第4章 解説

彼らはフェンリスの部屋で昼食を共に摂った。フェンリスは枕の山を背にして上半身を起こして貰い、アヴェリンとドニックが彼の両側に座って、自らの皿を片付けながら代わる代わるフェンリスに一口ずつ食べさせた。フェンリエルはベッドの端に脚を組んで座り、膝に皿を置いていた。

彼の少しばかり短くなったざんばらの髪は、入浴の後でまだ湿気っていて、ドニックの古いシャツの裾が彼の膝まで覆い、袖口は数回折り返してあった。フェンリエルは普通のヒューマンとして通る体型をしていたが、それでもドニックの肩幅は彼の倍ほどもあり、シャツの袖を折らないとメイジの指先まで覆ってしまっただろう。そのせいで、彼はどことなく父親の服に身を包んだ子供のように見えた。

フェンリエルはアヴェリンの質問に――むしろ尋問と言って良かった――答えながら、手際よく食事を摂った。アヴェリンは疑うあまりほとんど敵対的な態度でさえ有ったが、彼は少しも腹を立てたりする様子はなく、次から次へと投げつけられる質問にも、充分なユーモアと時には率直すぎるとさえ思える正直さで答えるのを見て、彼女は次第に警戒を解いた。

「いいでしょう」と彼女はようやく言った。少なくともこのメイジには、フェンリスが健康を回復した後で、彼をある種のボディーガードとして雇いたいと望む以外に、隠れた意図は無いとようやく納得したようだった。
「フェンリスの治療はどうやるの?それに、私やドニックが手伝えることは?」

「まず最初に、休息と沢山の食事だね」とフェンリエルは彼の膝からほとんど空っぽの皿を持ち上げて見せると言った。
「この魔法を使うためには相当な力が必要になるから。最初の部分が――一何より難しいところは――少なくとも二日か三日の間ほとんど途切れること無く、ある魔法を使い続けなくてはいけないんだ。それを始める前に僕は充分な休養を取らないといけないし、魔法を使っている間に不意に中断されることの無いよう、守って貰わないといけない。
それと必要な物が幾つかある。僕の目をはっきり覚まさせるための特殊な薬草と、力を補うためのリリウムポーションと、充分な食事と飲み物、それを何時でも僕が食べられる様に口元まで運んでくれる、誰か」

「充分な休養って、どのくらい?長く待てば待つほど……」

「そう、長く待てば待つほど、治療を始める時のフェンリスの状態は悪くなる。少なくとも、一日か二日の休養は最低限要ると思う。それから最初の、一番長く掛かる魔法を使って、フェンリスの紋様から浸みだしたリリウムを有るべき所に戻し、今以上に身体に害を加えないようにする。それから、今度は僕が回復した後で、悪くなったところの治療が始められるはずだ」

「その長く掛かる魔法というのは……どういうものだ?お前はその間何をしている?」とフェンリスが少しばかり不安げに尋ねた。

「最初の魔法は、君の紋様から浸みだしてしまったリリウムを、元の有るべきところへ戻していく過程になる。これから後は、僕がその魔法を掛け直して正しい状態を保つ必要があるだろうね。つまり、本来この魔法は――君の身体は――定期的な管理が必要なんだ。ダナリアスが残したメモ書きによれば、彼は少なくとも数年は維持されると考えていた様だ。その点では彼は正しかったようだね。それでも、彼は少なくとも一年に一度は魔法を新たに掛け直すつもりでいたようだよ。それと、君が何かで紋様を断ち切られるような傷を負った時にも」

フェンリスは考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「ああ。やつがそういったことをしていた覚えがある。もっともやつは俺の身体を始終、いじくり廻していたが。痛みは有ったが、最初にこの紋様を刻み込んだ時の痛みにはほど遠かった。その時の苦痛は、それ以前の記憶を全て消し去る程酷いものだった。今度は……」
彼は言葉を切ると、ベッドに付いた手をきつく握りしめた。
「俺はこの後も、俺自身でいられるのだな?」と彼は不安げに尋ねた。

フェンリエルは、彼を勇気づけるように微笑んだ。
「ああ。その過程の間は、君の意識は、少なくともその一部は、別の安全な場所に隠されていることになる。僕が魔法を使っている間、君はそれと気付いたり、目を覚ますことは無いだろうね」

フェンリスは安堵して頷いた。

アヴェリンはその会話を聞きながら、彼女自身の考えに耽っていた。
「それでどうやって、リリウムを元の場所に戻すの?」と彼女は訝しげに聞いた。
「彼の身体に矢が刺さっていて、それをえいやと抜き取るような訳には行かないでしょう。彼の身体中に染みこんでいる、まるで砂糖か塩が、水に溶けているように。そうじゃないの?」

「近いだろうね。ただもっと正確な比喩としては、ごく細かな砂粒が水に混じっているというようなところかな。溶け込むことは無いんだ。本当に小さな粒が一面に浮いている。だけど僕は、そういった小さな粒子を動かす方法を知ってる。本来有るべきところへ戻せるような」とフェンリエルは答えた。

「どうやって?」とフェンリスとアヴェリンは、ほとんど同時に聞いた。

フェンリエルは空になった皿を側に置くと、両手を彼の前で押し付け、それからゆっくりと開いた。緑色に光る小さな点がその間に現れ、緩やかにらせんを描きながら上向きに手の間から出ていくと、まるであたりを探検するかのように部屋の中をゆっくりと飛び回った

