49.クナリ、カークウォールから逃亡か

フェンリスとアヴェリンが俺を両側から担ぎ上げて、俺を倉庫の外へと引っ張り出してくれた。メリルは大慌てで人混みをかき分けながら、アンダースを連れてくるためにダークタウンへと向かった。倉庫から俺達が表に出たときには、エルフ達は皆夕暮れの街頭から姿を消していた。

それにはちゃんとした理由があった。
市当局は、文字通り全力を挙げてエイリアネージに強襲を掛けていた。狭い通りの至る所で、通りに放置されたままの露店や自転車の列を押しのけて、ぴかぴか光る警察と騎士団の車が止まっていた。

そして辺りには警察官の他に、テンプラーが大勢と……メイジ?
俺はあるいはアリショクに打たれたせいで頭がおかしくなったのかと思った。

制服を着た連中が大勢真剣そうな面持ちで立っていたが、しかしこれと言って何をしているわけでも無さそうだった。そしてサークルの制服を着たメイジ達がひとかたまりになって立ち、すぐ側でテンプラーが眼を光らせていた。
メイジ達はそれでも滅多に無い機会を存分に享受するように、エイリアネージの歴史的な建物を見渡しては仲間内で静かに語り合っていた。

「なんだこりゃあ?」と俺は言おうとした。ショットガンの照準が切り裂いた頬の傷はほとんど血が止まっていたが、そちら側の顔半分がこわばり口を動かすたびに激痛が走った。また血が出てもいけない、あまり動かさない方が良さそうだった。

人々が俺達に気付いた。血まみれのシャツ姿の男を抱えた制服姿の女性とエルフにドワーフ。確かに目立つ集団だったろうな。

俺はメレディスが俺達の方へ大股でやってくるのを眺めていた。驚いたことにその背後にはオシノが居て、それと見覚えのないスーツを着た連中――多分市警察のお偉方だろう、なぜってアヴェリンが俺の体重を支えながら出来る限り背筋を伸ばして敬礼したから――も一緒に付いてきた。メレディスは俺達の行く先を遮るように立つと足を止めた。

「報告を、巡査」とメレディスが言った。
「残りのクナリ達はどこにいる、そしてアリショクは?」

市警察は騎士団長からの命令を受ける立場には無かったが、メレディスはそんなことは気にも留めないようだった。アヴェリンはむっとした顔で固く口を引き結び、メレディスの後ろの連中に視線をやった。

「機嫌良く寝ているよ」と俺はしわがれた声で言った。

オシノがメレディスを後ろから押しのけるように進み出ると、彼の指が頬に当てられ、俺は治療魔法の涼しい感触が通り抜けるのを感じた。

「この男を知っているのか?」とメレディスが非難めいた目つきで彼を見ながら尋ねた。

オシノは顔をしかめ、一瞬手を止めて肩越しに彼女を振り返った。
「知っていようと知るまいと、団長、私は目の前で血を流している重症患者をあなたの許可が出るまで黙って見つめているつもりはありませんよ。私の知る範囲では、治療魔法には如何なる制限も掛けられていないはず。まだ、今のところはね」

メレディスは眼を細めて俺を見た。
「お前はどこかで見た事がある」

「一回近所の店ですれ違ったよ」と俺は言って、口を動かしても痛みが無いことに喜んだ。オシノの魔法が肋骨をくすぐり、俺は笑い出さないよう頑張った。彼の魔法はまるで元の状態よりも良くしようとしてくれているかのようで、呼吸をするときの痛みも急激に引いていった。

「何がそうおかしいのか、聞かせてくれても良いだろうな?」とメレディスが言った。
「個人的には、今日失われた数多くの人命を考えれば笑うことなど何一つ無いように思えるが」

「クナリと、アリショクも、この街から出てくとさ」と俺は言った。
「アリショクとボクシングの試合をしてね。それで俺が勝った」

彼女は俺の説明に気分を害したように見えた。
「それで、お前は誰か?」と彼女は尋ねた。

「トリップ・ホーク、私立探偵だ」と俺は言った。

「ああ、最初に市長の息子がクナリと逃げだそうとした時に、彼を連れ戻した者だったな」

「あいにく、今回はそう上手くは行かなかった」

メレディスは大きく手を振って配下のテンプラー達に指図し、彼らは俺達が今出てきたばかりの倉庫へ入っていった。連中が床にこぼれた血の跡以外何か見つけるとは思えなかった。冬の短い日が暮れる中でエルフ達は既に脇道や地下道へと姿を消し、そしてクナリにもそこらに残っている理由は無かった。

