51.クナリ暴動の犠牲者、今朝葬儀挙行

メリルの車に戻った時には皆腹ぺこだったが、かといってこの荒れ果てた村でピクニック弁当を開けようと言い出すものは居なかった。俺達は車に乗り込むと山道を下りながらサンドイッチの籠とソーダの瓶を回し、ホースもお裾分けを貰って涎をシートにたらした。
メリルはもし必要なら彼女の膝小僧で完璧に車を運転出来るようだったが、俺としてはあまりやって欲しくなかった。それで俺は彼女のためにオレンジの皮を剝いてやった。

山道の半分がた降りたところで、反対側から何台か車がやってくるのが見えた。うち2台はぴかぴかの装甲車で、テンプラーがぎっしり乗っていた。

「こいつはまずいぞ」と俺は、先頭の乗用車からメレディスの金髪が風になびいているのを見て呟いた。

彼女も俺達を見つけた。彼女は腕を振って止まるように指示し、俺達は従った。彼女は運転手に何か言うと、一人で車から出てきた。

「また、お前か」と彼女は俺を見て言った。彼女の不思議そうな、考え込むような視線は、怒って睨み付ける視線よりも更に俺の神経に障った。

「こんにちは、騎士団長」と俺は言って、礼儀正しく帽子の縁に手を当てて一礼した。ボローニャソーセージとチーズのサンドイッチにアップルサイダーの瓶、それに涎をたらしながら俺の肩に前肢を乗せるマバリ犬と一緒の車では、威厳も何も有ったものではなかった。一方、この状況下では、ここに居るのが血に飢えた不逞アポステイトだと見るのもちょっとばかり難しかっただろう。

「ここで何をしているのか聞かせて貰おうか?」と彼女が言った。

実にもっともな質問で、俺も自分にそう聞きたくて堪らなかったが、それを言うのは賢明でないくらいは判っていた。
「俺達はメリルの――デーリッシュの村を訪ねてピクニックをしようとしてたんだがね」と俺は言った。

「だけど、みんな死んでいたの!」とメリルが突然、高く震える声で口を挟んだ。メレディスは驚いたように眉を高く上げた。

「まあ、少なくともどっかに行っちまった」と俺は言った。
「みんな死んだかどうかは判らんがね。それでもうピクニックの気分じゃ無くなって、山を下りてきたところだ。カークウォールに戻って通報しようと思ってた」

「ああ」メレディスは俺を睨み付けて恐れ入らせようとする様子だった。俺には通用しないことくらい、そろそろ判っていても良い頃だ。
「ならば、我々が調査を引き受けよう。デーリッシュがどういう連中かはお前も知っている通りだ。彼らはメイジを、我々と同じ基準で相応しく扱おうとはしない」

俺はメリルが鋭く息を吸い込むのを聞き、彼女より先に口を開いた。
「まさか魔法が関係してると思ってるのか?」と俺は大きく眼を見開いて言った。

「予断は禁物。街に戻った後、馬鹿げたうわさ話を新聞社に持ち込むようなことの無いように、ミスター・ホーク。この件は騎士団が対処しよう」

「仰せの通りに、団長」

彼女は手を振って俺達を行かせた。

俺達は黙って、テンプラーの車が山陰に消えていくのを見つめていた。

「さあてね」とヴァリックが言った。
「これは随分妙な偶然だな?」

「ああ」と俺は答えた。
「メリル、その放射性リリウムは厳密にはどういう用途に使われるんだ?」

「ええと、普通のリリウムと同じよ、ただ飲んだり触れたりする必要がないだけ。それに、同じ効果を得るのにずっと少ない量で済むと書いてあったわ」

「山の充分奥深くに埋まってるのは確かなの、トリップ?」とイザベラが言った。

「もう充分じゃないだろうな」

ヴァリックが溜息を付いた。
「俺が最初にあのイエローケーキを売り捌こうとした時にな。メレディスも買おうとしていた。正直に言うと、俺はまず最初に騎士団に話を持って行ったのさ」

「だが連中は正規のルートでリリウムが手に入るだろう?」と俺は聞いた。

「ああ、だが何時だって余分の補給を欲しがってるのさ。もちろん市議会はメレディスのリリウム予算を削ろうなんざ思いもつかないだろうが、彼女だって良い機会を捕まえないと余裕はないだろうからな」

「すると放射性リリウムは、彼女にとって大いに役に立つ」

「もし彼女がつるっぱげの病人になったテンプラーを大勢抱えたきゃあ、そうするかも知れんが」とヴァリックが疑わしげに言った。

「無論非常用の備蓄だろうさ、それにしても。今から何か俺達に出来ることは無さそうだ」と俺は言った。
「洞窟を全部埋めきった訳じゃない。ダイナマイトを何本か使えば入口は開けられる」

