第59章 似たような話
ホークがゆっくりと数歩彼の方に近付き、濃褐色の眼がアンダースの全身を心配げに見渡す間、彼はそこに座ったまま凍り付いていた。
「アンダース」とようやく、静かな優しい声で彼の名を呼んだ。
「お前は……元気そうだな。驚くほど」と彼は付け加えると、ゼブランとナサニエルの方を訝しげに振り返った。
ネイトは肩をすくめた。
「俺が見るところ、彼が閉じ込められていた場所はいかなる牢獄とも似ていなかった」と彼は冷たい声で言った。
第59章 似たような話
ホークがゆっくりと数歩彼の方に近付き、濃褐色の眼がアンダースの全身を心配げに見渡す間、彼はそこに座ったまま凍り付いていた。
「アンダース」とようやく、静かな優しい声で彼の名を呼んだ。
「お前は……元気そうだな。驚くほど」と彼は付け加えると、ゼブランとナサニエルの方を訝しげに振り返った。
ネイトは肩をすくめた。
「俺が見るところ、彼が閉じ込められていた場所はいかなる牢獄とも似ていなかった」と彼は冷たい声で言った。
第58章 聞き慣れた声
「……にはどれくらい?」
「一晩寝かせるくらいだね。もうすぐ目覚めるはずだ」
アンダースは顔をしかめて、それから眼を開けた。真っ白だった。彼は瞬きすると、白いものは彼の目下にある雪だと判った。彼は……まるで狩りの獲物のように、頭を下に手足をくくられて、棒に釣り下げられていた。そしてまさに狩りの獲物のように彼はどこかに運ばれていく途中で、担ぎ人の足が雪をしゃりしゃりと踏みつける音と共に、身体が微かに上下していた。
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第57章 追跡
フェンリスは城の正門に近づくにつれ更に激しさを増す雪に顔をしかめた。雪さえ降り出さなければ、彼は少なくとも数時間前には戻っていたはずだった。雪のせいでゲヴィンとサークルを出発するのがそもそも遅れ、残りの道程も遅くなった。アリとエアはどんどん深くなる雪を掻いて進むせいでずっと疲れやすくなり、始終小休止して馬具を載せ替えてやらなければならなかった。
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第56章 暗転
この二日間は彼の人生の中で最悪と言っても良かった。まあ、少なくとも最近の記憶の中では。もっと前の話なら、客観的に見てこれよりもっと酷い日々を数え上げることが出来た。メイカー、全くこの二日間の話など、彼が過去において堪え忍んだ事柄に比べればほとんど愉快な出来事と言っても良かっただろう。しかし昔の話は昔のこと、陳腐化した古い痛みだったのに対して、この傷口には新鮮な血が滲み、鋭くひりひりと傷んだ。
第55章 事後
隠し階段の下にたどり着き、クローゼットから転がるように出て震える手で後ろの扉を閉めた時には、アンダースの頬からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。彼はベッドに倒れ込むと出来るだけ小さく身体を丸め、両手を顔に押し当てて、激しい呼吸をどうにか整えようと苦闘した。
第54章 突然のつまずき
夕食時になって、扉の向こうに現れたアンダースを見て、セバスチャンは驚くと少し眉を上げた。メイジは今晩のために少しばかりの手間暇を掛けてお洒落したのは間違い無かった。清潔な肌からは微かにバルサムの香りが漂っていて、服装はごく慎ましやかであったが、色の取り合わせは実に良く考えられていた ‐ あずき色の毛織物のズボンに、濃茶の平底の室内履き。ほとんど白に近いクリーム色のリネンシャツと、首元からはデーリッシュの金色のスカーフが覗いていた。手の爪はきちんと切りそろえられ、頬は滑らかに剃ってあり、髪の毛も櫛を入れて整えた後いつもの短いポニーテールに結んであった。
第53章 気詰まりな昼食
いつものテーブルに椅子が二つしか用意されていないことに気付き、アンダースは立ち止まった。「今日はフェンリスは居ないのか?」と彼は驚いて尋ねた。
セバスチャンは料理を取る手を止め顔を上げると、彼に向かって首を振った。
「居ない。彼はゲヴィンとカイラと同行してサークルに行き、彼女があちらで落ち着く所を見届けて、兄と一緒に戻ってくることになったから、早くとも明日の午後までは戻らないだろう」
第52章 魅力ある少女
風呂に入って服を着替えると、エルフの兄妹は大きく様変わりした。彼らの服は召使いか厩の見習いが着るようなごく簡素な服だったが、カイラの喜ぶ様子からすると、その無地の濃青色のドレスと、肩までの長さの黒髪を愛らしいポニーテールに結んだ同色のリボンは彼女がこれまで着たなかで一番素敵な服のようだった。ゲヴィンも同じ濃青色の胴着に黒色のズボンを履き、更に神経質になっているように見えた。
第51章 メイジ生まれの
「エルフ公、エルフ公様!」聞き慣れない声が呼んだ。
フェンリスは顔をしかめると、アリの側に早足で付いてくる、そのくしゃくしゃの服を着たエルフの女性を見おろした。
「俺はエルフ公ではない」彼は鋭く言った。
第50章 読み書きの授業
セバスチャンはゆっくりと息を吸いながら弓を引き絞ると、静止して息を止め、その一瞬に狙いを定めて矢を放った。矢は的のまさに中心を射抜き、彼は満足して歯を見せて笑った。更に二本続けざまに射ると、矢は的の周囲にごく小さな束となって突き刺さった。彼が練習場の反対側を見ると、そこではフェンリスが一連の剣技を行っていて、彼の特大の剣が藁の詰まった練習用人形に繰り返し切り込んでいた。人形のぼろぼろになった様子から判断するに、もしそれが本物の相手であればとっくに数回は命を無くしていただろう。彼が見守るうちにも、とりわけ強烈な一撃が人形の頭を綺麗にはね飛ばし、周囲の地面に藁を撒き散らした。