58.脱獄事件発生!地下組織関与か

俺はアンダースを瞑想するに任せて、台所の皆の所へ戻った。フェンリスの台所と言えば彼自身の腹を満たすのが精一杯だったから、すぐにでも余分の食料を買って来る必要が有った。俺達がまるで普通の友人の集まりのように、どこに昼飯を食いに行くか話し出した時、玄関の扉が開く音がした。

ヴァリックはビアンカを構え、メリルはパラソル剣を手に持ち、俺とフェンリスは開きっぱなしの台所の、扉の両側に貼り付いた。

やがて床板を軋ませる足音の持ち主が誰かが眼に入って、ヴァリックはビアンカを降ろした。

「アヴェリン」と彼は言った。
「やれやれ、何か秘密のノックでも決めといた方が良さそうだぜ」

「一体何だって、あんたがここにいるのよ?」とイザベラがリンゴの最後の欠片を口に入れながら聞いた。
「今頃あんた達は、街中を引き裂いてアンダースを捜し回ってると思ってたけど」

アヴェリンは口を開けたが、何も言わず閉じると壁にもたれ掛かった。彼女の顔は、夫の遺体を後にフェラルデンを逃げ出した時と同じくらい疲れ果て、悲しげな表情だった。

「連中は私からバッジを取り上げたわ」と彼女は静かに言った。
「メレディスが命じたの。皆反対してくれた。それだけで充分よ。彼女は自ら捜索を指揮すると言って署長室に入った。だけど公式には、まだアンダースがメイジであることは知られていない」

「本当に済まなかった、アヴェリン」

「助けようとしたのは私が決めたことよ」と彼女は言った。
「私もメレディスがアンダースを確保したら何をしようとするか、知りたくは無かった。そういうこと」

「それで、我々はどうする?」とフェンリスが尋ねた。

俺は幾人かの眼が俺を凝視するのを感じた。ただヴァリックだけは、注意深く眼を逸らし、ビアンカの銃身についた微かなシミを袖口で拭き取っていた。

「まだ昼食のメニューが決まってないぜ」と俺は雰囲気を明るくしようと言った。
「まず飯にして、それから俺はオシノに会いに行く。メレディスが上町に居るってのは良い知らせだ、つまりギャロウズに彼女は居ないってことだからな」

俺にはもう一つあそこに行く理由があった。もし出来たら、カーヴァーに会いたかった。俺はますますカークウォールに留まって良いか、自信が持てなくなって来ていたし、俺がこの先死ぬか、あるいはもっと酷い結果に終わるとしても、その前に俺の弟にさよならは言っておきたかった。

「どうして何か拙いことが起きるたびに、あたし達ギャロウズに行かなきゃ行けないのかしらね?」とメリルが言った。

「本当に用心してね。無茶は駄目」とアヴェリンが言った。
「あなたとフェンリスは重要参考人リストに名前が挙がっているし、イザベラは、カークウォールの波止場に足を置いた瞬間からそうよ。残りのあなた達も、今頃はそうなっていてもおかしくない。どんな注目も引きたくはないわ」

「つまり、変身する時が来たってことね」とイザベラが嬉しそうに言った。
「あんた達は昼食を用意してれば良いわ、後はあたしに任せておいて。ああ、あたしにも何か買ってきてね、何でも食べるから」

アヴェリンが鼻を鳴らした。
「嘘ばっかり」


今回は洒落たスーツも帽子も付けひげも無しだった。一体イザベラがフェンリスと俺のための服を、どこから掘り出してきたのか俺には判らなかったが、多分ゴミ拾いから買ったんだろう。少なくとも、そんな感じの臭いがした。

ギャロウズに到着した時、話す方はイザベラに任せた。俺達は二度ここで騒ぎを起こしていて、万が一でも見破られるのは拙かった。彼女が一体どういう話を作り上げたのかは判らないが、すぐエメリックが俺達を迎えに出てきた。

「一体ここに何しに来た?」とエメリックは低い声で尋ねた。

「俺達はオシノと話をしなきゃあならん」と俺は言った。
「今すぐに。正直言って、俺にはどうしたら良いのか見当も付かないが、少なくとも彼は一番、俺の雇い主に近い存在だからな」

