第17章 羽根

彼らはその日のほとんどを会話に費やした。フェンリスは若いメイジに自らを正義の精霊と呼ぶスピリットについて話して聞かせ、彼がいかにして現実世界に姿を現し、それからアンダースと一体となったかについても、僅かながら知っている事を語った。そして彼らが共にカークウォールで行った、チャントリーの爆破以外にも彼が見聞きした全てのことについて。

それから二人は地下室に再びアンダースを訪れ、彼と共に座ってしばらく時を過ごした。二人は彼に少しずつ甘パンをちぎって与えて側に留まらせ、その間にフェンリエルが出来る限り事細かに彼を調べた。例え今の壊れ果てた姿であっても、彼がこの男を知れば知るほど、フェイドの中で彼の一部分であった欠片を見つけ出すのは容易になった。

しばらく後にはフェンリスは充分に寛いでウィスプ達の歌を思い出し、その調べの無い歌をハミングで真似た。彼のウィスプの一匹が現れ、アンダースは口をぽかんと開け、まるでこれまで一度も見たことが無いように、食い入るようにそれを見つめた。彼はしばらくの間そこでただじっと座っていたが、やがて突然甘パンの残りをかき集めると、再び暗がりへとそそくさと消えていった。今日の訪問はここまでだった。

彼らはその夜セバスチャンとともに夕食を取り、これまでに判ったことを大公に全て話した。彼はフェイドの中のアンダースの様子に心乱された様で、かつてカークウォールで一度だけ遭遇したジャスティスの存在に警戒感を示した。

「あれは、忘れがたい瞬間だった」と彼は厳しい顔で言った。
「我々が堕落したテンプラーから救い出したばかりの少女に、あの者に操られたアンダースが危うく手を掛けるところだった。それがスピリットかディーモンか、何にせよ、その名を聞いて我々が思うような善き者であるとは、私には信じられない」

フェンリエルは頷いた。
「大抵のスピリットはそうだね。彼らは理想や徳と言った非物質的な概念を体現していて、普通はただその概念に対して盲目的な忠実さで行動する。何でも極端に走ると害になる、とりわけ現実世界では。例えば忠義が、それが仕える大義自体が邪悪だった場合とか。あるいは警戒を怠った慈悲。信仰も、教義や信条の欠点に目を瞑らせてしまう」

セバスチャンは最後の一つを聞いて少しばかり顔を引きつらせたが、やがてニヤリと笑った。
「君の言うことには真実が含まれると認めざるを得ないな。だが聞こう、そのスピリットは信用出来ると思うか?」

「保留付だけどね。ディーモンと違って、スピリットは嘘を付くようには出来ていない。ともかく、直接的な嘘は。もっとも彼らの中にも、真実の一部を故意に省くことで、人々を彼らの目的に従わせる術を心得た者はいるけど。ジャスティスに警戒を緩めるようなことはしないよ、約束する。物質世界をアンダースの身体の中で体験したことで、明らかに彼は変わっている。今まで見たことのあるスピリットとは、まるきり違っている」

フェンリスはそれを聞いて頷いた。
「俺も、充分に注意しよう――たとえ彼が自分はもはやヴェンジェンスでは無いと主張したところで、俺はやつを信頼はしない」

夕食の後でフェンリスと若きメイジはエルフの部屋に戻り、寝るまでの時間をその夜何をすべきかについて語って過ごした。そして彼らは、出来る限り長く動けることを願いつつ早々とベッドに入った。


あのメイジを探し出す旅は、今回は遙かに短くて済んだ。ウィスプ達は彼らがフェイドに入るや否や彼の居場所を伝え、二人はその場所へと移動した。昨晩と違って、今夜の夢はずっと単純な場所だった。農家の納屋、そのように彼らには見えた。アンダースは幼い少年で、藁の中に隠れ、ジャスティスがその扉の前で再び防御の構えを取っていた。

「彼のもっとも平穏な夢の一つだ」とスピリットは彼らに向けて言った。
「だがこの場所も、悪夢に転じることもありうるが。時にこの場所が火に包まれる。最初に、彼の魔法が力を現した時の記憶だ。だが今夜はそれよりも以前の夢であるようだ。このまま過ぎてくれれば良いが」

フェンリエルはうずくまって、子供版アンダースをしばらくの間見つめた。フェンリスには彼が力を使い出したのが見て取れた。更に多くのウィスプが現れ、二人のメイジの近くをしばらく漂った後、再び飛び去っていった。フェンリスは黙って二人を静かに眺めていたが、やがてフェンリエルが突然立ち上がって、ある一匹のウィスプをじっと見た。
「何かを見つけたようだよ」と彼が言うと、納屋も、アンダースも解けて消え去り、二人は奇妙な形の塊が散らばった、水のような模様のある平面を見おろす、切り立った高い崖の上に居た。

フェンリエルは微かに顔をしかめて、片方に頭をかしげた。
「何だかここは見覚えがある、ような気がするね」と彼は言った。

フェンリスはゆっくりと周囲を見廻した。
「ウーンデット・コーストのようにも見えるな」と彼は指摘して、手で指し示した。
「背後の崖と言い、下の難破船のような塊と言い」

「ああ、そうかも」とフェンリエルは言って同様に辺りを見渡した。
「僕はほんの少ししか見たことが無いけど、カークウォールから逃げ出してデーリッシュの元へ行く時に。ホークが僕を連れて行ってくれて、それからサンダーマウントへ通じる道を教えてくれた」

フェンリスも同意の印に頷いた。彼はその道を幾度となく通ったことがあった。
「さて、それで俺達は何を探すのだ?」と彼は尋ねた。

「アンダースの欠片だよ。ウィスプ達はここに一つあると教えてくれた、しかもこの近くに。だけどそれ以上範囲を狭めることは彼らにも無理みたいだ」

フェンリスは彼の周囲を再び見渡した。
「すぐには何も見えないが。少しばかり探しに出かけなくてはいけないようだな。この夢が、本物の海岸の特徴を兼ね備えていないことを祈ろうではないか?」

「奴隷商人に、密輸業者に、タル・ヴァショスに、ジャイアント・スパイダー、だね?」とフェンリエルは短く笑みをひらめかせた。

フェンリスもニヤリと笑った。
「そうだ」

彼らはしばらくの間実りの無い探索を続けた挙げ句、また最初に現れた場所へと引き返した。その時、フェンリスの眼の隅に何か動くものが映った。
「あそこだ」と彼は声を上げてゆびさすと、灌木の茂みを押し分けて、流木の枝に引っかかった、ぼろぼろの灰色の羽根に近付いた。静まりかえった周囲のものの中で、その羽根だけが風に吹かれるようにハタハタとはためいていた。彼は一瞬ためらった。
「触っても大丈夫だろうか?」と彼はフェンリエルに尋ねた。

「そのはずだよ。それは単なる、彼の思考や記憶の断片だから」

フェンリスは頷き、そっとその羽根を取り上げた。彼はそれに触れると何か感じるものがあるかと思ったが、実際には何も起こらなかった――その羽根は、ただ一瞬はためいたあとで、彼の手にぽとりと落ち動きを止めた。彼は茂みを押し分けて戻ると、それをフェンリエルに手渡した。

若いメイジがそれに指一本で触れ、そして羽根はどこかへ消え失せた。

「彼に送り返したよ」とフェンリエルは言うと、彼らの周囲を漂うウィスプ達を見上げた。
「また何か見つけたようだね。行こう」

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