第25章 川船

結婚式は、セバスチャンの言ったとおり、ごく小規模で形式張らない式だった。城の中の、大公一家の私的な祈祷に用いられる小さな礼拝堂で開かれ、参列者もごく控えめな数だった。二人を結婚させるために教母が一人、上町のチャントリーから呼び寄せられ、それと一組の貴族と街の有力な商人が二人、立会人となるために招待されていた。
それとフェンリス自身、アンダース、フェンリエルを入れても両手で数えられる数の招待客。彼らは礼拝堂の背後で目立たぬよう控えめに立ち、中でもアンダースはとりわけ聖職者との接近には用心深く振る舞っていた。

結婚しようとする街の庶民と何ら変わりの無い、控えめな、簡素かつ短い儀式が終了した。教母は短い祈りを捧げた後で、セバスチャンとマリアンの手を美しい青色のリボンで結び、一同が声を揃えて聖歌を歌う間、彼ら二人に芳しい香を焚いた。そして最後に教母が一言述べ、新たな夫婦となる二人はリボンを結びつけている、複雑な結び目の両端を手に取り、そして引っ張った。リボンはするすると滑らかにほどけ、二人の手の間で一本となった。
二人は笑顔を浮かべ、それからごく慎ましやかにキスをした。それで式は終わった。

セバスチャンが参列者に礼を言い、その隣でマリアンは彼の腕を取って温かい笑みを浮かべ、それから皆礼拝堂を出た。メイジ二人は、式はともかく披露宴に参加するのは危険が大きすぎると見てフェンリスの私室に戻った。フェンリスはその場に残り、マリアンの頬にキスをしながら彼らからの祝福の言葉をささやいた。マリアンは実に愛らしく頬を染め、フェンリスがセバスチャンと握手して軽く抱きしめる間も、嬉しそうに微笑んでいた。

披露宴もも充分楽しめるものだったが、それでも終わって自室に戻れた時にはフェンリスはほっとした思いだった。アンダースとフェンリエルは部屋の中で、披露宴で出されたものと同じ食事をまだ食べていて、エルフは彼らの側に座るとグラスにワインを注いだ。

「さて……明日の出発の準備は出来たか?」と彼は尋ねた。
「もし明日発てないと、次の川船が出発するのは2日後になるが」

「いつでも良いよ」とフェンリエルが言った。
「荷造りはみんな終わったし、後は今日と明日に使う物をまとめるだけ」

アンダースも同意して頷いた。それから彼らは静かな夜をフェンリスの部屋で過ごし、彼とフェンリエルが旅路の計画について話し合う中、アンダースは座って興味深げに聞き入り、時折話の中で頷いたり首を振ったりした。彼らは皆ようやく旅立てることに待ちきれない思いで、早々にベッドに入った。


彼がこれまで幾度となくスタークヘイブンを――まるで彼の『家』に戻るように――訪れた時と同じく、マイナンター河の流れが彼らの舟を下流へと街から遠ざける間、セバスチャンとマリアンのことを大事に思う気分と同じだけの強さで、彼はまるで重い荷物を肩から降ろしたような気分を感じていた。彼は舟の後尾の桟にもたれ掛かって、次第に曲がりくねる河の向こうに消えていく街を見守った。

アンダースも側に立って、街の姿を同様に眺めていた。彼はごく簡素な服に身を包み、つばの広い柔らかな帽子を被っていた。前のつばを降ろして凹凸のある額を隠した彼の姿は、まるきりどこにでも居る農夫に見えた。ただしそのすらりとした長身と、ねじ曲がった両手を除いては。爪は短く整えられ、彼が今朝まで新しいペンで書いていた召使い達への感謝状――後でセバスチャンからの贈り物と一緒に、彼の面倒を見ていた人々に渡されることになっていた――のインクの汚れが、まだ僅かに残っていて、農夫の手には見えなかった。彼はしばらくしてから身を翻し、船の行く先を見ようと舳先の方へ向かった。フェンリスはもはやスタークヘイブンが見えなくなるまで、その場に留まっていた。

この川船には客室は無く、乗客達は単に甲板の一部を、旅をする期間借りているだけだった。彼ら三人は人通りの少ない、船後方の下甲板を船員達と共有することに決めた。彼らはその一部を荷物で仕切り、残りは壁沿いに積み上げた。フェンリエルはもうそこに座って居て、唇を噛みしめながら熱心に旅行記に何か書き留めていた。フェンリスも側を通って同じく船壁に背を預けて座ると、温かな朝の陽射しを楽しんだ。甲板での旅はいつも楽しいという訳には行かず、悪天候、とりわけ雨の日には徹底的に惨めなものになることもあったが、ともかくただ今のところは、彼は日の温かさを楽しみながら船員達の働く様子を見つめ、快適に過ごす事が出来た。

船を仕切っているのはスタークヘイブン出身の大家族で、船員のほとんど――船長の兄と弟、その妻、年長の子供達が数人――は同じ一家、そして残りの者達も何らかの縁戚のように見えた。この一家は他にも数隻の川船を持っていて、フェンリスはこの数年の内に彼らの船で幾度か旅をしたことがあった。この船にいる者達と一緒になったことは無かったが、彼らの方は大公の友人でもある、この珍しいエルフの話を聞いていた。

「二年前の秋だけど、従兄弟のトーマと彼の妻が、あんたをネヴァラまで送っていったって」
その日の朝、三人分の乗船切符を買いに来たフェンリスに船長の妻が話しかけた。
「随分剣の腕が良いって言ってたね。ハスマルの向こうの荒野で、川沿いのならず者連中が船を襲った時に、あっさり片付けたとか」

フェンリスは頷いた。
「ああ、覚えている。あのご婦人、マイリも、連中の一人の頭をフライパンで思い切りひっぱたいていた」

妻はニヤリと笑い、大きな八重歯が唇から覗いた。
「そうそう、結局そいつを殺したってね。もしなんか揉め事が起きた時には、あんたが乗っててくれたら安心さね」

もっとも、今回の旅では何事も起こりそうには無かった。川旅で問題が起きることは滅多に無く、西へ旅した時の一件はネヴァラとオーレイの戦乱に絡んだ、希な出来事の一つだった。マイナンター河はフリーマーチズ中で貨物と人を西へ、東へと運んでおり、この河が交通の要だった。そのため川沿いの小さな豪族からスタークヘイブンのような都市国家までが手を結び、船の運航を妨げたり貨物を奪ったりしようとするならず者を、どこでも容赦なく排除していた。

アンダースがようやく景色に見飽きたと見えて、舳先から戻ってくると彼らに加わった。彼は寝袋を丸めた袋に頭を載せて横になり、帽子を目の上まで降ろした。驚くほど短い間に、帽子の下からは微かないびき声が聞こえてきた。フェンリスと若いメイジはその上で、愉快そうな視線を交わした。

「僕もそうするかな」とフェンリエルは言って、ペンを綺麗に拭き取り、旅行記とインク壺と一緒にしまい込むと、同じく横になった。

フェンリスは昼寝はせず、川岸の景色をずっと眺めていた。

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