オシノが一通り俺の治療を終えてまっすぐ立たせてくれ、メレディスが一つ頷くと言った。
「良かろう。全て話すように、ミスター・ホーク」

それで俺は何もかも話した。少なくとも、大部分は。

彼女は俺の話すのを聞く間、顔をしかめながら目の前を歩き回っていた。
「するとお前は、シェイマス・デュマーを殺したのはクナリではないと言うのか?」

「あんたはまだ、連中が殺したと思ってるのか?」と俺は切り返した。オシノは大きな怪我はほとんど治してくれたが、決闘と魔法を使った後で俺は疲れ果てていた。

メレディスが俺の不躾な態度に相応しい返答を寄越す前に、アヴェリンが割って入った。
「ミスター・ホークの言葉が真実だと信じるに足りる、充分な証拠があると私は考えます。クナリが大聖堂に容易に近づけるとは、考えられません。しかしながらその件は、」と彼女は付け加えた。
「市警察が捜査します」

二人の女性はしばらくの間、互いににらみ合った。

「当然ながら」とメレディスが言った。
「市当局は、クナリが暴動を起こした後で騎士団に援助を求めてきた」

「上町では何があったんだ?」と俺は聞いた。

「十数名のクナリが大使館に火を付けると騒動を起こした。しかし、それは陽動であった。彼らの大部分はここに居たようだな」
彼女の冷たい青色の眼が俺を間近から見つめた。
「そしていまや、彼らは去ったという」

「去ったと思いたいがね」と俺は言った。
「俺が連中の後を付けていって、ハンカチを振りながら出発を見送った訳じゃないからな、厳密には」

「もしそうで無ければ、我々が彼らを見つけ出す。お前に関しては、」
彼女は俺の顔を睨め付けるように言った。
「お前のような人物がアリショクを、一対一の試合で倒すことが出来たというのは非常に驚くべきことだ、ミスター・ホーク。探偵になる前は、随分と試合経験を積んだのであろうな?」

彼女が疑いの目で俺を見ていることが俺にはよく判った。だが考えれば、彼女は全ての者を疑いの目で見ているのだった。俺は片手を振った。
「そこら中に目撃者が居るぜ」

「ああ、無論お前の友人達はその話を裏付けようとするであろう。それ以外に前に進み出て証言を申し出る者が居れば、また別の話だ」

「それは俺の知ったことじゃあないな」と俺は言った。

「ここの騒動が集結した後でまだ残る疑問があれば、お前に話を聞くことになろう」

「なるほどね。俺としても、感謝の言葉を期待してやったのでなくて何よりだ。俺はもうくたくただ。騒ぎも終わったし、家に帰らせて貰うぜ。俺を逮捕かなにか、テンプラーがやりそうなことをやるんだったら、さっさとやってくれ」

メレディスは肩を竦め、俺は血に染まったシャツの上から背広を着直した。フェンリスが俺の外套を持っていてくれた。

「ミスター・ホーク、テンプラーが行うのは」とメレディスが、俺に声が届くか届かないかの距離になったときに言った。
「普通では不可能な事柄が出来る人々を見つけることだ。そして我々は彼らの安全を護る。そして普通の人々を、彼らから護る」

俺は振り向き、彼女の顔をまっすぐに見つめると肩を竦めた。

歩き去りながら、俺は胃の中に重く、冷たい石の塊を感じた。


もしメレディスが俺を訪問しようと思いついたときに、そこから飛び出して逃げる必要があったときに備えて、それから数日の間俺は寝るときにも窓を開けっ放しにしておいた。だが何もかも静かなものだった、少なくとも、俺の周りでは。
新聞社は何について一番騒ぎ立てれば良いのか判らないと言った様子でありとあらゆることを大文字で書き立てていた。シェイマス・デュマーの殺人――彼がカーヴァーと同い年だったと俺は初めて知った――に関する調査、チャントリー内部における聖職者の腐敗と狂信、クナリの撤退の最終情報、あるいはほとんど起こりかけたエルフ達の反乱、等々。

俺としては、とにかく終わって何よりだった。残った打ち身もアンダースが綺麗に治してくれた。
彼は俺に、訓練を受けたメイジを外見から見破るのは難しいと説明してくれた。メイジの子供達は魔法の使い方を知らず、何やかや不注意な失敗をしでかすから発見も容易い。それにほとんどの成人したアポステイトは、一度はサークルに入ったことがあって、もし何かの理由で彼らのフラクタリーが無かったとしても、記録は普通残っていた。俺の場合は、ちょっとばかり事情が違っていた。

