第19章 追憶

さらに多くの包帯と布きれ、革紐、荒いロープ、絹布を撚った紐。次から次へと現れる羽根は、全て集めれば外套一着分になるのではないかと、フェンリスは時折考えた。杖もあった。あるものは部屋の隅で埃を被り、あるものは路地裏の汚い石の上に転がっていた。あるいは壮大な大理石の暖炉の上に戦利品として置かれ、あるいは折れたまま薪の山の上に積まれていた。

沢山の本。革張りの重厚な本、金属の留め金で留められるようになった大きな巻物、街の行商人が売っている安っぽいぺらぺらの小冊子。アンダースのマニフェストも、様々な姿で見つかった。ぼろぼろにすり切れた紙切れ、きちんとまとめられて紐で綴られた分厚い頁。ローブも数多くあった。小綺麗なもの、ぼろぼろで破れ掛けたもの、おろし立ての新品から汚れ着古したもの、きちんとハンガーに掛かっているもの、あるいは虫除けのハーブと一緒にきちんと畳まれてカバンに入っているもの、あるいは掃除用のボロ布一歩手前の姿。夢の牢屋で見かけたような、粗く織られた、まるで荷袋を開いたような毛布。

ひどく混み合った金物店の、隅のガラクタ入れに捨てられていた、ベルトの銀細工の留め金。二人はその店の中で、アンダースの欠片を見つけるために丸一晩費やした挙げ句に、しびれを切らしたフェンリエルが結局店の中の全ての物にそっと触れてみて、ようやくその留め金を見つけ出した。

彼らはその内、次第にコツを掴んでいった。フェンリスのウィスプ達は、彼が共にハミングしながらかつてのアンダースの姿や行動、会話を思い浮かべると、より狭い範囲を示すコンパスとして欠片の有りかを示すことができた。彼の5匹はその思考を味わい、どんな人も及ばない速さで夢の中を飛び回り、そしてある場所で彼らが飛ぶのを止めると、大抵はそこから見える範囲にメイジの欠片が見つかった。大きな開けた場所では非常に有用だったが、狭く込み入った設定の夢では、僅かな助けにしかならなかった。

そしてジャスティスの下半身は、次第にその不変の部分を増していった。アンダースも、彼らが夢の中で訪れる度に、より正気に戻り、より人らしくなっていった。彼は今では彼らを眺め、彼らの話す内容を聞き、時折顔を覗き込むような仕草もした。まだ彼らが誰か判っている様ではなく、意思疎通しようとする努力は何も見せなかったが、しかし確かに彼の頭の中で、何かが始まっていた。時には、彼はまるで何か話そうとするかのように、目を輝かせて二人をじっと見つめる事もあった。

メイジの目が正気を取り戻したかのように輝く時には、フェンリスはひときわ悲しみを覚えた。もしアンダースが話をしたいと思ったとしても、もはや彼にはそうすることが出来なかった。間違い無く、カークウォールでの彼の人生の一部となっていた、アンダースとの尽きることのない口論を彼は思い出していた。あの男の言葉は、彼の杖同様に、防御と攻撃の要であった。鋭く噛みつくような言葉が、相手を挑発し、あるいは攻撃のため、あるいは会話に誘い込み、相手の心を変えるために発せられた。関心を逸らせ、あるいは注意を惹く言葉、苦しみに、痛みに、悲しみに、慰めに発せられる言葉。あの気の利いた舌は、たとえ彼が正気を取り戻したとしても、もはや戻っては来なかった。


フェンリエルはその夢に入るやいなや凍り付いたように動きを止め、警告するように片手を上げた。フェンリスも凍り付いたが、それは別の理由からだった。彼はここがどこかすぐに判った。あれほど多くの夜をこの部屋で過ごし、長いテーブルの廻りに座って飲み、食べ、話し、カードで遊んだ後で、どうして判らない事などあるだろうか。

その部屋は、彼らがそれまでに訪れた夢のどの部屋よりも、飛び抜けて事細かに描写されていた。まるで本物の部屋であるかのように鮮明に描かれていて、壁のかすり傷やひっかき傷、果ては石の割れ目や木目さえ、どこにも曖昧な所は無かった。