エメリックは顔をしかめた。

「彼はここに居るんだろう?」と俺は突っ込んだ。

「ああ。彼はここに居る。たが上機嫌では無いな」

「俺もだ。メレディスはもっと機嫌が悪いだろうさ。彼が上機嫌であろうと無かろうと知ったことじゃない」

「判った、判ったよ。君の言うとおりだ。付いてこい」
エメリックは同僚に聞かせるために声を張り上げた。
「私のいとこでね、田舎から出てきたんだ。せっかくだから見学でもさせてやるよ」

彼はそういうと、表の巨大な鉄扉や、テヴィンター時代に作られた巨大な彫像を説明しながらぶらぶらと歩くフリをして、それから俺達は奇妙に静まりかえった階段をそっと登っていった。

「何故誰も居ないのだ?」とフェンリスが、俺が不思議に思っていたことを口にした。

「団長は目下の緊急事態が改善されるまで、全ての教育および娯楽活動を一時的に停止するように命じて行った。メイジ達は皆、自分たちの個室に閉じ籠もっている」とエメリックが説明した。

「それで、何時まで?」と俺は尋ねた。

「それは私も知りたい」とエメリックが苦々しい声で答えた。

「エメリック、カーヴァーがどこに居るか知ってるか?」

「彼は他のテンプラーと一緒に街に居るはずだ。伝言を伝えようか?」

「いいや、彼は何も知らない方が良いだろう、今のところは」

廊下は静かだったが、空っぽでは無かった。時折俺達は、ローブを着た妙に表情のない人々が、立哨よろしく扉の側に立っているのに出くわした。俺が彼らの正体に気付くまで、しばらく時間が掛かった。

「トランクィルか」と俺は言った。
「一体彼らは何をしているんだ?」

「多くのテンプラーがメレディスと共に街に向かった」とエメリックが答えた。
「残っているテンプラーの数は多くはない。それで団長は、代わりにトランクィルを見張りに残していった」

「気持ち悪いったら」とイザベラが呟いた。

「ギャロウズをがら空きにして、メレディスは心配にはならないのか?」と俺は年輩のテンプラーに聞いた。
「外でメイジが逃げていようと居まいと、ここにはもっと、ずっと大勢居るはずだ」

エメリックは苦悩する顔つきで俺を見た。
「それは私も、ずっと訝しく思っていることでもある」

俺達がオシノの事務室に到着した時、そこにはたった一人、驚くほど若い女性のトランクィルが立っていて、俺達を好奇心の一欠片もない表情で見て挨拶した。

「やあ、エルザ」とエメリックが言った。
「ファースト・エンチャンターに会いたいのだが?」

「客人のお名前を伺うよう、命じられております」と彼女が単調な声で答えた。

俺達はでたらめな名前を告げた。酷い悪臭のするボロ服を着た人々がオシノを尋ねて来たこと自体を訝しむ能力は、彼女には残っていないようだった。

オシノは深く頭を垂れ、考えに沈み込む様子で部屋を歩き回っていたが、俺達の足音を聞いて顔を上げた。彼の眼は血走り、目の下には深い隈があった。アザが無いのを除けば、アンダースと同じくらい酷い顔だった。

「君か」と彼は言った。
「まだカークウォールに居たのか。私は君が、今朝一番の列車に飛び乗っているだろうと思っていたのだが」

俺はニヤリと笑った。
「まあ、まだ日当を貰ってないからな。冗談はともかく、あなたには何が起きているか知らせておこうと思ってね。それでこの後どうすれば良いか、何か良い考えが浮かぶかも知れない」

「そうだ。例え悪いことでも、聞いておかなくてはならないだろうな」と彼は疲れ果てた様子で、彼の椅子にドサリと座り込んだ。
「まだ彼女は外にいるのか?」と彼は小さな声で聞いた。

「あのトランクィルか?」と俺は聞いた。

「エルザだ」とエメリックが言った。
「彼女は外にいる。メレディスが彼女を、ここに残していくようにと命じていった」

オシノは両手を握りしめては、また開いた。
「そういうことか。済まん、ホーク。私はただ――いや、君が話すべきことを話してくれ」

俺は、アンダースの隠し場所以外、全てのことを彼に話した。

「このようなことを続けさせてはおけない」とオシノは言うと、立ち上がった。
「彼女は実質上、この街を支配しようとしている。結構、やって貰おうではないか。だが彼女は手を広げすぎた。彼らが…トランクィル達が、かつての我々の同僚の、教え子の、友人の顔をしているからというだけで、我らを押しとどめることが出来ると思うのなら、大きな過ちだ。彼らは我らの最良の者達、ただこの牢獄には収まりきれなかっただけの」
彼は机の後ろから歩み出た。
「今こそ彼らを、テンプラーの支配から解放すべき時だ。それこそが慈悲の行いだろう。彼らは抗うかも知れないが、少なくとも悲痛も、恐怖も、感じることはない。我らが、その苦しみを全て引き受けよう」
彼は食いしばった歯の間から押し出すように語った。彼の血走った目からは、理性の光が失われようとしていた。俺は実に嫌な気がした。