「そして私の氏族は、無意味に死んだことになる」とメリルが呟いた。

誰も、彼女に答える言葉を持たなかった。


俺達がカークウォールに到着した時、俺は大人しくメレディスの指示に従った。何にせよ、新聞社にこの話を持ち込みたいとはこれっぽっちも思わなかった。メレディスが俺の顔を覚えていると言うだけで、嫌な気分になるには充分だった。俺はフェンリスに翌日この件を全部話したが、彼はただ一言「実に愚かだ」と言っただけだった。彼の言うとおりだが、あまり役には立たなかった。

少しばかり驚いたのは、メリルは重い荷物を肩から降ろしたように元気を取り戻した。彼女はハングド・マンでぐでんぐでんになるまで飲むのをきっぱりと止め、エイリアネージの子供達にデーリッシュ語を教え始めた。その内、大人達も何人か授業に参加するようになった。彼女は一度フェンリスも誘ったが、彼が断ったのは言うまでもなかった。
今や彼女がキーパーであり、なにがしかの風格も備わったように俺には思えた。彼女は確かに、大人になった。

フェンリスはといえば、オーレイの諜報部が彼に渡した金がようやく底をつき始め、そして俺が稼ぐ金は俺一人が食べていくのでやっとと言う有様だったから、彼はいつも俺が金を渡そうとすると即座に断った。だがそのお陰で、彼は他に金を稼ぐ手段をどこかで見つける必要があった。
およそこの街で、フェンリスに向いた仕事は見つかりそうになかった。最初彼はハングド・マンで用心棒をしたが、誰かの手首を軽々とへし折った後で、彼らは親切に他所を当たるようにと彼に告げた。ヴァリックが仕事を提案したが、フェンリスは彼の善意にすがるのはごめんだと言って、その内港での力仕事を始めた。俺はその話を、太陽の下でシャツ一枚で働く彼の姿を見に行かないかと、俺を訪ねてきたイザベラから聞いて初めて知った。

俺は断った。ただでさえ、人生はイライラすることで一杯なのに。

そしてそのエルフが仕事場に訪ねてきた時も、フェンリスは外で働いていた。彼女は羽根飾りの付いた上等な、しかし地味な服装をしていた。灰色のツイード・スーツに同じ色の帽子、首元には一重の真珠のネックレス。一流企業の秘書か、家庭教師か。しかし女のエルフがそんな職に着くことは、およそカークウォールでは有りそうになかった。

俺は彼女に椅子を勧め、彼女は静かに腰を下ろした。

「私の名前はヴァラニアと言います」と彼女は、どこかで聞いたことのある微かな訛りで言った。
「私の兄を、探しています」

「そして彼がカークウォールにいると思っていらっしゃる」と俺は言った。

「ええ。彼の名前はリトです」

「なるほど。どうして彼は、あなたに会いたくないんですか?」

「どういうことですか?」
彼女は驚いた様子で俺を見た。

「私は毎日何紙も新聞を見ていますが、そういった名前の探し人の広告を見た覚えがない。そして私立探偵に頼ろうとするなら、新聞広告が役に立たないと思う理由がおありのはずだ。どうして彼が、あなたに会いたくないかも知れないと思うんですか?」

「最後に兄と会ってから、もう随分になります。彼が私達の元を去った時――私だけじゃありません、全てのものを置き去りにして行きました。私達がもう彼を許していることは知らないはずです。もし、私がここに居ることを兄が知れば、また逃げだそうとするでしょう。もう私達は、彼が逃げ出した当時とは違っています。私達は幸運に恵まれ、充分なお金と、ある程度の地位も得ました。兄にも、そのお裾分けをしたいのです」

彼女は真実を語っては居なかった。あるいは、全てが真実ではないと俺には見て取れた。だがまあ、こういうご婦人方が全て正直に語るなんてことは滅多に無かった。

「よろしいでしょう、一日25シルバー、諸経費別です。それと、名前以外にも情報が必要ですな」

彼女は写真のようなものは持っていなかったが、出来る限り彼の家出した兄について話して聞かせた。彼女は、友人の一人がたまたまカークウォールを訪問した時に彼を見かけたと言った。随分と都合の良い幸運だと俺は思ったが、何も言わなかった。