「注意して」とフェンリエルは殆ど囁くように言った。
「この場所を夢に見ているのが誰であれ……ひどく大事な場所のようだね。心に深く刻まれた大切な場所だ。それに、この部屋の所有者と親しい、まるで家族のように」

「俺にはこの場所が判る」とフェンリスも同様にごく抑えた声で言った。
「ヴァリックの部屋だ、ハングド・マンの」

「ヴァリックって?」

「ヴァリック・テトラス――カークウォールに居たドワーフだ」

フェンリエルは微かに顔をしかめると首を振った。
「すると、部屋の持ち主ではないね、夢を見ているのは。ドワーフはフェイドじゃなくて、また別の彼らだけの場所にいるから。彼をとてもよく知っている誰かだろうね。気をつけて、何も触らないように。辺りを見て、何かアンダースと特別に関係があると君の思う物があったら、知らせてくれ」

フェンリスは頷き、二人はゆっくりと部屋の探索を始めた。長いテーブルを回り込み、ひどく静かに、家具にうっかり触れることの無いように進み、アーチ型の入口を過ぎてやや開けた、寝室として使われていた部屋に入った。

フェンリスは再び凍り付き、ベッドの上に座っている人物を見つめた。いつもの緑色のチェインメールではなく、柔らかなクリーム色の布地のガウンに覆われた小柄な身体の曲線を見たとき、そこに居るのが彼女であることは、フェンリスにとって不思議なほど当然に思えた。
「メリルだ」と彼はフェンリエルに彼女の名を告げた。
「用心しろ――彼女はブラッド・メイジだ」

フェンリエルも凍り付き、唇を噛むと頭を傾げて、彼らの立っている場所から注意深く彼女を観察した。やがて彼は緊張を解くとベッドに近づいた。
「ブラッド・メイジだったようだね」と彼は静かに訂正した。
「もうディーモンは彼女には巣くっていない、といっても確かに以前は、彼女に力を与えていたものが居たようだけど」

彼はその小さい寝室へと入った。メリルが彼らに気が付いた様子は無く、まるで眠っているかのように目を閉じていたが、近くから見るとフェンリスにも彼女の手がベッドカバーを静かに撫でて、その表面の感触を楽しむかのように動いているのが判った。そして彼女の背後で、いくつか積み重ねられた枕の中に、ごく小さな、色褪せた枕があった――生地は年月を経て、表面の刺しゅうと共に黒ずんでいた。

「あれだ」とフェンリスは囁くとその枕を指さした。
「あの枕――覚えている。アンダースはあれをヴァリックに贈ろうとしていた、最後の日々のどこかで。彼のために大事に持っておいてくれとな。だがここにあるはずがない――ヴァリックは受け取らなかった」

フェンリエルは微笑を浮かべると肩を竦めた。
「とにかく、彼女はそれがここにあるのが当然だと思ったんだろうね」と言って、ベッドの奥へにじり寄ると、用心しながら身体を伸ばしてその枕に触れた。

枕が消え失せるやいなや、メリルが突然身動きすると座り直して、辺りを怯えた大きな目で見渡した。
「そこに居るのは誰?」と彼女は叫び、周囲の何もかもが突然、ぼやけて滲み始めた。フェンリエルはフェンリスの腕を引っつかむと、大急ぎで別の場所へ逃げ出した。

「何があった?」とフェンリスはようやく一息ついたところで尋ねた。彼らは今、どんよりと空気の淀んだ沼地に取り囲まれていて、彼は辺りを警戒の目で見回した。

「僕達が夢を乱したから、彼女が目を覚ましたんだ」とフェンリエルは説明した。
「彼女が僕達を見たとは思えないけど。彼女の夢の中で、何かがおかしい事に気付いただけだろう」と言って、彼は辺りを見渡すと顔をしかめた。
「うう。とにかく仕事に戻ろうか」