「それでもし、誰かが俺を見とがめて通報したら?連中は俺を連れて行ける、だろう?」

「それでも確たる証拠が必要だ。まあ、法律上は証拠が必要だと言うことになってる。だけどこの街でメレディスが欲しいものは、何でも手に入るのは間違いないね。一旦連中が君を連れて行けば、拷問に掛けて魔法を使わせようとするか、リリウムに晒すかして証拠を得ようとするだろう。要するに、トリップ、通報されないことだ」

アンダースは言いながら更に不安が増した様子で、神経質そうに眼鏡をシャツの裾で拭いた。
シャツは黒色で、以前に比べて彼はなんだか、暗い色の服を好んで着ているように思えた。うん、確かにそうだ。

「君があんなことをしなかったら良かったのにな、トリップ」とアンダースが小さな声で言った。

「俺はそうは思わないぜ。市長と握手して俺の面を新聞に載せて欲しいからじゃない。俺は正しいことをしたんだ。市民の虐殺を止めたんだからな。それにな、アンダース、俺は判ってた。まあ本当は判っちゃ居なかったかも知れないが、これで俺が死ぬかも知れないってことは。それでも構わなかった。俺はあのクナリ野郎共に心底うんざりしてたから、連中の規則を逆手にとってやったというだけさ」

「それなら判るな」とアンダースが言った。彼は頭を上げると、俺の眼を見つめた。
「君のような人々が世界を変えていく、トリップ。よりよい方向に」

「おいおい、俺は怪我を治し病を癒やす聖人じゃあ無いぜ。君は俺なんかよりずっと大勢の命を救ってるだろう」

アンダースは首を振った。
「僕は本当の所、何も変えてはいない。確かに個人の運命を少しばかり変えたかも知れないが、この世界はいつものようにねじ曲がったままだ」

俺は声を出して笑った。
「そいつは誰か一人がどうにか出来る話じゃ無いだろうな、アンダース」

「うーん」彼は納得したようには見えなかった。


事件から数週間の間、あちこちでエルフ達が騒ぎを起こそうとしたが、いつものように市警察が迅速かつ厳格に対処した。アンダースは彼らの言い分を、弱者の立場からとして新しいパンフレットで弁護して、こっちもいつものようにそれなりの効果を上げた。

クナリの撤退に関しては、誰もがみな自らの手柄を認めさせようと躍起になっていた。デュマー市長は喪明けに短い声明文を発表して市の速やかな正常化を誓い、メレディスは上町での短い戦闘の間、法と秩序を護るため勇敢に戦ったと配下のテンプラー達を公に賞賛し、そしてオシノは、火を消し怪我人を治療しようとするメイジの行動をいちいち妨げたテンプラーの勇敢さについて、皮肉たっぷりの長文をカークウォール・ポスト紙に投稿した。

こっちの方の喧嘩は、すぐには収まりそうも無かった。

全部が全部、悪い話ばかりでもなかった。アヴェリンの調査はようやく実を結び、とうとう大司教がチャントリーは市警察の捜査に全面的に協力すると公表する声明文を発表した。
下町の教会を調査していた例のブラザーや、最初に俺達に依頼してきたシスターのような人々の声が表に現れ、そしてクナリを除けば驚くほど短い容疑者リストのお陰で、僅か二週間後に容疑者は逮捕された。

教母ペトリースはマイクやメモ帳を持ったあらゆる人々の前で、尽きることなく異教徒への憎悪に満ちた演説を語り、彼女に関する記事が載らない新聞は無いほどだった。自らの行いは世俗の法を超越すると主張する彼女が陪審員に好かれるとは思えなかったが、しかし新聞屋は大いに書き立てた。最後の、そして本当の問題点は、果たして彼女が裁判を受けるに値するだけ正気だと判断されるかどうかか、という所だった。

ともかく、アヴェリンの業績記録はついにガラスの天井 1をぶち破り、俺に言わせれば充分過ぎるほどの業績と共に、彼女はカークウォール市警最初の女性巡査部長となる栄誉を得た。警察署長が彼女に昇進を伝えおめでとうと言い、彼女は厳格かつ思慮深い表情でそれをうけ、カメラのフラッシュが至る所で光った。俺はカークウォール・ポスト一面に載ったその写真を切り抜き、額に入れて彼女に贈った。

それから俺達は、アヴェリンとイザベラのためにハングドマンに集まった。あんまりイザベラが唐突に戻ってきたものだから、彼女が居なくなって俺達がどれだけ失望したか、もうすっかり忘れちまったようだった。俺はイザベラを肘で突っついて部屋の隅に呼ぶと、一体何があったのか聞き出そうとした。

