「君がまた俺に会いたいと思うとは、考えてもいなかった」とフェンリスが玄関の扉を開けながら、拗ねたように言った。
「なあ、中で話せないか?」と俺は尋ねた。
「喧嘩をするにしても、上町の通りではごめんだ。家の中にしてくれ」
フェンリスは一歩下がって、俺の顔を見た。
「頭はもう良いのか?」
俺は家の中に身体を滑り込ませながら言った。
「アンダースが治してくれたさ」
「君がまた俺に会いたいと思うとは、考えてもいなかった」とフェンリスが玄関の扉を開けながら、拗ねたように言った。
「なあ、中で話せないか?」と俺は尋ねた。
「喧嘩をするにしても、上町の通りではごめんだ。家の中にしてくれ」
フェンリスは一歩下がって、俺の顔を見た。
「頭はもう良いのか?」
俺は家の中に身体を滑り込ませながら言った。
「アンダースが治してくれたさ」
章タイトルはその日のカークウォール・ポスト一面見出しです。ホーク一派の活躍ぶりが新聞に載ることは滅多にありません。
ヴァラニアも、他数人の男達と一緒に俺を待っていた。彼女は幸せそうな顔ではなかったが、かといってひどく後悔しているような顔でも無かった。
「こいつは奇遇ですな、マダム」と俺はきっと彼女から見ればひどい顔付きで、ニヤリと笑いながら言った。彼女は俺と眼を会わせようとはしなかった。
ダナリアスが彼の部下に命令を下す間、俺の首根っこを掴む手の外は彼らは完璧に俺を無視していた。俺は扉をじっと睨み付け、フェンリスがそこから入ってこないことを一心に願っていた。
メリルの車に戻った時には皆腹ぺこだったが、かといってこの荒れ果てた村でピクニック弁当を開けようと言い出すものは居なかった。俺達は車に乗り込むと山道を下りながらサンドイッチの籠とソーダの瓶を回し、ホースもお裾分けを貰って涎をシートにたらした。
メリルはもし必要なら彼女の膝小僧で完璧に車を運転出来るようだったが、俺としてはあまりやって欲しくなかった。それで俺は彼女のためにオレンジの皮を剝いてやった。
山道の半分がた降りたところで、反対側から何台か車がやってくるのが見えた。うち2台はぴかぴかの装甲車で、テンプラーがぎっしり乗っていた。
「トリップ!ちょっと聞いて、何かひどいことになってるのよ、真相を探らなきゃ」
その日の夜、イザベラは腰に手を当てて俺とギャムレンのみすぼらしい夕食を見下ろしながら言った。
「俺は間違いなく玄関の扉に鍵を掛けたと思ったがね」と俺は指摘したが、しかしその指摘には何の意味もなかった。イザベラは、鍵の掛かった扉と言うものの意味を理解していないようだったから。
「ああ、気にしないで」と彼女は言うと、俺の皿からラムチョップを一切れ口に運んだ。焼きすぎないように細心の注意を払った俺の心遣いに、彼女が感銘を受けた様子は無かった。
「とっても、大事なことなの」
フェンリスとアヴェリンが俺を両側から担ぎ上げて、俺を倉庫の外へと引っ張り出してくれた。メリルは大慌てで人混みをかき分けながら、アンダースを連れてくるためにダークタウンへと向かった。倉庫から俺達が表に出たときには、エルフ達は皆夕暮れの街頭から姿を消していた。
それにはちゃんとした理由があった。
市当局は、文字通り全力を挙げてエイリアネージに強襲を掛けていた。狭い通りの至る所で、通りに放置されたままの露店や自転車の列を押しのけて、ぴかぴか光る警察と騎士団の車が止まっていた。
「私にはもう、初っぱなから判ってたわ、あの女がいずれトラブルを起こすだろうって」とアヴェリンが言った。
「あなた達は本当に運が良かったのよ、話の裏付けになる目撃者が充分居たから。そうでなかったら、この大騒ぎのつじつま合わせに利用されていたかも知れない」
「イザベラは俺達を嵌めるつもりは無かっただろうさ」と俺は指摘した。
「ふんっ!」
俺とフェンリスとアヴェリンは、上町の警察署から道を渡って反対側のカフェに座っていた。彼らはその午後一杯俺達を締め上げたが、イザベラがロッカーをこじ開けるのを黙って見ていたという以外に、俺達は何も悪いことはしていなかった。無論、俺達はロッカーの中身については一切知らぬ存ぜぬで通した。
それで、ギャムレンと俺はアパートで二人、やもめ暮らしをすることになった。棚の上にはすぐにホコリが分厚く貯まりだし、ベッドの下ではホワホワした綿埃の子ウサギが大きくなっていったが、少なくともギャムレンは長いこと独身生活を続けていてから、生きていくための基本技術は身に付けていたし、彼はもちろん俺にもそれを叩き込んだ。
俺達は誰が次の洗濯当番で、誰が綺麗な靴下を盗ったかと毎日口げんかに明け暮れたが、少なくとも飢え死にはしなかった。友人達も俺達を気の毒に思って手を貸してくれた。メリルでさえ、一度は筋張った木の根っこのサラダと、妙な味の豆のディップを夕食にごちそうしてくれたものだ。だがともかく、彼女の手作りのパンは香ばしく美味しかった。
テンプラーがやって来て、それから警察が到着し、刑事達が俺に魔法瓶からコーヒーを入れてくれて、何が起きたのか判ることを話してくれと尋ねた。アヴェリンとエメリックは時の人となるだろう。俺は、ただの民間人だった。死んだ母親を抱えた、ただの男だった。
俺はまだそのことを考えるのが耐えられなかった。その内、俺は自分がアパートの前に居ることに気が付いたが、一体そこまでどうやって戻ってきたのか全く思い出せなかった。俺はよろよろと階段を上がっていった。
俺達は押し黙ったまま、デュプイが俺の仕事場の床に跪き、彼自身を血の霧で覆うのを見守っていた。程度の差こそあれ皆の顔には嫌悪と不承認の表情が浮かんでいたが、母さんの安否が天秤の反対側に掛かっているかも知れないからには、誰も止めろと言い出す者は居なかった。
俺はそのことは考えたくもなかった。クエンティンの行動は止めなくてはいけない。たとえ今この瞬間、母さんが玄関から入ってきて、呆れた顔で一体何をしているのと俺達に聞いたとしても、その事実は変わらなかった。