53.自家製カボチャ重量、新記録達成

「君がまた俺に会いたいと思うとは、考えてもいなかった」とフェンリスが玄関の扉を開けながら、拗ねたように言った。

「なあ、中で話せないか?」と俺は尋ねた。
「喧嘩をするにしても、上町の通りではごめんだ。家の中にしてくれ」

フェンリスは一歩下がって、俺の顔を見た。
「頭はもう良いのか?」

俺は家の中に身体を滑り込ませながら言った。
「アンダースが治してくれたさ」

俺は疲労困憊していたし、アンダースが治療しなかった打ち身が身体のあちこちで疼いた。だが家に戻った所で、どうせ眠れないのは判っていた。

喧嘩はしたくないが、一悶着沸き起こりそうなのは確かだ。

「ありがとう、フェンリス」と俺は先手を打った。
「君の妹を殺さないでくれて」

「俺の妹などではない!」とフェンリスが噛みつくように吐き捨てた。
「あの女の兄など、もはやこの世に存在しない。ダナリアスが実験台の上で殺した。あの女はヘイドリアナと同じ、ダナリアスの操り人形だ。彼女に生きる資格など無かった」

「有るさ。それを言うなら君だって似たような物だ」

「すると君は、俺とあの女が同類だと言うつもりか」

「いいやフェンリス、そういうつもりじゃあない」
俺は髪の毛を掻きむしった。俺の指の下で、乾いた血がぱりぱりと砕けた。

「ならどういう意味だ?」

「つまり、彼女もそうするしか無かったということだ、君がそうするしか無かったように」
俺は彼の肩を掴み、彼の眼を覗き込んだ。
「だが今では違う。君は変わった、もう昔の君ではない。もし彼女にも同じチャンスが与えられたなら、彼女だって変われるだろう?」

「俺達に最初からチャンスなど無かった」
彼は怒りと言うより、心底打ちのめされ混乱した表情をしていた。

「どういう事だ、フェンリス?」

フェンリスは彼の紋様が入った両手を顔の前に掲げ、暗い絶望の面持ちで手の甲を、それから掌を見つめながら言った。
「これを望んだのは俺だ、トリップ。俺はこれのために競争者と戦い、そして勝った。家族の自由を勝ち取るために。それが俺のやった事だ。彼女が俺にそう告げた」
彼は手を下ろした。
「もし彼女を殺していたら、聞く必要も無かったことだ」

「俺のせいだって言うのか?」

「いや。君を責めることなど出来るはずもない。ただそうだというだけだ。全て、俺のせいだった」

「君のせいなんかであるもんか、フェンリス!」

「いいや、俺のせいだ!」

「君は家族を自由にしたじゃないか」

「そして彼らはそのことで俺を憎んだ。彼女は俺だけが得をして、他の家族を何も無しに捨て去ったと思っていた。俺は、それすら上手く出来なかったと言うわけだ」

「まだ子供だった君に判るわけがないだろう。フェンリス、それで自分を責めるなんて、どうかしてるぞ。いいや、もちろん君はそうするさ、そして何もしない。君はただ逃げるだけだ、俺から逃げるように。もう何週間にもなるが、まだ君はどうしてか説明しようともしない。俺はただ果てしなく待っているだけだ」
俺は頭を振った。
「俺にはどうすれば良いのか判らなくなった、フェンリス。君が、一体俺に何をして欲しいのか」

「何も無い!」
彼はイライラと、薙ぎ払うように手を振った。

「本当か?」

彼はぴたりと動きを止めた。まるで自分がたった今言ったことが判っていないように。

「本当に、俺からは何も望んでいないのか?」と俺は聞いた。
「それならもっと早くそう言ってくれても良かったはずだ」

「いや、待ってくれ。その言い方はフェアじゃない、トリップ。俺の過去が俺の足をすくった時に、君が俺から手を離そうとしたんだ」

「いいや、そいつはフェアじゃない。思うに、俺達は二人ともお互いにフェアじゃなかったんだろう。だが少なくとも、俺を怒鳴りつけるなり、殴りかかるなりしてくれれば。君はいつも逃げている。何時だって、背中を向けて行ってしまう、フェンリス。それでもし、俺が君を追いかけたら、俺とダナリアスは一体何が違う?」