「友達が言うには、彼はその……傷跡が有ったと」とヴァラニアが言った。
「身体中に。顔にも、腕にも」

「待った。何ですって?」

「彼に一体何が起きたのか、私には判りません。あるいは単に彼女が見間違えて、全部無駄骨になった方が良かったのかもと望んだほどです」

「どういう類の傷跡ですか?判る範囲で」と俺は聞いた。

「その、白く細い線だと。彼女はほんのちらりと見ただけなので」

「それで随分見つけやすくなるに違い有りません。何か分かり次第、すぐに連絡しましょう」

彼女は俺に滞在中のホテルの連絡先を手渡すと立ち去り、俺はその後しばらく天井を睨んで考え込んだ。

フェンリスに違いない。
この街で、身体中に白い傷跡を持つ逃亡中のエルフが二人もいるとは俺には信じられなかった。

問題は、それでこれからどうするかと言うことだった――フェンリスが、彼の妹だと主張する女性に会いたいと思うかどうか、俺には自信が無かった。それに、彼女の話を信じる理由も無かった。もしこれが、また彼を取り返そうというテヴィンター情報局の罠だったとしたら?

だがもし、彼女が本当に彼の妹だったとしたら、フェンリスには少なくとも会う権利はあるだろう。俺としては前もってフェンリスに話をしておきたかった、そうすれば彼に嘘を着く必要は無かったからな。だが彼の強情そうな不承知の表情がありありと眼に浮かんだ。もし彼が関わりたくないと思ったら、いつものように居なくなってしまうかも知れなかった。

結局の所、危険を承知の上で、面会の機会を作るだけの価値はあるだろうと俺は決心した。だが、充分用心する必要があった。多分、ハングド・マンで会わせるのが一番安全だ。ヴァラニアはおよそあそこの騒ぎを好むようなタイプには見えなかったが、それでも俺達はあの店のことは隅から隅まで知っていたし、人目が充分有り、そのうえもし何かの原因で喧嘩になったとしても、それもいつものことだった。

そうだ、それにヴァリックとイザベラに前もって話を通しておけば、何かまずいことになった時に手を貸して貰える。フェンリスも、仕事帰りに一杯飲もうと誘ったとして、ハングド・マンなら疑いを抱くようなことは無いだろう。

もし上手くいけば、フェンリスが仕事が終わった後でいつものように仕事場へ顔を見せる前に話が付くかも知れないな。俺は随分と良い気分で立ち上がり、ハングド・マンに行って手筈を整えようといそいそとアパートを出た。

あいにく俺の良い気分は、長続きはしなかった。急ぎ足で路地を通り抜けようとした俺の背後から、どこかの不作法な野郎が挨拶代わりに、後頭部を殴りつけた。きっと動物園から逃げ出したゴリラだったに違いない。


頭の中にキツツキが居た。ひどく働き者のキツツキで、おまけにひどく器用で、突っつくのに疲れた時には代わりにサンドペーパーをざりざりと掛けていた。ツコココココ、ツコココココ、ザーリザーリ。

俺はすぐにそれを聞いているのが嫌になって、また眠りに落ちた。

俺は再び眼を覚ました時には、幸いにもキツツキはどこかに行っていた。やつはもう充分仕事をしたと思ったようで、俺の頭に開けた大穴に何ポンドものセメントをたっぷりと詰めていった。俺としてはそれをすぐにほじくり出すのは望み薄のようで、代わりに俺は眼を開ける方に集中した。

埃。床の上をちらちらと踊っていた。それと水が滴る音。俺は嫌な気分になった。

俺は頭に詰まった重いものを吐き出した。あるいは、そうしようとした。

誰かが俺の嘔吐く音を聞きつけたに違いなかった。足音が俺の頭の中にまるでスネア・ドラムの連打のように響き渡った。彼が俺にとがった小石のような言葉を投げつけ、俺はキツツキはもう出てったよと言った。足音は再び遠ざかっていった。

潮風とゴミの臭いがした。埃が俺の唇に付いていて、舐めたせいで俺の口の中にも入った。それも塩辛かった。

俺は身動きしようとして、俺の両手が背中側で縛られ、足首もくくられていることに気が付いた。口枷は無かった。どうやら、好きなだけ大声で喚いても良いようだったが、俺のセメント詰めの頭を痛めるだけで何の役にも立たなそうだった。止めておこうか。

俺は木の床に寝かされていて、あたりはほとんど真っ暗だった。もう日の暮れた後なんだろう。俺は一体何時間気を失っていたのか見当も付かなかった。どこか近くにランタンがあった。その内、随分と向こうの壁にようやく目の焦点が合った。相当大きな部屋なんだろう。ここは、倉庫か何かそういう類の建物に違いなかった。

頭に詰まったセメントの重さにも関わらず、俺はどうにか少しばかり頭を持ち上げたが、床面を這う虫の気分になった以外何も見る物は無かった。部屋の中はほとんど真っ暗だった。

