと座り込んだ。
「君たちの探している男は、クエンティンと呼ばれている。彼もアポステイトだ。だが、かつてはサークルに所属したことがあるのだと思う。少なくとも、彼は優秀な教師だった。それが、彼が私の家庭教師になった理由だった。たとえ家系に魔法の血が流れていても、私の家はオーレイの真の貴族だ。ただの庶民と、他のメイジと一緒にサークルに閉じ込められるような恥辱を負うわけにはいかなかった。それで私の両親がクエンティンを家庭教師として雇い、魔法の制御方法を教えた、私に与えられた才能をより上手く覆い隠せるように」

「ブラッド・マジックも含めてか?」とフェンリスが厳しい声で聞いた。

「その……そうだ。拒否する理由は無かった。クエンティンは、偉大な構想を抱いていた。彼は心底から彼の仲間を救いたいと、信念に突き動かされていた。あるいは、私はそう思っていた。だが彼は、私の姉を殺した。家族がそれを見つけたときには」彼は声を詰まらせていった。
「彼はとっくに逃げ去っていた」

彼は俺の顔を見上げた。
「私は、必ず彼を見つけ、彼女の死に復讐すると固く誓った、やつが私に教えたまさしくその魔法を使って。そして彼を追跡してカークウォールへやって来たときに、その殺人事件について新聞で読んだ。彼に違いないと、私にはすぐ判った。知る限りの伝手を辿り、あらゆる手段を使って彼を捜そうとした――だがこの街は、血と魔法に溢れている。それで私は毎晩、身を削ってクエンティンとの繋がりを辿ろうとしているのだ」

「もし彼の魔法を感じ取ったとしたら、お前には判るのか?」

「間違いなく」

俺達は顔を見合わせた。デュプイの言葉をそのまま信じる訳では無いにせよ、彼の真摯な様子は明らかだった。

「少なくとも、名前は分かったというわけか」とアンダースが言った。

「何故警察に言わなかったんだ?」と俺はデュプイに聞いた。

「警察?はっ、警察ね。もし仮にだ、彼らにクエンティンを捕まえる能力があったとしても、やつに相応しい罰を与えようとはしないだろう。死以外あり得ない。平穏化など、彼には生ぬるい」

「お前はやつの血を求めてるってわけだ」とヴァリックが乾いた声で言った。
「こいつは驚き桃の木山椒の木だな」

「君に私が責められるか?」

「まあまあ、みんな落ち着けよ」と俺は言った。
「もし俺達がこのクエンティンを見つけられなきゃあ、何もかも単なる仮説で終わっちまうぞ。何か手がかりは無いのか?」
俺はデュプイに尋ねてみた。

「クエンティンは、サークルの外で暮らしていても、中とひどく強い繋がりがあるように見える。昔からそうだった。彼らの図書室から、数多くの書籍を借りだしていた。ほら、まだここにある」
彼は立ち上がると、膨れあがった本棚から一冊の本を手にとった。
『ヘモグロビンの与える奇跡~魔法医学の見地から』

俺はその本の頁をめくってみて、確かに奥付にスタンプが押してあるのを認めた。その字は擦れていたが、はっきりと読み取れた。
”カークウォール・サークル図書室所蔵:閲覧制限”

「私はサークルに接触しようとした。オシノ自身に手紙まで送った、だが返事はなかった。そして明らかに、私自らあそこへ行くのは危険すぎた」

「明らかにな」と俺は言った。
「これは役に立ちそうだ。ギャロウズなら、俺達の方が上手くやれるかも知れない。この本を持って行って良いか?」

「もしそれが彼を見つける役に立つのなら、どうぞ、使ってくれ。それともし君が本当に彼を見つけたら、充分用心するように。彼はとても危険な、強力なメイジだ」

「この街にはそんな連中が溢れているな。お休み、デュプイさん」

度合いの差こそあれ、皆渋々と言った表情で、俺達は彼の屋敷を去った。表に出るやいなや口論がわき起こる様子を察知して、俺は片手を振った。

「まあ聞いてくれ。俺も彼の話を信じちゃあいない、だけど彼の情報はこれまでで一番ターゲットに近いものだ。情報料の代わりに多少行儀作法を守っても悪くはないだろう。それにもし、彼が本当に金持ちのオーレイ貴族出身だとしたら、後で揉めるのはごめんだ」