俺達は黙りこくったまま、ただお互いの顔を見つめていた。やがてフェンリスが大きく息を吐くと額を撫でた。

「君はまるきりダナリアスとは似ていない」とフェンリスが呟くように言った。
「馬鹿なことを言うな」

「なら俺が二人のことを話そうとするたびに、まるでナイフを君の胸に突き立てようとするみたいに俺を見るのは止めてくれ。君を傷つけたくは無いんだ」

「俺も、君を傷つけたくはない」とフェンリスが小さな声で言った。

「俺達は二人とも、上手くやれて無いのは確かだな」と俺は言った。
「俺は残りの人生を君の周りでぐるぐる回って待つのは嫌だ、フェンリス」

「ならば待つな。何時俺が君を止めようとした?」

「無いな」と俺は言った。
「いや、一度も君は止めなかった。最初から、君の言うとおりにするべきだったんだろうな」
俺はただそのことを考えたく無かっただけなんだろう。俺に、フェンリスの行動にいちいち口出しする資格など無かった。始めから俺にはどうしたら良いのか判らなかったし、今からどうすれば良いのかも、判らなかった。

「その方が良い」とフェンリスが俯いて言った。
「君のために。俺は……俺には出来ない。すまない」

「じゃあこれで終わりだ」
俺にさえこれが現実の話とは思えなかった。最初から。
「判ったよ」
俺はそう言うと、下唇を噛んだ。最初っから、こうなることは判ってた、そうだな。

フェンリスは俯いたまま頭を振ったが、何も言おうとはしなかった。俺は溜息を付いて玄関の方に向かった。

「その内、元気になるさ」と俺は彼に言った。
「アンダースだって諦められたんだ、俺に出来ないってことはない」
少なくとも、俺はそう自分に言い聞かせた。
「また下町に来てくれ、君の良い時に。上手く行かなくて、残念だった」

言葉では表せないくらい、残念で仕方なかった。

俺は頭を低く下げ、まるであのときのフェンリスのように玄関から逃げ出した。街路を歩きながら俺は肩越しに幾度か振り返ったが、玄関のドアは閉じられたままで、彼が呼びかけるようなことは無かった。当然だろうな。

フェンリスに必要なのは、彼自身の空間を与えてくれる誰かだった。俺が欲しいものを、俺のように要求しない誰か。俺は精神科の医者じゃあ無い。俺に出来ることと言ったら彼を棒の先で突っつくだけで、むしろ俺は彼がこんなに長い間我慢してくれて幸運だったと思うべきなんだろう。

今晩の夕食はギャムレンの番で、俺達は黙りこくったままそれを片付けた。


翌日はフェンリスが俺の仕事を手伝う日で、彼はいつもの通り9時きっかりに現れると、堅苦しい調子で声を荒げたことを謝罪した。俺も全く同じ事をした。彼は隠そうとしたが、一睡も出来なかったようなひどい顔をしていた。

俺は彼に、何も気にするな、いつでも戻ってきてくれと言いたくて仕方なかったが、それが俺の勝手な言いぐさだと言うくらいは俺にも判った。彼は自由に行く道を選ぶ事を望んでいた、それを妨げるのは俺が絶対やってはいけない事だった。

エメリックが制服に身をつつみ山高帽を被ったまま仕事場に現れたのは、それからまもなくの事だった。彼はうつむきがちで、帽子のつばを眼の前に低く下げていた。

「仕事の調子はどうだ?」と彼は珍しく張り詰めた声で言った。彼も、最近ほとんど寝ていないような顔に見えた。

「最悪だね」と俺は言った。
「何か用があったのか?」

「これだ」と彼は一通の封筒を俺に手渡した。表には何も書かれていなかった。

「何だ、これは?」

「君に渡して、返事を聞いてくるように言われただけだ。私は、中身を知らない方が良い。君はその仕事を受けるか、、受けないかだけ答えてくれ」

その言葉はフェンリスの興味を引くには充分だった。彼は俺の背後に立つと肩越しに封筒を開く俺の手元を見つめ、彼の煙草の臭いが漂ってきた。

『探偵殿、

噂によれば、近頃サークル・メイジで有りながらギャロウズの外に居を構える者がいるという。彼らの所在を確認し、安全を確保することは万人の助けとなろう。ただし、極秘裏に。報酬は保証する。』

