第10章 落ち着く場所

第10章 落ち着く場所


セバスチャンは窓枠に腰を下ろし、外を眺めた。アンダースが再び庭で働いていた。たった一人での仕事にしては随分と進んでいた。コテージの周辺は既に片付けられ、次に草木に覆われた小道を元の姿に戻そうとしているようだった。セバスチャンはしばらくの間その男が働く様子を眺め、それから手の中のくしゃくしゃの紙に注意を戻した。アンダースが書き捨てた頁を全て集めて彼の元に届けるよう、コテージの清掃に割り当てられた召使いに彼は密かに命じていた。

それが書き物であることはごく希だった。あのメイジが書いた文章を滅多に捨てないか、あるいは考えを書き留めるより絵を描く方に多くの時間を割いているかのどちらかだった。セバスチャンは字の書かれた最初の数枚に素早く目を通した。几帳面な字で記された、何かの処方箋‐材料にエルフルートやディープ・マッシュルーム、ライフストーンが含まれている事から考えて、何かの飲み薬か湿布薬の類と考えられた。

下のメモ書きを見て彼は眉をひそめ、暫くしてそれを解読しようとする努力を放棄した。あの男が走り書きをする時には解読不能な悪筆となるようだった。次の頁はまたもや詩作(下手くそな)だった。三枚目は手紙と思われたが、冒頭の挨拶は明らかに彼がその手紙を送るつもりが無い事を示していた。
「もし僕が本当に手紙を書いているとしたら、君に言いたかったのは……」

彼は当初、それがホーク宛だと推測したが、しかし手紙を読み進めるにつれその推測は怪しくなった。手紙の中に登場する名前や場所は、チャンピオンと彼が共に過ごした年月の間耳にした友人の名や冒険談とは全く違う、耳慣れないものだった。ブラックウォーター?シグルン?彼はその手紙が、アンダースの謎に包まれた過去からの人物に宛てた物だと推測せざるを得なかった。彼は顔をしかめて窓の外に目を向け、その男が伸び放題に伸びたバラの枝に果敢に挑み掛かり、刈り倒そうとしている様子を眺めた。今の時点ではバラの方が勝利を収めているように見えた。

セバスチャンは鼻を鳴らすと、再び膝の上の紙に目を戻した。今度は絵の頁だった。前と同様に、ホークがスケッチのほとんどを占めていた。ホークと、猫。今度はメリルも描かれていて、彼女の後ろにおどろおどろしい暗い影が立ち上る様子が落書きされていた。面白い形をした葉のスケッチ。左手の習作。注意深く詳細に描かれた皮膚の皺と影の付け方から見て、アンダース自身の物だろうと彼は想像した。ハングド・マンの外の屋号に見える落書き。小さなネズミが、石壁の片隅に座ってパンくずを囓っている姿。

次の頁には更に多くのホークと、野菜の絵が少しばかり、アンダースが庭で目にした物と思われる葉や、花や、生い茂る草。その頁の下の端に、シダの葉とホークの絵に挟まれて、おまけ程度にセバスチャン自身の絵が描かれていた。彼自身がそうだと想像するよりずっと傲慢で冷たい顔に見えた。他人には彼の顔はこう映っているのだろうかと、彼は思った。

彼はようやく紙の束をまとめて横に置き、窓にもたれてしばらくの間アンダースが働く様子を眺めて居たが、やがてため息をついて立ち上がると、彼自身の仕事を再開するため書斎に戻っていった。


アンダースは小道に覆い被さっているバラの枝を刈り取ろうとして、バラのトゲが彼の手に‐ もう数え切れないほどの回数 ‐突き刺さったのに気付き、悪態をかみ殺した。彼は歯を食いしばり、その特に太い枝を切り倒すと注意深く横に投げ捨てて、穴の開いた手から流れる血をしばらく吸った後、ようやく少しばかりの治療魔法を呼び出して傷口を滑らかに閉じた。厚手の革の手袋か何かないか、聞いてみないといけない。ひょっとしたらこのごたまぜの枝には、ただの刺々しいバラよりもっと質の悪い物が隠れていて、彼の手に突き刺さるかも知れなかった。毒のあるツタや、同じくらい毒性のある植物が生い茂った木々の中に紛れ込んでいるのは充分有り得る話だった。

彼は目の前に生い茂るバラを睨み付け、手に持った刈りばさみを振り上げ「これで終わったと思うなよ!」と呟くと、既に片付いている小道に沿ってコテージへと戻った。あまりに暑かったし空腹でもあった。一休みして昼食を摂る時間だった。

彼は井戸から水を汲んで中に運びいれると、少しばかりの水をヤカンに入れて主暖炉の石炭の上に掛け渡し、残りの水を浴室のボイラーに入れた。一日庭で働いた後で夕方に風呂に入りたくなるのは判っていたから、今の間に湯を沸かしておこうと思ったのだった。ヤカンが沸き立つまでの間、彼は更に数回バケツで水を運び入れた。湯が沸いてきたところでバケツを横に置くと、彼のお気に入りの大きなマグカップを持ってきて、丁寧に紅茶の葉を計り取り、カップに入れて準備をした。

清潔な布にくるまれたパンを取り出し、何枚か厚切りにすると、石炭の上に掛けた長いフォークに突き刺して炙り、その上に良い香りの柔らかなチーズを少しばかり乗せて伸ばした。沸き立った湯に紅茶の葉を入れてマグカップに注ぎ、チーズを塗ったパンと一緒に玄関扉の側のカウンターへ持っていくと、彼は扉の側柱にもたれて庭を眺めつつ、パンを囓り紅茶をすすった。

この仕事がすぐに終わるような物ではないのは間違いなかった。しかし太陽と風の下で、魔法ではなく自分の手を使って働くのは良い気分だった。それ以外にも、何か集中できる仕事があれば他のことにあまり思い悩まずに済んだ。例えばホーク。カークウォール。アマランシン、それより更に前のことについても。

そうでもしていなければ、この庭とコテージは余りに静かすぎて、まるで世界に彼一人しか居ないかのようだった。一日に一回彼の元にやってきて、コテージを掃除して暖炉の灰を片付け、台所に食料品を置いていってくれる城の召使いと会うのを、彼は待ち望んでいると言っても良かった。それはこの小さな美しい牢獄の外に、確かに人々が存在しているという証明だった。ほとんど理想郷と言っても良かっただろう、もし彼が誰かとここを共有出来ていたら。ホーク。

彼は喉に詰まったパンでもチーズでもない塊を飲み下すと、扉に背を向けた。仕事に戻る時間だ。マグカップを丁寧に洗って側に掛け、茶殻をボイラーの火に放り込み、パンをきっちりと布で包み直すと、彼は再び庭に出てバラとの戦いへと戻っていった。

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