彼らは他にも幾人か、その夢を見ている人物を見かけたが、それが誰か見覚えがあったり、あるいはその人物が彼らに気付くことは二度と無かった。

路地裏に住む飢えた浮浪児、片目は潰れ、痩せていた。まだ十分幼く、その身体は少年とも少女とも取れる中性的な姿をしていた。そこはどこか古い倉庫の片隅の隠れ家のようで、床に折りたたまれた毛布の間に、一枚の銀貨があった。フェンリスはふと不思議に思った――この子供がアンダースから盗んだものか?それとも、貰ったものか?貰った物だろう、おそらく。大切な思い出の一つ。メリルがヴァリックの部屋の記憶を大事にしていたように。

また別の部屋。石の壁と床に覆われ、天井はあまりに高くて見えず、外壁は奇妙に曲がっていた。片隅にチェステーブルがあって、部屋中の揺れ動く曖昧なイメージとは隔絶した現実感を保っていた。そこは、二人がアンダースの欠片を一つ以上見つけた、数少ない部屋の一つだった。チェスの駒二つと、その近くの床でうごめく、ネズミくらいの大きさの塊。それを捕まえてフェンリエルは笑い声を上げ、メイジに送り返す前にフェンリスに掲げて見せた。それはネズミではなく、鎧を着た、ネズミ大のテンプラーの姿に見えた。

ごく普通の農家の一室、年老いた白髪の女性が火の側で大鍋をかき混ぜていた。片隅にある狭いベッドの上に棚があり、その上に置かれた、雑な作りの木製のおもちゃ、それが欠片だった――片方の脚は欠けていて、馬か猫のような――とにかく、何か四つ足で尻尾を持つ動物。ひょっとしたら牛かも知れなかったが、それにしては尻尾が太すぎた。

全ての夢が平穏では無かった。彼らは再び地下のトンネルに居て、周囲は広い床の隅からわき上がる赤い輝きに満たされていた。その場所は脅威と恐怖に満たされた悪夢にも似て、あらゆる陰から、視界の端の至る所から、何かが彼らを見つめていた。いかにも不吉な場所だった。
二人は後になって、そこがディープ・ロードだろうと結論づけた。もっともドワーフの夢ではない以上、恐らくは誰かグレイ・ウォーデンの一人か、あるいは何かの理由があってこの暗く危険な場所に足を踏み入れた者の一人だろう。
ここで見つかったアンダースの記憶の欠片は、巨大な洞窟の中に有った、巨大なゴーレムだった。フェンリエルもこれほど大きなゴーレムについては聞いたことも無かったが、だがそれも、彼が手を触れると他の欠片と同様に容易く、速やかに消え失せた。

そして更に暗く、忌まわしい場所。トンネルの奥の、彼らが最初アンダースを見つけた牢屋を彼らは再び訪れていた。しかし周囲の物は異なり、より不鮮明で、より陰惨な影を帯びていた。フェンリスは拳を握りしめ、この夢の持ち主に殴りかかりたい衝動をこらえた。その男が行った、残酷な行為の記憶だった。フェンリエルも同様に厳しい顔つきをして屈み込むと、黒く血に染まった革鞭に震える指先で触れた。
「この夢を見ている男は、狂っている。重いリリウム中毒だね。この先それほど長く生きられるとは思えないな」とフェンリエルが静かに言った。

フェンリスは厳しい顔で頷いた。
「それを聞けば少しは気も晴れるが……いや、それでも不十分だ」

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第19章 追憶 への2件のフィードバック

  1. EMANON のコメント:

    せせせせせんせいペース早くないっすかwww

    1章づつが短いからでしょうか。
    しかし他人のフェイドの中とはいえ、せっせと羽根を集めて
    まわるフェンリスとフェンリエル、かいがいしくていいなあw

  2. Laffy のコメント:

    EMANONさま、コメントありがとうございます(^.^)
    そーなんです、一章が大体4000~6000文字くらいなんで、大体EoSの半分くらいですねー。
    あと夢のところは翻訳大変(w)なんで早く済ませたかったとか。
    さーこっから先は楽しい話ですよっあの人も出て来ますよっ(^.^)

    フェンリスは他人の事になるとマメなような気がするな。自分の事は放っとくけど。

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