第15章 礼拝

第15章 礼拝


「どうかな?」アンダースは唇の片隅に笑みを浮かべ、彼の新しいコートの前を手で撫でながら、恐る恐る尋ねた。

スタークヘイブンの教会へ、セバスチャンと共に毎週礼拝に参加しなければならなくなったという知らせを受けて、このメイジはひどく不安を感じているようだった。そこでセバスチャンは礼拝にふさわしい、上等で地味な服一式を新たに揃えて、彼の気を紛らわせてやることにした。上質の生地を使った無地で落ち着いた色の服で、例えば裕福な商人が着るような服だった。このメイジはまるで花嫁のように神経質となっているように見えたが、男の過去についてセバスチャンが知る限りの事からしても、その理由は多少なりとも想像出来た。最後にこの男が教会へ足を踏み入れた時は、そこを爆破するためだったと言うことは改めて思い出すまでも無かった。

「格好良いぞ」と彼は言って、勇気づけるように彼に笑いかけた。
「私の側にいるだけで良い。もし本当にお前の信ずるものに反するなら、儀式に参加したり祈ったりしろとは言わない。メイカーは偽りの祈りを求めてはおられない。しかしながら、少なくともそうしているように見える動作はするように。私のやるとおりにすればいい、それで万事上手く行く」

アンダースは神経質そうに頷いた。コテージを出て半ば片付けられた庭を小道に沿って歩きながら、セバスチャンは新しい服を着たアンダースが、実際かなり格好良く見えると思っている事に気がついた。濃い焦茶色のコートとズボンは彼の金髪と目の温かい琥珀色を引き立たせ、コートの下に覗く薄いクリーム色のシャツが彼の日焼けした皮膚に快く映えていた。
もし彼の事を知らなかったとしたら、この良い身なりをした端正で物静かな男が、カークウォールの教会を吹き飛ばした、ぼろぼろのローブを着て痩せた野良犬のような目つきをした、無精ひげの狂信者と同じ人物だと信じるのは難しかっただろう。

庭を出ると彼らの衛兵が静かに背後に付き従い、一同は揃って城門へと向かった。彼らが城を出て、大通りを近くの教会に向かって歩いて行くのに従い、アンダースは再び不安げな様子を見せた。教会の正門に向かいながらセバスチャンは振り返って、男の顔が蒼白になっていることに気付いた。
「落ち着け、アンダース」と彼は言って、ふとこの男が恐れる理由に思いついた。
「約束しよう、お前は一時間以内に自分の足でここから外に出ている、私と一緒にな」

どうやら彼の推測は正しかったようだった。アンダースは深く息を吸うとゆっくりと吐きだし、少しばかり落ち着いたように見えた。
「その言葉を信用するよ」と男は無理に笑うと言った。まだ顔色は青ざめ背中を強ばらせていたが、ともかくセバスチャンの後ろに従い、正面扉に向かう階段を上っていった。


アンダースは両手を膝の上に静かに置き、落ち着いた表情をしようと頑張っていたが、口の中は古い骨のようにカラカラで、胃の中はひっくり返り、今にも混み合った教会の皆の面前で嘔吐するのではないかと心配になっていた。前回彼が教会に来たのは……カークウォール、夜半過ぎ、後にジャスティスがそれを利用して建物を破壊し、中の人全てを殺し、さらには空から舞い落ちる破片で大勢の人々を傷つけるであろう、爆破装置を設置するために忍び込んだ、その時が最後だった。いや、ジャスティスだけではない‐彼とジャスティスが共に協力してだった。その時点では、彼は彼らの大義を信じ、これから行うことは、あらゆる意味でメイジにより良い未来をもたらすと確信していた。

しかし今となっては……彼はもはや確信が持てなくなっていた。あの精霊が去った後、かつての確信の大部分が持ち去られ、空白と損失感だけが彼に残されたように思えた。かつてはあれほどまでに自信を持って真実だと確信していた、彼の主張と論理は大きく揺らいでいた。この数年間、彼が持ち続けたメイジの自由を求める熱意、教会の統治は不正義であり覆されなければならないという信念の、どこからどこまでが彼自身のもので、どれだけがジャスティスの影響だったのか?そう考えると、彼はひどく不安になった。

