第19章 無力

第19章 無力


アンダースは突然目覚めると、凍り付いた。何が彼を目覚めさせたのかよく判らなかったが、良くないことなのは間違い無かった。彼は首筋の毛が逆立つのを感じながら、静かに横たわったまま息を潜め耳を澄ませた。

外から、誰もいるはずのない庭から微かな足音がした。一人の足音ではなかった。同じく微かな、金属と金属がぶつかってチャリンという音。鎧だ、彼はそう思った。金属が何かを擦る音、恐らく武器が引き抜かれたか、誰かの盾と鎧の腕が擦れた音。長年の経験から彼が怖れるようになった音、テンプラーが嵐のように彼の人生に踏み込み、彼が見いだした一時の自由を奪い去さる、その前兆の音。彼は唇を噛みしめ、恐ろしさのあまり泣きそうになるのを強いて押さえつけた。セバスチャンがこの事を知っているとは思えなかった。もしセバスチャンが何かの理由から、彼をチャントリーの手に渡すか、あるいは城の地下の牢獄に戻そうと思ったのなら、何も夜半過ぎに忍び寄る必要は無く、単に彼の護衛に一言命じて連れて行かせれば済むことだった。

彼がベッドのシーツの下でゆっくり身を動かし、庭を見渡すことの出来る、一番遠い壁の窓を見た。月が出ていて、窓と敷居を明るい光で照らし出していた。ちょうどその時、人型の影が月の光を遮った。誰かが窓の前に立って、中を覗いていた。

彼は大きく息を吸い込むと、ベッドの横から滑り出して床に降り、このコテージの中にどこか隠れるところは、彼らに見つけられないような所は無いかと必死で考えた。煙突のどれかに這い上るのは問題外だった。どんなぞんざいな捜索の目も逃れることは出来ないだろう。それに逃げ出す方法も無かった。玄関扉と窓は全て北側の庭の方を向いていて、他の者がコテージの中で彼を捜す間そこを見張るのも、精々一人か二人で事足りた。
彼がどう行動すべきか逡巡していると、突然玄関扉の方から音も無く圧力波が押し寄せ、魔法の力を全て奪い取った。彼は血が出るほどに唇を強く噛みしめ、恐怖と衝撃に泣きわめきたいのをどうにか抑えた。テンプラーだ。外にいるのが誰であれ、その中にテンプラーが居る。

玄関扉を激しく叩き付ける音が聞こえた。精々一、二分、それ以上は持たない事は判っていた。彼は目に入った唯一避難出来そうな場所、部屋の隅の大きなクローゼットへと飛び込んだ。少なくともクローゼットの扉はしっかりした樫の厚板で出来ていたが、錠前はなく、しかも外開きだった。これではどうにかしてくさびを打って扉を閉めたり、あるいは内側からつっかえをしてほんの僅かな時間を稼ぐことさえ……

彼は掌の横を強く噛むとすすり泣いた。彼は暗闇の中、孤独で、無力だった。

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