「慌てて行動を起こす前に、立ち止まってゆっくり考えた方がいいんじゃないか」と俺は言った。

「いや!もはや立ち止まり弁論を尽くす時期はとうに過ぎ去った。君の友は――アンダースは、何も間違ってはいない。ただ間違った対象を選んでしまった。爆破するべきなのは、ここだったのに」

「だがそれではあなた達が――」

エメリックが前に進み出た。
「彼の言うことを聞いてくれ、ファースト・エンチャンター。何か別の手があるはずだ」

「私が全てやらなかったとでも思うのか?彼女に対抗しようと、あらゆる手を尽くさなかったとでも?何故彼女がエルザを――いや、かつてエルザだったものを――その扉の表に置いていったのか、私には判る。彼女には私が手を出せないと思っているのだ。だが、メレディスの思い通りにはさせん。彼女は私の、本当の力を知りはしない、どれほどのものを支配出来るか」

俺は彼の手に、鋭く光る金属の輝きを見た。

「駄目だ!」と俺は、オシノとフェンリス両方に向けて叫んだ。フェンリスはリボルバーを抜き、鋭い警戒の目線でオシノを見つめていた。もしオシノが負けたら、あるいは死んだら、俺達にはもう味方はいなくなる。

フェンリスが引き金を引いた。

俺は発射された銃弾を魔法で止めようとしたが、間に合わなかった。しかし彼の銃弾は、オシノが手に握っていた小刀をはじき飛ばし、刀は部屋の隅へ高い金属音を立てて転がっていった。オシノが手を抱えて後ずさると、イザベラが俺を押しのけてファースト・エンチャンターに飛びかかり、彼を床に押し倒した。

「仕事の邪魔ばっかりされたら、いい加減頭にも来るわよね?」と彼女は、オシノの顔に完璧な形をした双球の胸を押しつけながら言った。彼の視線からは、恐らく胸の割れ目が真正面に見えたことだろう。
「それにこんなとこに閉じ込められてたら、イライラして当然よね」

どうやら、彼女の作戦は上手く行ったようだった。オシノは彼女の下から動こうとはせず、魔法を使う様子でも無かった。

「驚いたな、何という素早い動きだ」とエメリックが、僅かに青ざめた顔で言った。

俺達は礼儀正しいノックの音を聞いて飛び上がった。
「銃声が聞こえました」とエルザが、驚いた様子も無く言う声が聞こえた。
「中に入って、確かめる必要があります」

「その必要は無い!」と俺は声を高くしていった。それからフェンリスに合図して、俺達は二人でオシノの大きな木製の机を抱えると、どうにか扉の前に横付けした。エルザは扉を開けようとドアノブを回し、扉を押していた。

「この扉を開けなくてはなりません。メレディス団長に電話をして、指示を仰ぐことに致します」

彼女の足音が、静かに階段を下りていった。
「彼女はすぐ応援を連れてくるぞ、もしメレディスが電話の近くにいれば、彼女も。ここから逃げなきゃならん」と俺は言った。

「出口はないぞ」とオシノがイザベラの下から言い、彼女は身を起こし彼に息を付かせてやった。
「ここはギャロウズの、最上階だ」

「今こそフレメスの空飛ぶ機械が使えればな」と俺はむっつりと言った。

オシノは顔を上げて俺を見た。
「もし私に、いくらか魔法を使わせてくれるなら、方法はある」

「ブラッド・マジックは無しだ」と俺は固い声で言った。

「誓おう」

俺達はギャロウズの殺風景な眺めを遮っていたカーテンを引きちぎり、ステンドグラスの入った窓を開けた。背後ではエルザと他のトランクィル達が、単調に扉を叩く音が響いていた。

