第7章 召還

彼らはその後数日間、共に寝たきりで過ごした。フェンリスの身体はまだ衰弱していたが、しかしすぐに回復を始めると思われた。一方フェンリエルは二日半に及ぶ覚醒と魔法の酷使の後で全精力を使い果たしていて、朝も夜も眠り続け、時折起き上がって食事と飲み物を詰め込み用便を済ませると、ベッドに倒れ込んでまた眠った。

三日目にはフェンリスは自分だけで起き上がり、座っていられるようになった。彼はドニックの力を借り、カークウォールに到着した直後以来久しぶりの、本物の風呂に入ってその日を祝った。彼らはその後で寝室に戻り――フェンリスはドニックに支えられ、ひどくゆっくりとではあったが、しかし本当に歩いて――フェンリエルが目覚めて、壁にもたれベッドの上で座っている姿を眼にした。彼は二人が入ってくるのを見て微笑んだ。

「もう随分良くなったように見えるね」と彼は、数日間使わなかったための擦れ声で、嬉しそうに言うと、産毛ともひげとも付かない細い毛がざらざらと触れる顎を片手で撫でた。
「気分はどう?」

「ずっと良くなった」
ドニックに手伝って貰ってベッドに戻りながら、フェンリスはそう答えた。
「もう力が戻りつつあるのが感じられるし、それに痛みも消えた」

フェンリエルは笑顔を浮かべた。
「良かった。まだ、漏れ出たリリウムが与えた損傷を治す必要があるけど、それが済んだらもっと良くなるはずだよ。だけどその前に、僕も風呂に入りたいな。それとちゃんとした食事も。多分、明日にはまた治療が始められるかな」

フェンリスは頷いた。フェンリエルは少しばかりふらつく様子で立ち上がると、綺麗な着替えを手にとって浴室へと向かった。

フェンリスは風呂と歩行の後で疲れていたが、心は高揚しうたた寝をする気分では無かった。ドニックとフェンリエルが去った後、彼は横たわったまま治療の間の経験を思い返していた。

あの歌声が、まだ彼の夢に毎夜つきまとっていたが、彼はむしろそれを歓迎していた。歌声の現れる夢は常に静けさと安らぎに満ち、彼を怯えさせ夢を悪夢へとねじ曲げる、記憶の中の暗い象徴が一掃されていた。

目覚めている間も、彼は歌声を聞くことが出来た。例えば今も、彼の頭の中であの音楽の一節が音もなく漂っていた。彼は溜息を付くと枕に頭を埋め眼を閉じて、その記憶を思い返した。あの歌には旋律も、決まった節さえ無かったにも関わらず、忘れがたく印象的だった。

さらに彼はフェイドにいた間、自分が歌えれば良いのにと願ったことも思い出した。あるいはセバスチャンの言葉も――『それならハミングすればいい』と。そして彼は、静かに記憶の中の歌を真似て、ハミングを始めていた。

頭の中で繰り返すだけの時よりも、音として聞こえる方がよりあの歌を思い出しやすくなるように思えた、とはいえ彼の口ずさむ歌は、記憶の中のそれと同じく無秩序で、決まった旋律のない調べではあったが。彼のハミングは心地よく記憶の中の歌と混じり合い、時には追随し、時には別の調べとなった。彼はうとうとと眠りの縁を漂い、目覚めた時にはハミングを繰り返した。

あるいは彼は、一瞬夢を見ていたのかも知れない。夢の中でより深く、はっきりと聴き取れる彼のリリウムが奏でる歌に合わせて、彼は実体のない唇を動かしていた。

「メイカー……一体何があったんだ!?」と叫ぶ声が、静かな部屋に大きく響き渡った。

フェンリスはハッと飛び起き、眼を見開くと、戸口のすぐ内側にフェンリエルが居るのが見えた。彼はまだ湿気った髪から水滴を服の肩に落とし、ほとんど滑稽なほど口を大きく開いてフェンリスを見つめていた。いや、フェンリスではなく……彼の側の何かを。

彼は頭を巡らし、右肩のすぐ上に緑色の輝きが一つ、彼の耳から拳一つ分の距離で、のんびりとらせんを描いて上下しているのを見つけた。彼は一瞬、それほど驚きもせずにウィスプを見つめ――その輝きからは、フェイドの中で彼を護っていたあの歌声が微かに聞こえていた。それから、ウィスプは消え去った。

「判らない」とフェンリスは囁き声で答えた。

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