署名は無かったが、俺はこの筆跡に見覚えがあった。オシノは、母の葬式に自筆のお悔やみを送ってくれていた。彼もあるいは俺が気付くことを予想していたかも知れない。

「冗談ではない」とフェンリスが言った。
「これは君をおびき出そうという罠だ、トリップ」

俺達は共にエメリックの顔を見つめた。彼は僅かに顔をしかめ、居心地の悪そうな表情をした。やがて彼は溜息を付いた。

「そう思って当然だろうな。これは罠ではない。サークルから逃亡するメイジは常にいる。全てのサークルに。そしてその中には、その後も長くサークルの外で暮らしていく者がいる。無論、極秘裏に。彼らは我々に協力し、新たなメイジを発見した場合は――ほとんどがまだ子供だ――怯える彼らを安心させ、安全に保護出来るよう我々に手を貸す。それにメイジに好ましくないと考えられがちな品物や、ちょっとした贅沢品をサークルの内外でやりとりし、その壁が内側で暮らす者達にとって耐えられない程、高く厚くならないようにしている。何もかも普通のことだ!全てのサークルに同じような仕組みがあって、一種の安全弁として働いている」

「じゃあ、何が問題なんだ?」

「彼らの存在が表立ったものとなることは、非常に好ましくない。とりわけ、メレディスは彼らを見つけ次第サークルに連れ戻そうとするだろう。それに、」と言うと彼は首を振った。
「何かよからぬことが起きているに違いない。だが我々は、まだそれが何か掴めていない」

「我々とは誰のことだ?」とフェンリスが聞いた。

「みんなだ!まあ、正確にはメレディス騎士団長と、彼女の腰巾着を除いてだな。我々の方法はこれまでは上手く行っていた。メイジ全てを厳しく管理する方法より効率が良く、より親切でもあるのだ。一時の気の迷いで逃げだしたメイジが、彼らの元へ駆け込むことがある。逃亡は重罪だが、彼らは逃亡メイジを説得し、我々に密かに連絡を取る。そして我々は、形式を整え口実を付けて、穏やかに連れ戻してきた。独房も、鞭打ちも、平穏化も無しだ。だが、何かよからぬことが起きている」と彼は繰り返すと、大きく溜息を付いた。

「オシノはひどく心配している。我々もそうだ。報酬は保証する。もし必要と有れば、いくらでも」

俺は片手を挙げた。
「調べて見よう。正規料金を払って貰えば、それ以上は要らない」

「ありがとう」とエメリックが安堵したように言った。
「正直なところ、一体誰に持ち込めばいいものか、皆頭を抱えていた」

俺にも彼の気持ちは分かったが、出来れば他の手を考えついて欲しかったものだ。ともかく彼はもう一つの封筒を俺に手渡すと、そそくさと帰って行った。封筒にはやはり手書きの――オシノの秘書はトランクィルで、彼女にタイプを頼む事は出来なかったのだろう――より詳細な記録と、数枚の金貨が先払い金として入っていた。

「何故引き受けた、トリップ?」とフェンリスが顔をしかめて噛みつくように言った。
「何故これに関わろうとする?これは、」と彼は両手を広げた。
「実に嫌な感じだ。俺の本能全てが、関わるなと言っている」

「判ってるさ、俺にも。だがもし俺が何もしなかったせいで、ひどいことが起きたら、俺は自分を許せないだろう」

「そうだろうな」とフェンリスは実に渋い顔をして言った。
「いずれにせよ、君は何か悪いことが起きると思っている、そうだな?」

「まあな。フェンリス、俺はクナリを追っ払った男だぞ?ひょっとすると俺は無敵かも知れないぜ」

「その仮説を確かめる必要が無いことを祈ろうではないか」

まだ彼が俺を気遣ってくれるのは、正直嬉しかった。

最初の目標はエイリアネージだった。オシノはそのメイジの妻に会うことを提案していて、妻の名前は書いていたが、それ以外は何も判らなかった。

エイリアネージの人々は俺の顔を覚えていた。エルフはとりわけ、化け物でも見るような顔つきで俺を見た。俺はアリショクを一対一で叩きのめした男だった。
子供達は通り過ぎる俺達を――今回に限っては同じエルフのフェンリスよりも俺の方を――じっと見つめていた。大人達の顔に浮かぶ表情は、忌々しいという顔と感謝する表情が半々と言うところだったが、それより恐怖の表情が目だった。エルフはヒューマンが彼らの領域に踏み込む事は歓迎しない、ましてや、俺のような人物は。

