第18章 孤独

18章 孤独

アンダースのコテージから回収させた、一番新しい紙の束を見ながらセバスチャンは微笑んだ。荘園への旅行の後、アンダースの描くスケッチのテーマが大きく変わったことが見て取れた。今回は植物の絵はほとんど見られず、数多くの人々が描かれていた。長老が座って笑みを浮かべている姿、穀物の穂を束ねている女や子供達、ホークの顔が一つ、下を向いて何かを眺めていた。その頁の隅には穀物の冠を被った愛らしいムイルンの上半身も描かれていた。

次の頁の大部分を占める詳細なスケッチを見て彼の眉はつり上がった‐彼自身の絵、腰帯だけを身につけ、大鎌をまるで槍のように片手に持って柄を足下の地面に着けた姿が描かれていた。本当によく似ていたが、同時に何かしら心乱れる物を感じた。多分、あのアポステイトが記憶からだけで、こうも詳細に何かを描けるということが理由だろう。もし彼に絵を描く技術があって同じ事に挑戦したとしても、到底同じような似顔絵は描けないのは間違いなかった。彼はアンダースの顔つきや髪型、立ち姿、力強い長い指を持った手くらいは思い描けたが、しかし他の部分は……彼はあのメイジの傷だらけの背中を思いだして、慌ててそのイメージを心から消し去った。

その頁の隅に描かれた小さなスケッチは、ずっと安心できる顔だった。彼らに同行した衛兵や召使い、いくつかの猫の絵。三枚目はほとんど全部猫の絵で大部分がトラ猫、それと小さなホークの顔が走り書きで描かれていた。それにビアンカを腕に抱えた、充分ヴァリックだと判るスケッチ。ドゥーガルが眉間に皺を寄せて集中し、誰かの傷口に包帯を巻いていたが、腕か足かはよく判らなかった。また別のセバスチャンのスケッチ、彼の顔の習作のようで、鼻、目と唇は詳細に描かれる一方で頬と顎、髪の毛は僅かに輪郭だけが描かれていた。眉の間の僅かな皺と何かを見つめている目付きから、この絵の彼は怒っていたか考え事をしていたか、あるいは両方かも知れなかった。

彼自身の大きなスケッチへ戻ってしばらく眺めた後、彼の机の厚みを増していく紙の束にその頁を加えた。彼は荘園で収穫の手助けをした数日間がどれほど楽しかったか、名残惜しげに思い出していた。アンダースも途中からは収穫を手伝い、女達が楽しげに彼に穂の集め方を教えていた。そして二日目の午後遅くに、大鎌で小さな事故が起こった時‐刈り入れの際に大なり小なり事故の起こらない年というのは希だった‐彼は怪我をした男の足を手際よく治療し、村人達から幾分控えめではあるが畏れのこもった感謝の念を受けた。

三日目に収穫が終わって開かれたディナーとダンスパーティは何よりも楽しいものだった。若い野放図な頃のセバスチャンであれば、かがり火とたき火の向こう側の陰に行って、今年の収穫を祝い、畑の豊穣を二人だけで祈ろうという娘達の密かな‐時には、むしろあからさまな‐誘いに、決して遠慮はしなかっただろう。しかし……そう、もし彼が純潔の誓いに縛られていなかったとしても、村娘が産む私生児の父となるという可能性に、今となっては彼は少しばかり居心地の悪い物を感じていた。もし彼が子の父となるとしたら、それは正統な嫡子でなければならなかった。それで彼は誘いに乗るかわりに明るい場所に留まって飲んでは歌い、ダンスをし続けたのだった。

村人達の歌はアンダースも若い頃に覚えた歌だったようで、ある時点で彼も歌に加わった。彼は快く響く良い声をしていた。女達の何人かはその後彼をダンスに誘ったが、彼はことダンスに限っては不器用だからと丁寧に断っていた。

セバスチャンは笑みを浮かべると、一つため息をついて仕事に戻った。彼はアンダースの提案に従い、避難民の中の技能に優れた働き手を助けて、ここスタークヘイブンで再出発させる手伝いをする計画を進めようと決めていた。無論この計画についてギルドマスター達と討論する前に、まだ多くの考えるべき事が残っていた。しかし商人達の方は、あらゆる場所で加工品の需要が高まるとするアンダースの示唆に従うなら、この話に充分乗り気になるだろうと思われた。
スタークヘイブンはマイナンター川沿いの上流に向かうにも下流に向かうにも良い位置にあり、上流に向かえばネヴァラとオーレイ、さらには昔のインペリアル・ハイウェイを辿ってテヴィンターへも抜けることが出来た。一方下流はフリー・マーチズの国々と、それにアンティーヴァとリヴァインへと行き来出来た。この2つの国は豊かな森林と鉱山を国の南側に持ち、そこからは木材と鉱石、川底の粘土質の層から陶器に適した土が得られることから陶器でも有名であり、同時に毛織物や革製品、さらにはチーズや穀物粉、ワインやブランディと言った様々な農産物の生産国としても知られていた。