セバスチャンが教会の中をゆっくりと進み、時には立ち止まって一言、二言静かに言葉を交わして、ようやく教会正面の座席の前で立ち止まるまで、彼はただその後を付いていった。彼はこの男のことは大して好きではなかったが、少なくとも約束は守ると信用出来た。この男は、アンダースの信ずるところが間違っているとして攻撃的になるくらい、自分の思想と信仰に常に忠実だった。

ごく一部の高位の貴族とブラザー並びにシスターのみが着席し、他は礼拝の間ずっと立っていたカークウォールの教会の様式とは違って、ここスタークヘイブンの教会には現代的な礼拝堂の設えがあり、参列者全てが着席できる長椅子が、正面から礼拝堂の両壁に沿って並んでいた。説教段のすぐ下にある、豪華な装飾に囲まれた格別に広い場所が、大公一族のために用意されていた。その場所には一族全員とその衛兵達、召使い全てを収容出来るだけの大きさがあったが、しかし今はそこには、落ち着いた装飾の施された背の高い優雅な椅子が一脚と、無地の木製の椅子が数脚、その後ろに一列の長椅子が置かれているだけだった。スタークヘイブンの紋章である牡鹿を金糸で刺繍した白布に覆われた、その飾り椅子にセバスチャンは腰掛けると、側の木製の椅子に座るようアンダースを促した。彼らの衛兵達は後ろの長椅子にそれぞれ腰掛けた。

アンダースはセバスチャンの顔を横目でちらっと見た。彼は今日もいつもの鎧を着用していた。白いエナメルに金の縁取りのプレートと、白銀のメイルアーマーを身につけ、白と金の椅子に腰掛けた彼は、どこから見ても大公殿下そのものだった。
もし彼の事を知らなかったとしたら、ホークがアンダースと共に、ジャイアント・スパイダーの蠢く洞窟や、汚穢と狂人に満ちたダークタウンの暗がり、さらにはアボミネーションの徘徊するサンダーマウントの山道を引きずり回したアーチャーと、この男を同じ人物だと信じるのは難しかっただろう。しかしそれでも教会内の全ての人々の前で‐彼の領民だということにアンダースは気がついた‐落ち着き自信に満ちあふれた姿の彼を見ると、彼が本当に、王族の一員であると唐突に信じる事が出来た。

アンダースは両手を膝の上に置き、掌を布地に擦り付けたいという衝動と戦っていた。新しい服‐またもや新品の服。しかも今回は特別に彼のために誂えられた服だというのが、どうも彼には本当のこととは思えなかった。彼の半生において、彼のために誂えた服というのは今まで着たことがなかった。もっとも母親が作った子供服は別としても、その時でさえむしろお下がりの方が多かったのだが。フェラルデンのサークルにおいても、彼のローブは地元の商人から購入した「誰にでも合うフリーサイズ」で、彼のために特別に作られた物は何も無かった。

礼拝堂の後方でざわめきが起こり、大教母グリニスと彼女の配下のプリースト達が続いて入場し、前方へと歩いてきた。セバスチャンは即座に立ち上がり、他の人々も慌ててそれに続いた。大公家一族の席の前を通り過ぎる際にグリニスは少しの間立ち止まって頭を下げると、それに答えてセバスチャンも深く頭を下げ、スタークヘイブンの宗教と世俗の長が共に誠意を持って互いの存在を認めている事を皆に示した。彼女は説教段の方へ向き直る前に一瞬アンダースに目を向けたが、彼の存在に気付いたようなそぶりは全く見せなかった。

グリニスが説教段へと上り、他のプリースト達がそれぞれの席に着く間、セバスチャンはじっと立ち続けた。グリニス始め全てのプリーストが静止したあとようやくセバスチャンは席に着き、大教母の方に注目した。礼拝堂の皆が同様に着席した後、彼女は礼拝の説教を始めた。