「本当にそれだけのために帰ってきたのか?」と俺は彼女に聞いた。
「カスティロンに、君の友人達との仲を裂かれたくないから?」

「なあに、不滅の愛を貫くため、あらゆる常識を打ち破ってあなたの元に帰ってきたのよ、って言って欲しいの?おあいにく様、そっちの目はもう無いわよ」とイザベラは、ちらりとフェンリスの方に目をやると、どことなく不機嫌な様子で言った。

「違う!いや、そんなことじゃなくて。カスティロンに、リヴァイアン・マフィアに逆らうのは危険すぎるって言ってただろう。あれはどうなった?」

イザベラはため息を付いた。
「あーあ、本当に聞きたい?」

「さて、どうだろうね」

「どうでもいいわ、そうでしょう」と彼女はグラスを見おろすと、中身を飲み干した。
「トリップ、あなたはこの街の英雄になろうとしてる、あたしはただの嘘吐きで、盗っ人の蛇よ」

俺はどう答えて良いか判らなかったが、卑下するような彼女の言い草は、実にらしくなかった。
「それでも俺の大事な友達だ」と俺はようやく言った。

彼女は頭を振った。
「昔の男に会ったの」と彼女は言った。「エルフよ」

「こいつは予想外の方向に話が進んだな」と俺は言った。

「そう言う訳じゃ無いわ、ま、ちょっとはそうかも知れないけど」と言うと、彼女は小さく笑った。
「彼はクロウなの。観光客向けに博物館で飾ってある蝋人形じゃないわ、本物よ。昔からの知り合いで、お互いにちょっとばかり恩の貸し借りがあるのよ。いちいち勘定したりはしない程度の」

「それで彼に、カスティロンを暗殺してくれと頼んだ」

「そうじゃないわ、もしカスティロンがあたしの借用書を無かったことにしなかったら、クロウを送って暗殺すると言ってくれるように彼に頼んだの。そのクロウが、ただのあたしの個人的な友人だって事はカスティロンは知らないから」と言って、彼女は肩を竦めた。
「ただの脅し。上手く行くかどうかさえ判らないけどね」

俺は彼女に微笑みかけた。
「彼も君が言うなら信じざるを得ないだろうな。イザベラ、俺にだって声を掛けてくれて良いんだぜ。もしそのカスティロンがやって来たら、俺が出てけって言ってやるさ」

イザベラはちらりと、ヴァリックとアンダース相手にカードゲームをやっているフェンリスの方に目をやった。
「あなたは、他の人のことで手一杯だと思ったけど?」

俺は頭を振った。
「他の人がどれだけ俺の手を借りたがらないか聞いたら、君はきっと驚くだろうな」

彼女は驚いた顔で俺を見直した。
マジで?ちょっと待ってよトリップ、もう、ええと、何週間になるのよ!彼とは話はしたの?」

「もちろん!とにかく、俺の出来る限りは。彼はただ後ろめたそうな顔をして、殻をぴったりと閉じちまう。他に俺に何が出来るっていうんだ?」

「どうにかして彼に世の中の道理を叩き込むの、あんたみたいな男を捨てるなんて常識外れも良いとこよって」とイザベラがささやいた。

「俺はまた台無しにはしたくないからな」と俺は言った。

「だけど、それを気にしなきゃならないのはあっちだってそうでしょ」

「多分気にしてるだろうさ」

「あーあ。もう、あんた達はホントにどうしようも無いわね」

「頼むから、何か手伝おうとかしないでおいてくれよ」と俺は嘆願した。

「判った、判ったわよ。手は出さないわ」と彼女は俺に微笑んだ。
「帰ってきて良かった。あんた達は、あたしが居なきゃあどうにもならないものね」

Notes:

  1. 見えないけどそこにある制限、という意味。特に女性に対する理不尽な昇進・昇格の制限を指す言葉。
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49.クナリ、カークウォールから逃亡か への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    >「あーあ。もう、あんた達はホントにどうしようも無いわね」

    仰るw通りでwございますwwww
    誰かこの二人、頭からバケツで水かけて
    タオル1枚与えて部屋に鍵かけて閉じ込めとけよとw

  2. Laffy のコメント:

    さあてあの男の登場ですよっと。
    これで話が進ま……え?無いの?ww
    イザベラちゃん何とかしてやってマジで。マジっていわゆる若者言葉かと思ってたら意外にも江戸時代から有るらしい。

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