それから俺は縛られている強さを試してみたが、ロープか麻紐か、とにかく力任せに引きちぎるのは無理そうだった。そこに横たわったまま、息をするたびに舞い上がる埃を見つめながら、俺は一つずつ記憶を寄せ集めた。その内に頭の痛みは鈍い鈍痛に代わり、キツツキも完全に諦めたように見えた。

また足音が聞こえて、誰かがランタンを近づけるに連れて俺の正面に立った影が揺らめき、小さくなっていった。

「すると、これが彼か」
ほぼ完璧な標準語、しかし僅かに独特の訛りがあった。俺がよく知っているはずの訛り。誰かが背中をひどい臭いのするブーツの先で突き、俺は呻いた。ランタンの光が鋭く眼を突き刺し、涙の滲む中で俺はランタンの上の顔を見定めようとした。

「本当に私には理解出来ん」と、さっきの声がまた言った。
「人もあろうに、このような男を何故選んだのか?まあ良い、すぐに判ることだろうな」
そうだ。彼にはフェンリスと同じ訛りがあった。

俺は埃を口から吐き出そうと咳をしてつばを吐いた。
「俺は鋭い洞察力があってね」と俺はゼイゼイ声で言った。

「ほう、そうなのか?」

「ダナリアス先生でいらっしゃいますかな?」 1

「ああ、確かに良い洞察力だ。さて、これで我々は共にお互いが誰かを知ったことになる。あるいは我ら共通の友人が到着するまで話が出来るかも知れぬな」

「彼がもっと大勢共通の友人を連れてくるだろうというのは、判ってるんだろうな」

「それは見てみなくてはならん、だが私は彼がそうするとは考えたくはないな。もしそうするなら、君はそれを見るまで生きては居ないことになる」

もちろんフェンリスは一人で来るような馬鹿じゃないはずだ。もちろん。

「本当にヴァラニアは彼の妹なのか?」と俺は聞いた。

「おお、その通り。当初は彼女を使って彼をおびき出そうとしたが、顔も覚えておらぬ妹より、お前の方が遙かに上等の餌であろうからな」

それには反論は出来なかった。

「マジスター」と誰かが言うのが聞こえた。
「やつが来ました」

「一人か?」

「はい」

「探偵を立たせろ」

誰かが俺の腕を掴むと軽々と持ち上げた。多分、最初に俺を殴り倒したゴリラ野郎だろう。俺はよろめき、またやつが俺を引きずって、俺はどうにか足で体重を支えようとした。

「少なくとも足をほどいても良いんじゃないかね」と俺は言った。

「かも知れぬ」とダナリアスは落ち着いた声で言ったが、しかしほどかせようとはしなかった。

ようやく俺はまっすぐに立つことが出来て、あたりを見渡しすぐにどこか判った。テヴィンターの連中は本当にこの倉庫がお気に入りのようだ。ダナリアスも俺の表情に気付いたに違いなかった。

「ヘイドリアナに起きたことは誠に残念であった。私はいつも彼女に、彼を見くびるなと言っていたが、彼女はそうする癖があった」

「お前もな」と俺は指摘した。

ダナリアスは何気なく片手を振り上げると、俺の耳を逆手で張り飛ばした。虐待された俺の頭に轟音が走り、視界がぐらりと揺れた。

「せめて表に出てやろうじゃないか?」と俺は提案した。

彼が俺の方に向き直り、ようやく俺はダナリアスの顔をしげしげと見つめた。驚いたことに、彼にはエルフの血が混じっているようだった。少なくとも彼の耳にはなにがしかの尖った耳の名残があった。彼はまるで黒曜石の欠片のような眼で俺を見つめていた。

「お前のような男を何故選んだのか、誠に理解に苦しむ」

Notes:

  1. “Magister Danarius, I presume?” この時代から半世紀ほど前、スタンレーが探検家のリビングストン博士を発見したときの言葉から来ている。思いがけない場所で思いがけない人に出会った時の慣用句。
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51.クナリ暴動の犠牲者、今朝葬儀挙行 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    いやあ、ホークさんには申し訳ないけど、場面変わっての
    キツツキのくだりの表現がすばらしいなあとw
    キツツキが開けた穴にコンクリ詰めたような気分って、いやあ
    なんかなるほどと感心しますわw

    あ、フェンリスさん、そこにホークさん転がってますんで
    どうでもいいけどあとよろしくw

  2. Laffy のコメント:

    うひょひょひょ。コメントありがとうございます(^.^)
    なんかどんどん可哀想な方向へ向かうホークさん。蹴られるわ殴られるわ、おまけに金持ちにすらなれないとか(;_;)
    だからさー、ここは唯一の金持ちセバスチャンとっ(違

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