アンダースは彼女の言葉に集中出来ないでいる自分に気付き、その代わりに彼女の背後にあるアンドラステ像に目を向けた。カークウォールにあった像ほど大きくも華麗でも無かったが、この像は無垢の白大理石から造られていて、金箔張りもされていなかった。何とはなしに彼女がより柔らかな表情をしているように思えて、アンダースは彼女の顔に見入ると、アンダーフェルス、そしてフェラルデンでの子供時代に、彼の両親や兄弟と共に教会を訪れた時のことを思い出していた。母親はアンドラステとメイカーの熱心な信者で、いつも特別にアンドラステに祈りを捧げていた‐何を祈っていたのか彼には知るよしも無かったが。

彼が連れ去られた後家族がどうなったかだろうかと、彼は少しの間考えた。最後に家族を目にした、テンプラー二人に引きずられながら肩越しに振り返って見た様子を彼は思い出した。彼の父親の苦々しい顔付き、母親はその足下に土ぼこりと共に横たわり、こめかみからは血が流れていた。彼を連れ去ろうとするテンプラーに抗議した時、テンプラーが彼女を殴りつけたのだった。父親は何の抗議も示さなかった。彼の問題児がようやく手を離れることに安堵していたように見えた。

その怪我のせいで母親が死んだのではないかと、時に恐れたこともあった。彼女はぴくりともせず、あまりに静かに横たわっていた……しかし彼がそれを知ることは決してないだろう。彼の家族がどこに居るのか、誰かがまだ生きているのか確かめる術さえもはや無かった。サークル・タワーに連れてこられた時、彼は頑固に本名を告げることを拒み、テンプラーもわざわざ戻って調べようとはしなかった。彼の両親の強い訛りからアンダーフェルス出身である事は容易に判別できたので、それから彼は「アンダース」となった。もう随分長い間アンダースとして過ごしてきたため、彼はほとんど本名を忘れかけていた。更に希にしか思い出さない一家の姓については言うまでも無かった。姓名は確かBかPで始まっていた、そう彼は思ったが、意識的に忘却の彼方に追いやっていた長い年月の後ではその記憶さえ定かでは無かった。

彼はセバスチャンのするとおりに立ち上がり、座り、しばらくの間は冷たい床にひざまずいて、祈っているかのように頭を垂れた。ようやく説教を終えると大教母は彼女自身の席に下がった。それから聖歌が始まり、しばらくの間合唱隊が男女交互に歌った。最後に讃歌の一節を、若い男性の声が歌い上げた。

言葉は無かった
天にも地にも、海にも空にも
ただ静寂のみ

そしてメイカーの声が響き渡る
始まりの言葉
そして彼の言葉は全てのものとなる
夢と理想、希望と恐怖
可能性は尽きることなし

そこここから皆が立ち上がる音が聞こえ、それぞれに別れて順番に扉から出て行った。セバスチャンは静かに立ち、物思うようにアンドラステ像を眺めていたが、教会がほとんど空になってからようやく席を離れた。

彼はしかし扉の方ではなく教会前方に向かい、赤く染められたろうそくを一本テーブルから取って、点されているろうそくから火を移して側に置くと、その前で祈るために頭を下げた。

その姿は、アンダースに彼の母親もしばしば同じように祈っていた姿を思い出させた。幸運を願って、あるいは愛を、健康を、あるいは死者を弔うために、祈りと共にろうそくを捧げる姿。

セバスチャンが前に移動した後も、彼はしばらくテーブルの側に残ってろうそくを見下ろしていた。ほんの一瞬、彼も同じようにろうそくを取り、火を点し、同じように祈ろうとする衝動に駆られたが、それはすぐに消え去った。彼は静かにセバスチャンが祈り終えるまで待ち、それから後に付いて教会を出て丘を登り、彼の牢獄へと戻っていった。

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