「もしやつが逃げ出したらどうする?」とフェンリスが苦虫をかみつぶしたような表情で聞いた。

「それはまた別の誰かの問題になるな、そうだろう?」

フェンリスは片方の眉を上げて俺を見つめた。

「判ったよ、誰か彼を見張る必要があるな。希望者は?」
皆が先を競って手を上げる、という訳では無かった。
「了解。ホース?」

ホースは耳をぴくりと持ち上げると、切り株のような尻尾を力一杯に振った。
「よし!屋敷を見張れ!」

ホースは大喜びといった様子で一声大きく吠えた。

「君は本気で犬に任せようって思ってるのか?」とアンダースが尋ねた。
「いや、違った。『マバリ』ね。僕の言ったことは忘れてくれ」

俺はホースの頭をパタパタと撫でてやった。
「良い子だ」

エメリックが身を潜めていた路地から現れ、俺達は彼にデュプイの話を手短に聞かせた。
「それだ、私が彼の名を聞いた覚えがあるのは」と彼は言った。
「彼は幾度かオシノ宛に手紙を書いていた」

「君はファースト・エンチャンター宛の手紙を読むのか?」と俺は聞いた。

「違う!つまり、中は見ない。表書きだけだ。オシノが返事を書いたとは思えないが」

「デュプイは手紙は無視されたと言ってたな。それで、この本についてはどう思う?」
俺は例の本を手渡し、俺達は皆一番近くの街灯の下に集まって、エメリックが本を開くのを見つめた。

「これはサークルの制限区域から持ち出されている」と彼は即座に答えた。
「教習生は無論、普通のエンチャンターにも立ち入りが許されていない区域だ。シニア・エンチャンター以上から閲覧を許すスタンプを図書カードに貰って、初めて見ることが出来る」

「そのカードはどうなる?」

「もちろん、そのままずっと保管される。本が戻ってくるまでは。時には、数年以上そのままとなることもあるが。借りたメイジが死んで初めて、書籍が棚に戻されるのも良くある話だ。もしそのメイジが充分に信頼されていて、自ら借り出しを請求する権利があったとしても、ともかくカードは書く必要がある。このような本の中には、非常に危険ともなり得る知識が含まれているから」

「いいね。そうすると誰がクエンティンに、あるいはデュプイが嘘を着いていたとして、彼自身にこの本を送ったのかが判るわけだ」

「もし君がギャロウズに入れたとして、トリップ」とアンダースがひどく心配そうな声で言った。
「その本を持っていたら、やつらは君を二度と外に出しやしないぞ。ましてや、誰が本を盗み出して外部に送ったのかと調べ始めたりしたら」

「どう思う、エメリック?」と俺は言った。

「私はこの件を上司に報告する必要があるな。そして彼らが調査する事になるだろう。だが現在の所、この本と繋がりがあるのはデュプイ氏以外存在しない。もちろん私は、カレン騎士隊長にクエンティンのことを話すことは出来る、だが彼は既に、この件に関わるなと私に命じているからには……」年を取ったテンプラーは言葉を切ると、残念そうに首を振った。

「この殺人事件の調査は、ただのこそ泥を追いかけるよりずっと大事なはずだ」と俺は言った。
「それに、勢力闘争の影に消えていくのを見ている訳にもいかないな。誰か、その上に立てるものが居れば……」俺はしばらく考え込んだ。
「エメリック、君はオシノとの面会の約束は付けられるだろうか?」

「ああ、それは大丈夫だが」

「ファースト・エンチャンターに、彼の配下の一人が盗み出した本について、話をしたがっている者が居ると言ってくれ。彼は間違いなく、この件をテンプラーに任せるより、彼自身で直接対応しようと思うんじゃないかな?」

「ふん、そのやり口は気に入ったぜ」とヴァリックが頷いていった。
「なかなかあくどい手だ」

「おそらくそうするだろう」とエメリックも頷いた。
「彼が何よりも望まないのは、メレディスに今以上メイジを締め付ける口実を与えることだ」
そう言うと、彼は本を俺に返した。
「とにかくやって見よう。明日は電話の側に居るように」

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42.大乱戦!ドラゴン、鉱山から排除さる への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    ああDragon age2中もっとも嫌気のさす話へと…orz

    そしてヴァリックさんカッコイイw
    今回怪我してあんまり見せ場ないけどw

  2. Laffy のコメント:

    節目節目で良い味出してますヴァリックさん。だしこぶ。
    さー、44章だ……orz実はもう2/3は書けてるんですがね。

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