「ウィスプか?」とフェンリスは面白そうに言った。

「そう。あれは……厳密には現実の物体では無いんだ、フェイドの生き物だから。だから現実の物の中をすり抜けることも出来る――壁や、扉や、人の身体も。連中にとっては、それらは空気のように隙間だらけで自由に行き来出来ると言うわけ。だけどリリウムは例外で、現実世界の物であっても、フェイドの性質を帯びている。ウィスプには、フェンリス、君の身体はリリウムの粒で出来た雲か、霧の塊のように見えているだろうね。ヒューマンの目には小さすぎて見えない霧粒も、ウィスプにとっては随分と大きな塊だ。それでもし僕が正しく指示すれば、ウィスプはそういう塊を見つけて、動かしてくれる」

アヴェリンはまた顔をしかめていた。
「それでもフェンリスは傷つかないの?ウィスプが、彼の身体の中を通り抜けて、その粒を動かしても?」

「いいや。ウィスプが何かを通り抜ける時に、それを傷つけるようなことは無いし、彼らがリリウムの破片というか、塊を動かす時にも傷つきはしない。フェンリスが彼の力を使う時と一緒で、ウィスプもリリウムもフェイドを経由して動くんだ、現実世界の、そこにある物体の中では無くてね」

ドニックは鼻を鳴らした。
「俺の記憶では、フェンリスは彼の力を使って他人にかなりの損傷を与えられたと思うがね」

フェンリエルは頷いた。
「だけどそれは、彼がそうしようと思った時だけだよ。実際に対象物に力を加えることも出来るけど、単に彼の手を無害に通過させることも出来る」

フェンリスは考え込むようだった。
「俺は判ったと思う。俺が力を使って、ワインの瓶からコルクだけを抜き取る時のようなものだ。俺はガラスを割ることなく、瓶の首に詰まったコルクを動かせる」

「そう!まさしくその通り」とフェンリエルは同意した。
「ウィスプがリリウムの欠片を動かして行く時、それが君の身体に触れるようなことは無い。コルク栓を動かす時にガラス瓶に傷が付かないように」

「そのウィスプを使って、彼のリリウムを取り除けない?」とアヴェリンが突然聞いた。
「身体中から、全部?」

フェンリエルは頭を振った。
「理論上は出来るけど、実際上は、無理だろうね。フェンリスの紋様から浸みだしてしまって、彼の身体に害を加えているリリウムの量は、精々ピン何本分かと言うところだと思う。そんな僅かな量でも、僕は数百、数千のウィスプを使って、何日も掛けて動かさなくてはいけない。彼の身体中に埋め込まれた全てを取り除くためには、恐らく数ヶ月、あるいは数年かかるだろう。その間ウィスプ達が疲れること無く、ずっと手伝ってくれたと仮定しても。もちろん、僕自身がその間ずっと魔法を使うのは無理な話だ」

ドニックが空になったフェンリエルの皿にそっとシチューを盛り、4人はまたしばらくの間、黙って食事を続けた。やがてアヴェリンがため息を付いて、立ち上がった。
「じゃあ……あなたが休む場所を決めた方がいいわね。それと薬草にリリウムポーションと、あなたが必要な物を集めましょう」

「彼はここに寝床を置いて寝ればいい」とフェンリスが言った。彼らの家は居心地の良い一軒屋だったが、それほど大きくは無く、彼自身が占領している部屋の他に余分は無いことを彼は知っていた。
「俺は構わないし、それに俺はほとんど一日中寝ているから、彼の眠りを妨げるようなことも無いだろう」

「それも良いわね」とアヴェリンは同意すると、彼らの空になった皿を集めながら言った。
「寝具も持ってくるわ」

「フェンリエルは台所に連れて行くよ、まだ食べられるだろう?」とドニックは若いメイジに笑いかけながら言った。
「それともし必要な物のリストを書いてくれたら、今日から早速集めに入ろう」

フェンリエルは頷き、彼に付いて立ち去った。

アヴェリンはすぐに寝床と数枚の毛布にキルト地の上掛けを担いで戻って来ると、それを部屋の反対側に置いた。フェンリスは今朝から全くうたた寝をしていなかったせいでずっしりと疲労を感じていて、アヴェリンは枕を退けて再び彼を真っ直ぐに寝かせると立ち去った。彼はフェンリエルが戻ってくる前に既に寝入っていた。

彼が午後遅くになって再び目を覚ました時、フェンリエルは寝床に横たわって熟睡していた。穏やかな彼の寝顔は彼を随分と若く見せていた。実際、彼はまだ少なくとも10歳は若かっただろう。同時に彼はひどく無垢で世間知らずに見えたが、そうでは無いことをフェンリスは知っていた。テヴィンターでそれなりの期間を生き延びて、しかも他者の夢の中を見る力を持っているなら。フェンリスはしばらく彼の顔を見つめて、それから再び眠った。

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第4章 解説 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    おおおうハイペースw

    やっぱこのお話を絵にするのは難しいですなあ(´・ω・`)

    とりあえずうちのおまけのページに以前描きかけて
    挫折した1枚をうpしてみましたwなんという暴挙w
    つかフェンリエルがイケメンだったという記憶しかない・・・w

  2. Laffy のコメント:

    うひょひょひょ。アンダースだアンダースだ殉教者だ(違うって
    ありがとうございます、フェンリエルってイケメンでしたっけ?忘れた……goooooogle

    あははは。日本語で検索したら自分ちしか出ないってwww

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