第10章 差異

実際の所、このウィスプを召還出来る力というのは、フェンリスにとって少しばかり気がかりだった。普通ではあり得なかったし、何しろ魔法は信用ならないものであったから。

しかしそれでも、いつの間にか、寛いだ時には頭の中のウィスプの歌に合わせてハミングするのが習慣のようになっていた。フェンリエルに言ったことは、嘘ではなかった――彼にも上手く説明出来なかったが、ウィスプ達の歌を聞き、あるいはその記憶と共にハミングするのは、とても心安らげる、魅力的な行いで、その歌が頭の中に蘇る時にハミングしないでいるのは難しかった。

そしてハミングすると、ウィスプが彼の元に現れた。

一度に一匹以上が現れることは無かったが、だがそれらのウィスプが同じ個体でないのは明らかだった。例えば、彼らの歌の音階が違い、振る舞いが異なっていた。どうやら彼の側に現れるのは5匹いるようで、彼は頭の中で彼らに、その振る舞いに即した名前を付けて楽しんだ。

一匹は漂う者で、フェンリスの元に最初に訪れた個体だったのはほぼ間違いなかった。彼はフェンリスのすぐ近くの空中を漂うのがお気に入りで、時折エルフが何かすると大いに興味を引かれる他は、大抵ただそこにフワフワと漂い、フェンリスが例え短い間でもハミングを止めると、そそくさと引っ込んだ。

別の一匹――フェンリスが初めて違う個体だと気付いた者――は追跡者で、彼の歌う音階は漂う者よりずっと高く、ほとんど聴覚の限界に近い高さだった。彼はリリウムの紋様の跡を追うように皮膚から1インチ程の高さをずっと緩やかに移動し、例え服の下でも自由に出入りした。彼はハミングが止んだ後もしばらく、リリウムに魅せられたようにそこに漂い、それからおもむろに居るべき世界へと戻っていった。

潜る者は、フェンリスが紋様を輝かせるととりわけ大喜びして、そのような時にはひときわ鮮やかに輝き、エルフの肉体の中に潜り込んでは、大抵は反対側から何の抵抗もなく出てきたが、時にはそのままフェイドへ戻る事もあった。幸いなことに、フェンリスが手を物の中に通過させる時に感じる様な不快感は、このウィスプ達は持たないようだった。
紋様が輝いていない時には、潜る者はただ部屋をランダムに漂い、時折らせんを描いて舞い上がっては、また別の場所へと降り立った。あるいは、二回目の時に現れたウィスプは、この個体だったのかも知れないとフェンリスは想像した。

そして4匹目が隠者で、ひどく内気で音階ももっとも低く、明らかに他の個体に比べて小さかった。名前のごとく、フェンリスの側に現れている間もほとんどの間は髪の毛に隠れるか、耳の後ろに潜むか、あるいは鎧の金具の下に潜り込み、表から見えにくい場所で漂っていた。

そして最後が歌う者だった。この個体は3つの音階をランダムに歌い分け、一旦現れた後はフェンリスがハミングを止めようと止めまいと、気にも留めないように長く留まった。好奇心もとりわけ強く、フェンリスの身体から遠く離れて壁やカーテン、あるいは窓枠を調べるように飛び回った。ある日彼は、テーブルに飾られた花束の中の薔薇の花だけを、花びらの一枚一枚、トゲの一つ一つを丁寧に調べて廻るのにたっぷり一時間以上費やした後で、思い出したように慌ててフェイドへと戻っていった。奇妙な事に、花束の他の花にはまるっきり興味を持たないようだった。

フェンリエルにも、なぜこの5匹のウィスプだけが特別フェンリスに興味を持つのか理解出来ないようだったが、ある晩フェンリスの夢を調べた後で、彼はこの5匹がフェイドの中に顕れる、フェンリスのリリウムが形作った肖像から、離れようともせず漂っていたと言った。

「ウィスプはリリウムの近くに集まるって言ったよね」とフェンリエルは語った。
「この5匹は、どうやら君の近くに住む……留まるというのかな、そうすることに決めたようだよ。そうすれば、いつでも君のハミングを聞ける訳だから。それとも因果関係が逆かな。僕が治療のために呼び出したから、彼らは君の側にやって来た。そしてこのリリウムが、君の身体の一部だと知って興味を引かれたのかも」

理由は何にせよ、フェンリスは次第に彼らの存在に慣れていき、言葉を持たない同居者の存在を歓迎するようにさえなっていた。とりわけ彼がひときわ退屈な作業、例えば彼の革鎧の綻びを針と糸で繕い、油をすり込むと言った補修作業や、あるいは午後いっぱいを掛けて、衰えた筋肉を鍛え直すために様々な基礎運動を行っている間などは。

元々の体力に加え、正しく整えられたリリウムの働きと、フェンリエルの折に触れての治療が相まって、彼の回復は驚くほど速かった。彼はフェンリエルと、カークウォールを出た後の行き先について話し合った時、彼らはそれをもはや数週間先の予定ではなく、数日のうちの行動として考えていた。

「もし君に確たる目的地が無いとしたら……さらに遠くへ向かう前に、訪ねておきたい場所がある」とフェンリスは有る夜、ためらいがちに切り出した。

「うん、それでどこへ?」

「スタークヘイブン。確かに、ここよりはテヴィンターに近いが……だが間違いなく、そのこと自体が追跡者の目を惑わすだろう。君がカークウォールから、山を越えてテヴィンターの方角へ戻るよりは、船に乗って別の方へ移動しようとするだろう、そう連中は考えるはずだ」

フェンリエルは鼻をならしてニヤッと笑った。
「その論理で行けば、僕はネヴァラに行くべきだったね、もっとテヴィンターに近いし。だけどどうしてスタークヘイブンに?」

「会っておきたい人々が居る。元々、俺が身体の不調に気付いた時は、別れを言うためそこに行こうと思っていた。ようやく辿り着けたのがカークウォールだったというだけだ。今となっては、もう理由は同じではないが……それでも、もし出来れば最初に行っておきたい」

フェンリエルは頷いた。
「とっかかりには良いかな――うん、別に構わないよ」

フェンリスは微笑んだ。
「ありがとう。出発の前に、船を予約して海路を取る風に見せかけた方が良いだろう。港を訪れ、船長達にいくつかの目的地への出航予定と、費用を訪ねて廻り、旅行のための買い物をする。その後で、人目に付かぬよう静かに、北に向けて出発する」

「それは良い手だね」とフェンリエルも同意した。

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