アンダースは疲れた様子で目をこすりながら彼の庭に入る門をくぐった。街を離れての短い旅行は実に楽しかったが、そのせいで街に戻るのがより辛くなることに気付いてもいた。彼らが荘園に居る間は大勢の人と自由に混じり合い、普段ひどく厳格な彼の護衛達もゆったりした雰囲気に寛いだと見えて、彼に他の人と自由に話をし、時には行事に参加することさえ許していた。彼は実際収穫の手伝いをするのが楽しくなって、刈り取られた穀物を束にまとめる間に女達と冗談を交わし、最後の日のダンスパーティでは顔見知りになった何人かと、少しばかり軽口を叩いたりもした。もちろんそれ以上の仲になるような誘いは丁寧に断ったのだが。

その後はほとんど火の側に座って、上質のエールを飲んでは村人達が踊る姿を眺めていた。もちろんセバスチャンのことも。彼は始終笑い転げ、ダンスに度々参加してはお下げ髪の内気な少女から年輩の女性達まで、ほとんど全員と踊っていた。男達だけが参加する活気溢れるダンスにも彼は参加し、踊っている間にステップを忘れて危うく誰かの上に倒れ込みそうになった時は、男達からも見物人からも気のいい笑いが巻き起こった。

しかし一行が村を出て街に近づくにつれて、皆の顔に浮かんだ幸せな笑顔は次第に醒め、普段の真面目な顔に戻っていった。そして彼もまた、誰とも話することを許されない‐つまり、本当の会話をするということだ‐いつもの状態に戻った。セバスチャンが何か相談のために彼を呼び寄せる以外に他人と話す機会は無く、そしてそれもここの所は希になっていて、実際彼らが帰還してからというものは一回きりだった。

彼は実際、自分が恐ろしいほど孤独を感じていることに気付いた。彼はジャスティスが近い将来再び戻ってくるのではないかと怖れていたが、彼の心の一部ではそれと同じくらい、あの精霊がまだそこに、彼の心の中に居て、二度と彼が暗闇の中一人きりになる事は無いと保証してくれていたらと願ってもいた。

アンダースは自分で淹れた紅茶のマグカップを持って二階の書斎に上がり、机に座るとしばらく落書きをした。普段ならこうしていれば彼の心に浮かぶ人々や物がペン先から流れ出して紙の上に落ち着くのに、今日に限ってはそれに集中出来ず、心に浮かぶ顔をじっと見つめるだけの自分に気付いた。その後彼は画材を変えて、自分で作った木炭の棒で絵を描いてみようとしたが、結局は彼の手と机を黒い埃で盛大に汚しただけでほとんど何も描けずに終わった。

とうとう彼は紙を横に押しやると、最悪な出来の何枚かをねじって火の入っていない冷たい暖炉に放り込み、階下へと降りていった。彼は手を洗って、二階にいた間に届けられた冷たくなった夕食を食べると、今晩は早くベッドに入ることに決めた。

彼はなかなか眠る事が出来ず、ベッドの中で転々と寝返りを繰り返した。彼はカークウォールが恋しかった。ホークとその仲間達が恋しかった。今この瞬間にホークが玄関に現れてどこかに行こうと誘ってくれるなら、彼は何でもしただろう。クリニックからホークの家に上がって上等の食事を摂るために、あるいはハングド・マンでウィックド・グレイスに参加するために、ウーンデット・コーストで奴隷商人やタル・ヴァショスの相手をするために、あるいは、再びディープ・ロードへ行くという話でさえあっても。

メイカー、もし今ホークがこのベッドの隣に居てくれるなら、彼は本当に何でもしただろう。出来る事ならカークウォールに戻って、ホークの大きなベッドの中で、二人一緒に暖かくくるまって、ホークの腕が彼を抱き、力強い温かな手が彼の髪を梳き、頬を撫で、温かなムスクの香りが彼の鼻をくすぐり……

閉じた瞼に涙が盛り上がり、彼は幾度か瞬きして涙が流れるに任せた。長い時間が経って、ようやく彼は眠りの中へ引き込まれていった。

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