「私にはこれは出来ん」とエメリックが言った。
「メイカー、私には無理だ。君たちが良ければ、私はここに残ろう」

「縛っておいて欲しい?」とイザベラが言った。
「それか頭にこぶでも作る?」

「いや」とエメリックは静かに言った。
「今こそ全てを明らかにすべき時だ。そうだな、ファースト・エンチャンター?私はここで待っていよう。そして彼らが戻ってきた時には、メレディスに私の考えを話す。私がテンプラーになったのは、このようなことのためでは無かった。今こそ、我らの本当の存在意義に立ち戻るべきなのだ」

俺達は握手を交わし、オシノは年配のテンプラーに感謝の言葉を述べた。

「本当に飛んでいくの?」とイザベラが聞いた。

「浮遊すると言う方が正しいだろうな」とオシノが答えた。
「うむ、皆しっかり掴まっていなさい」

フェンリスは俺の腰に両腕をしっかりと回した。俺が彼を驚いた顔で見たのに気付いて、彼は「何だ?」と不思議そうに聞いたものだ。俺とイザベラはそれぞれオシノの肩に掴まり、四人の身体をカーテンでくるむと、1,2の3で俺達は窓から飛び出した。
実に恐ろしかった。俺は今までこんな高い所から下を見たことはなく、ましてや飛び出したのは、生まれて初めてだった。俺はどうにかして、眼下の小石張りの庭に叩き付けられて、熟したプラムのように弾け飛ぶのを防ごうと思っていたが、しかし俺達はプラムと言うよりはタンポポの綿毛の様に、フワフワと漂い降りていった。

「すてきじゃない?」とイザベラが明るく言った。
「それで、地面に降りたらどうするの?」

「逃げるのさ」と俺は言った。誰にも邪魔はさせない。

「君のコートを貸して貰う必要がありそうだな」とオシノが言った。

たっぷり午後一杯掛かって、俺達はカークウォールへとたどり着いた。絶壁を削り取って作られた山道に車の音が聞こえるたびに、俺達は路肩に隠れて頭を覆った。もしメレディスが戻ってきたら。
だが大抵は定期バスで、一台か二台騎士団の車も通ったが、メレディスは乗っておらず、何かを探しているようでも無かった。それに安心して良いのか心配するべきなのか、俺にはよく分からなかった。

埃まみれで足を引きずりながら、俺達は港からケーブルカーを捕まえて上町に戻り、フェンリスの屋敷に転がり込んだ。残っていたメリルとヴァリック、アヴェリンは、居間でじっとラジオにしがみつき、午後一杯俺達の逮捕の知らせが有りはしまいかと、気が狂いそうに心配していた。

「メレディスの発言によれば、この一件の背後ではファースト・エンチャンターが糸を引いているのだとさ」とヴァリックが言った。
「彼女の気を逸らせる為だとか、魔法の力で狂気に陥ったとか、なんだかんだ。証言をしようとするメイジには恩赦を与えるとまで言ってるぜ」

オシノは頭を垂れた。
「まさに彼女が言うとおりの事を、危うく私はやってしまう所だった、フェンリス、もし君が止めてくれなかったら。私には、自分の怒りと絶望を制御出来なかっただろう。今になって、私にも判る。エルザは――私の最良の教え子だった。活気に満ち、優れた頭脳と才能に溢れ、しかしいつも揉め事を引き起こしていた。かつては私も、平穏化が慈悲の行いだと思ったこともあった。だがエルザが、私の目を開いてくれた」
彼は銀髪を撫で上げた。
「アンダースもここに居るのか?もし良ければ、彼と話がしてみたいが」

「こっちよ、付いてきて」とアヴェリンが言った。

「フェンリス、あなた、まるで収集家にでもなったみたいじゃない」とメリルが愉快そうな顔つきで言った。

「何の収集だと?」と彼は不思議そうに聞いた。

「メイジよ、もちろん。最初はトリップでしょ、それからアンダース、今度はオシノ。玄関の前に看板を出さなきゃ、『ホテル・フェンリス:はぐれメイジ預ります』って」

俺は声を出して笑った。フェンリスは、ただ顔をしかめた。

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58.脱獄事件発生!地下組織関与か への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    メリルちゃん、それは「はぐれメイジ純情派」じゃ
    ダメですかそうですか。まあ、どう考えても純情なのは居ないしなーv

  2. Laffy のコメント:

    いやああん
    フェンリスはすごい純情ぶりを見せてるじゃあないですか(σ_σ)

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