「くそったれ、フェンリス」と俺は呟いた。
「これだから俺は有名になぞなりたく無かったんだ」

「その内に収まるだろう」と彼は言ったが、彼自身信じている様子ではなかった。俺達の知る限り、エルフの母親は子供達にその物語を何世代にもわたって語り継ぐのだから。

メイジの妻、ニサは疲れた様子をした、怯えた表情の女性で、誰とも話をしたくないようだった。彼女は玄関を閉めようとしたが、俺は爪先をドアの隙間に差し込んで言った。

「俺はメレディスの手先じゃあない」
俺の言葉が真実であることを、俺は祈った。
「中に入れてくれませんか?道端で出来る話じゃないんですよ」

「みんな知っていますわ」と彼女は言ったが、僅かに扉を開けてくれた。彼女の部屋は俺を、まるで雲を突く巨人のような気分にさせた。

「彼は取引をしたんです」と彼女が説明した。
「その、テンプラーと。彼がきちんと戻る限り、月に一度か二度は外に出ても良いということでした。私に会いに来るために、他には何もありません。だけど止まってしまいました。彼が送った手紙には、もう危険だと書かれていて」

「まだ手紙は持ってますか?」と俺は聞いた。彼女は机の引き出しから丁寧に折りたたまれた手紙を取り出すと、俺に手渡し、そこには彼女が言ったこと以外はほとんど何も書かれていなかった。テンプラーの締め付けが厳しくなり、もう外出できなくなったと。驚くような話では無かった。

「それから、二日前です」と彼女が続けた。
「彼が酷く怒って、興奮した様子で来ました。騙された、もうやつらの支配にはうんざりだと。私は、今までとても親切にしてくれた人達を思い出させようとしました、だけど彼は突然大声で笑い出して」

彼女は目から数粒の涙をこぼした。
「それから彼と喧嘩したんです。今まで一度だって喧嘩なんか、したことがなかったのに。いつも我慢してきました、口さがない噂話やひそひそ声、彼が連れて行かれた後で本当に寂しかった事も。だけど彼は私を怒鳴りつけました、うるさい、余計なお世話だって」

「それで、今彼はどこに?」と俺は聞いた。

「判りません。今朝早く、何人かテンプラーが来て同じ事を聞きに来ました。その人達は、あなたほど、丁寧では有りませんでした」と彼女は静かに付け加えた。彼女は顔を上げると、突然決心したように俺を見た。
「だからあなたにはお話しします。ヒュオンはまた戻ってくると言っていました、今夜に。それで私達はこの街から出て行くのだと。私は突然すぎるし、急すぎると言ったのですけど、聞いてくれませんでした」

「彼がここに来るんですね」

「ええ。何だか、何かひどいことが起きようとしている気がしてならないんです。あんな様子の彼を見た事が有りません。本当に穏やかな人で、優しくて――」
彼女はとうとうすすり泣きを始めた。

彼女の家を出た後でフェンリスが俺を見た。
「他にも応援を頼むべきだな。誰にする?」と彼は言った。

「メリルだな」と俺は答えた。
「暗くなるまで彼女の家で待たせて貰おう。アンダースには美容のために充分休んで貰うさ」

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53.自家製カボチャ重量、新記録達成 への3件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    いやあ、章タイトルが内容とつながってないとはいえ
    このシーンにカボチャ。もしかしてフェンリスのことか
    融通の利かないドテカボチャw

    そしてアンダースの美肌に気を使うホークさんwさすがw
    気の使い方が細かすぎw

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、コメントありがとうございます(^^
    つんぶらーじゃなくてアートにお引っ越しなのですね。
    あっちはアカウントがないと米一つ出来ない模様。むー。

    さーそろそろ終盤ですよっと。
    次は何しようかなーと言いつつ既に翻訳は始めてたりしますけど。
    こうやってずっと書いていけばDA3のプレイスルーも楽になるだろうw

    • EMANON のコメント:

      お引越しというか、アートが保管庫のような。
      つんぶらーvって昔の投稿が果てしなく流れて
      しまうもんで。アーカイブで見ようとするとこれまた
      アホみたいに重いし。

      >次は何しようかなーと言いつつ既に翻訳は始めてたりしますけど。

      おおおおお気になるうううう←
      いやJazzageの終盤も果てしなくに気なるううう

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